ある暑い日のことだった。

 暑いことは暑いけれど、どうにも我慢できないというほどでもなくて、でもじっとして

いるだけで不快な汗が噴出してくるから平均的な夏の日よりは暑いというような──そん

な中途半端な日のことだった。







「我慢大会をしましょう!」

 居間でグデ〜ッとしていた俺のところに末莉がやってきて、いきなりそう言った。

 いや正確には言葉は違うが、だいたいそんなような意味のことをのたまった。

 俺はついに末莉が寛菌(脳みそにカビが生える病気。ワクチン無し。治療法無し)に冒

されてしまったと思い、在りし日の末莉を偲んで今日という一日を過ごそうと思った。



 末莉、お前は可愛い妹だった。

 お兄ちゃんはお前のことを一生忘れないよ。

 お空のお星様になっても、くるくるぱーになっちゃっても、お前はずっと俺の妹だよ、

末莉…。



「ツカサツカサ。末莉、死んでない」

「ああ、いたのか春花。…というか、何で俺のモノローグの内容を知ってるんだ…?」

「♪きみにとどけ、テレパスィ〜♪」

「危険な歌を歌うな! それに俺はテレパシーなんか使えない!」

「違う違う、ツカサ。『テレパシー』じゃなく『テレパスィー』と歌うところがポイント

だよ」

「いや聞いてないって!」

「♪偶然がいくつも重なりあって〜♪」

「危険度変わってねえ! しかも全然何の脈絡もないし!」

「司よ、そうカリカリするな。怒りは心を狭くするぞ」

「どこから沸いた既知外。いきなり出てきて知った風なことを言うな」

「ちなみに私は、カリカリの実を食べたカリ人間なのだ!」

「何がカリカリの実だ。だいたいカリってなんだよ」

「ほう、知らんのか司。カリと言うのはだな…」

「ベルトを外すなズボンを脱ぐな、俺はそんなもの見たくない!」

「お前がカマトトぶるからだ。何を恥じる必要があろう」

 いや、十分恥ずかしい話だと思うぞ。

 むしろお前のように羞恥心を完全に失ってしまう方が恥ずかしいと思うのだが。

 と、春花が俺の服をツイと引っ張って、言った。

「ねえ、カリってなに?」

 …驚いた。

 春花、知らないのか、カリ。

 コイツ、テクニックは凄いくせに、名前を知らないとは…。

 いや、日本語で言うところの「カリ」がわからないだけで、中国語でソレに相当する単

語なら知っているのかもしれないが…。

「ふむ、春花ももう十○歳。そう言ったことに興味を持つお年頃か。良いか春花、カリと

言うのはだな…」

「春花にヘンなことを教えるなこの淫乱大魔王!」

「失敬だな司、人間として正しい性知識は必要だ。今時は小学生でもこれくらい知ってい

る」

「それに淫乱大魔王は貴方の方でしょう。ぺドフィリアン司」

 突然の毒舌攻撃。

 見ると、居間の入り口に青葉が立っていた。

 いつもの如く、猛烈に不機嫌そうな顔で俺たちを睨みつけている。

 まあこいつはこれで通常だから、特に機嫌が悪いわけでもないんだろうが。

 というか、もし仮に青葉が

「あら、みなさんお揃いで。楽しそうですね、何のお話ですか?」

なんて言ってニコニコ近づいて来ようものなら、俺は世界の滅亡を悟るね。

 こいつがそーゆー態度をとる裏には、どんなに恐ろしい事情があるのだろうか、と…。

「…どうかして?」

「いや」

 青葉の不審を、俺は一言で誤魔化した。

 こんなこと考えてたなんて、知れただけでエラいことだ。

 明日の朝陽が拝めなくなるかもしれない。

 …自分で自分がちょっと情けなかった。

「…寛がカリカリの実なら、青葉はドクドクの実だな」

 俺は思わず呟いて、ハッと口を押さえた。

 しまった!

