事の起こりはこうだった。銀河をほぼ一周し、再び母星に戻ってきた全宇宙連邦会議(移住を目的とした金剛環銀河調査団、合宮国紀元前320世紀成立)は嘗ての朋友、ダイル王国(現合宮国、一次ボーマ帝国に征服され、独立戦争後ダイル共和国と名乗る(ダイル王国には議会が存在していたため時の政府が共和国と勘違いしたと言う説もある)ようになり、ボーマ連邦との最終大戦後国名をダイル合宮国と変更、後の再建200年祭時に魔国がボーマの名を外したのに伴いダイルの名を外した)に立ち退きを要求した。何故合宮国の提案した共存を蹴って迄危険な選択をしたのかは誰にも分からなかった。合宮国は更に譲歩して、国土の半分を割譲する事も提案したが交渉は決裂していた。仕方なく合宮国は魔国と地球に移転を計画しているが思う様に行ってはいない。合宮国は全宇宙連邦会議の強大な軍事力を恐れた訳ではなかった。因みに合宮国の軍事力だけでも軽く銀河を消滅させ得る事が可能らしい。高々地上の生命を40回滅亡させることが可能な軍事力とは桁が違うのである。全宇宙連邦会議も又自分等と同等以上の軍事力が合宮国にある事は知っていた。既に全宇宙連邦会議は上陸を許可していた人民を艦隊に引き揚げていた。合宮歴2338年暮の事である。

 緊迫した正月が過ぎて、誰もが愈だと悟っていた。しかし未だ諦めていない者もいた。第三宮庭の洋一美祢子である。二人は止めるのも聞かず暮れからずっと全宇宙連邦会議の母艦にいた。どうもこの2人は異国が好きらしい。訪ねていくと何だか的外れな事許りやっていた様に記憶している。それでも四月迄、何も起こらなかった。五月、愈最後と思われる首脳会談が開催される運びとなった。勿論私もその席にいた。しかし一旦拗れた物はどうにもならなかった。人々はちらちらと合宮国を去り始めた。洋一らも遂に諦めたのか、第三宮庭に戻って来た。会いに行くと二人は喜んで迎えて呉れた。どんなもんかと聞いてみると又向こうへ行く積もりだと言った。東京市の入官は本当に観光なんかいなと思われる程嘗て無いほど大勢の人で賑わっていた。洋一に一体どうする積もりかと聞いた。すると洋一は真顔で少し脅しが足りないと言った。横で美祢子が凝っとしている。どうやら合宮国では国土を諦めるらしい。成程それで戦わずして済むなら安い物だ。そこで二人は第三宮殿をどうするか思案しているらしい。全宇宙連邦会議の御偉方は洋一美祢子には好意を持っていた。洋一の話では第三宮殿を引っこ抜いて美祢子も気に入っている火星の平原に移動したいらしい。第三宮庭も火星も元々荒野から始まっているので適している。しかし遂に実現される事はなかった。美祢子はこよなく第三宮庭を愛していた。


 

Aug.17th, 1998

 

 

MNK T

 

 

Doro UENO

 

This story is written for the series of "welcome to the castle no.3".

 

 

 

Content
 
 

Introduction

T

U

V

W

X

Y

Z

[

\

]

]T

 

back to home

 


 

 

 

T

 

 ドクター貝原も顔を出しに来た。城の移動に就いて計算と機械の設計をしていて、どうも旨くないと頻りにぼやいている。夫からどうも向こうの人は分からない、何で此処迄宙新星に拘るのか。ドクター貝原は又明日一番で来ると言ってそそくさと城を後にした。珍しく遺跡人がやって来る。「いやあ久しぶりです。捜しました」と言ってニコニコしている。何で現れたかは大体察しがつく。何時始まるのかを知りたい丈なのだ。洋一は遺国の宇宙船を貸してくれないかと言った。最初は驚いていたが少し考えた後「ようござんすよ」と遺跡人は言った。武器は積んでいないが、恒星間移動用の強力なエンジンを持つ。しかしここ数万年飛んだ記録はない。現在、遺国の489機が地球に巣喰っている。地下に埋もれているのだが、地上の者としては特に有り難い物という物でもない。内の船を使えと勧めたが首を横に振った。ははん奴さん何か考えているなと思ったが黙っていた。洋一は遺跡人と一緒に、「一寸出掛けて来る」と言って出て行った。美祢子は何も知らない様だ。知らないでいて呉れた方が万事旨く行く。ヘリオス星系第6惑星から造られた(今は小惑星帯であり、真意は定かではない)と言われる全宇宙連邦会議艦隊は全部で70,000隻以上ある。真逆遺国489機全部出しても敵うまい。きっとそれとも闘いを回避する事でも思い付いたに違いない。 

 

 

U

 

 夜中、静止画像と静かな音楽の流れる国営放送の画面が突然動き始め、引き攣った声でアナウンサが以下のように繰り返し発表していた。

「全宇宙連邦会議は19日未明より大規模な降下部隊を魔国領内に侵入させました。一部は合宮国内にも降り、自動防衛システムとの間で交戦中です。ライヴです、どうぞ。『えー、こちら…』。」

 輸送艦の腹からシャトルが発射されている。辺り一面昼のように明るい。シャトルからはタンクが出てきて進攻している。全宇宙連邦会議が魔国攻め? 合宮国は隠れ蓑だったのか。馬鹿な。合宮国が千年間その位置すらも確認できなかった幻の国を。しかしまずい事になったな。魔国を発見できなかった全宇宙連邦会議は作戦変更を余儀なくされ、合宮国攻めに切り替えるだろう。敵になるとは知らず最終防衛線の内に導き入れてしまった今の合宮国は内堀を埋め立てられた大阪城、夏を待たずに新合宮国の誕生は時間の問題だった。

「只今合宮国は正式に降伏しました。『合宮国の皆さん。大切なお話があります。今私達は無条件降伏を受諾しました。しかし負けを認めた訳では……』全宇宙連邦会議に切り替わります。『我々は先祖の地を取り戻した。更なる闘いは好まぬ。速やかに退去されたし……』。一方魔国は全宇宙連邦会議に国土侵犯に対し……」

 

 

 民族大移動が始まった。皆両手に持てる丈持って、俯き加減に疲れた表情で歩いていた。第二京の旧王立図書館には数十億冊の蔵書を誇っていたが、何者かによって火が放たれ、一週間たった今でも延焼している。幸い火星街と遺国が電子化を完了しているので支障はないだろう。其処から北に目を移すと、魔国の各宮殿が地上に現れて宮国人を受け入れている。後方に一際大きくそびえ立つ黒っぽい城が全宇宙連邦会議に睨みをきかしている。地上480m、地下250m、魔国暦1201年に建築された魔国王宮重力城は、その構造から決して落城する事はないと言われる。直ぐ横では全宇宙連邦会議の大型掘削機が爆音を上げている。これを心配して宮国に来ているRomeoとF.T.が様子を眺めている。

「全宇宙連邦会議は一体何をしてるんでしょうね。朝から晩まで穴堀ばかりしていて」

「きっと、昔隠して置いた埋蔵金でも捜しているんだろ」

「そんなに簡単に見つけられるんでしたらとっくの昔に見つかっていますよ」

「どうも康夫と奈保子が余り好くは思っていないらしいね」

「よく思っている者なんか一人もいませんよ。唯各国とも合宮国の二の舞は御免だから黙っている丈です。ところで洋一の姿が見えませんが」

「遺跡人と遺国艦の試運転中らしいですよ。まだ侵攻の前の事だったらしいけど」

「あの人がいればこんな事には……」

「或は地球のように立ち直れないほどぼろぼろになりながらも、山河は残っていたかもしれない。今と同じ状況だったら地球も戦争になっていたかどうかは分からない。洋一美祢子も今回の合宮国の決定に深く拘っている。人々にとってこれが一番良いと言うことを知っているんだ」

 目の前でユンボが何かの線を引懸けた。途端に空から青い閃光が走り、ユンボが音もなく蒸発した。兵士は大騒ぎしている。

「あれは!」

「宮国の防御システムだろう。可哀そうに比較的新しいのか全宇宙連邦会議の重機は反応しないらしい」

 兵士がこっちにもきて、「危険ですから、下がっててください」と云う。第二京に戻り7Fの食堂で全宇宙連邦会議の悪戦苦闘を観覧する。合計8度レイザが光っていた。遂に彼らは掘削機を全て失い、諦めて艦に戻って行った。宮殿内には魔国への便を待っている人々でごった返していた。東京市行きに対し3倍ぐらい居る。大変な込み様である。上空を小型の円艦が通過して行った。

「あれ?」

第三宮殿への方角である。後ろから合宮国と全宇宙連邦会議の航空機が停止を命じて追跡していたがその差はじりじりと広がっていった。二人は右手同士で手を叩き、

「流石、SS」

と言って、第3宮殿に向かった。 

 

V

 

