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その1
「仲間と観れる事の意味」を教えてくれたのが今回の茅ヶ崎ライブではないかとふと思った。これまでサザンクラブに入り、色々な人と出会い、喜んだり笑ったり出来る今、これ以上幸せな事はないんじゃないかと思う。ちょっとおおげさかもしれんが、自分に限らず誰しも少しはそう感じた事が今までにあっただろうと思う。極端に言えば、ライブを観る事よりも、そこまでの行動に至るまでの仲間との、出会いであったり会話であったりする事に意味がある。これはサザンクラブに自分がいれるという事、みんなに感謝したい。出来る限りいつまでも、みんなとこうやっていれる事、願ってます。
千葉:D.M
この日を楽しみにどんなことも頑張ることができた。きっと私だけではないでしょう。その茅ヶ崎ライブが終わり、今はただ、津波のような侘しさに襲われている。それもまた、私だけではないはずです。
星も夜空で泣いた。
もうライブで聴くことはないと思っていた「メロディ」がそらいっぱいに響き、私の胸もいっぱいになりました。そしてこの歌詞を桑田さんのくちびるが奏でたとき思わず夜空を見上げると、そこでまたたく星々はまさに泣いているように見えました。
海からの風は涼しく切なく、花火は美しく哀しかった。
それはまさにサザンの、桑田さんの音楽が根底にもつ世界そのものだったように思います。マンPでどんなにおどけても、ホテパシでみんなで踊って盛り上がっても、このライブの根底にあるのはある種の切なさ、哀しさだった。それが茅ヶ崎という地がもたらす力であり、渚園との大きな違いだったように思います。
桑田さんが「茅ヶ崎に生まれて本当によかった」と言ったとき、私も「サザンのファンで今日ここにいられてよかった」と心で叫びました。
20世紀最後の夏に、素敵な思い出をありがとう。私たちのサザンは、やっぱり最高でした。
東京:S.K
モーレツ、鳥肌立ちまくりで、こんな感動初めてでした。歴史の証人になった気がしています。8月20日の一般紙一面、サザンの記事にはビックリで、やはり凄いライブなのだと思い、朝からワクワクで茅ヶ崎へ向かいました。コンサートグッズ欲しかったけど、完売していてガッカリ、応援団で追加販売ないのかな?期待しています。ハッピほしいよ〜。
オープニングから、小川直也、福山雅治と絶好調の盛り上がりと花火、しびれちゃいました。このあと9時まで自分の体力持つのかなと、少し心配になりました。ジョギングしとけばよかった!!。夕暮れ時に歌ってもらいたかった曲、"あなただけを〜"がなかったのが
チト残念。夕暮れ時サイコーだと思いますが。"真夏の果実""TSUNAMI"2連発には、もううっとり。"TSUNAMI"の星の電飾には、感動ものです。今でも思い出すと、鳥肌です。
アンコールの時、外野2・3ブロック外のフェンスを越えて、若者が、外から30人ぐらい入ってきました。ビックリ!!。ライブに参加したくて、我慢できなかったのでしょうが、ルール違反かな。
このたびは、茅ヶ崎市民の方に感謝しています。おかげさまで、伝説のライブに参加できました。また、ライブできるといいですね。8月21日も、球場に行き、なごり惜しむかのように、撤去作業を見ていました。「暑かったけど、みじかかったよねぇ、夏」。いや、まだまだ夏だ。そう思っています。実は、ここには書けない、せつない茅ヶ崎ライブがありました。自分だけの秘密です。
それでは、また皆さんと、茅ヶ崎で逢えるといいですね。
千葉:S.M
茅ヶ崎ライブ19日のほうに行きました。
C7ブロックの3列目だったので,桑田さんが前まで来てくれれば,本当に近くで見ることができました。初めて聖水もかぶりました。こんなにいい席だったのははじめてなので,大感動です。
1曲目の私の予想は大ハズレでした。「希望の轍」は絶対後半の曲!と決めつけていたので,えっっっ!?というのが正直な感想でした。ちなみに私の予想は「怪物君の空」だったんです…(笑わないでくださいね。)
私は去年後半から体調を壊し,「伊豆だらけのローラ」も申し込みませんでした。年越しライブだけはやっと行きましたが,やっぱりとてもつらくて,その後入院しました。お蔭様で今はよくなり,仕事にも復帰しています。そんなこんなが頭の中でオーバーラップして,「健康でサザンのライブが見られるなんて,なんて幸せなんだろう。桑田さん,本当に元気をありがとう〜!!。」と心の中で何度も叫びました。宝物がまた増えました。ありがとうございます。そしてお疲れ様でした。
千葉:R.S
1999年12月、横浜アリーナにて恒例の年越しライブの際、「今年の夏は生まれた故郷茅ヶ崎の海岸でライブやりたい。でもこれはあくまでも夢ですよ。」何気ない一言だったのが・・・茅ヶ崎市は"茅ヶ崎にサザンを呼ぼう!市民の声実行委員会"を発足。市民ボランティアにより署名運動を開始、ついには5万人以上も集まり夢が実現となりました。無事にカウントダウンライブ並みな倍率にもかかわらずチケット入手し行くことが出来ました。駅に着き改札出たら「おかえりなさい桑田佳祐」本当に地元から愛されているんですね。MCのなかでは「しょっちゅう帰ってますけど・・・」なんて照れ隠しでしょう。20日の翌日にはもう既になかったそうで、ほんの夢のような2日間だったことがよくわかります。
会場周辺は炎天下にもかかわらず駅から歩道の至る所にボランティアスタッフの方が警備・誘導・案内されていました。で、会場からの音声が聞こえてくるあたりの場所から「ここから先はチケットを拝見します」とのこと。そうですよね、私は最悪な場合海岸にでも行って聴きにだけにも行こう、なんて軽はずみなことを考えてましたが、こんな単純な自分が考えることは皆同じでしょうし、そう考える人がたくさんいたら海岸や街が大変パニックしてしまいますよね。だからといってこの先の住民ですなんて見え透いた嘘なんてつけないし...20日はサザンビーチでモニター観覧もあったくらいでしたから、とにかく人人でした。
今でも興奮が冷めないライブはと言いますと何度も何度も「ありがとうナー」「茅ヶ崎で生まれて本当に良かったです」と頭を下げる姿とみんなが公平に楽しめるようバックステージの方などへ走り回るところ、お約束の「スタンドー、アリーナー、バックステージ、(20日は)サザンビーチー」と声を出していることろを思い出すと感無量です。そして、激励のビデオメッセージ聞けてこれも皆佳ちゃんのお人柄なんでしょうね。地名の出てくる歌も沢山歌ってくれ、曲の合間の花火あがったときは「おまえらがくれた花火だー」。
アンコールの締めくくり「心を込めて花束を」何故この歌を最後にしたのかすぐに判りました。「パパとママに〜花束を〜期待通りの僕じゃないけど〜素晴らしい人に出会えた〜♪
」っていうフレーズの通り本来はウエディングソングなんだけれど今回生まれ故郷茅ヶ崎でライブが出来た喜びをご両親に伝えたかったんでしょう。
「K」で始まった歌が「希望の轍」そして「K」で終わらせてたのですね。因みに佳ちゃんのイニシャルはK.K これは何か意味がありそうな...。在り来たりではない、サザンは予想を覆してましたね。
20世紀最後の夏を大好きな人たちと過ごせて幸せです。忘れることの出来ない素敵な夏をありがとうございました。
東京:A.H
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