 また青葉の怒りを買うようなことを言ってしまった。

 ああ、素直すぎる自分が憎い。

「まあそれは別に良いんだけど」

 気にした風もなく、青葉はサラッと聞き流す。

「良いんかい!」

 ドクドクって結構意味深だと思う。

「司。さっき、末莉がどうとか言ってなかった?」

「ああっ、そうだった! それが本題だった! …ん? なんで青葉が知ってるんだ?」

「そっちで、末莉がいじけて泣いてるんだけど。いいの?」

「へ…」

 青葉がアゴでしゃくって示した方向を見ると。

「うう、みんな私を無視する…。やっぱり私はいらない子供なんだ…ぐっすん」

 部屋の隅っこで怯えたようにぶるぶる震えながら、末莉が泣いていた。







 いらん子病の発作を起こした末莉を宥めるのに、三十分を要した。

 途中、

「もう良いんです。やっぱり私は、この家でもいらない子供だったっていうことですっ!」

 シェイクスピアばりに悲劇的なセリフを末莉が叫んだり、

「いや、そんなことないぞ。お前がいなくなると、俺はすごく困る」

「ペドだから?」

「そうそう、俺はペ…って、青葉ぁぁぁぁ!」

「うわーーーーんっ!!」

 青葉の茶々のせいで事態がより悪化したり、

「案ずるな、末莉。誰もお前を邪魔だなどとは思っていない」

「…ほ…ほんとう、ですか?」

「もちろんだ。我々はみんな、お前が好きなのだよ。なあ諸君?」

「うんっ! 私、マツリ大好き!」

「………ふん。私は別に…」

「う”…っ、そ、それは…その…」

 珍しく寛がまともな説得をしたりと、まあ色々あったが、どうにか末莉の機嫌を直すこ

とができた。







 何となく、皆(俺、春花、青葉、末莉、寛)でちゃぶ台を囲んで座る。

 準は例によって外出中で、真純さんは夕食の買い物なんだそーだ。

 まあしょうがないだろう。

 飯時でもないのにちゃぶ台を囲んでいるというのも変と言えば変だが。

「で、末莉。我慢大会がどうしたって?」

 俺は漸く本題に戻るべく、末莉に話を促した。

 そもそもそこがスタート地点だったのだ。

 それがなんだってあんな展開になったのやら…。

「ツカサが妙なこと考えてるからだよ」

「うるさい春花っ! がうっ!」

「わわ、おにいさんが凶暴です」

「体調が狂うと、周期も乱れるからな。月の日なんだろう」

「男にそんな日はないっ!」

「…女性蔑視?」

「そんなんじゃないって! というか、お前らがそーやって横槍入れるから話が逸れるん

だよ! いいか、末莉の話が終わるまで、横槍は禁止だからな!」

 俺が厳然と言い渡すと、一同は不満も露に俺をねめつけた。

 というか…。

「末莉、なんでお前まで春花達と一緒になって俺を睨む…」

「えー、だって楽しいじゃないですか、雑談。私、大好きです」

「お前が持ち込んだ話だろうがこのたわけ!」

「あうちっ」

 軽くデコピンを入れてやった。

「ううう、おにいさんにいぢめられた…」

「えー、そうなんですよー、だんだん仕事にも行かなくなって、毎日ブラブラするように

なって、ついには家庭内暴力で妹に殴る蹴るの暴行。この上は近親…(裏声)」

「黙れ既知外! それ以上喋ってみろ、お前の命日を今日にするぞ!」

「ほほぅ、面白い。では聞く。お前は北斗七星の側で輝く星を見たことがあるか?」

「…無い。何の話だ」

「わたし、あるよー」

「…そうか。私としても不本意だが、これもまた北斗の運命(さだめ)。春花には覚悟し

てもらわねばな」

 おちゃらけていた顔を急激に引き締め、寛はゆらり、と立ち上がる。

 その身のこなしは流れるように自然で、武術の心得の無い俺にも、寛が並々ならぬ力を

持っていることが容易に知れた。

 俺は咄嗟に春花を庇おうとして──やっと、気付いた。

 また乗せられている事に。

 俺はフーッと大きく溜息をつくと、ちゃぶ台に座りなおして言った。

「いや、まあ、それはいいから。とにかく頼むから真面目にやろうぜ。こんなバカ話だけ

で6Kも使ってんだぞ? いい加減にしないと怒られる」

「誰に?」

 青葉の鋭いツッコミが入るが、ここは無視だ。

「そーゆーわけだ、末莉。今度こそ我慢大会の話を聞かせてもらおう」

 途中、春花・寛・青葉が余計なことを言わないよう、俺は目で牽制する。

 バチバチバチッと視線がぶつかり、空中で放電現象が起こった。

「は、はい。でも、あのう…」

 一方の末莉はどうも歯切れが悪い。

「どうした。早く言わないとまたこいつらが悪ノリし始めるぞ。我慢大会がしたいんだろ?」

「い、いえ…そうではなく…」

 俺が話を振ってやっても乗ってこない。

 どうしたんだ? と思っていると、漸く末莉が話し始めた。

「あのう、おにいさん…」

「ああ、なんだ?」

「私、我慢大会がしたいなんて、言ってませんよ」

「は? でも確かに…」

「いえ、あの…」

 末莉は再びもごもごと口ごもり、

「私はただ、コタツにあたりませんか、と言ったんですが…」

 と言った。

「…ああ!」

 俺はポンと手を打つ。

 そうそう、末莉はそんなことを言っていた。

 暑さで脳がとろけていた俺の頭の中では、



コタツ→あたる→暑い→今日は元々暑い→暑いのになんでコタツにあたらなきゃならん→

我慢大会がしたいのか?