 鏡機構を出ると二人は直ぐ「早く表に出て」と怒鳴られた。美祢子のようだ。庭にいくと城の上空にSSが停泊している。

 

 

SSはαβ星(ヘリオス星系から3.2光年の位置にある恒星αβ星の第2惑星αβ星)の宇宙船で、クリッパーの異名を持つ高速客船のはずなのだが、奈保子所有のSSは船体の九割がエンジンと燃料タンクと言う非効率な構成をしている。故に我々は敬意を表して垂れ流しタンカーと呼んでいる。一説には魔国と合宮国の最後の戦争時に、魔国第8艦隊の空母(宙新星に現存するただ一隻の軍艦。魔国最初で最後の空母。故に名前はない)艦載の急降下爆撃機に絨毯爆撃され撃沈した合宮国戦艦マーネット(後に魔国から摂取した合宮国戦艦とは異なる)と同型エンジンを積んでいるとされる。マーネットはこのエンジンを8機搭載していた。

 

 

SSは何個かフックを垂らしている。美祢子がサインするとゆっくりとSSが上昇し始める。物凄い疾風が吹き荒れる。城はびくともしない。艦が出力を上げる。耳を擘く様な爆音を上げる。地上にいた者は一人を除いてみんな森の方へ避難した。切れたアラミドワイヤが垂れ下がって来る。嵐が去ると艦はいなくなっていた。ワイヤが全て切断されている。暫くして艦が戻って来た。美祢子は諦めず新しいワイヤを括り付けている。

美祢子、殺す気か? 加速で潰れちまうぜ、ったく」

「もう一度行くわよ、奈保子」

「どうですか、美祢子

「まあ、F.T.、Romeo久しぶりね。Julietはお元気?」

「ええ、明日こちらに来ます。第二京で全宇宙連邦会議の起重機が合宮国の監視衛星のレイザで撃たれてましたが」

「そうなのよ。システム止められないのよね」

「それはそうと、余り穏やかざることをしてる様に御見受け致しますが」

「そう? ここも全然駄目だわ。SSなら第二京ぐらいは軽々持ち上げられるんだけど」

「そういえば洋一は遺国で」

「どうしたのかしら。もう2週間も音沙汰なしよ。この忙しいときに……。みんなのいて、城を沈下させるわ」

 フックを懸けた侭城は強引に潜った。そこをSSで力任せに持ち上げた。湖から水しぶきが森を直撃する。美祢子はずぶ濡れになりながら見守っていた。今度は引っこ抜けそうだったが、炎が見えたと思うとその侭エンジンが停止し湖に突っ込んだ。奈保子が降りて来る。

「駄目だ、主エンジンいっちまった。なんて頑丈なんだお前の城は」

「どうしてなのかしら」

奈保子は湖から艦を引き上げ機体を修理している。ドクター貝原は庭のテーブルでデータを眺めながら頻りに旨くないとぼやいている。其間も大勢の人達が東京市に向かって列を作っている。長年暮らしてながら斯う言っちゃ何だが、東京市何て碌な所じゃない移住するんだったら他を当たった方が賢明だ。

 森の入り口に臨時の入官が出来ている。その中を掻き分けながら、ぼろぼろの服をまとった男が列に逆らうように第三宮殿に歩いて来る。テーブルの氷水を見つけ一気に飲み干した。顔はすすけ、髪はぼさぼさに縮れ、手足の至る処から出血がしていた。この男遺跡人なのだが声を掛けられて美祢子が気付く迄誰一人遺跡人とは気付かなかった。

美祢子、一緒に来て戴けますか」

「遺跡人さん?洋一に何か!」

遺跡人は諾いた。美祢子は倒れ架かった所を遺跡人に支えられている。

「行きましょう」

「大丈夫ですか、少し休まれた方が」

「いいの。早く会いたいの」

私は直ぐ飛んで行った。

「遺跡人、まさか」

「残念ながら」

「てめェ、よくも」

「止めて、康夫。お願い」

「すいませんでした、美祢子。取り乱したりして」

4DTVの前に人だかりが出来ている。移住者の列も立ち往生している。4DTVが煙を噴いている。草原一面に砂が巻き散らかされている。みんな泥だらけだ。

「ん? 何だ、テロか?」

普段と様子が違う。暗い地下道がない。地平線の彼方迄茶色の空が広がっている。一面の土煙だ。覗き込んでも底が見えない。視界は徐々に回復して行った。それと共に被害の大きさに足が振るえてきた。巨大な大穴が遺国街から4DTV迄、一部は東京城迄続いていた。隕石でも降ってきたのか?

「何だこりゃ、何をした、遺跡人」

「我々も東京市の地下にこんな物があろうとは思いませんでした。地殻の奥深くから続いているようです。賢明にも洋一が実験中万一の事を考えて実験区への立ち入りを制限していたので被害は最小限に食い止められたのですが、その……」

「続けてください」

「遺国艦の上昇実験中に地盤が抜け落ち、バランスの崩した艦が4DTVにぶつかりそうになったとき、洋一はとっさに艦に飛び乗りエンジンを点火しました。ちょうど裏返しになっていたのでそのまま大量の土砂と共にクレバスに飲み込まれました。現在遺跡人全員と地球人の有志で深度の調査をしています」

「よかった。まだ死亡が確認された訳じゃないのね」

「しかし遺国艦と雖も高速で地面に激突すればただでは済みません」

「これじゃ東京市に人が行けないな。捜索以外の者は東京市まで橋を架けてくれ。それから……」

「遺跡人、一体どうしたらこんな大穴が開くのですか」

「ここからだと地下100m位から下の黒土の所ですが、そこまで穴が開いていたと思われます。その上辺りで遺国艦が上昇テストをしていて抜けました。我々も方々に地下道を掘っていますが……」

「こりゃひでェ。遷都だ、遷都だ」

美祢子は早々奈保子の艦から落下傘を持って来て単独地底へ向かう。

美祢子、まだ落石が多くて危険ですから……、と言っても無駄か。おい、美祢子に続け」

全宇宙連合会議の使者が東京市へ行くため第三宮殿を訪れていた。しかし宮国人も地球人もそれ所ではなく構う者はいなかった。移住希望の宮国人に交ざってうろうろしている。ミラーポートまで来て、巨大な大穴を見て驚愕していた。

「地球とはこんな前衛的なものを持っているのか」

隣で作業をしていた地球人は愉快そうに答えた。

「ちゃうちゃう、宇宙船の上昇実験で穴開いちまっただよ」

「一体どんな大きな船なんだ?」

全宇宙連邦会議の使者は呟いていた。後日これが大きく報告される事になる。

 

W

 

洋一さァん」

幾度となく木霊が響く。丸で悪魔が口を開いてるかの様に不気味である。見上げるとうっすら空が見える。切り立った崖のせいか物凄く遠くに感じる。直ぐに土煙の中に入った。何も見えない。ゆっくり下降しているの丈判る。時々岩の崩れる音が反響と共にする。もう埋まって仕舞っているのかも知れないと思った。一向に地底に着きそうにない。

洋一さァん」

木霊丈が響く。だんだん心細くなって来る。上の方で大規模に岩が崩れる轟音が響く。急にガクンと引っ張り上げられた。落下傘が何かに引っ掛かったらしい。真っ暗闇で何も見えない。手足をばたつかせても何にも当たらない。紐を手繰り寄せる。構造物の一部と思われる鉄骨に引っ架かっていた。落下傘を仕舞、鉄骨の上をトコトコ歩く。美祢子はトコトコという音が気に入って歩き回っていた。砂で足を滑らせ、真逆様に落ちていく。手に当たったワイヤに必死にしがみつく。

「きゃァー」

『きゃァー』が5、6回響いた。まだ地底まで幾らかある様だ。遥か上の方から康夫等の声が聞こえて来る。

「大丈夫ですかァ」

少し安心した。足が着くのに気付いた。薄いボンネットの様な踏み心地だ。ポコポコ音がする。歩くとカチッと硬い物を蹴った。ガラスの様だ。懐中電灯で照らしてみると飛行機か何かのコックピットだった。

「あったわァ」

入り口は直ぐ見つかったがびくともしなかった。非常口と思われる扉のロックが回った。ギギギと錆び付いた鈍い音がして開いた。懐中電灯を上に向けて照らしておく。続々とパラシュート部隊が降りてる。

「どうですか? 美祢子

「まだわからないわ。割と頑丈なのね、遺国艦って」

「これは遺国艦じゃありません」

「えっ」

「真逆……。ありゃ、シャトルじゃないか懐かしい。しかし何でまたこんな所に」

「向こうに洞窟が続いてます」

「羽田沖宇宙港の駐機場がこの近くにあったのかな」

「残念。下へ向かおう」

十分程すると地底に着いた。結構フカフカの土だ。各自スコップで辺りを掘り始める。

「この下に埋まっているのは間違いないんですが……」

「康夫だ。Romeo、聞こえるか?」

「はい、感度良好です」

 

