夕食の席で、屋根裏部屋を見てきたことを話した。 末莉「そんな部屋があるんですかー」 司「ああ。気持ちのいい部屋だった」 青葉「当然よ。私のお祖父様の部屋だもの」 常々仏頂面をしている青葉も、心なしか機嫌が良さそうだった。 司「でもあの趣味はいただけないと思うけどな」 青葉「何のこと?」 司「エロ小説だよ。SM本があったんだ」 しかし、俺の言葉を聞いた途端に不機嫌になる。 青葉「お祖父様を侮辱する気?」 司「そういうわけじゃない。ただ、そういった本がある以上、お前のお爺さんはそういっ た趣味の人だったんじゃないかと…」 青葉「黙りなさい!」 青葉はバシンとちゃぶ台を叩いた。 箸を置いて立ち上がり、怒りに燃える瞳で俺を睨む。 青葉「お祖父様への侮辱は許さない。暴言を取り消しなさい、司」 司「暴言も何も、俺は事実を言っただけで…」 青葉「取り消しなさい!」 俺が何を言っても聞く耳をもたない。 無理に意地を張り通すことでもないので、素直に折れることにした。 司「わかった、取り消すよ。俺が間違っていた。変なこと言って悪かった」 青葉「………」 俺が謝った後も青葉はしばらく睨みつけてきたが、やがて自室へ戻っていった。 緊張がとけ、皆一斉に息をつく。 司「やれやれ。あんなに怒るとは思わなかった」 なんだ、あいつ。 俺は侮辱したつもりなんてないのに。 ただそういう本があったってだけなのに。 寛「司。その本は確かに宗太郎氏所有の本なのか?」 司「そりゃそーだろ。この家にあったんだから」 寛「この家にあったから? だから宗太郎氏の本だと?」 寛はハッと馬鹿にするように肩を竦めた。 そこに込められていた感情は。 明らかな、侮蔑と嫌悪。 寛とは、毎日のように喧嘩をしているけれど。 本当の意味で軽蔑されたのは、初めてかもしれない──。 寛「なぜそんなことが言い切れる? 宗太郎氏以外の人物が、この家に持ち込んで、置い ていっただけかも知れぬではないか? 宗太郎氏自身、そんな本があることなど露ほども 知らずにいたのではないか?」 寛は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。 そのどれもがいちいちもっともで、俺が見落としていた可能性だった。 寛「どうなのだ司? 私の言い分は誤っているか? お前が見たその本に、高屋敷宗太郎 と持ち主の名前が明記されていたとでも言うのか?! 答えろ司!!」 寛は追及の手を緩めない。 寛の言うことは、正論だ。 だからこそ、全面的に正しい。 間違いなく、悪いのは俺だ。 司「……お前が正しいよ、寛。悪いのは俺だ。宗太郎氏に対する根も葉もない中傷でしか なかったな」 寛「そう思うのであれば、青葉くんには改めて謝っておくのだな」 司「ああ。そうするよ」 いつも理不尽なことを言う青葉だが、今回ばかりは俺が本当に悪かった。 宗太郎氏を侮辱してしまったことを詫びなければな。 それにしても、寛がこんなにまともなことを言うとは。 元とはいえ、敏腕企業家だったというのもあながちウソではなさそうだ。 寛「ところで司」 司「なんだ?」 寛「私の愛読書である宮縄賢治全集が見当たらんのだが、どこにいったか知らないか?」 司「お前が持ち込んだのかよ!」 やっぱり寛は寛だった。