永遠のヒト。+隣の居場所+
第3話 梢
生い茂る木々。
高く唄う小鳥たち。
清浄な空気で満ち溢れる森の中で、はひたすらご機嫌だった。
「わーい、グロールフィンデルと一緒にお散歩ー♪」
の機嫌の良い即興歌に、辺りに気を配りながら傍らを歩いていたグロールフィンデルは、思わず足を
滑らせた。ぎりぎり、転ばなかったのが幸いか。
「あれ、だいじょーぶ?」
額に手を当て俯くグロールフィンデルに、能天気に問う。
グロールフィンデルも、ああこれくらいで落ち込んでどうすると無理矢理気を取り直し、に警告を与えた。
放って置いたらひたすら不安だ。
「・・・私の傍を離れるな。あくまで、散歩ではなく巡回だから」
「はぁーい」
しかし返って来た、何にも考えていなさそうなその答に、再び頭を抱えたのだった。
ちなみにここは、裂け谷を囲む小さな森の中。
グロールフィンデルはそこの見回りに来たはずだったのだが、いつのまにかくっついて来たのお陰で
それどころではない。お守りで手いっぱいだ。
「ボクがさ、ココに来てもうどれくらいだっけ?」
独り言の様なの問いかけに、グロールフィンデルは少しだけ顔を緩ませて・・・マトモな質問で良かった
とかそのテの感情が入り交じっているあたり微妙だが、対応した。
「まだ、三日だ」
「あれー、それだけ?ボク、なんだか凄く長いことココに来てる気がするんだよねー・・」
木の梢のほうを見上げていた視線をグロールフィンデルに向け直してから、は微笑んだ。
「目新しいものが、多すぎたからかな?時間が過ぎるのは、とっても速く感じるけど、あとで思い出してみる
とね、すごく長いんだ」
「そうか」
ぽんぽん、とグロールフィンデルの滑らかな手が頭を撫でる。はくすぐったそうに微笑った。
「ココは、凄く綺麗。ボク、こんなに静かで空気の綺麗な森を歩いたの、初めてだよ」
「では、の故郷には森が無いと?」
「んー・・・無い訳じゃ、ないんだけど。ボクの住んでたあたりは、ミンナ灰色の、コンクリートジャングルって
呼ばれる様なトコだったし・・・やっぱり、ココは凄く綺麗だと思う」
梢をもう一度仰ぎ見て、は言う。
天を突くような木の梢から、小鳥が1羽飛び立った。
「ココは好き。でも、ムコウが嫌いな訳じゃないの。どんなところでも、ボクの生まれ育ったトコだから。大事
な人だって、いるから」
「まだ、わたしは尋ねていなかったが」
「だって、僕はムコウが嫌いで、ココに来れて清々してると思われるの、ヤだもん」
は、今度は酷く寂しそうに微笑んだ。
少しだけ、解った。
この娘は、けして強くはない。
「・・・グロールフィンデル?どーかしたの」
急に押し黙った傍らのひとの顔を覗き込んで、不思議そうにが声をかけた。
その声音も、表情も、もう元の通りに戻っている。
「何でもない。さぁ、巡回を続けよう」
「うん」
「浅瀬の向こうには行かないから、もうっかり川を渡らないように」
「わかってるよー」
丁度、浅瀬の岸でが意識を手放した辺り。
見晴らしの良い丘に上っていたグロールフィンデルが、水に手を漬けて遊んでいるに声を掛けた。
かえってきたのは、素直だがやや不満の混じる声。
グロールフィンデルは苦笑を漏らして、ふと小さな木漏れ日をつくる樹に目を留めた。
そう、そこですやすやと眠っているを見つけたのだ。
丁度今日のような、森の見回りの途中で。
・・・ちなみに白状すると、彼は最初にを見つけたときはてっきり少年かと思っていた。
いや、を館に連れて帰ってから、彼女の介抱を担当してくれた女性に部屋から締め出されるまでは、
そう思っていたのだ。
昨日か、今日の朝方か。エルフという種族の一般的な性格の特徴で見ると、珍しく茶目っ気の多い若い
エルフが、に対しグロールフィンデルと同じ第一印象を抱いたらしく、話のついでに彼女に言った。
最初は男かと思った、と。
途端には頬を膨らませ、どーせボクは胸なしの真っ直ぐ体型だよっ!と叫んでその場から駆け出して
アルウェンの処までダッシュ、その後は言わずもがな。
グロールフィンデルは、絶対に自分もそう思ったことを口にしない事を、哀れな若いエルフの二の舞になら
ないことを誓ったのだった。