「現在の位置は?」

「大体なら判ります。地上から890メートルです」

「遺国艦の位置は判るか。上にあるのは地球のシャトルだ」

「シャトル?」

「そうだ。本物だ、先確認した」

「確認しました。そこから20メートル下に円柱艦が……」

「それだ、でもどうしよう。上から釣り上げるか」

ZZZ……。岩が降って来る。

「地震だ。岩陰に隠れろ」

「地滑りでしょう。上じゃ全然搖れてないですが」

「冗談云うな。激震だよ、立ってられん。遺跡人なんとかせい」

「この振動は……」

「げっ、地割れだ。また底が抜けるぞ。逃げろ」

「逃げろって一体何処へ。うわ、地面が隆起してるぞ」

「埋まっちまうぜ、このままじゃ」

30分も続いただろうか、急に明るくなったかと思うと地震も治まった。半分埋まった体を掘り出して様子を見に行く。

「ああ、助かった。冗談じゃないよ。まだ十分人生も楽しんで……」

降ってきたのか涌いてきたのか船がある。

「遺−223だ」

洋一さァん」

美祢子、出迎え、ごくろう」

「何がごくろうだ、心配掛けやがって」

「ん? 康夫や、遺跡人までどした」

洋一、ここは地上から千メートル下ですよ」

「えっ……。4メートルの誤植じゃない?」

「やべ、頭打っちまってるよ」

「ほっとけ」

「良かった、無事で。ほんと良かったわ」

「ありがと、美祢子。まあ積もる話は戻ってからゆっくりと」

「何を暢気な」

「遺−223はまだ生きている。結構頑丈だな、遺跡人」

「ええ、地球まで来たのもこの船でしたから」

「ほう、しかし幾ら強力でも第三宮殿は持ち上がらんぞ。金剛環銀河一と言われるSSが火を噴いた」

「あれは要領があるんです。まあ二ヶ月もあればどんな船でも」

「どうすんだよ。もう全宇宙連邦会議の侵攻が始まってんのに」

「でっ?」

「『でっ?』って、合宮国は即時無条件降伏。二週間以内の立ち退き。死傷者は出てないが、合宮国中大混乱だぜ」

「妥当なところだ。奴さん達穴ばかり掘ってるだろ」

「そうなんですよ」

「俺がはっぱ掛けといた」

遺国艦が地上に浮かび上がると一斉に大歓声が起こった。

「すごい歓声だね。宮国王でも来てんの」

「この艦だよ」

「宮国人は何か勘違いしてないか」

「さあな、偉大なる東京市の解放者さんよ」

 

 

X

 

 洋一を除いて残り全員真黒で第三宮殿に戻る。乳母の顔が引きつっている。

「まあまあ皆さん、何ですの其格好は。姫!」

「乳母、お茶にしてちょうだい。疲れたわ。もううんざり、一日が一ヶ月に感じるわ」

「どうもすみません。私のせいで」

「ありがとう、洋一、あなただけだわ、気を使ってくれるのは」

「わたくしも……」

「はい、はい、乳母も大好き」

みんなドーナツを口に詰め込める丈頬張ってる。疲れた、疲れたとは言っているが、にしては凄いパワーだ。

「船井代表、大変です」

そこへ東京市の人達が飛んで来る。

「どうしました?」

「皆さんもドーナツでも食べながらゆっくりと」

「それが、先の開口部より猛烈な勢いで石油の噴出が」

「へえ、東京市って石油出たんだ。ラッキーだな、康夫」

「そいつはどうかな。前の戦争時の備蓄タンクでもあるんじゃないか」

「んなもんは串木野につくっとけばいいんだよ、ったく」

「しかし、あれは岩盤にしか造れないはずだぜ」

「2次災害の危険が」

「もう、やだ……」

「だ、代表、そうおっしゃらずに」

「陽子、遺国艦で栓をしちゃいましょう」

「あれは遺国宮殿として由緒ある……」

「まだ488艦残ってるだろ。決まりね。陽子、リモコンで動きますから」

「ありがとう、遺跡人」

「仕方ないですね。他にいい方法もないですし」

みんな第三宮殿でぐっすり眠った。一番早起きした美祢子でも庭に出て来たのは十時過ぎだった。

「おはよう、乳母」

「おはようございます、姫。お客様が随分前よりお待かねですよ」

「誰方?」

「全宇宙連邦会議の十二人委員の御三方です」

「あら、占領軍のお偉いさんね。でも会えるまでまだ二、三時間掛かりそうよ」

「みなさんだらしがないですね。私が行って叩き起こしてきましょう」

「仕方ないわ。こう毎日色々な出来事が起こっていては」

「紅茶でよろしいですか」

「あァあ、私もゆっくり休みたいわ。駄目かしらね、乳母」

「この頃、一向に働いている所を見かけしませんが……」

「そうね、そうやって段々年を取って行くんだわ。私もう二十五よ。一体毎日何をしているのかしら? きっと後々後悔するに決まってるわ」

「後の世では偉大な哲人に数えられているかも知れませんよ」

「乳母、私はね、何もいらないの。地位も名誉も財産も。みんな乳母にあげる。だから安らぎを頂戴」

「まあ、嬉しいですわ。でもお手伝いは致しますが、姫に安らぎをあげられるのは私ではないと思いますよ」

「誰か言っていたわね。暇がない、金がないと言うのは言い訳に過ぎないって。そういう人ほど自分にはチャンスがないって言うそうよ。やあね。全く」

「姫、私、思うにその方は屹度苦労したことがないのだと思いますわ。でなきゃ……」

「いいのよ。乳母大好き」

「おはようございます。いい天気ですね」

「おはよう、洋一。昨晩はよく眠れましたか」

「さあ、よく眠れたかどうか判らないと言うことはよく眠れた証拠ですかね」

「姫は、いつも乳母に洋一様の不満ばかり漏らしていますのよ」

「ああ、これはいつもいつもご迷惑ばかり掛けて……」

乳母は食事を取りに行く為美祢子の横を立つ際洋一の耳元で囁いた。

「姫は早く結婚したいそうですよ」

「あら、違いますよ、洋一。やァね、乳母ったら」

「その……」

「どうした、洋一

「紅茶でよろしいですか、康夫」

「ありがとう、タッカ女史。所で……」

「どうも姫にプロポーズしようとしてるようですけど」

「その……」

「無理しなくてもいいんですよ、洋一

「駄目、駄目。此奴はこういう事はからっきし駄目。美祢子の方から切り出してみたらどうです? 諾くぐらいは出来るでしょう」

「その……」

「あァ、今日も紅茶がおいしいわ」

「あら、冷たいこと」

「乳母!」

「喰われて仕舞いそう」

「もう」

康夫は洋一の背中をどんと一叩きする。

「あァ、びっくりした。でも一体何に驚いてたんだろう? 康夫知らんか」

美祢子が愛想つかすのも解るような気がする」

「憶えてらっしゃらないの」

「こいつ、ロボットちゃうか。ったく」

「この頃どうも記憶が思わしくてなくて、年は取りたくないですね。と思うのも老いた証拠ですかね。早いとこ……」

「結婚したいか」

「うん」

「だそうですよ、美祢子

「ありがとう、洋一。私、屹度幸せになるわ」

「いや、その……」

「今日はダージリンティですのよ。まあ洋一、まだ……」

平手で背中をひっぱたく。

「式は来週でよろしゅうございますわね」

「はい?」

「おっ、決めたか。おめでとう」

美祢子はぽろぽろ涙を流して、放心状態である。乳母と康夫は二人してピースサインをしている。洋一は一体何があったのか美祢子に聞いている。美祢子は嬉し過ぎてまだぼうっとしているようである。洋一の声も耳に入らないらしい。康夫と乳母は支度におおわらわである。直ぐ近くのテーブルではタイを外しハンカチで額を拭う燕尾服の三人の紳士が時計をちらちら眺めながら葉巻をふかしている。続々と東京市に向かう人々が第三宮殿を後にしている。洋一美祢子の傍で心配そうにしている。後の連中は幸せそうに夢の中にいた。昼の鐘が鳴っている。依然として状況は好転する兆しがない。東京市の方から来る者がある。

「おはよう、洋一

「あれ、陽子、泊まってたんじゃ」

「私、いつも六時起きよ。で、東京市まで散歩。あら、美祢子どうされたの」

「さっきからずっとこの様子です」

「もう大丈夫です。突然だったものですから」

「?」

「?」

 

 

「まあひどい、洋一。結婚してくれるとおっしゃったじゃありませんか」

美祢子、ちょっと待って下さい」

「おめでとう、洋一

「どんどん取り残されて行くなァ。私の知らない内に勝手にお膳立てが整っていく」

「宜しいじゃありませんか、もう潮時ですよ」

「どうせ、もう康夫と乳母が言いふらしてるだろう」

三人で雑談を交わしていると一時の鐘がなった。康夫が走って来る。

「大方参加で決まりだ。恐らく合宮国最後の宴会だろう」

「おまえと奈保子さんでやれよ。俺は大騒ぎは好かん。はい、美祢子。婚姻届一式。一応合宮国、魔国、地球、火星共和国、αβ国、遺国、全宇宙連邦会議の各フォーマットで用意してあります」

