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Clos Saint Denis '94 Georges Lignier et Fils
今週の“引用”
No. 054


船が土星にさらにまわりこむにつれ、太陽は、幾重にもアーチをえがく環のほうにゆっくりと沈みはじめた。環はいまでは、宇宙全体をおおう薄い銀色の橋だった。あまりにも希薄すぎて太陽はすこし陰る程度だが、数知れぬ結晶は、さしこむ光を屈折・散乱させ、目もあやな光の乱舞に変えた。そして太陽が、何千キロという幅で周回する氷のベルトの裏にまわるにしたがって、その青白いまぼろしがベルトに溶けこんで動きだし、天空は流れる炎と火花にみたされた。やがて太陽が環を抜け、アーチに囲われた空間に出ると、光の饗宴は終わった。
すこし後には、ディスカバリー号は土星の影のなかに突入し、夜の面に沿って最接近に移った。頭上では星々と環がかがやき、眼下にはどんよりと暗い雲海がある。木星の夜を明るく染めていた謎めいた光の模様は、ここにはない。おそらく土星は、そうした発光現象を生むには寒すぎるのだろう。まだらの雲海がかろうじて見分けられるのは、土星のかげになった太陽が軌道上の氷をいまだ照らし、青白い微光が反射してくるからだ。しかしそのアーチの中央部は、大きく黒々と欠落していた。見たところ、工事が途中で終わった橋のようだが、これは土星の本体が環に投げかける影である。

ため息が出るような想像力。(座)