第 三 宮 庭 へ よ う こ そ / 再 び
上 野 堂 郎
T
最後に美祢子に会ったのは何時だったろうか。確か第2宮歴2321年の夏、第一宮殿で宮国王武の三女美佐子の第3776代目美子の襲名記念披露宴会に呼ばれた時だ。以来数年、多忙故会っていない。そういえば地球に居ながら久しく康夫や遺跡人にも会っていなかった。元々一大事でも発生しなければ集結するような連中ではないから不思議ではないのだが……。少し前に魔国のRomeoとJulietが火星観光帰りに寄ってくれた。平和はいいけれど犯罪が増えて困ると言っていた。何処も同じか。
昨夜仕事から戻るとファクシミリに伝言が書かれていた。見覚えのあるマークだと思ったら案の定美祢子からだった。美祢子は電話で用を足すという事を知らない。有無を言わさないようにする為だと奈保子が言っていたがあながち冗談とも思えないところが怖い。昔は電報だったらしいがそれがテレックスになり、暫くするとファクシミリになった。e-mailではないのはうちにネットワークPCがないからだ。例によってアリス婆さんの代筆だ。
「明日朝第三宮庭迄御足労願いたし。美祢子」
逢いたい。不図、そう思った。何故だか分からない。何故今迄機会がなかったのだろうか。熱い物が込み上げて来る。最初に美祢子に逢ったのは、そう、まだ地球では地上と衛星との泥沼のスペースウォーズを繰り広げている頃だった。東京市の地下道で来る日も来る日も血管にオイルの通った鉄の化け物相手に弾を撃っていた。もうどっちが勝とうが負けようが構わなかった。唯一刻も早く終って欲しかった。正直言って疲れていた。無理に生きてもしょうがないと思い始めていた矢先だった。地下中央通り八重洲12丁目付近を偵察している所を運悪く地球連邦のロボット共と出会し、3DTVのある辺に追いつめられた。これまでかと思った時、3DTVの向こうの時間も場所も全く別の世界である、第三宮庭に迷い込んだ。子どもの頃話に聞いたことのある平和な、まだ宇宙からみると青い地球にそっくりだった。瀕死の重傷だった私は第三宮庭主である美祢子に情けを架けられる。生死の狭間を彷徨った後、奇跡的に生還した私は合宮国に残るか原隊復帰か悩んだ挙句後者を選んだ。戦争は大勢の命を道連れに終わった。私は復興の為に唯只管働き続けた。しかし一時も美祢子の事を忘れる事はなかった。
喜んで伺う旨を返答した後、風呂上がりにRomeoに貰った魔国産のブランディをごくごく飲んでいると、電話のベルが二度鳴った。
「はい、洋一です。只今……」
「おい、居るの分かってんぞ。聞いたか明日……」
「何だ、騒々しい」
「居たのか、明日美祢子さん所」
「ああ、ファクシミリ来てた」
彼是詰まらない事を三十分位話して切った。康夫は、必ず来いよと言った。その後タイガーズがジャイアンズを九回裏0ー6をひっくり返す六連続ホームランで同点とした後ファーボール、内野安打、センター前で満塁とし、さよならホームランという劇的な試合に酔いしれた後、床に就いた。
明け方、何故か、目が覚めた。体中が火照って暑い。汗がたらたら流れる。酷く頭が痛む。別に美祢子に会えるからと言って深酒した覚えは無い。そうか、しまった月曜日のヒースロー宇宙港の視察は偉く風が強かったなァ。
2138年、地上から生物を消去した宇宙大戦の後、火星に生き残っていた人類は再び地上へ戻って来ていた。唯一残った地上の都市、東京市の人口増加に伴うロンドン市開拓への移住の為新しい宇宙港の建設が着工されていた。
ニューズを見ながら、スーツに着替える。社には昨日の内に欠勤届を出しておいた。私一人が抜けても潰れるようなプロジェクトではないので心配は要らないだろう。長い一日になりそうだ。
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薬缶がぴーと鳴っている。うーん、そうだ、火を止めなくては。頭痛が激しい。気が付くと頭に氷嚢を乗せ布団に寝ていた。布団と取り囲んで康夫、陽子、遺跡人、ドクター貝原他沢山の顔が私を見ている。見覚えの無い髭の爺さんや隣のおばちゃんもいる。一体是は……。