「いつも持っていらしたの?」

「ええ、此処に来た時からずっと」

 

 

Y

 

 Romeoが起きてきて祝いを述べている。そこへ慌ただしく十七宮殿の衛兵がきた。

美祢子姫、王が……」

「どうしたのです」

「単身全宇宙連邦会議の十二人委員に決闘を申し込んでいるのです。どうしたらいいのでしょう」

「直ぐ行きます」

「ターナーさんとタイラーさんだったっけ? そこにも三人いるよ」

「えっ、何してるんですか、こんな処で。よく……」

「何だっけ、乳母」

「東京市の代表に話があるんだそうです」

「私に? 何かしらねェ」

「やべェ、大穴開けちまったのがまずかったかな」

「それだ、きっと」

「やァね、まったく。仕方がないわ。私が話を付けておきましょう」

「遺跡人も一緒に行け。じゃあ、陽子宜しく。俺らは王を説得に行って来る」

王は一人魔国領で剣を構えていた。周りを機関銃を持った全宇宙連邦会議の兵士が取り囲んでいる。冠を被り、黒に金の刺繍を施したマントを身につけ、鎧をして、甲を手にしている。これに対峙し、魔国の近衛兵がこれを傍観している。全宇宙連邦会議は地上降下の際魔国の了解を得ていたようだ。何回か密使が行き来し、近々不可侵条約が締結されるらしい。魔国が戦いに目覚めると合宮国、全宇宙連邦会議をもってしてもくい止められないと言われる。ただ魔国はダイルとの大戦後不戦を誓い、領内の1点に国を封じた。重力城の兵だったので我々を知っていた。少し下がっててくれるよう頼む。魔国兵が下がると、全宇宙連邦会議の兵も引き下がった。

 

 

「大勢で、何しにきた。美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子

「ねェ、おじ様、昔言ってらしたわね。『美祢子が結婚するときは必ず祝ってやる』って」

「確かに言った。喜んでお祝いさせてもらうよ。ん? こんな事を聞くためにきたのか」

「そうです、王。祝典期間には殺生は禁じられて……」

「さあ、話は聞いた。帰ってくれ。わしは奴らが勘弁ならん。このまま恥を忍んで一生過ごすぐらいなら戦って死ぬ方を選ぶ」

「勇敢でいらっしゃるのは判りますが、今の状況では単に無謀にしか見えませんよ。降伏によって死者は一人も出ていないし、友好国のおかげで国土も確保できたし」

洋一は土下座して、

「お願いです。ここは我々と魔国の兵士に免じて御引き取りください」

残りも膝間づいて懇願している。

「わからん。何故そこまでしておいぼれ一人に」

「今王に死なれる訳にはまいりません。痛み分けでございます。殺し合いは止しましょう、誓ったはずです。土下座もいたしましょう、卑屈にもなりましょう、人命を守るためなら」

美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子、マーティン王を覚えているかい」

「御祖父様?」

 

 

 儂は殿下に最後まで付いておった。そのころ確か美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子は密かにNo.3を造成中だったかのう。殿下は2200年の攻防で最後に儂にこう言われた。『なあ、フサ。惑星はな、青い方がいいのう』。現在の合宮国の国旗が青と白から成るなのが分かるかな。それまでの合宮国の国旗は緑の球だった。宙新星は我々の物ではない。しかし我々は宙新星なしには生きていけない。だから一度でも宙新星を離れた者の手に委ねてはならないのだ。彼らは宙新星がなくても生きていけることを忘れてはならぬ。

 

 

「しかし、叔父様」

美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子の言いたいことも分かる。しかし、儂にはマーティン王殿下の考えも理解できる。美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子はなぜ合宮国と魔国が互いに干渉しないか分かるかい」

「3つ子の魂百までも」

「違うのじゃ。合宮国も魔国も過去を悔い、許し合っているのじゃ。憎しみは癒えた。しかし、会えば必ず喧嘩になる。進化してきた元が違うから仕方のないことなのだ」

「全宇宙連邦会議とも?」

「別々にすめば問題はないだろう。全宇宙連邦会議も分かっているようじゃな。美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子_mnk.html#美祢子">美祢子">美祢子達にできるかな」

「ありがとう、おじ様」

「いいんじゃ、美祢子。それより書類を貸しなさい。サインしよう」

「?」

「結婚するんじゃろ? 相手は洋一君かな」

「ええ」

「これを考え付いたのも彼だろ」

「恐れ入ります。王」

「おめでとう。君達はみんな我が子のように思ってる。だから頼まれれば厭とは言えんな」

魔国兵は引き上げ始めた。王と魔国王は知り合いらしい。

美祢子、悪いけど王と一緒に第一宮殿に行ってください。殿も多分いるでしょうから」

「じゃあ、晩餐はこちらへいらしてください。皆さんも御一緒に」

「わかった」

 

 

Z

 

 第三宮殿に戻ると三時を回っていた。やっと残りの連中も起き出してきている。入れ替わりに徹夜で橋を架けていた連中が食事をしている。これから城で休むと言っていた。もうみんなに知れ渡っている。顔を出すと祝福してくれる。美祢子も連れてくれば良かったと思ったが端の方でまだ陽子が全宇宙連邦会議の12人委員とやり合っていたので矢張王を連れてこなくて良かったと思った。奈保子が羨ましそうにしている。如何にしてこの策略に填ったかを話すと「よし」と言って乳母の所へ行った。

「おおJuliet、久振りだね。ずいぶんきれいになって、Romeoが虐めるようだったら言ってください。懲らしめに行きますから」

「結婚なさるそうですね。おめでとうございます」

「私も気が付かない内に話が進んでたんですが、美祢子の嬉しそうな顔を見たら断れなくてね」

「あら、何処がご不満かしら。女性の私から見ても良くできた方ですわ。失礼だと思います」

「うう……ん、何というか、おおい、Romeo、ちょっと」

「何ですか、洋一

「RomeoはどうしてJulietに結婚を申し込んだんだ」

「どうって、なにせ切迫してましたから、唯、『結婚してください』と」

「言葉じゃなくて理由は? 好きだと結婚したくなるものなのかな」

「好きだからとしか言えませんね。あっ、ドクター貝原が倒れてるぞ」

「そうね、年頃になると、自分の価値観において最も優れている異性に魅かれるものではないでしょうか」

「その達成が結婚?」

「人間って生まれたときに始まるわけではないでしょ。それまで自分達を先祖が苦労して守ってくれた訳じゃない? 私の中には先祖の人々が生きているのよ」

「絶やす訳には行かないか」

「それに人間って一人じゃ生きて行けないでしょ。二人でやっと一人前なのよ、人って」

「確かにそうなのかも知れないね。でも秤に掛けられないけれど自分の好きな事をすることも大切な事だと思う。俺は不器用だからね。二つの事を並行して行う事は出来ないんだよ。だから私や美祢子はその両方ともは叶わないかもしれないな」

「寂しいことをおっしゃる」

「世の中にはそういう人も居るんだ」

「肯定はしません。でも否定もできないのよね。私って弱いわ」

「ありがとう、Juliet。誰しもこの世に生まれ来て行わねばならないこと、守らねばならないものがあるんだよ。人によって皆違うし、守れるか否かは判らない。まず行うことは行わねばね。権利を主張するんだったら義務を果たさないといけないだろ」

洋一美祢子の守るべき物って何ですか」

美祢子のは美祢子に聞かなきゃ分からないな、聞いても教えてくれないだろうけど。私の場合は何だろう。嘲笑的だね。或る二つの選択を迫られればどちらかにする。そんな考えかな」

「こら、洋一。てめえ、奈保子に何吹き込みやがった」

「さあ? Romeo、ドクター貝原どうだった」

「三日ほど寝てなかったそうです。そういえば洋一、何回となく騙されてきましたが今回は本当なんですか」

「らしいねェ。奈保子と康夫の方が先だと思ってたけど」

「嬉しくないんですの?」

「一人の方が気楽でいい。自由だしね。合宮国とか地球は政権がコロコロ代わるし、それでなくとも美祢子は何か重要なことがあるらしいし、もし美祢子に何かあった場合私が代わりにやらねばならない。極力我々の間には何もない方がいい。愛情は判断力を鈍らす。命に関わる。私が引き継いで行えればいいが出来なければそれで全てが『The end』だ。永遠に闇に葬り去ることになる。どうも我々にも関連する重要なことらしい。だから……」

