宵夢
act.5 味覚

「買い物か、
コートを着て、玄関のドアの前に立っているに声を掛けたのはトロワだった。
「トロワさん」
「トロワでいい」
なんてことも無いようにさらりとトロワは言う。
「そうですか。・・・はい、私は夕飯の買い出しです」
「全員分は大変だろう。手伝う」
「ありがとうございます、トロワ」
はにっこり笑った。
「・・・良く笑う奴だ」
「はい?」
「いや、何でもない。・・・ところで何を買うんだ?」
巧みに話しを逸らして、トロワはのとなりに並んで歩いた。
「えっとですねぇ・・・献立にもよるんですけど」
「決めてないのか?」
「というよりも、商店さんのほうへ行って、安くて美味しそうなものを買ってそれからその材料で作れそうなもの
作るんですけど」
「・・・核が『安くて美味しいもの』でそれから生れるのが『献立』か」
「はい」
は肯いた。
「・・・ならとりあえず商店街だな」
二人は雪の薄く積もった並木道を、街の中心部に向って歩き出した。


「ありがとうございました、トロワ。おかげで早く買い物が済ませました」
は買い物袋を持って隣を歩くトロワに笑い掛けた。
「いや、いい。・・・しかしいつもこんなに沢山買ってくるのか?」
「はぁ、お米とかは業者の方が寮まで届けてくれるんですけど」
トロワが大部分を持ってやってはいるが、はっきり言って物凄い量である。
まぁ、食べ盛り働き盛りの男が30人も居れば自ずとそうなるのだろうが。
一人でこの買い出しをやっていたとなると奇跡に近い話のような気がするトロワだった。
「うーん、この材料だと何が作れますかねぇ・・・」
は今日買ったものを思い浮かべながら唸った。
「和食続きだったから今日は洋食にしようと思うんですけど・・・確かカレーとシチューのルーが結構余ってた
はずなんですよね。トロワはどちらがお好きですか?」
「何故俺なんだ?」
「ほら、手伝ってもらいましたし。お好きなほう作ります」
はまた微笑んだ。
端から見たらまるきり新婚若夫婦である。
「・・・そうだな・・・なら、シチューを作ってもらいたい」
「了解しました♪」
が笑ってそう言った時、白い雪がちらほらと降り始めた。
「雪か」
「あら、ホントですね」

青空がちらちらと見え隠れする空から、はらはらと雪が落ちてきてそれに反射した陽光が相成って、俗に言う
ダイヤモンドダストのように見えた。

「綺麗ですねぇ」
が白い息を吐きながら呟いた。
その間にも、雪は街に降り注いでいく。
は小さくくしゃみをした。
「・・・これから少し強く降るな」
トロワは呟いて、おもむろにの手を取るとずかずか歩き出した。
「トロワ?」
は不思議そうな顔をしながらもついていく。
「夕食の用意するまで時間はあるか?」
「はい、大分・・・」
「そうか」
トロワはの手を引いて、商店街の隅の喫茶店へ入っていった。


「トロワは甘いもの嫌いなんですか?」
は白い生クリームで彩られた甘い甘いホットチョコレートに息を吹きかけながら尋ねた。
「そういうわけじゃないが」
トロワはブラックコーヒーを口に運びつつ曖昧な返事をした。
二人は、雪の勢いが弱まるまで、と喫茶店にてティータイムを一緒にしていた。
「それなら良いんですけど・・・夕飯のシチュー、甘口にしようかと思って」
言いながら、はホットチョコレートを口に運んだ。
生クリームが唇の端についている。
トロワはそれを見て少し笑って、手を伸ばしてそれを親指で掬い取った。
がはて・・?と首を傾げているうちに、トロワは指についた生クリームを舐めた。
「甘いものも悪くない」
は少し頬を染めて笑った。


「今日は付き合ってもらってありがとうございました」
独身寮の食堂で、買ってきたものを広げた後が言った。
「なんてことはない。・・・夕食を作るのも手伝うか?」
「いいんですか?」
「どうせ暇だった所だ。かまわない」
「嬉しいです・・・。ところでトロワ、手が真っ赤・・・」
「これか?」
手袋をはめて出掛けなかったトロワの手は赤く悴んでいる。
その両手を、はぎゅっと包み込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。・・・お前は暖かいから」
はくすくすと笑って、トロワの手を自分の頬に当てた。
「・・・そうですか?」
「俺が知る中では多分一番、な」
「トロワも、暖かいです」

は片手の人差し指でトロワの心臓の上をとん、となぞった。


「心が」


は笑む。
つられるようにして、少しだけトロワも微笑った。

その日の夕食のシチューは、体の芯から暖まるくらい甘かったとか。

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後書き
はい。恐らくシリーズ既巻中一番甘々な act.5 味覚 をお届けしました(汗)。
act.3の後書きにちょろっと書いた『真冬の公園でアイス食うバカップル』ネタを、一月っぽく(?)練り直してみたら
こうなりましたv私ホットチョコレートって飲んだことないんですが。
さりげなく美味しい所を攫っていくトロワ氏(爆笑)口説き上手に・・・。
そして恐らく一番余裕有ります、彼。私のイメージのトロワはこんな奴(失礼)です。はい。
ほんとさりげなく(しかし腹は立つ)一番良い所持ってくような。
なんてゆーか、おやつの取り合いなんかしてる奴等を尻目に一人でさっさと食っちゃう奴(悪)みたいな。
・・・流石カトル様と多分一番仲良しなだけはあります(笑)。つまり二人して黒い・・・と。
そしてなんてゆーかヒロインは真面目に逆ハーレム状態(苦)・・・。
まぁそれがドリー夢の醍醐味って所で(逃亡)。・・・本命は誰でしょう(笑)

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