「ん? 起きたか、馬鹿が。重症だな」
「痛っ………………」
「こら、動いちゃいかん。君は流感に感染っとる。あんまり菌を蒔きちらかしなさんな」
赤ら顔の爺さんは尤もらしい口上を述べた後、強烈な注射をした。サイドボードからブランディを見つけだしてきて、説教をし始めた。
「それから、酒は止めとけ。肝硬変になるぞ。じゃあ皆さん儂はこれで。呉々も表に出さんように」
陽子に夕方、様子を見に来ると言って、爺さんは私のとっておきのナポレオンを小脇に抱え、いそいそと帰って行った。
どうも私はニューズを見ながら気を失ったらしい。其処へ康夫が来て様子が変だから隣のおばちゃんに相談してポストの合い鍵で中に入り、急いで医者を呼んだらしい。おばちゃんの話では、あの医者は腕が良いそうだ。もぐりにしておくのはもったいないと言っていた。陽子が薬缶を外してカフィを入れている。
「第三宮庭には?」
喉が痛い。其の所為かかすれ声になる。
「心配しなくていいわ。先程連絡しました。直ぐに美祢子さんも来るんじゃないかしら」
よかった。洋一は夢の中で陽子の声を聞いた。
「でも変なのよ。乳母しか居ないらしくて……。それに転送電話だったみたいだし」
「確かに今までに美祢子さんがフルメンバを呼び出すという事態はありませんでしたね」
布団の横の炬燵では遺跡人がパイを探し出してきてジャラジャラ、麻雀が始まっている。うう、少しは熱で寝ている人の身になってみろ。隣のおばちゃんも呆れて帰ってしまった。少し眠ると薬缶の蒸気の所為で大分気分が良くなった。布団から這い出ると康夫のおっかない声が響いた。「Mr.上野、何方へ」。すかさず「かわやへ」と答え、部屋を出た。用を足した後、玄関にあったかそうなコートがあったので二着拝借して表に出る。未だ十一月なのに小雪が舞っている。当分康夫達は気付かないだろう。車が数珠繋ぎの大通りに出てタクシーを拾った。
「遺国街入口へ」
さて、どっちが早いかな。レイディオでイマジンがかかっていた。そうか、今年もそんな時期なんだ。「ありがとう」。今の我々の平和には膨大な犠牲が払われているんだ。街にはカラフルなサンタクロースやきらびやかなクリスマストゥリが所狭しと並べられていた。小さい頃この電飾が欲しかったんだよなァ。
「旦那、歩いた方が早いっすよ。前で事故処理してて全然進みゃァしねェ」
見ると道の真中でタクシーにぶつかった車が道を塞いでいる。ドライヴァに礼を言って降りた。凍った道の上に雪が積もり、さくさくと気持ちが好い。まあ、車にとっては災難だろうが。あちこちからクリスマスソングが聴こえてくる。やっぱりいつになってもいいもんはいい。灰色の空には側面にモニタを付けた広告飛行船が浮かんでいる。廃線になった国鉄の高架の下を潜り抜け遺国街に入る。遺国人の子ども達が雪合戦をしている。元気だなァ。羨ましい。この子達を見ていると、人間は何故働かなければならないのだろうかと言う疑問が浮かんでくる。そうすればこの子達みたいに一生楽しく暮らせるのに。俺等みたいに詰まらない人間なんて存在しなかったろうに。ふっ、何で俺が落ち込まなければならないんだ。風邪の所為かな。それとも、少し年を取ったのかな。
「失礼ですが、私の子が何か気に障る事でも致しましたでしょうか。旦那」
すぐ後に若い遺国人がいる。別に私を狙ってる訳ではない。遺国人は常にこういうしゃべり方をする。地球人の子どもかと思っていたがどうも遺国人の子ども達らしい。見分けが付く物でもない。
「いや、子どもの頃を思い出しておりました」
「あれ、洋一さん? どうも父がお世話になっております。生憎父は合宮国に出かけて……」
「父?」
「コロナ・KTU・KCC2、クワトロの息子でございます」
「遺跡人の? えっ? 奴さん結婚していたのか」
「今は独身です。ちなみに遺国人はほとんどが独身です。そうですね、洋一さんは好きな方いらっしゃいますか」
「ああ、素晴らしい女だよ。今から会いに行こうと思う」
「私もおります。その女との子どもです」
「相手は?」
「相手の女もまた違う好きな男との子どもをもうけます」