洋一、お話中申し訳ないんですがちょっと宜しいですか」

「どうした、遺跡人」

「陽子と全宇宙連邦会議の話が付かないんです。どうも東京市と友好関係を結びたがっているらしいんですが」

「いいんじゃないの。おい、康夫」

「うるさい。いま取り込み中」

「お前の国だろ、ったく。奈保子も一緒に聞いてくれ」

「遺跡人、陽子は何と言ってるんだ」

「第三宮殿の存続です」

「で、全宇宙連邦会議は?」

「第三宮殿の移動で食い止めようとしている」

「Romeo、魔国はどうなっているんだ」

「極秘ですから直ぐ忘れてください。不可侵及び魔国領内不定一点の保有」

「何だ、第三宮殿も一点にしちめえばいいじゃねえか」

「無理だよ、康夫。造りが違うんだから」

「仕方ねえ、話でも聴きに行くか、洋一

「どうせ康夫もその方が良かろう」

日がとっぷり暮れて月が顔を出した。もう七時を半分以上回っている。

美祢子怒ってるだろうな」

「そいつはありがたくねェぞ、洋一

「第一宮殿で飯を用意してるはずだ」

「抜けていいから。お前だけでも行ってやれ。触らぬ神に何とやらだ」

「じゃあ、第三宮庭をよろしく」 

 

 

[

 

 洋一は人並みをかき分けるように第一宮殿に行った。第二京や第三宮殿とは対称的にがらんとしている。既に運び出しは済んでいるようだ。「美祢子さん」と叫んでみると声がエコーする。明かりは付いたままだったが人の気配はない。間違いか? 殿の部屋に行ってみる。矢張誰もいない。いつもは厳重な警備が敷かれているので違和感を覚える。降伏すると王宮はこうなるのか。光と共に音も繁栄の象徴である。だがここには音は存在しない。哀愁とでも言うのだろうか。この城は朽ち果てて行く。食堂も居間もポートドアも昨日と同じである、たった一つ誰もいないことを除けば。何処からともなく悪魔の叫び声の様な音が聞こえて来る。何だろう。下の方へ歩いて行く。ダッシュしてみる。前転してみる、後ろ向きに歩く。何か妙な感じがする。真夜中の住宅街を歩くとこんな感じがするのではないか。奇妙な音は消えた。突き当たりに妃の部屋が見える。此処は私に取って感慨深い。遂扉を叩く。静寂の中で扉が壊れんばかりの音がした。どきっとした。然し中から「どうぞ」という声がして一瞬心臓が凍り付いた。神に背く行いをしている気がした。私はとてつもないことをしてるのではなかろうか。いっそこのまま逃げて仕舞おうかとも考えたが一生日の目が拝めなくなりそうなので永遠にさい悩まされるよりは、えいっとばかりに扉を手を掛ける。然し一体誰が? 開ければ分かる。中央で鉄瓶が涌いている。此処はいつきても落ち着く。永えの憩いの場。妃と声がでかかったとき背を向けていた女が振り返った。悲しそうな顔をしていた。長い黒髪のかつらに花が沢山ある黒地の振袖を着ている。

美祢子さん?」

「どうぞ」と女は言った。

空気が重い。女は男に席を譲って正面に座った。後ろの戸棚から得体の知れない粉を取り出して湯呑にいれている。終えると鉄瓶を火鉢から取り出して湯呑に注いだ。その際湯が零れて炭がじゅっと音を立て、ぱっと白煙が上がった。辺りにぽっとお茶の香りが漂う。女は刷毛で湯呑をかき混ぜている。男は正座している女が座布団をしていないのに気付き、悪いと思ってか尻の下から座布団を外し余所へ遣る。女は一瞥をくれたが気にも止めないようだった。キョロキョロしては拙いと思ったのか男はじっと鉄瓶の湯気を眺めている。注ぎ口を湯気が撫でると水滴が付き白煙が過ぎると水滴も一緒に消えて仕舞う。何度も何度も同じ繰り返しが続く。女は立ち上がって男の右隣にきて湯呑を差し出し

「どうぞ」

と言った。ぼうっと鉄瓶を見つめているのを見て不思議そうな顔をしている。お礼を述べて受け取る。女は何やらつまみのような物を皿に盛っている。搾りたての野菜ジュースに見える。口を当てると熱くもなくぬるくもなく多少泡が立っている。元来、苦いものだと思っていたが意外に甘く感じる。そういう種類なのかも知れない。一気に飲み干してしまった。おかわりしてもいいのだろうか。底の方に少ししか入ってなかったところを見るとDrinking coffeeのようにごくごく飲む物ではないようだ。礼を言い、返す。

「もう一つ入れましょう」

と言って又あやしげな粉を注ぐ。建物の中にあり、今は夜の筈なのだが、障子からは薄く木漏れ日が射している。木々が風にそよぎ、小鳥の囀る声も聞こえる。それに障子の隙間から風が吹いているのが分かる。向こうには何があるのだろうか。覗いてみたい。足を崩して結構ですよという。大丈夫ですと答える。答えが上の空なのを聞いて疑問に思ったのか、向き直り言った。

「障子を開けてごらんなさい」

「第一宮殿は…」

「障子を開けてごらんなさい」

「えっ?」

洋一は目を疑った。眼下の小さな湖まで草原が広がっている。湖畔で野生の馬が水を飲んでいる。その先は小高い丘になっている。かなたの山は蒸気を上げている。日が昇っているものの風は未だ冷たい。掌を日に当ててみる。太陽光に間違いなかった。下駄を履き、表に出てみる。振り返るとぽつんとこの茶屋が一軒だけあり、後背の丘に赤土を踏み固めた道が続いている。東京市地下道で始めて4DTVを見たときも感じた不思議な感覚だった。

「母方の祖父が祖母のために火の国という所を参考に造ったそうです。実際は極東の魔国との国境に近いところにあるのですが、人が住まなくなったのでここと繋げてあります」

「祖母は地球の方だったんですか」

「ええ、恐らくは。名を静と言います。スパの好きな方だったと聞いています」

「スパ?」

「ホット・スプリングと言えばお分かりでしょうか?」

「ああ、温泉のことですか。聞いたことはありますが」

「では、室内に閉じ篭もっていても宜しくありませんし、大自然を魅了してみましょうか」

「賛成です。一度、美祢子と腹を割って話したいと思っていたんです」

「嬉しい、ずーと洋一が好きだった。これからもずーと好きよ。……」

「これは、偶然、合宮国を訪れたときからずっと考えていたんだ。僕は合宮国にいられたら幸福だなって。美祢子と一緒なら恐い物はない。地球に帰れば地獄だ。みんな許してくれると思う。でも地球人として僕は地球を愛している。いずれ別れの日が来るだろう」

「その先に死があるにしても一緒にいられるなら恐らくない。1秒でも多く過ごしたいの。でも私は合宮国の代表。人民を守らねばなりません。その為にはいかなる屈辱も受ける覚悟があります。私は、自分一人だけ幸福になることが許せないのよ。何でみんな幸福になれないの?何故、人を殺そうとするの?何故、人の物を盗もうとするの?何故、人を奴隷にするの?私が国の代表でなかったら、きっと死ぬまで洋一と一緒に過ごすでしょうね。でも、いくら生活が苦しかろうと、人の物を盗んだりはしないと思うわ。だって、二人で力を合わせれば、出来ない事なんて何もないんですもの」

美祢子

「はい?」

「このまま時間が止まったら何んなに幸せなことだろうか」

 

 

 洋一は前によろけそうになって我にかえった。どうやら、余りの心地の良さにうたた寝を始めたようだった。一体いつから眠り込んでしまったのだろうか?正座して腕組みしていたようだった。端から見れば瞑想しているようにも見える。知ってか、知らぬか、美祢子は2杯目のお茶を注いでいる。うたた寝をしていたのは2、3分だったのだろうか?とても長い時間に感じられた。あるいはたった2、3分では考えられない量の事柄を聞いたような気がした。本当に夢だったのだろうか?二、三度周りを見渡していると、足を崩して結構ですよという。大丈夫ですと答える。又悪魔の雄叫びが聞こえて来る。

「あれは、あの音は何ですか」

「城が沈んでいる音です。正確に言えば外壁が水圧で反る音です。もうわざわざ浮かせておく必要もありませんから」

そうですかと言っておく。茶をいただく。二杯目は少し渋くなっていた。

「可哀そうに」

「えっ」

「何百年も大切にされてきたのに、何百年も私達と一緒に暮らしてきたのに、連れて行って上げられない。悪いのは私達。城は悪くないのに、可哀そうに」

「ですが……」

「小さい頃、まだおじいさまも生きてらした頃、最も楽しかった頃、よく此処で遊んでて大目玉を食らいました。よっぽど好きだったんでしょうね、此雰囲気が。でも直きに此処もなくなります」

「仕方がない……と思います」

「そう。私の小さい頃が消えてしまう。一番好きな時が」

美祢子さんっ」

「どうしてなの。なくなって欲しくないものはみんなわたしから離れて行く。おじいさまも、小父様も、零宮も、そして合宮国も。私だけ置いて行ってしまう。私も消えてしまいたい」

