『剣』は『闇』を裂く。
『闇』は『剣』を折る。
それは遥か昔から・・・。
『桜樹』が誕生したその時から、繰り返されてきた歴史。
『闇』は、『光』の創りたる『剣』の『影』なのだから。
第二話『神の剣』
2 狂気に染まりし瞳
「・・・っクソ!考えてみりゃ弓も矢もやぐらの上に置きっぱなしじゃねぇか!!」
「あらー・・・もしかしなくてもあたしのせい?」
「手前も行け!隠れてろ!」
あまり使い慣れていない剣を抜きながらルートは皐に向って叫ぶ。
しかし、それは遅かった。
「ぐるぁああああああああああああああっ!!!!」
草の鳴る音と、獣の咆哮。
来た、と思った次の瞬間には既に、『ソレ』は目の前まで迫っていた。
「ちっ!!」
ルートはとっさに剣を薙ぐ。
勿論当たるはずも無く、切っ先は虚しく空を切った。
「きゃー!なんか普通にヤだコイツ!」
やはり何処か緊張感に欠ける皐の台詞も、ルートの耳にはろくに入って来ない。
目の前の『ソレ』に意識を集中する。
「ぅ・・・るがあああぁぁぁぁ!!」
跳躍。
狂った瞳。
ぎりぎりで、『ソレ』の爪の一撃を回避しながら、ルートは全身の血が冷たくなって行くのを感じていた。
そんなルートを、嘲っているかのような異形のモノ。
なんとか二足歩行を保っているが、どう見ても獣に近く、身長も3mに近いのではないかと思われるその姿。
頭髪状に長く伸びる、緋色の獣毛。尖った耳。
跳躍力に長けた強い脚。爪を振るうことに適した強い腕。
触れるもの全てを切り裂く、長く研ぎ澄まされた爪。
だらしなく開き、絶えず涎を流す恐ろしく鋭い牙を持った口。
それは、ほんの5日程前から・・・しかし酷く村の人々を脅かす『魔物』だった。
『魔物』はルートが避けたことを気にも止めず、目標を皐に移した。
「ぐるるぅっ!」
再び、大きく伸び上がる。
皐はその様を冷めた瞳で眺めた。他人事のように。
避ける自信はある。というより避けられなかったほうが『桜樹の剣』として問題だ。
ぎりぎりまで引き付けて、避ける方法を皐は選んだのだ。
しかし、そんな皐の思惑を、ルートが知るはずも無く。
「っの・・・!!!」
思い切り地を蹴って、皐を腕に抱え込む。
「え、ちょっと・・・!」
思いがけないルートの行動に、回避行動を邪魔された皐は非難にも似た声を上げる。
しかし、それで時が巻き戻る訳も無く。
獣の爪は、ルートの背を浅く薙いだ。
血飛沫が、舞う。
ルートは引き裂かれた傷の痛みと、顔にも落ちかかる生暖かい己の血の感触に、思わず顔を顰めた。
それでも気力を振り絞って剣を握り直し、『魔物』に対抗しようとして−−−。
倒れ込んだ自分を庇うように、上体を起こし『魔物』に向き直った皐によってそれは出来なかった。
「破っ!!」
鋭い叫びと共に突き出された皐の掌から、先程と同じ光が溢れる。
ひゅぅ・・・んっ!!!
ただし、今度は。
光は文字を綴らずに、幾条もの光の槍と成して『魔物』に襲い掛かった。
「ぎしゃぁぁぁぁあああああっ!!!!」
そのうちの数条をまともに食らった『魔物』は仰け反り、大きな痛みの唸りを上げる。
それでもその場に踏みとどまって、倒れ伏さない『魔物』。
「え、嘘。なんで死なないの?」
怒りや焦りではなく・・・純粋な疑問の声を上げる皐。
ルートは血で霞む視界に、もがく『魔物』の姿を捉えて、立ち上がろうと力を込める。
「あ、馬鹿。動かないでよ」
皐は慌ててぐいっとルートの頭を締め上げ、これ以上の出血を抑える為に彼の行動を止めた。
思いやりのカケラも無いようなやり方だが。
「馬鹿野郎・・・・・・アイツにトドメ、ささなきゃいけねぇだろうがっ・・・!」
それでも譲らず、起き上がろうとするルートの頭の上を、何かが飛びすぎていった。
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅんっ!
「ぐぅる・・・っ!!!」
放たれた数多の矢の一部に、ごく浅く皮膚を傷つけられて、『魔物』はさらによろよろと後退する。
その瞳の色を更に、狂気と怒りに染めながら。
「ルートぉっ!」
「・・・ク、ミン?」
ルートは矢を放った主・・・クミンとその後ろに続く村人たちを、視界の端に捕らえてうめいた。
クミンはルートにかけよろうとして、はっと足を止めた。
彼が血に濡れ、傷付いていることに気が付いて。
体に僅かな震えを残しながらも、きっと『魔物』を睨み据える。
そして、矢をあてがい弓を引いた。
どしゅっ!
「ぐぎゃっ!」
クミンの放った渾身の一発が腕に突き刺さり、『魔物』はうめきをあげて踵を返す。
「逃げやがるっ・・・!?」
村人の誰かが叫んだ。
しかし、慌てて次の矢をあてがう頃には、『魔物』は森の奥へ消えていた。