「結婚しないんですか?」
「一次的に結婚しますがすぐに別れます。保育は人口的にできますし、好きな人を一生好きであるとは限りません。其も互いにといえばはなおさらの事。可愛さ余って憎さ百倍という川柳もある位ですから」
「成程それは合理的だな。それでたまに会いに来るのか。先刻のあの赤い服の、君の子どもか」
「名を日向と言います。会いはしません。遠くから眺めるだけです」
「一人だけ赤い服だが、彼はサンタクロースか?」
「いえ、情熱の」
「遺跡人の影響かな。奴はもう爺様か」
「ええ」
遺跡人に伝言を頼み、別れる。アパートメントハウスを抜け、大きな広場から地下に降りる。此処に遺国の政府がある。遺国人は約五万年前から地球に巣くっている宇宙人の一星人で、正式な国名は帝星という。地球人にはその建築様式が古代遺跡にしか見えなかったので遺跡国と呼ばれている。戦前から東京市の地下にいたらしい。地下と言っても数百メートルにいてひっそりと暮らしていた。何でも戦争で自分達の星を失ってからというもの一度も戦ったためしはないと前に遺跡人がポツリと言った事がある。地球人に危害を加えるわけではないのだが、特にありがたいというものでもない。
現在、余りの合宮国への移住の多さに悲鳴を上げた地球政府が鎖国政策を採っているため、合宮国に用のある者は遺国人の自治国から向かう。遺国新宿区役所は、遺跡人の知人と知るやすぐに通してくれた。見送りの区長に礼をいって、合宮国の通貨、例の麻雀の点棒だ、に換えて貰い出かける。
本当に久振りだ。再び、彼女に逢おうとは。もう訪れる事はないだろうと思っていた。今の今でもそう思っている。「二度と訪れてはならない」。そう、別れ際に彼女は言った。嘗て、戦中の東京市で敵に囲まれ、絶体絶命という時、彼女に助けられた。其処が彼女の国、第三宮庭だった。傷の癒える間、合宮国で過ごし、この国が地球の数倍の歴史を持つことを知った。彼女は地球のことを聞き、同情してくれた。そして、俺に合宮国に残るように懇願した。しかし私は彼女の申し出を断り、礼もできぬ侭、戦火の東京市に戻った。やがて、多くの人を巻き添えにし、戦争は終わった。そして、東京市は戦前を稜駕する復興を遂げた。やっと恩を返す時が来た。私の人生には常に選択権がなかった。あの時、義務と復讐が目の前にあった。だが、今、私は誰が何と言おうとも今行おうとしている事を遂行する。たとえ悪魔と呼ばれようとも、死んで地獄を彷徨おうとも。今まで、たった一つ、私が成し得なかった事、それが美祢子を幸福にする事だった。美祢子、我が命、遥かなる私の心。
V
「迷いますから、用心なさって下さい」
遺国人の役人が言っていた通り、3DTVから見ると確かにこの前来たときより森が外側に拡がっている。今日中に着けるか怪しい。でも全然変わってない。此処が第三宮庭公国だ。何十何百回と、散歩し、走り回り、寝ころんだ。忘れようとしても脳に鮮明に焼き付けられた物は消し去る事はできないだろう。第三宮庭、我が心の祖国。
森の中を進む。ちゃんと手入れされていて背の高い雑草はない。針葉樹林の枝打ちのしてある。是丈広いのに見事なもんだ。真逆是も造り物じゃないだろうな。嘗て美祢子は砂漠に水を引き、大きな湖を造り、丘陵をこさえ、木を植え、やがてそこは広大な針葉樹林の森となった。人々は美祢子に敬意を払って、第三宮庭と呼んだ。
難なく湖に出た。湖は城のすぐ裏手にある。第三宮庭は鍋蓋の上にあり、湖は地下空間の鍋底で道標の為に設置された。此処で美祢子と初めて会った。何かに導かれるように。湖畔に腰を降ろして休む。急に冬から夏に来たので暑い。コートを脱いで木陰で横になる。そのまま眠り込んでいた。夢の中でか、大きな宇宙船が飛び立つのを見た。自分が乗る可きだったような気がした。何れ位経っただろうか。目が覚めると誰も居なかった。静か過ぎる。城の方へ向かう。森を抜ける大木の枝のアーチの向こうに聳える可き第三宮殿がない。第三宮庭に何かあったんだ。保護色を呈している訳でもない。暫くうろうろしていると低い振動と共に城が浮上してきた。無人? そんな筈はない。急いで中に入る。先まで人が居た感じがする。美祢子の部屋に飛んで行く。もげんばかりに扉を開け、叫んだ。