美祢子は一人でしくしく泣いている。

美祢子、しっかりしなきゃ。あなたも消えてしまえば誰が此世界を守るんですか」

使い捨て世代に生まれたせいか、所有物に対し愛着はないではないが新しいものの方が気になる。そしてすぐに飽きる。だから一つの物を大事に長い間使う人の物に対する愛着は理解できない。大切にするよりも使いこなす方に重点を置く。故に使い方が雑になる。当然長持ちはしない。夫でいいと思っていた。新しいものを使った方が効率も燃費もいいからだ。次から次へと安いものをじゃんじゃん造る。人は愈愛着など持たなくなる。然し全部が全部斯うである筈がない。使い分けをしなくてはならない。私は愛着のあるもの全てを失った。家、友、親、国、学校。悲しいとか悔しいとかそんな事考える暇はなかった。使い捨て社会は必ず内部崩壊する。

美祢子、もう泣くのはお止めなさい。悲しんでも戻ってきやしませんよ。夫より今夜は此処に泊まりなさい。明日迎えにきます」

「しくしくしくしく」

「君が消えれば、君の記憶している物が総て消える。四百五十年間の歴史が全て消えて仕舞う。消える分丈作り出せばいい。曾て君が第三宮庭を造ったように」

「……」

美祢子

「はい」

「二人でもっともっと良い物を造りましょう。無くならないような」

「はい」 

 

\

 

 第二京を覗いてみたが、誰もいなかった。おおい、みんな何処へ行った。表にはまだ大勢立ち退きを拒んでがんばってる人達がいたが城内は藻抜けのからだった。7Fのレストランに行ってみる。此処も人影はない。外を覗くと魔国領に沢山の全宇宙連邦会議の船が停泊している。宇宙港の整備も終わっているようだ。これだけの船があれば地上に降りる必要もないだろうに。驚いた事に彼の第二宮塔は営業しているようだ。第二京領内で一カ所だけこうこうと明かりがともっている。要領よく全宇宙連邦会議に取り入ったに違いない。爆音を轟かせながら全宇宙連邦会議の輸送艦が第二京をかすめて行く。第二京の奥は入った事がなかった。無事に出てこれる者はいないと言われている迷宮だ。合宮国政府も表の五分の一しか使っていない。迷って出て来れないのも困るので諦めて、第三宮殿に向かう。不思議な物で居る処にいないと普段いない処にいたりするものだ。第三宮殿では夜中にも拘らず激論が闘わされている。何時の間にか全宇宙連邦会議の最高幹部が五人に増えている。乳母が椅子でうたた寝している。誰も私が戻った事に気が付かない。テーブルに置かれた紅茶を飲む。冷えきっている。移住者の列は途切れていたがそれでもかなりの人がいた。

「今晩は、Asahi。お元気そうで」

「あなたが美祢子と結婚すると言うので飛んで来ました。ありがとう、洋一美祢子もさぞ……」

「それが妹さんは第一宮殿の妃の部屋で泣いておられます」

「なんで?」

「合宮国が亡くなってしまうからです」

「仕方がないわね、そんな事を言ってるの、美祢子は。私が連れ戻します。主役がいないんじゃ……」

「お願いします、美智子。行ったんですが泣かれてしまいまして」

「任せて、それより美智子って誰方?」

美祢子の姉様です。巫で滅多に人前に現れることはない謎の人物です。と『Who's who』に載っていました」

「そう?」

Asahiは変な顔をしていたが忙しそうに第一宮殿に向かった。掴みかからんばかりに激論してる方へ行く。寝てる時間なのにご苦労なこった。出来れば後免被りたい。

「康夫、調子はどうだ」

「早かったな。丁度今領土分割を求めている所だ。第二京を含めるかどうか」

「え? 奴さん達第三宮殿は諦めたのか」

「第三宮殿、第一宮殿、第七宮殿だ」

「やるなァ、陽子」

「ちゃうちゃう。どうも奴さん達はオレラを恐れているらしい。理由までは知らんが」

「この間の大穴じゃないのか? あれは兵器で開いた物じゃないからな。でもばれたらどうすんだ。即戦争だぞ」

「分からないから譲歩するんだよ。心配するな。俺に任せておけば万事旨く行くさ」

「何か嫌な予感がするわァ」

更に三人の全宇宙連邦会議最高幹部が加わった。宮国人の大移動は大方終わっていた。こんなに都市の割譲を認めると、魔国からも要求される。黙っているαβ国も只では置くまい。更に明け方三人来る。全宇宙連邦会議にとっては第二京を渡すと魔国領は直ぐ目の前なので呑めない条件だった。朝になり乳母がテーブルに三回目の紅茶を運んで来る。明るくなって気付いたが橋をこしらえてた連中も面白そうにテーブルから眺めている。それに我々、全宇宙連邦会議の十一人、合宮国に最後の別れを告げている人々、各国の首長級が合宮国問題協議に来ているため、その連絡員と珍しく第三宮殿が賑わっている。

十時過ぎ頃仮調印がなされた。第一宮殿第三宮殿第七宮殿の譲渡と第二京の協同管理。気味の悪い程の上出来だった。洋一は相手と握手するのも忘れて第一宮殿に向かってかけだしていた。遺跡人が理由を教えて全宇宙連邦会議の幹部達を宥めていた。康夫はあくびをすると草むらの上で爆睡し始めている。仕事を終えた全宇宙連邦会議の幹部達は第三宮殿の庭園を散策していた。地球と全宇宙連邦会議の会談の結果はすぐに各国に報道された。しかし合宮国内で夫を聞く事はなかった。

 

 

]

 

第一宮殿は昨晩より水位が上がり、城の半分は浸水が進んでいた。洋一はドアポートから入るなり、異変を感じ取った。キナ臭い。

「火事か?」

窓から仰け反るように身を乗り出すと、上空に全宇宙連邦会議の艦艇がいる。第三宮庭にいた全宇宙連邦会議の幹部は11人。階段に加わらなかった唯一の幹部はメレトス、全宇宙連邦会議宇宙軍を司る。まさか、それでは革命ではないか。天守から機銃の音が聞こえてくる。続いて手榴弾の炸裂音。疑いの余地はなかった。しまった。強引にでも美祢子を連れ戻しとけば良かった。間に合ってくれ。

「反乱だ」

康夫は耳を疑った。全宇宙連邦会議の幹部が青い顔をして本部に連絡を入れている。架橋していた作業員が鶴嘴片手にドアポートから突入したがすぐに戻ってくる。

「駄目だ。武器はないのか」

康夫は苦虫を噛み潰したように仁王立ちをしていた。奈保子は首を横に振るだけだった。美祢子が合宮国内への武器持ち込みを堅く禁じていた。救助に行こうにもSSはオーバーホール中だった。

「全員東京市へ避難。終わり次第ミラーポートは閉鎖。命の惜しくない者は続け」

康夫は壁に架かっていた鉄剣を取るとドアポートの向こうへ消えた。

 天守閣では美祢子とAsahiが必死に全宇宙連邦会議の兵士を撃退していた。艦が横付けされている。下の階では柱を切断している。全宇宙連邦会議も背水の陣だった。生け捕りを命じられているためか、障害物が多いためか、銃器を携えていない。皆短剣だ。此奴ら海兵隊だな。飾ってあった槍を取って加勢する。

洋一

「とにかく逃れて下さい」

手榴弾を5、6個艦艇に投げ込む。船は煙を吐いて沈んでいく。

「第三宮庭に行って下さい。まだ康夫達がいるはずです」

残った兵を引き受けて二人を逃がす。

「ふふふ、もう、船は来ないぞ。さァ、降伏しろ」

船は着水していた。そこから、城内へうじゃうじゃと兵士がなだれ込んでくる。

「しまった」

ドスン、ドスンと大砲の音がしたと思うと、壁をぶち抜いて「わぁー」と城内に兵士が突入している。と言っても此方も手が離せる状況ではない。どこかに抜け道でも……。あった。ダストシューターのようだ。カッターのない事を祈って、

「なむさん」

後ろで、「続け」という声がした。しめた。ドアポートの近くだ。第三宮庭のドアを開けると遠くで剣のぶつかり合う音が聞こえるが、第三宮殿はすでに全宇宙連邦会議の兵士で一杯だった。他の宮殿は既に制圧したと見えて、第一宮殿に集結を始めている。ドアポートの反対側はぽっかりと大穴が開いていて、さっきの船がから兵士がなだれ込んでくる。Asahiと美祢子が見える。やっとの事でそこまでたどり着く。

美祢子、他に出口は?」

「ないわ」

「ドアポートを閉じて下さい。これ以上……」

「どうするのよ」

「第三宮庭も東京市側へじりじり後退しています。もはや占拠は時間の問題。迂闊でした」

「革命なんて」

「船を分捕ります」

「そんな……」

「やるだけやります。人質は後免ですから」

洋一は二人を船に載せ、ドアをロックすると艦の上を走って行き、コックピットに銃を撃ち込み、上昇を命じた。艦は緩っくり上昇を始め、張り付いていた兵士は皆振り落とされた。

