『次の幹事はよろしく』
去年何度となく聞いた言葉である。
私が参加させていただいたいくつかオフがあるが、
次の岡山でのオフは私がしないといけないかな、と思っていた。
実は、当HP『金田一耕助の軌跡』が今年の9月にて5周年を迎えていたので、
そのことも自分を後押しし、私が幹事でオフ開催を決めた。
行くべき場所としては、次は広兼邸だろうな、とは思っていた。
横溝関連として岡山で私が行っていない場所でもあるからだ。
せっかくなので、津山まで抜けることにした。
オフ名を横断とするより縦断としたほうが、響きがいいし。
ふみさんの協力もあり、オフの工程はどんどん決まっていった。
結局岡山県を『の』の字に巡る旅になった。
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 HP5周年記念カップ(自作自演) 先着一名様に(嘘)
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オフを企画した段階ではわからなかったのだが、稲垣金田一『八つ墓村』も広兼邸をロケ地に使ったのはうれしい誤算だった。
ただ、時間的なところがけっこうアバウトだったのだが、これは仕方がない。そこはいきあたりばったり・・・いや、臨機応変に対応できるだろう
ほら、『望ましい計画とは、いたずらに己の行動を制約するようなものではなく、臨機応変な、なるべく柔軟性にとんだものでなければならない』
と、『十角館の殺人』(綾辻行人)にも書いてあったし、ね。殺人計画なわけではないけど・・・
ところで、これは当HP主催オフではかぞえて第2回目でになる。
平成14年の8月7日、襟裳屋さんがこちらにこられたときに、ふみさんとあわせて3人で飲み会をしたのだが、
それが結局、『臨時企画 『金田一耕助の軌跡』主催 第一回福山オフ』となったしだいだ。
日にち等を正確に覚えているのは、はたして
襟裳屋さんのHPにその記録が残っているからである。
元来、当HPはなるべく個人的な意見を書かないようにし、第三者的な無機質なHPを目指してきた。矛盾してる部分もあるかも知れないけれども。
掲示板等がないのは、それもあるし、私自身が掲示板の書き込みが苦手なせいだ。メールにしても自発的に送ることは本当にまれである。
結局、掲示板などで、現在の参加者の名前を書き込むこともしなかったし、オフの一週間前にはオフの詳細のページへのリンクもはずした。
幹事をするくせにあまりにもネガティブである。
そのため参加人数は危惧されたが、なんとか一応形にできた。参加していただいた方、参加を考えていただいた方ありがとうございます。
そういえば、締め切りを9月20日にしておいてなんだが、ぶっちゃけ私の休みが確定したのは、9月30日であった。
まあ、幹事だし、結局休みが取れたし結果オーライという所である。
オフも差し迫った10月6日、オフの細かい内容をメールしていた所、一通のメールが届く。
『なんとー』
と叫んだかどうかは忘れたが、この事実は、オフの工程に関わる重大なものだった。
『すぐに、みんなに伝えなくては・・・しかし・・・』
結局、誰にも伝えることなくオフを迎える。
しかしそのことは、オフに参加するみんなには近い将来知ることとなるのだ。
発端 『わが夢と真実』 おわり
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