元来、『光』と『闇』は同一の存在だった。

けれどやがて二つは袂を分かち、存在を別にした。

しかしそれは、二つのものの間の『絆』を断つ事にはならなかった。

『絆』とは『表裏一体』であり、ふたつの存在は表向き別のものだとしても、

奥の、深いところで融解し一つであった。

 

第二話『神の剣』

3 哀しい微笑

 

「ルート、しっかりしてよっ!!」

傷口から流れ出る血が未だ止まらないルートを、クミンが揺さぶる。

「おい、クミン!落ち着け、とにかく医者に・・・!」

村人の一人が、錯乱しかかるクミンを止めた。

しかし、ルートの容体は酷く悪そうに見える。

皐は、自分の頬にも落ちかかってきた彼の血を拭い、そのまま口に運ぶ。

生臭い、鉄の味。

皐は目を細めて思案に暮れるような顔をする。

「・・・しょーがないなぁ」

そして、先程と同じ台詞を吐いて。

ルートを運ぼうとした村人幾人かを押しのけ、彼の頭を抱きかかえる。

「おい、あんた・・・!」

「あ。あんたうっさい。集中出来ないでしょ」

抗議の声を上げる村人をしっしと追い払って、皐はルートの背に右の掌を翳した。

「・・・さつ、き・・・・・さん?」

不安げな、クミンの声。

「ん。任せて」

皐はにっこり笑って肯く。

「っ・・・」

「ハイ、ちょっと待ってね」

僅かに身じろぎするルートにあっさりそう言ってから、皐は翳した掌に意識を集中する。

 

「・・・流」

 

皐の全身が一瞬、青い光を放つ。

 

そう、青い光。

 

光の奔流。

 

光は、掌に集中してゆく。

 

そして、掌と手の甲には、あの奇妙な文様のような字。

 

掌から、集まった光が溢れる。

 

空気を介し、ルートの背に降りる光は、暖かかった。

 

そして、光が途絶えた頃。

ルートの傷は、後も残さずさっぱりと消え失せていた。

 

 

 

「嘘・・・だろ?」

村人の誰かの口を割って零れたのは、呆然とした呟き。

そしてそれは、皐以外のこの場の全員の意見を代弁していた。

何しろ、辺りに飛び散った夥しい量の血の跡さえなかったら。

ルートが酷い傷を負ったことなど、夢か幻だったと思うほど、彼らにとって皐の起こした『キセキ』は大きなインパクト

を持っていたのだから。

「あはは、ホントは乱用御法度なんだけどね。殆どあたしの所為、みたいなもんだったし。良かったね〜、傷残らなくて」

「・・・俺は女じゃねえよ」

一気に引いていった傷の痛みに戸惑いながら、ルートは小さく呟いた。

「何さ、女だろーと男だろーと傷は残らないほうが綺麗で良いでしょ?誰だろうね傷は男の勲章だとか下らねぇこと

言ったのは」

捲し立てて、皐はふと押し黙った。

 

「どうか無事で帰って、って祈りながら待ってる女のことなんかちっとも考えないでさ」

 

「・・・・・・お前・・・」

「・・・一応完治したはずだけど、一日くらいはゆっくりしててよね。その方が馴染むから」

「馴染む?」

クミンが首を傾げた。

皐は苦笑を零しながら説明する。

「あたしが今使ったのって、気孔術だから。あたしの『気』をルート・・・だっけ?に移したの」

そこでやっと我に帰ったのか、村人の幾人かがざわざわと騒ぎ出した。

訝しげにそちらのほうを見遣った皐の手を、一人の村人がぐわしっと掴んで揺さぶる。

 

「あ、あんた『魔法』が使えるのか!?」

 

「え、え、え?」

「そうだろう!?古に失われた技術を、あんたは持ってる、違うか!?」

問いかけというより、意見の押し付けに近い男の言葉。

皐は揺さぶられながら心底嫌そうなかおをつくる。

 

「『魔法』みてぇな技術があれば、あの『魔物』を倒せるんだ!」

 

そんな皐に気がつかず、自分の言葉に酔うように叫ぶ男。

そして周りの村人達も、男の言葉に反応した。

「ほ、本当なのか!?本当に、『魔法』ならアイツを倒せるのかっ!?」

今度は別の男に肩を掴まれ、皐は強引に問われる。

「そうに、そうに違いねぇ!昔話の魔法使いは、星を降らせて街を滅ぼせるんだ、『魔物』一匹くらい・・・」

 

「ああ〜っ、煩い!!!!!!!!!」

 

怒声一閃、しぃんとその場が静まった。

皐は肩で息をしながら、自分を捕らえる手を強引に振り解いて立ち上がる。

その拍子に、皐に抱え込まれたままだったルートが頭を打ったとかはこの際綺麗に無視して、皐は憤然と

目の前の村人達を睨み付けた。

「言っておくけど、あたしは『魔法』なんか使えない。『気孔術』の応用の中には『気』を練って敵を攻撃する

技も多々あるけど、あくまでそれは『気孔術』、精神鍛練の賜物よ。・・・ま、たとえあたしが『魔法』を使えた

としても、『魔物退治』に協力する気なんかさらさら無いんだから!」

皐の言葉に、その場の人間は息を呑んだ。

「・・・ルートはあたしが怪我させちゃったから、治しただけよ」

「そ、そんな・・・!この際『魔法』でも『気孔術』とやらでもいいんだ!後生だから・・・」

 

「ゴメンね。・・・・・・あたしにはあたしの目的があるの」

 

縋るように叫ぶ、先程真っ先に皐の力を『魔法』と呼んだ男を、皐はどこか寂しげな笑顔と共に突き放した。

 

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