「Asahi、美祢子、大丈夫ですか」

「Mr.上野、銃を床へ」

洋一はコックピットの外から屈んで中を覗き込んだ。美祢子とAsahiが手を頭の後ろに組んでいる。男が銃を突きつけていた。

「駄目よ。洋一

「おまえがメレトスか」

「光栄だね。私を知っているとは」

洋一は銃を室内に投げ込んだ。艦は上昇を止め、中空で静止している。

「委員の残り11人は東京市と条約を結んだぞ」

「何を恐れているのだ? 金剛環銀河最強は全宇宙連邦会議宇宙軍なのだ。奴らはふぬけだ。今ごろは拘束されているだろう」

「生き残りたくば、私を殺し、この二人を解放する事だ」

「君は勘違いしている。君は拘束されており、交渉できる立場にはないのだ」

「生き残りたくば、私を殺し、この二人を解放する事だ」

「時が来れば誰しも、己の肉体から解放されるだろう」

「全員消えるぜ、きっと」

「この男を牢にぶち込んで置け、手錠に重しを忘れるな。女性はここでよい。女性は丁重に扱わないと」

「たった一人、貴様のせいで……」

「?」

「お前一人の世で死ななくてもよい人が大勢死んでしまった。あのままだったらみんな幸福に暮らせたのに」

「止めなさい、洋一

全宇宙連邦会議の兵士達は頭の後ろに組んだ洋一の手の中にふっとナイフが現れるのを見た。美祢子の制止を振り切り、洋一はメレトスの背中めがけ大型の軍用ナイフを放った。ナイフは兵士の驚きの声に振り返ったメレトスの右眼球を掠めた。その瞬間、メレトスの自動小銃はキャノピーに向け5、6発を発射した。内1発が洋一の腹部を貫通した。洋一はバランスを崩し、何か掴もうとしたがそのまままっ逆さまに湖面に落ちて行った。

「しまった。捜索隊を出せ、必ず見つけ出せ」

メレトスは右目を押さえながら怒鳴った。

「あの人が死ぬような事にでもなったら、貴方方只じゃ済まさないわよ」

聞こえるか聞こえないかの小さな声でぼそっと美祢子が言った。

 

 

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「合宮国からの退去及び空間移動装置の閉鎖を要求する」

新宇宙連邦会議の要求に対し、魔国、火星、東京、合宮国は代表を集め協議していた。既に東京市行きのミラーポート迄は全宇宙連邦会議に攻め込まれていた。その先はクレバスで仮設橋が架かっていたが戦車が通れず、遺国人指揮の東天と向かい合っていた。

美祢子を怒らすと大変だ」

洋一は手段を選ばない」

「魔国人の恐竜化は避けたい」

「守星権だけは守らねばならない」

「遺人を目覚めさせるとまずい」

そう簡単には結論が出そうにはなかった。どうにかしようとしてどうにかなるんなら、そうしているはずである。

 魔国レヂスタンスによると、美祢子とAsahiが人質となっており、全宇宙連邦会議地上軍が第一宮殿周辺で捜索をしている所から見れば、洋一は全宇宙連邦会議の手には落ちていないようだ。しかし、目撃した者によれば、洋一は助かってもかなりの重傷ではないかと言われる。康夫以下東天幹部は第一宮殿を抜け、第二京市街に潜んでいた。神出鬼没の数十人の中隊は全宇宙連邦会議地上軍からは幽霊部隊として恐れられた。武装は奪取した全宇宙連邦会議の物である。夜間捜索に出る部隊は悉く帰ってこなかった。唯、この圧倒的優位にたつ幽霊部隊も積極的には戦おうとはしなかった。夜間第一宮殿の湖畔を移動していた。

 人質の一人美祢子は合宮国代表である。捕まった時点で姉の美智子が代表になる。数日後、人質のもう一人、駐宮魔国大使Asahiが美智子であると判明したとき、合宮国は決断したようだ。守星権消失は、宙新星のみならず、金剛環銀河の崩壊を意味する。魔国に了解を取った後、えり選りの精鋭部隊を編成、全員国籍を捨て、王子清を隊長に合宮国武器庫へ向かった。火星は魔国からの要請に応じ、戦前キングダム、リバティーに次ぐ、3番艦として造られ、無傷のまま戦後行方不明となっていたスペース・コロニ、ソラリスを密かに魔国領域に送り込んでいた。1番艦、2番艦に積まれていたようにソラリスにも強力なレイザ兵器が搭載されている。

 洋一は辛うじて湖から岸に上がるのが精一杯だった。見つからないよう、木の根元に隠れると呟いた。

「俺とした事が。熱くなるなんて年取ったかな?」

洋一は低い唸り声に目を覚ました。目を開けると、目の前に大型の獣が居た。全宇宙連邦会議に見つかったと思ったとき、獣の口が開いた。

「お探しいたしました、洋一様。またお会いできて光栄です」

「小鉄か」

「今、安全な場所へお連れいたしますので」

小鉄が言うにはAsahiは事態を予測していたようで、小鉄に第一宮殿の森に居るように命じたそうだ。

「お身体は?」

「弾は内臓を外れている。だが、暫くは動けないだろう。逃げられる物ではない」

「ご安心を」

同じ頃康夫達は湖の反対側にいた。湖上にはサーチライトを照らしている小型の艦が居た。

「準備はいいか。では、焚火を」

湖上の艦は焚火の主が洋一ではないということを疑うこともなく、降りてくる。先頭の4人が音もなく倒れた。不審に思って上昇しようとした艦は高い木々に翼を引っかけ、墜落、爆発、炎上した。確認できるはずだが、第一宮殿から救援部隊は来なかった。康夫達は、現場を離れる際に奇妙な物を見た。湖の向こう、炎に照らされ、浮かぶ、大きなゴシックの城だった。

「あんな所に城はないはずだが」

「少なくとも全宇宙連邦会議の物ではないようですな」

城は闇に紛れるように消えた。

「重力城? どういう事だ、小鉄」

「Asahiよりコントロールをお預かりしています」

「あの人は何者だ?」

美祢子さんが合宮国の代表なら、Asahiは魔国の代表なのです」

「そうです。Asahiが合宮国の美智子である事はご存知ですね。合宮国の代表となる者は強くなくてはならないそうで、小さい頃から他所へ修行へやらされます。美智子の場合魔国だった訳です。そこで美智子は比類なき才能を発揮します。そして魔国人である事が発覚します」

美祢子もそうだ。有り得なくはないそうだ」

「魔国人は魔国を離れてはなりません。そこで、時の魔国王が美智子が魔国に居残らない代わりに魔国を託したのです。つまり、魔国を滅ぼすも繁栄させるも美智子の思いのままなのです。魔国は二度と繁栄してはならない国です。もしもの場合魔国を滅ぼさねなければならない。そのために第二京の魔国代理店があるのです。美智子は魔国大使Asahiとなり、公の場から姿を隠しました。合宮国で彼女が幻の王女と呼ばれる所以です」

「それで美智子さんも結婚していなかったのか。合宮国では男女とも18歳で結婚しなければならないことは知っているか」

「はい、なんでも他国でのボランティーアがあるそうで」

「合宮国は金剛環銀河で戦っている国があればそこに言って戦いをやめさせる義務を負うんだ。かつて宙新星は金剛環銀河の各惑星を侵攻し、多くの文明をつぶした前歴がある。王族といえどもこの例外ではない。しかし美祢子とAsahiはこの法より上位の法により免除していない。なぜだか分かるかい、小鉄」

「上位の法とは何ですか」

「国の代表は国を守らねばならない。しかし、合宮国も魔国も武装はできない。故に、伴侶に軍神を選ぶことになる。美祢子の場合、俺であり、Asahiさんの場合、君になるわけだ」

「ぼくがですか」

「俺だってそんな力はないさ。力は国の代表者が有する。俺らはその発動を行うだけだ」

「もし、美祢子さんかAsahiさんのどちらかでも失うことになれば」

「どちらを失うこともできぬな。しかも悪いことにみんな感情的になっている。辛い決断をせねばならぬかも知れぬ、小鉄」

「合宮国か魔国を見捨てろと?」

「メレトスが地上にいる間にけりを付けねばなるまい」

 

 

「あの、忌々しい上野は未だ見つからぬのか、ドヌープ」

「司令、生きているかも分からぬ者の捜索に割く人員があるのなら首都第2京の警備に回して下さい。各国は合宮国に最強の特殊部隊を送っているらしく、地上軍はもはや3割しか残っておりません。これでは地上制圧は不能です。いっそ一旦全軍を軌道上に引き上げた方がよいかと」