「美祢子っ……! 」
其処に彼女の姿はなかった。代わりに十前後の女の子が机に向かって本を読んでいた。彼女は不意の訪問者に脅えていた。しかし実際驚いたのは洋一の方だった。照れくさそうに無礼を詫びた。
「失礼しました。……」
其の態度が余りに面白かったのか女の子はくすくす笑っている。
「……ちょっとお伺いしますが、此処に居る筈の人間は何方へ」
「此処に居りますわ」
女の子は本を閉じて、此方を向き直って言った。おかっぱ頭である。白いブラウスに薄茶色のカーディガンを着ている。スカートは朱色だ。城が今まで地下に沈んでいた為か、机上のランプに火が点っている。懐かしそうに一回り見回した後、洋一は尚不安そうに、口を開いた。
「此処に居た人間は、今、何方へ」
急に女の子の表情が険しくなった。
「当局に連行されました」
「連行?」
「銀河旅団ですわ。あなたの訪れている合宮国は侵略され、歴史よりその名前を消しました」
「侵略された? 金剛環銀河は戦争を放棄したはずだ」
「合宮国を支配する者は金剛環銀河を支配するのです。嘗て何度も侵略を受けながらその度に退けてきました。金剛環銀河の平和を保つのが生え抜きである我々の使命だからです。でもそれももう……」
「美祢子は俺を必要としていた?」
「貴方が洋一さんね。現在合宮国内、もう合宮国じゃありませんが、にいる宮国人は美祢子さんと貴方だけよ。美祢子さんは、つい先程迄貴方をお待ちになられていました。ぎりぎりまで」
「何時?」
「正午よ。洋一さん! 酷いんじゃありません? 淑女を、それも決断を迫られた方を待たせて……」
「何故黙っていた、美祢子」
「……(もし美祢子さんに何かあったら、私は一生貴方を恨むでしょうね)でも、来て頂けて本当に良かった。美祢子さんもお喜びです」
それまで扉に寄り掛かっていた洋一は滑る落ちるように崩れて行った。
「あら、あら」
微かに女の子が悲鳴を上げるのを聞いた。この娘は一体?
(夢)
気が付くと部屋の中は真っ暗だった。頭には氷嚢が乗せられて、寝心地の良いベッドに寝かされていた。(又は、未来の医療設備)
「良く眠られておられましたよ」
女の子は言った。暗闇でも目が見えるらしい。
「美祢子は?」
「投獄されていると思われます。合宮国で最も強い発言力を持っていたのが、あの方です。そして国内にいる最後の宮国人です」
「何処だ」
「何うなさるお積り?」
「何うも斯うもあるか、俺が助け出す」
「ふっふっふ、宙新星のもう一つの大国、魔国が静観してるのよ。地球人の貴方で何うなると言うの? それより貴方、体力がありそうだから格闘技大会にでも出場なさったら。10人勝ち抜けば大王は望みを叶えてくれるわ」
「美祢子は……、美祢子は何か言っていましたか」
「…………いいえ、何も」
「そう、ですか」
一体合宮国に何があったのか
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第二宮殿の向かい、魔国トロン宇宙港、と言っても唯の広い草原である。魔国は鎖国政策を布くが開国すれば他星との交易の基地になる都市である。敷地だけだと合宮国の百六港より大きい。荒野を行くと一際目立つ建造物がある。ラーメンコロシアム。全天候型競技場だ。15万人収容可。観客の歓声でドームが共鳴している。殆どが宇宙人だ。中には魔国人や宮国人もいるが、外国人の中では地球人が多い。一体全体何をやっているのだろうか? 侵略者は、自分達が他から攻められるとは思っていないのだろう。他国人には何も言わない。最初、観客達は殺し合いを見て興奮しているのかと思ったが、電光掲示板に数字が表示されている所を見ると、どうも賭をしているらしい。我々闘士は家畜と同じ、奴隷なのだ。名前を呼び出している。
「洋一、参る」