 という六段論法が成立したのだ。

「コタツなんかあったのか…」

「はい。部屋の押入れを整理していたら、奥の方から出てきました」

「まあ、古い家だからな。暖房器具としては、床暖房やセントラルヒーティングなんかよ

りはコタツと火鉢の方がしっくり来るけど…」

 夏に使う物じゃないだろう、それは。

「なるほど、コタツか! それは良い、早速皆であたろう!」

 何も考えていない馬鹿寛が早速賛同する。

「コタツ…? なに、それ?」

 春花はコタツを知らないらしい。

 まあ、あれは日本の伝統的な暖房家具だからな。

 中国で生まれ育った春花は知らないだろう。

「日本の暖房家具だ。机にアンカがついていて、上からコタツ布団をかけて、みんなであ

たるんだ」

「?? …よくわかんない」

「口では説明し難いんだ。一目見りゃすぐ理解できるさ」

「うんっ! じゃああたろう!」

「…はい?」

 春花はあっさりとコタツ推進派に回った。

 これで情勢は賛成三(末莉、寛、春花)、反対一(俺)。

 浮動票である青葉をこちらに取り込まなければ厳しい。

 俺はソソソと青葉に近づく。

「青葉さん。青葉さんは、コタツになんてあたりませんよね?」

「…そうね。なんだか急に貴方に嫌がらせがしたくなったから、あたってみるのも悪くな

いかもしれないわね」

「なっ、なぜっ?!」

「なら、家庭内害虫のような動きはやめなさい」

「はい…」

 俺のごますり作戦は失敗だったようだ。

 が、青葉にはコタツにあたる気などないらしい。

 それが確認できただけでも良しとする。

 元からそんな気はなかったらしいから、単に青葉内の俺の株を下げただけのような気も

するが…。

 まあ、気にしないことにする。

 さて、これで賛成三(末莉、寛、春花)、反対二(俺、青葉)。

 俺一人で抜けるのはちょっと辛いが、二人で抜けるのならいいだろう。

「そういうわけで、末莉。俺と青葉はパスだ。当たりたいなら三人であたれ」

 末莉にそう言うと、俺は早々に立ち上がってちゃぶ台を後にする。

 このままここにいて、下手に引きずり込まれたらかなわない。

 ただでさえ、俺は厄介ごとに巻き込まれやすいんだからな。

 俺も青葉の真似をして水風呂にでも入るか──。

 そんなことを考えながら部屋を出ようとして。

 ふと、後ろに抵抗があった。

 首だけで振り向くと、末莉が俺の服の袖を掴んでいる。

 顔を伏せているので、その表情はわからない。

「………」

 こんなシーン、前にもあったような気がする…。

「末莉、離してくれ。俺は、コタツにあたる気はないんだ」

「………」

 末莉は何も答えない。

「なあ、末莉…」

「……いやです………」

 もう一度促して、やっと末莉は口を開いた。

 俺の予想通りの言葉と共に。

「……みんなで……あたりたいんです……。……家族、みんなで……」

 末莉は顔を上げない。

 どうしてこいつはこんなにコタツにこだわるのか。

 まるでわからなかった。

 だから、俺は言った。

「末莉。そんなに皆であたりたいんなら、冬まで待て。寒くなれば、俺だって青葉だって、

頼まれなくてもコタツに入るさ」

 俺は末莉を慰めたつもりだった。

 それで末莉の気が済んで、もうこの話は終わりになると思っていた。

 けれど末莉は、俺の服を掴んだまま。

 ずっと離さなかった。

「あのな末莉…」

 そう言って、別の言葉をかけようとした時に。 
 
「…冬まで…」

 末莉の声が聞こえた。

「…末莉?」

 俺にだけ聞こえるような、小さな小さな声で。







「…冬まで、一緒にいられるかどうか…わからないのに…」







 ──ああ。

 そうか。

 そういうことか。

 こいつは。

 こいつは、寂しいんだ。

 コタツでも、何でも良いから。

 とにかく、何かにかこつけて。

 少しでも、家族らしくできる時間が欲しいんだ。

 皆と、一緒にいたいだけなんだな──。

「…まいった…」

 俺は呟いた。

 それに気付いてしまった以上、もう断れない。

