狭霧
act.3 理解
の初任務の日。
あの日から2日が経ったが、は何時にも増してぼーっとしていて、まるで上の空の状態が続いていた。
挨拶はきちんと返す。
夕食もちゃんと作る。
笑顔も作る。
・・そう、『作る』。
けれど一人になると、決まって憂いの篭ったため息を吐くのだ。
人前では普通に振る舞っていても、やはりそんな気配は周囲にも解るもので。
なにしろ相手はガンダムのパイロットだった少年たちだ。
の悲しそうな、そんな表情をふと垣間見る度に、焦燥感は募っていくのだった。
ちなみにその発端となった(と思われる)事件は、デュオの「そーいえば『キズナ』とかちゃんが呼んでた男、髪も
目も赤かったな」という発言(ヒイロはもっとまともな表現で証言した)より、『赤い男事件』というのが俗称となった。
捻りも何にも無いとか一部から声が上がったが、んなもん捻ってどうする、という現実的な意見により封殺された。
兎にも角にも、プリベンター寮内は、落着かない雰囲気が満ちているのだった。
パラ、と薄く変色したページが一枚捲られる。
ただ眺めているだけと言っていい、赤い表紙の本を片手で繰りながら、トロワはふと窓の外を見た。
談話室から眺める事の出来る中庭には、洗濯物を干しているが居る。
しかし先程から微塵も動かず、白いシーツを握ったままぼーっと立ちすくんだままだ。
こちらに背を向けているので、表情を直接見る事は出来ないが、きっとまたあの悲しそうな顔をしているのだろう。
そう思いながらも、誰一人として『赤い男』についてを問いただした者は居ない。
考えてみれば、の過去の事は殆ど知らないのだ。
珍しくため息を吐いて、トロワは視線を読んでもいない本に落とした。
カトルが、アリサとかいう女性について調べまわっているのは知っている。
の昔の同居人、アリサ。
L−1コロニーから来たという。
その詳しい経緯も、知らない。
知らなすぎた。
『キズナ』という男。その正体。
の憂鬱。その理由。
もう一度、ため息を吐いた。
他人を進んで知ろうとしたことなど、任務以外には片手で足りるほどしかしていなかった自分が、こんなにも人を知り
たがっているという事に気がついた。
「・・・あいつの事なら、知ってもいいか」
いつからだろう。そんな風に思いはじめたのは。
思考からその問いかけを締め出して、栞を挟む事も無く本を閉じ、トロワは立ち上がった。
の事なら、知ってもいいか。
そう、考えながら。
「そのままだと、洗濯物が汚れるが」
は我に帰った。
あまりにも辺りが静かで、日は丁度陰っていて、物思いにふけるには丁度いい環境で。
シーツを抱えたまま、昔の記憶に思いを馳せていたのだが。
掛けられた声に、慌てて足元を見ると、シーツが半分以上腕からすり落ちて、芝生の上に横たわっていた。
「あ。あっ」
慌てて片手で拾い上げ、地面についた部分をもう片方の手で払う。
しかしそうすると、大きなシーツの別の部分がするりと落ちる。
また慌てて拾い上げる。払う。落ちる。慌てる。
そんな事をしていると、ひょい、とシーツが丸ごと誰かの手に攫われた。
「トロワ」
先程声を掛けて来た人物、そして今シーツを拾い上げた人物。
驚いたようにそのひとの名を呟いて、は目を丸くした。
誰にも気付かれないほど微かに笑ってから、トロワは物干し竿にそのシーツを掛け、殆ど気にならないような土埃を
ぱんぱんと数回払った。
「ああ、そうやったほうが簡単ですね〜」
が感心したような声を上げる。
「ありがとうございます、トロワ」
「いや・・・大した事じゃない」
久々にが見せた、優しい自然な笑顔に安心しながらトロワは呟く。
次に自分が口にする事如何では、この笑顔はすぐに壊れるのだろうな、と自虐的に思いながら。
それでも、知りたい。
「・・」
「何ですか?」
「『キズナ』という男、何者だ?」
トロワの予想に反して、の微笑みは変わらなかった。
柔らかく。優しい笑顔。
「いつかは尋ねられると思っていましたから」
訝しがるトロワの心を読んだように、は言った。
「昔の知り合いです。・・・・アリサと暮らしてた頃の」
当時を懐かしむように、は瞳を細めた。
「そうか」
「それ以上は聞かないんですか?」
悪戯っぽくは尋ねた。
トロワが僅かに困惑している間に、続けて口を開く。
「絆さん、堅気の人じゃなかったですよ。・・・アリサと、同じで」
そうだろうな、とトロワは思った。
デュオの操縦技術、ヒイロの射撃精度を相手に、無傷でいられた男なのだ。
当たり前といえば当たり前のこと。
敵のシンジケートの車に乗り込み、追って来たという時点で、既に。
しかしやはり、大きな収穫は。
『キズナ』と『同じく』、『堅気ではない』というアリサ。
何も言わないトロワを他所に、は微笑む。
「ありがとうございます。吹っ切れました」
「・・そうか」
「ご迷惑お掛けしました」
「気を持ち直したなら、それでいい」
言って、トロワは洗濯籠を抱え上げた。
「手伝う」
「ありがとうございます」
雲が途切れ、寒終の頃に相応しい、暖かな日差しが降り注いだ。
>>next.
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後書き
トントン拍子の『狭霧』第三話です。
今回はトロワでした〜。
・・・アクションものじゃないなぁ(笑)。普通ですね。
トロワ好きですよー?言っちゃえばガンダムパイロットは皆好きですが。
ちなみに当然、絆さんの正体はまた別です。ヒロインの記憶ですからね。
堅気じゃないですから。・・堅気って言葉もしかして極道ものとか時代劇とかの専門用語ですか?
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