三階分位ある木の門が開く。係員が前の決闘の後始末をしている。門が開くと同時にさっと、四方に散った。東西南北に門があり、北門の上に玉座が見える。東門から猛々しいゴリラ並の大男が鎖をじゃらじゃら弄んでいる。台車で武器が運ばれてくる。日本刀を取る。余り良い出来とは言えない。観衆は早くやれと急かしている。電光掲示板には、200:1とある。玉座の皇帝が手を挙げる。急に歓声が大きくなる。ゴリラ男が突っ込んで来る。鎖が飛んで来た。紙一重の差で避けながら、渾身の力を振り絞って刀を降り下ろした。刃が折れて、飛んで行った。なんて硬い鎖だ。やはり甲割でなければ無理か。競技場中で笑いが起った。再び鎖が飛んで来る。二度目は軽く躱して、ゴリラ男の首を一蹴する。男は打たれ弱いのか、仰向けに倒れたと思うと動かなくなった。観衆は、頻りに止めを射すように言っているが、勝者は、直ぐに門の中に引上げて行った。競技場から出ると手錠をされ、鮨詰の車で三十分、まるで牢屋のような部屋に連れて行かれた。床にチーズが一片転がっていた。バケツの水も旨そうじゃないので汚いベッドに横になろうとしかけると、顔を覗き込んでいる奴がいる。飛び起きるとそいつは言った。
「お見事でございましたわ。でも止めを刺さなかった事が皇帝の怒りを買っているそうですよ」
「第三宮殿の……」
「美祢子Uですわ」
「美祢子U?」
「あの方と同じですわ」
「どうやって入ってきたんですか? こんなに警戒が厳重なのに」
「私の姿が見えるのは貴方ぐらいなもんですよ。他の方には見えません」
「名前といい、姿といい、貴女は何者なのですか」
「美祢子です。あの方のクローンです。但し、時限付です。時が動き始めれば消えます。あの方は死なれてはならないのです。それこそ合宮国が滅びます。現在、宮国人の多くは時期を待つために魔国にいます。若し、あの方が危うくなった時はクローンが使命を引き継ぎます。クローンといっても体力、知力、骨格、嗜好は言わず、過去の記憶まで完全に再現します」
「彼女が死ねば君が美祢子になると」
「そうです。そのころにはあの方と同じ年齢まで成長しているはずです」
「美祢子は君の発現を知っているのか」
「これはあの方の意志なのです」
「君が現れかけているという事は美祢子は危ないのか」
「ええ、でも、私にはどうする事もできないの。もう一人の私が消えて仕舞うなんて」
「それは仕方ないよ。君は君で使命を全うすればいい」
「ですが……」
「心配するな。美祢子は俺が必ず救い出す」
午前四時に看守が起しに来た。中庭で体操だ。続いて殺菌シャワー。服が与えられて又部屋へ。チーズが転がっている。バケツの水も入れ替わっているようだ。壁の上の方へ小さな窓がある。よじ登って外界を覗いてみた。牢獄は高台にあるようで、遠くの町までよく見える。空には低く雲が垂れ込めている。此処は余り晴れないようだ。カラフルな飛行船が気持よさそうに散歩している。塔やビルが所せましと並んでいる中を縫うように鉄道が通い、道路が巡らされている。人が忙しそうに蠢いている。遠くに宇宙船が停泊している。地表は乾いており、殆ど緑がない。一面砂漠だ。川もない。低く垂れ込める雲の成分は水ではないようだ。青白い閃光の後、一つのビルがどす黒い煙を吐き始めた。自家発電用の火薬とウラン238の混合比を誤ると大爆発を起す。炉は国営の管理会社が設置回収を行うが、資金のない建設会社は闇で炉を買ってくる。公社の炉は予め三年分の燃料が入っている。三年経ったら回収され、地下深くに埋蔵される。
「おい、十八番、出ろ」
十八番というのは私の呼び名だ。当然『おはこ』とは読まない。看守に引き連れられ、所長の部屋へ行く。
「十八番連れて参りました」
「ご苦労。十八番入れ」
中には小太りで、小柄な眼鏡のうすら禿の杖を付いて右足を引き摺っている中年が居た。
「座り給え、洋一君だったかな」
黙って座った。頑丈な角張った椅子だ。
「君はもう競技会に出場せんでいい。直ぐに行って貰いたい所があるんだが……」
「悪いが……」
「ヨハンでいい、洋一。所で君、ご両親は」
「戦死した」
「戦死? 君は宮国人なのかね?」
「両親は地球人だ」
「兄弟は」
「居らぬ」
「結婚しているのかね」
「……」
「返答に困るなら答えぬでもいい。唯……」