 これで嫌だなんて言ったら、俺は極悪人になってしまうじゃないか。

「…わかったよ、末莉」

 俺は振り向いて、末莉の頭をポンポンと二三度叩いた。

「…おにいさん?」

「付き合うよ。ただし、電源は入れるなよ。そんなことしたら本当に死ぬ」

「…は…、はいっ…! ありがとうございます、おにいさん…!」

 末莉はちょっと涙目になっていた。

 …まったく。

 たかがこの程度のことで、いちいち泣くなよ。

 危なっかしくて、目が離せなくなるじゃないか…。

「…さて」

 残るは、一人。

 難攻不落の大要塞、高屋敷家の独裁者。

 高屋敷青葉さんの説得だ。

 末莉の真意を知ってしまった以上は。

 青葉も、誘わなければならないだろう。

 そうでなければ、意味が無い。

「当たりたいなら止めはしない。でも私は加わらないわよ」

 俺が何か言うよりも先に、青葉が牽制してきた。

 さすがと言うべきか。

 俺が方向転換したのを素早く見抜いている。

「まあ、そういうな。たまには付き合ってみるのも悪くないんじゃないか?」

「あなた、当たるの? あんなにくだらないって言っていたのに」

「…そんなことはない。くだらないことなんかない」

「…あなた、本当に趣旨を変えたのね。見損なったわ」

「………」

「所詮あなたも、寂しいだけの坊やだったのね」

「………」

 そこで青葉はニヤリと口元を歪めて、言った。



「髪が」



「ちょっと待てぇぇぇぇ! 髪はカンケーねえだろ、髪は!」

「──十年と二百六十二日」

「…は? な、なんですかその妙に具体的な数字は…」

「さあ…。そこまでは、残酷すぎて私にはちょっと…」

「待て待て待て、お前が言い淀むって一体どういうことだ?! そんなに酷いのか?!」

「…私には答える資格はないわ。ただ、司、一つだけ言えるとするなら…」

「い、言えるとするなら?」

 青葉の言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。

 な、なんでオレ、こんなに緊張してるんだ…?

 所詮は、いつもの青葉の毒なのに…。

「その時のために、今から覚悟を固めておいた方がいいわよ。フフ、フフフフフ………」

 そう言って笑う青葉を見て、俺は思った。

 コイツ、やっぱり魔女だ…。

「あああああの、おにいさん、そんなに落ち込まないで下さい。たとえおにいさんが歌丸

師匠みたいになっちゃっても、私、おにいさんのこと好きですから」

「ハゲることを前提に話をするな! しかも十年であそこまで酷くなるのか俺はッ?!」

「い、いえ、決してそういうわけでは…」

「いや、もういいよ、どうせ俺なんか…」

 俺、泣きそう。

「………」

 でも、意外なことがあった。

 青葉がフッと表情を緩ませて、言ったのだ。

「…まあ、いいわ。おじい様との思い出のコタツ、久しぶりに見るもの。数年ぶりにあたっ

てみるのも悪くないかもしれないわね」

 そう言う青葉の瞳には、ほんの少しだったけれど。

 優しい光が宿っていた──。







 俺たちは末莉の先導の元、末莉と春花の部屋からコタツを引っ張りだしてきた。

 ちゃぶ台をたたんで壁に立てかけ、コタツを居間の中央に据える。

 コタツ布団が見つからなかったので、俺の布団で代用することになった。

 …なぜ俺の布団なんだ?

 …末莉達の部屋にあったのだから、末莉か春花の布団を使うんじゃないのか?

 そう思ったが、誰も不審がっていないようなので、俺も気にしないことにした。

「ワクワクします〜」

 末莉は目をキラキラさせている。

「へー、これがコタツかー。なるほどー」

 春花はさっきからコタツを眺めては喜んでいる。

「出来れば電源も入れたいところなのだがな。その方がより温まる」

「あんた一人の時にやってくれ…」

 寛は相変わらずバカだった。

「………」

 青葉は青葉で、感無量といった風にコタツを眺めている。

 お祖父さんとコタツにあたった記憶でも思い出しているのだろうか?

