狭霧
act.2 逃走

ぎきィィィィィィ!!

走る車もややまばらな4車線道路。
盛大に甲高い音を立てて、ブレーキ痕を路上に残しながら走る1台のオープンカーがあった。
乗っているのは、少年二人に少女一人。
後部座席に陣取った少年の片方は、振り向きざまに手にしたハンドガンの引き金を引く。
オープンカーの跡を追ってきた装甲車はタイヤを寸分狂わず射抜かれて、3回転半したのちに中央分離帯に乗りあげ
動かなくなった。馬鹿の一つ覚えのように、同じ事を何度何台繰り返したか。
それでも、みな同じ仕様の黒塗りの追跡車は、1台また1台と数を増やしていく。
出し抜けに先頭近くの車窓が開き、そこから身を乗り出して銃を構える人影が現れた。

パン、パン、パン

乾いた音が幾度か響く。
しかしそれの後に響いたのは、オープンカーのタイヤに当たった音ではなく、路上を弾が跳ねる音だった。
右へ左へハンドルを切り、オープンカーは後続車をあざ笑うように銃撃を避けたのだ。
舌打ちをして、身を乗り出したサングラスの男はもう一度ねらいを定めようとして・・・頭に衝撃を感じ、昏倒した。
「走行中に身を乗り出すと危ないですよー♪」
人のことが言えたものかはわからないが、後部座席のしたにあった灯油缶を的確に投げつけた少女が手を振って言う。
それにキレたのか、別の車のボンネットがばごん!と音を立てて開き、その中から小型追尾ミサイル2基を登載した発射
台がせり上がってきた。
しかし。
ボンネットのせいで視界が塞がった車は、ハンドル操作を誤り隣を走っていた仲間を巻き込んで派手にスピンした挙げ句
ミサイルを誤作動させてあたりをぶち壊し、また別の車を何台か走行不能にしてからやっと静かになった。
欠陥兵器も良いところである。
と、ハンドルを握っている少年が苦笑いをした。
走行経路を塞ぐように、そびえているのは黄色と黒のバリケード。
おそらく・・・いや、完璧に後続の連中の仲間だ。
とはいえ、他にろくな順路は無い。
バリケードの手前には、最近事故でもあったのだろうか、ぽっかりと壁の無い橋が。逃げ場の無いルートだ。
そう。普通ならば。
ちゃん、ヒイロ!落ちないように気をつけてろよ・・・飛ぶぞ!!」
言うと同時に、少年は勢い良くハンドルを右にきる。


その先には・・・黒き虚空があった。

オープンカーはさながら猛禽類が飛び立つ様に、そこから6m近く下の別のみちへ飛び出した。


後続車は躊躇うように急ブレーキをかける。
次々と橋の上でブレーキ音が響いた。
止まった車の中の1台から大柄な男が飛び出し、ヒステリックにわめきたてる。

探せ、探し出して殺せ、と。

その狂気じみた恫喝に、慌てて四方に散っていく男の部下の車たち。
そんな中、男が乗っていた車を運転していたもうひとりの細身の男は、防弾硝子越しにその醜態を眺めて口元だけで
笑み、静かにアクセルを踏み込んだ。




「楽勝楽勝♪ちゃん、怪我無い?」
静かな裏道を走りながら、上機嫌でデュオは後ろのに話し掛けた。
「はい、私は大丈夫です。囮をなさってる間、デュオは大丈夫でしたか?」
「へーきへーき。つか、あのミサイル撃とうとしてスピンしてた車傑作だったよなーあー腹痛ぇ笑った笑った。ところで
ヒイロは・・・まぁ、お前は怪我するのが趣味みたいなもんだからな」
既にによって応急処置が施されたヒイロの肩をちらりと見遣り、デュオは悪戯っぽく言った。

「捕まるのが特技のお前に言われる筋合いはない」

ヒイロの一言に結構傷付いたのか、デュオはハンドルに頭を押し付けて唸る。
はにこにこ微笑みながら、何の気も無しに後ろを振り向いた。
「あら」
「・・何だ」
「残念ですねー、まだ追いかけてきます」
が指で示した先には、こちらへ向って疾走する先程追いかけてきた連中のものと同じ仕様の黒塗りの車が一台。

・・・。

ぎきぃぃぃぃン!
「よっしゃ掴まってろよ飛ばすぜー!!!」
ヤケクソになったのか妙にハイな口調とテンションで、デュオはアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「了解ですっ♪」
は終始楽しそうだ。
ヒイロは冷静に、シートの下から取り出した狙撃銃のスコープを覗いている。
狙いを定め、引き金を引いた。

ビシィッ!

精密射撃で、銃弾は間違い無く相手のタイヤを射抜いたはずだった。
しかし相手の運転手が余程・・デュオと同じかそれ以上の技術を持っているらしく、するりと避けられ弾丸は路上で弾けて
何処かへと跳ねていっただけだった。
ちっ、と舌打ちをしてヒイロは空の薬莢を排出する。
も後部座席のシートから顔だけを覗かせて追跡車をじっと見た。

一種の既視感。
あの車。何処かで見た事が有る。

さっき追ってきた車たちと同じ。
言ってしまえばそれでお終いだが、にはどうしても振り払えない疑問があった。


あの、車。
あの、操縦技術。
あの、運転者は・・・。


の巡る思考を他所に、もう一度ヒイロが引き金を引く。
車はまた避ける。
そして、唐突に開いた運転席の窓から覗いた銃口が、ぴたりとこちらを向いた。
ちゃん、伏せろ!」
バックミラー越しにそれを悟ったデュオが叫ぶ。
しかし銃口は不意にその向きを変え、空に向かって一発、空砲を撃った。
「・・え?」
は驚いて、目を瞬かせる。
それを待っていたかのように、銃を握る腕は更に窓から身を乗り出した。



「・・・・・・・・絆、さん・・・?」



の口から、掠れた呟きが漏れた。


あの、車。
あの、操縦技術。
あの、運転者は。・・・あの、顔は。
見紛うことはない。


細身の男・・・絆は、ふ、と微笑みを漏らすと銃を握ったまま手を振ってから、唐突に減速・右折し姿を消した。

暫し呆然とするに、尋ねたそうにしながら・・・それでも敢えて何も言わずに、ヒイロは銃を仕舞い、デュオは本部へ
の道を急いだ。
夜はただ、深まっていく。




運河沿いの、人気も無い道の端。
そこに車を停め、ネオンを反射する川面を眺めながら煙草を吹かすのは、絆だ。
ふぅ・・と煙を吐き出して、に、とまた猫のような微笑みを浮かべ。
その赤銅色の髪を夜風に揺らしながら、その紅い瞳を細めて。

「久しぶり、・・・」


確かに。
運命は動きはじめていた。

>>next.
<
後書き
ああああああやってしまいました。
宣言はしてましたがあまりにもドリィムっぽくないです。
それでもわたしは前半のカーチェイス(?)シーン書いてるのは楽しかったなあとか思ってるとか言うのは内緒です。
どうせだからこの『狭霧』は全部アクションもので行こうかなとか無謀な事考えてるって言うのも内緒です。
オリジナルな絆くんって自分的にかなりいいポジションにつくんだろうなぁっていうかオリキャラ増やすな自分。とか密かに乗りツッコミ
してるって言うのもかなり内緒です。彼の外見はかなり自分好みだっていうのはもちろん内緒です。
何より、【内緒】なことを全部ばらしてるって言うのは機密事項だったり。

<