「ならぬ。我が軍の動揺を誘うだけじゃ。それより、こちらの要求が聞けぬなら人質の保証は出来ぬと伝えろ」

「各国より、『わが国は貴国の要求を遵守している。そのような者はいない』とのことです」

「ええい、銃剣を突きつけてでも人質に記者会見させろ」

 

 

 第2京では物々しい警戒が敷かれていた。しかし、それも第二京周辺だけであった。郊外に派遣された兵士達は尾鰭と背鰭が10本ずつついた幽霊部隊の噂を聞いており、逃亡を始めていた。全宇連は会見は寂しい物であった。今や唯一の最高幹部となっていたメレトスは顔を出さなかった。魔国、東京などへ要求を広報官が淡々と述べていた。どれもどうでもいいようなことと思われた。魔国にある合宮国亡命政府、魔国、東京とも手を出さない理由は単に軍を持たないからであった。戦いで決着をつけない。これは金剛環銀河が120余年前、銀河内の最後の戦いを大勢の死者を排して得た結論であった。画面は少し窶れたと思われる美祢子とAsahiを映し出しいていた。キャビンの背景の星の位置から艦艇が探索された。

「合宮国の真の代表、美祢子でございます。皆様にぶざまな姿をさらけ出し、恥ずかしく思います。私は任務の遂行が不可能と判断いたしました。ここに、合宮国代表の地位を姉の美智子に委譲することを宣言いたします。皆様の幸福をお祈りしていります」

美祢子に屈託する表情はない。清々しささえ感じられる。合宮国内では代表者の美祢子に何かあったら美智子がこれを引き継いで行うと言うことは平時からアナウンスされていた。

変わってAsahiが登場する。

「魔国代表のAsahiでございます。このような形で皆様とお会いするのは初めての事と存じます。美祢子とは小さい頃からの友人でございます。今回このようなことになり大変遺憾に思います。美祢子も申しておりましたとおり、我々が取引の材料になることは皆様にとっても喜ばしいことではございません。ここにAsahiの持つ権利、すなわち、魔国代表の地位を魔国王子であるRomeoに、そして先に美智子として委譲されました合宮国の真の代表の地位を地球火星国連邦のYoko FUNAIに譲ります。魔国の皆様、長い間お世話になりました」

この瞬間、地上では今までの喧騒が嘘のように静まり返った。人々はただじっとTVsetの画面を眺めていた。宇宙の終わりを待っているかのようであった。美祢子はAsahiが美智子であることを知らなかったようだ。目を丸くして驚いている。Asahiは美祢子に向かってただ静かに微笑むだけだった。宙新星では恒星ヘリオスの防衛拠点であるαβ星の奈保子の3人をして宙新星の制御者と呼ぶ。公式には合宮国の美祢子も魔国のAsahiも象徴としての国の代表である。しかし人民の信認を受けた軍の発動含むあらゆる権限を保持する真の代表は暗殺を防止するために伏せられていた。

 

 

 洋一は小鉄とともに第2京向かいの魔国領に作られた全宇宙連邦会議の宇宙港が見える丘の上からこの会見を見ていた。腹部の銃創は、半ば癒えていた。洋一美祢子が真の宮国代表であることを知らなかった。そして以前美祢子の口から直接、真の代表は代わることができないことを聞いていた。

「もし代表が亡くなったときには、私か洋一が代表に代わって行わなければならないのよ」

「なにを?」

「宙新星の制御よ」

「人に星の制御なんて可能なのかい」

「できなければ宙新星に永遠の冬がくるだけよ」

「永遠の冬?」

「光も熱もエネルギーも時間もない世界。ただ物質が限りなく希薄に広がっている世界」

何であのとき気がつかなかったんだ。何で美祢子が真の代表であると気がつかなかったんだ。

洋一、こうなってしまってはAsahiも美祢子ももう…」

会見の終わった後もずっと、洋一と小鉄は丘の上から小さく見える全宇宙連邦会議の放送を中継しているモニターを凝視していた。小鉄は洋一の唇がかすかに動くのをみた。

美祢子、遺言にはさせんぞ、断じて」

「Asahi、一人では死なせませんよ」

空が一瞬明るくなり、次の瞬間地上に停泊していた全宇宙連邦会議の艦艇が爆発音とともに大破した。洋一はほこりを払うと立ち上がっていった。

「小鉄、さあ行こう、新しい時代が始まる」

 

 

 魔国と合宮国の合同最高幹部会はある結論に辿り着いていた。美祢子とAsahiは簡単に権利を委譲する旨を述べたが、委譲は困難だった。美祢子とAsahiが各々代表者に任命された理由の一つとして脳波による宙新星の制御システム、防衛システムの制御が可能だったからである。この二人は、4DTVを自在に操れる事からも判るように光国人の血を引いている一握りの人間なのである。最高幹部会の出した結論は嘗ての金剛環銀河の枠組みを取り戻すこと、則ちマーパ光国の再興である。神話を分析したところによると、マーパ光国はおよそ20万年前まで宙新星に存在していた現在より数万年進んだ文明である。金剛環銀河の大半を治めており、原始文明の発展を促していた。しかし、黄橙銀河帝国の侵略を受け、崩壊。8つの国に分かれたと言われる。最もマーパ光国人に近い民族から心、ボーマ(現魔国)、ダイル(現合宮国)、ベルン(現αβ星)、パイロン(現全宇宙連邦会議)、ナームメンカイロとなり、カロン(現遺国)、宙は別の星系の国である。心は異宇宙へ出たと言われ、一説では地球のある宇宙へ来たのではないかと言われるが、消息はない。ボーマ、ダイル、ベルン、パイロン、カロンは、名称を異にするがほぼ、民族を保っている。ナームメンカイロは、ボーマの植民国となり、民族的には消滅した。一部が地上魔国領極東に自治国がある。宙については存在が疑われているほど資料がない。一説には黄橙銀河に国があるのではないかと言われる。エネルギー・バランスから推察されるところによると、金剛環銀河と黄橙銀河は異宇宙とつながっていることが知られている。また、宙と心で宙新星の古い呼び名である宙心星との関係も判っていない。宙心星は、1つ以上存在の予言されている星で現在の宙心星の存在する場所に嘗て存在していた星と言われる。何らかの現象で現在の宇宙と切り離されていると考えられている。現在の宙新星は、ヘリオス星系の他の惑星と組成が根本的に異なっていることが確認されている。現在、宙新星に起源を持つ現存する4カ国の中では、合宮国が圧倒的に大きい。宙新星内では魔国と2分しているが、金剛環銀河内外に多くの連盟国を持っている。全宇宙連邦会議と魔国が人口で拮抗している。この4カ国を統一してしまおうというのだ。しかし、問題もあった。現在、全宇宙連邦会議軍を中心にした新宇宙連邦会議が軍を掌握していることだ。

 

 

 また、ここ20年で金剛環銀河を席巻し始めているのが、商業を中心に進出している遺国と火星共和国であった。重複はあるものの1カ国の勢力圏だけで銀河の1/3を占めるに至っている。超空間通信の発達が銀河を一つにしてしまったため、爆発的に貿易が増える結果となった。丁度、船舶を量産できる立場にあったのがこの2カ国であった。20年前に2つの発展の予測されていたものの一つ、通信の発達の影響を遙かに凌駕する勢いで発達した第3空間(仮想空間のこと、実世界や魔国のような4次元空間に対し、感覚の錯覚を利用したもの)は、銀河の至る所にまで普及し、人々の生活を一変した。神経信号の解読に成功してすぐに登場した第3空間により、居ながらにして銀河の辺境の料理、酒、舞踊、競技から民族的習慣までを満喫できるようになった。人々欲求は、金銭的余裕から銀河中のあらゆる文化を楽しむ方へと変わっていった。ここに、すべての銀河の人々の効用が向上するという新たな錬金術が生まれた。ゆえに、合宮国や魔国にとって全宇宙連邦会議がこれほどまでに高度な手動式軍隊(合宮国や魔国には、戦争放棄したあとも自動防衛システムは残っていた)を維持してきたことが驚異であった。そして、冷戦はいつの間にか終結するだろうと高をくくっていた。

 

 

 マーパ光国再興委員会では、もう何日も堂々巡りを繰り返していた。新宇宙連邦会議側の対応待ちだった。人質をとられているため、またその人質がVIPであるため、こちら側から攻撃を仕掛けるわけにも行かない。攻撃を受ければ、合宮国の宙新星の自動戦闘システムが作動することになるだろう。一度陥落の憂き目をあっているこのシステムは戦後根こそぎ改良されている。新宇宙連邦会議も軌道上の母艦から攻撃するほど愚かではなかった。従って、軍がにらみ合ったまま、膠着状態がもう半月も続いている。両陣営方ともたとえ勝ったにしてもそれは束の間の勝利であろう事を悟っていた。もはや、通信と仮想空間がここまで普及してしまうと艦(はこ)を用いた移動の必要性はなくなり、枠組(国)による運営の必要性も薄れていた。
 
 


(続く)

 
 
 

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