何しろあの青年はなんだかちょっと泣きそうだった。
アルウェン姫だけは敵に回せない・・・。
そんな風に思い返しつつ、グロールフィンデルが決意を新たにしていると、いつのまにか浅瀬から無邪気
なの姿が消えていた。
やれやれと思いながらグロールフィンデルは辺りを見回す。
どうせその辺りの物陰にでも隠れているのだろうと思っていた。
しかし、の声が意外なところから降って来た。
「グロールフィンデル、見て見て〜!ボク、ここまで登れたよっ!」
太い、齢を重ねたどっしりと大きな樹。
その梢の辺りの枝に腰掛けて、は手を振っていた。
「・・!」
一瞬、彼女の正気を疑った。エルフでもないが、そんな処まで登っていれば・・・。
「あ、あれっ・・?」
のからだが、ぐらりと傾く。
いくらが小柄で軽いとはいえ、梢に近い細い枝が加重に耐え切れる訳も無い。
元の辺りから音を立てて割れて傾いた枝から、はいともあっさり投げ出された。
その瞬間は静寂だった。
流水が石を叩くリズムも、風が木々の間を吹き抜け奏でる唄も、一瞬にして遠いものとなった。
「・・・っ・・・・」
正に、心臓が凍る思いをした。
けれど、腕の中の暖かさは確かに本物で。
グロールフィンデルはを受け止めたまま、長く息を吐いた。
「・・大丈夫か?」
「んー・・・うん、平気」
体を離し、の顔を覗き込んでみても、それは何処かぼんやりとした表情。
おそらく、あまりに短い間だったから、自分がゆうにビル3階分はあるだろう高さから放り出されたという事
に、頭がついていっていないのだろう。
無事なを改めて視覚して、グロールフィンデルは安堵すると共に怒りがふつふつと、湧いて出てくるの
を感じていた。
「・・・、どうしてあんな危ない事をした?」
悪戯をした子供をしかるような口調で・・・実際そんなものだと思っている、グロールフィンデルは尋ねた。
対するはちょっと困ったような微笑みを浮かべながら、たった今登っていた樹の根本を指差した。
「えっとねー。木の下に、雛が落ちてたの。ぱたぱた羽を動かして、どうにかして樹の上の巣に戻ろうって、
頑張ってたんだよ。だから、戻してあげた」
「どうしてわたしに言わなかった?、いくら君でも、あの高さから本当に落ちたら死んでいたよ」
「グロールフィンデル、なんだか考えごとしてたから。邪魔しちゃ悪いなって」
悪びれもせず、は答える。浅瀬を流れる水の音が、一段と大きく聞こえた。
「・・・」
「ゴメンね、グロールフィンデル。迷惑かけたくない、って思ったんだけど、結局いっしょだったね」
失敗、失敗、と。
舌を出して言いながらは視線を合わせようとしなかった。
そんな、彼女が。
とても脆く儚くて、いとおしいものに見えた。
「そんなこと、気にしなくても良かったのに」
もう一度を抱きしめてから、グロールフィンデルは呟くように言った。
「・・・だって・・・・」
顔を埋めながら、は言い訳をするように二言三言口にする。小さすぎて聞こえなかったが。
「わたしは、が怪我をしたりするほうが、ずっと苦しいから」
「ボクだって、グロールフィンデルを悲しくさせるの、ヤだよ」
ふっと柔らかく微笑んで、グロールフィンデルは腕の力を少し強めた。
なかなか捕まえられない、扱いが酷く難しいだいじなものを逃がすまいとするように。
「それなら、約束して欲しい。・・・わたしを、頼れ」
「・・・ん・・」
本当は少し苦しかったが、そこは我慢して・・・は、小さく肯いた。
すると、額になにか柔らかいものが触れてすぐに離れた。
視線を巡らせるまでもないだろう。
は、また降ってくる優しい接吻を、今度は自分の唇で受け止めた。
「を、護るから」
今日も、蒼穹は変わらず輝いている。
>>next.
後書き
妙に長くなりました。そして更新遅れましたゴメンナサイ。
けど、時間を無駄にかけただけあって(?)、自分としては結構良い出来でしたv
フィンデル相変わらず不幸風味ですが。アルウェン相変わらず黒いですが。
やっぱりヒロイン馬鹿ですが。・・・微妙にフィンデルが王子化してたのは気の所為って事で(をい)v
永遠のヒト。+隣の居場所+はとりあえず、あと一話を残すのみとなってます。ちなみに。