お約束パターンへの考察
  
1999.2.12
      
 何の取り柄もないけれど、何故かもてる主人公。
 
 最近の恋愛モノ(ゲーム・小説等問わず)には、この手のパターンが多くなっています。
 この方向が主流となったのはここ数年来のことであり、やたらと乱発されまくったため、もう食傷気味になっているユーザーも数多いことでしょう。
 では、食傷気味になっているユーザーは、「何が気に入らなくて」嫌になっているのか?
 それは問うまでもないでしょう、この設定があまりにも多用され過ぎた事によるマンネリ感、新鮮味の無さに起因しています。
 そう、食傷感を感じているユーザーの大多数は、「恋愛モノ」というジャンルそのものに飽いたわけではないのです。
 では、それらのユーザーは、「どんな恋愛モノを求めて」現行を否定しているのでしょうか。
 
 まず、現在彼等が飽いたという設定を、簡潔に字にしてみると。
 
 特に取り柄のない男が、可愛い女の子にもてる
 
 ということでしょう。
 これをどのように変化させれば、再び彼等を購買力として期待できるようになるのか。
 一つずつ見てみましょう。
 まず最初の、特に取り柄のないという部分。
 多分これが、最大の悪因となっているのでしょう。
 しかし、特に取り柄のない=平凡、ということです。
 平凡の対義語は、非凡。
 非凡…すなわち、頭脳明晰スポーツ万能ルックス抜群人柄も文句無しで本日はまことにお日柄もよく…という、まるで見合い写真のような人間になってしまいます。
 まぁ、それは極端としても、このうちどれか一つ〜二つがあれば、十分非凡ではあります。
 しかし、そういった男がもてる話…それはすなわち、一昔前の少女漫画ではないでしょうか。
 いくらなんでも、恋愛モノとゆージャンルを好むヤローが、少女漫画設定にはまるとは思えません。
 なので、ここを変えても意味は無し。
 次に、
 この世は男と女、二極絶対主義であり、その中間は…まぁいるような気もしますが、少なくともそれを主人公にしたところで、そもそも売れるとは思えません。
 よって、ここでは男←→女、だけで考えます。
 男を変えるとしたら、女にするしかありません。
 しかし、男が、女の子が主人公の恋愛モノにはまるとは、到底思えません。
 少なくとも、感情移入がほとんどできないでしょう。
 恋愛モノにおいて、感情移入は非常に重要な意味を持っているので、それを否定するような変更はしてはいけません。
 よって、この項目も変えてはいけない。
 三つ目は、可愛い女の子
 はっきり言って、こここそ、この設定の唯一にして最大のターニングポイント
 変更は絶対に不可能、な場所でしょう。
 ここを変えてしまっては、「恋愛モノ」というジャンルの定義からはずれてしまいます。
 最重要ポイント、毎年の受験で必ず出題されるクラスに大事な項目です。
 以上より、前半・後半部分までは、絶対に変えられません。
 では、変えられるとするならば、最後のもてるという部分だけです。
 ここもまた、一見した限りでは、変更は不可能なように思えます。
 しかし、ぼくは敢えて、ここを変えることを提唱いたします。
 もてるを変えるとすると、もてない。
 これでは、恋愛モノというジャンルに外れてしまうような気がしますが、実はそうでもないのではないでしょうか。
 そもそも、従来の設定では、取り柄もないのに何故かもてるの言葉通り、
 
 主人公は何がしなくても、現実に存在したならば間違いなくコブ(彼氏)付きってなくらいの可愛い女の子達の方から近づいてきてくれ、しかも登場時よりかなりの好意を寄せてくれる
 
 という設定になっているわけです。
 この設定、よくよく考えると、この上なく不自然です。
 ジン・ジャザムくんが、ちょっと前にオフラインで会った時に言っていましたが、
 
 「優柔不断な主人公」とはオタクの姿そのままであり、他者とのコミュニケートに本能的な苦手意識を持っているそれへ、可愛い女の子達の方から近づいてくれる
 
 という、まさにオタク願望の反映だと言えるのではないでしょうか。
 こんなの、一般人には受け容れがたい物であるのも無理からぬ話です。
 そこで、上記のもてるもてないに変える、という話になるわけです。
 すなわちどういう形になるかというと、
 
 主人公は、行動次第で何人かの女の子と知り合えるが、初期状態では皆素っ気ない。
 (せいぜい『良いお友達』)
 そこへ、各キャラをより良く描くためのイベントが起こり、それを主人公と共に経験していくことで、主人公に対する信頼度・好感度を高めていくようにする。
 各キャラ毎のストーリーをより深く掘り下げるためにイベントを多くし、少しでもリアリティを出すために期間も長めに設定するのが好ましい。
 さらに、信頼度・好感度フラグはかなり高い数値に設定しておき、同時後略など不可能ってなくらいに一途に追わないといけない。
 また、「イベント」は、どちらかと言えばトラブル的な意味のイベントが良いでしょう。
 欲を言えば、人生をも左右するような。
 その問題を、主人公と共に解決していくことにより、ヒロインが主人公を信頼するようになり、好感度を増していくわけです。
 これは、「危機を共に乗り越えた相手には親近感を持つ」という、人間の本能的感情を利用しているわけですが、そもそも「好き」という感情自体、人間の種族維持本能に基づいた物だと言えなくもないですから、特に問題は無いでしょう。
 この方式でもっとも上手いのは、バンダイの「ネクストキング」ですね。
 ヒロイン毎のイベントの少なさが、唯一の難点ではありますが、その他の点では文句無しです。
                 (注:あくまでストーリー展開についてのみ考えた場合。ゲームとして考えるなら、システム等、他に問題はある)
 
 さて、ここで改めて上の設定を読み直してみると、あるゲームに酷似していることが分かります。
 そう、言わずと知れたLeafの大傑作、「To Heart」です。
 To Heartが大ヒットした理由の一つに、「それまでにあった設定に似て非なるシチュエーションを用いたため」だと言うのが挙げられると思います。
 すなわち、「取り柄もないのにもてる」という設定に飽き飽きしていた恋愛モノ好きユーザーを、「取り柄はないけど行動次第でヒロインとハッピーになれる」という形に変えることで、上手く取り込む事が出来た、と言えるのではないでしょうか。
 
 ところで、もう一つのパターンとして、平凡を変えるという手もあります。
 上記の通り、「平凡←→非凡」ですが、「性格的な非凡」とする事もできる、ということです。
 分かりやすく例えるなら、エルフの同級生シリーズ・下級生・YU-NO、タクティクスのONEなどの主人公達は、皆すごく性格的に特徴のある人物です。
 その事を上手く使い、やはり「行動次第でヒロインとハッピーになれる」という設定を用いて、ストーリーを盛り上げることに成功しているのです。
 言い換えるなら、彼等は「信念」を持っている、と言えるのではないでしょうか。
 自分自身に対し、確固たる揺るぎなき信頼を持っている。
 これはもう、「取り柄」と言ってもいいのではないかと思うわけです。
 
 というわけで、長々と書いてきましたが。
 今後の恋愛モノで当たる(ヒットする)物は、ほぼこの路線で行くのではないかと思います。
 …とゆーか、'99/2/12現在、既にそうなりかけてるような(笑)