 そういう記憶があるのは、いいことだ、と。

 俺は思う。

 少なくとも、俺と末莉には。

 無いものだから。

 こういう時、少しだけ。

 青葉が羨ましくなる。

「…よし。できたぞ」

 俺は四人に声をかけた。

 出来たといっても、コタツを組むことなんて、大して難しいもんじゃない。

 四本の足を繋いで、コタツ布団をかけて、コタツ板を載せれば完成だ。

 電源は繋いでいないが、外見だけは立派にコタツしている。

「うむ。ではあたろうではないか」

 何もしていなかったくせに、こういう時だけ寛が音頭を取る。

「ああ。そうだな」

 でも、俺は素直に頷くことができた。

「…うん」

「…はい」

「…そうね」

 それは他の三人も同様だったようだ。

 コタツには、『場所』がある。

 家庭の本拠地とも言うべきものがある。

 一家の人間が揃ってコタツについて。

 ある者はテレビを見て。

 ある者はミカンを食べて。

 ある者はお茶を飲んで。

 ある者は本を読んで。

 そうしてまた、時には皆でカードに興じたりして。

 食事時には食卓に速変わりする。

 そんな、家族が家族としていられる場所。

 皆が一つになれる場所。

 それが、コタツ。

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 俺たちは、揃って神妙な顔つきでコタツについた。

 これは四人用の普通のコタツだったから、末莉と春花は同じ一辺に入ってもらった。

 俺と青葉が向かい合って、右隣に寛、左隣に春花と末莉。

 お互いの足がコタツの中で触れ合わないように、最初はおずおずと。

 でもやがてそれにも慣れて、俺たちはコタツでくつろいでいた。

「…ふふ。悪くないわね、こんなのも」

 悪くない──その言葉は、青葉にしてはかなり上等な賛辞の言葉なのだろう。

 うっすらと頬を上気させ、潤んだ瞳を向けてくる青葉は、ドキッとするくらいに艶っぽ

かった。

「久しく忘れていたな。こんなにも安らげる時は」

 いつもの狂態はどこへ行ったのか。

 敏腕企業戦士としての本懐を遂げたかのように、寛がしみじみと呟いた。

「…わたし、生まれて初めてです…。こうやって、家族でコタツにあたるのは…」

「…わたしもー」

 年少組の二人も、コタツが大いに気に入ったらしい。

 照れた様に頬を染め、だら〜っとだらけている。

 そうしていれば、二人とも、年相応の幼い少女でしかないのにな。

 なんだか微笑ましかった。

 この二人が、ずっと、こうやっていられるのなら。

 いつまでも、無邪気に笑っていられるのなら。

 当分、この馬鹿げた計画に付き合っていても良いと思った。

「ああ…なんか、全身がとろけそうです…」

 末莉が熱い吐息と共に呟く。

「…ああ、俺も同感だよ…末莉…」

 俺の吐く息も、やっぱり熱い。

「…このままずっと、こうしていたいねー…」

 熱に浮かされたように、春花が続ける。

「コタツは、一度入ると出られないものなのだよ…」

 寛が言葉を繋げる。

「…ああ、体が火照るわ…」

 青葉までがそう言う。

 …青葉まで?

 待て、いくらなんでも、青葉はこんなことを言わないだろう。

 …と、いうことは…。

 ………。
 
 …気付いた時は、遅かった…。









 いつもそうなんだ。

 俺はいつも、後になってから気付くんだ。

 全てを失ってから悔やむんだ。

 何もかもなくしてから、その価値を思い知るんだ。

 そうして、後悔で心がいっぱいになって、何もかもが嫌になって。

 だから、俺は。

 一人で生きてきたのに。

 誰とも係わらないで生きてきたのに。

 そうすれば。

 たとえ、いつも心に穴があいていても。

 孤独から離れることが出来なくても。

 辛い思いを、しなくて、済むから。

 それ以上、悲しい思いを、しなくて、済むから──。

 そう考えたから。

 だから、俺は────



「…司」

 額をぺしと叩かれた。

 目を開けると、洗面器とタオルを持った準が座っている。

 準はタオルを洗面器の冷水に浸すと、俺の額に載せてくれた。

「…熱に浮かされてるね?」

「そのようだ。取りとめのない記憶が浮かぶ」

「…司が悪い。何考えてるの…」

「反論できないな…」



 猛暑と言うほどではないが、それでも十二分に暑い夏の日に。

 何時間もコタツに当たっていた俺たち五人は。

 ものの見事に、のぼせてしまっていた。



「…熱射病にならなかっただけ良かったって、真純さんが言ってた…」

「俺もそう思う」

「…なんで、みんなして、コタツに…?」

「まあ、色々あってな。今度お前も入ってみないか? 悪くないぞ、コタツ」

 俺の言葉に、準はしばらくまじまじと俺を見つめ、そして言った。

「…馬鹿だね。司」









 結論。

 やっぱり、夏にコタツなんて使うもんじゃない────