「……」
「勿論、君はこの依頼を断って、出場する事もできる。だが、これは命令ではないのだ。そうだな、煙草でも何うだね」
「ああ」
「ふうー。近頃、巷では禁煙が流行っているらしいが、禁煙する奴なんて馬鹿だね。今迄何十年と煙草を吸っていた奴が今更止めて健康になれるとでも思っているのかねェ。我慢は体に毒だ。それこそ、胃に孔が開く。どう思う? 洋一」
「さあな、禁煙に興味はない」
「妥当な答えだな。それなら相手を傷つける事もないし、自分も擁護できる。君は只者ではないな、洋一」
「ふふふ、そんなことはないさ」
「洋一は戦士と見た。所で、君が戦場で傷ついて、近くには医者も病院もないし、出血も止まらない。さて、何を考える?」
「女の事だ」
「私だったら、絶対、子どもの事だね。特に女の子は可愛いね。女の子は弱い生き物だ。守って上げなければならない」
「ふふふ」
「で、君が呼ばれている訳だ」
「!」
二時間後私は第一宮殿に来ていた。あの人は終生、結婚しなかった。子どもも居ない。ホーバークラフトを降りた後、第一宮殿の入口で所長に貰った札を見せると、衛兵はすぐに通してくれた。建物を三つ越え、宮殿の内裏庭に出た。薔薇園の温室の横を通り垣根を乗り越えると砂場の広場に出た。処刑場だった。地面は血で染まっていた。十字架の下にシーツにくるまれて、遺体は転がっていた。兵士が片付けようとしている最中だった。私は頭の中が真白になってそのシーツに飛びついた。自分が何を叫んでいたのか分からなかった。兵士達が無理矢理私を離した。やがて兵士達の言葉が耳に入った。
「養豚業者の方ですか」
「
…いえ」と言って札を見せた。兵士達は悲壮な表情をしていたが、これをみたとたん一瞬、ファニーな顔をした。しかし又、悲壮な表情をした。そして、丁寧に、「宮殿の地下二階ですよ」と教えてくれた。夕飯用に家畜の屠殺をしていたらしい。良く訓練された兵士だ。第一宮殿の地下二階、旧地下一階はかなり広い。昔、襖はなく、廊下らしき物の両側に部屋が並んでいた。方々からの浸水をけたたましい音でポンプが汲上げている。湖の透明度が高い為水深十メートルでも光がよく届く。湖面の太陽光では、シャンデリアの如く宝石より美しい。五百メートル行くと壁で仕切られた部屋がある。扉の前には一人、身分の高そうな女がいる。札を見せ、「お招きに預かりまして」と言うと女は顔色一つ変えず、奥へ招き入れた。其処はキャビンに似ていた。此処だけ水が入ってこない。見回すと、テーブルの紅茶が湯気を立てている。クラシックかジャズのピアノ曲が静かに流れている。隣の部屋から先の女が車椅子を押して出てきた。車椅子の女が手を上げ、下がってよいと命じした。女は一礼して入り口の扉から出て行った。
「美祢子さん」
女は湖の方を見ていたが、驚いてこちらを見た。
「どうして?」
「目が悪いんですか」
「見て、美しいでしょ。水の宮殿と呼ばれているのですよ」
「……」
「残念ながら、私にはもう見えないけれど」
さっきの話をして緊張を解そうとするが、美祢子は泣き出してしまう。
「もう駄目なのよ」
「その王、国を映す。
「貴女が悲しめば、我が心重くなり、貴女が我を必要とすれば、我が体引き寄せらられり、貴女が死ねと言えば、我慶びて死ねり」
「難有う、でももう遅いのよ」
「貴女には守星義務が課されていると思いますが」
「お姉様に代わって戴いております」
「では、貴女の身代わりも私に」
" No, thank you. "
「友人に頼んで第二宮殿を陥落させましょう」
「お願い、これ以上私を苦しめないで」
「私には貴女を守る義務があります」
「あの時聞きたかったわ」
「すまぬ。許してくれ。そのせいで今の事態があるならば、我はその責任をとり
…」「なら一つお願いがあるの、洋一さん」
「仮令、死ねと言う命令であっても喜んでお受けしよう」
「死より苦しむかも知れないわよ。良くって?」
「何なりと」
「魔国人は他殺、自殺のできない事はご存知?」
「ああ」
「私が魔国人である事は?」
「うすうすは」
「明後日の夕の処刑時間までに私を殺して下さい」
「!」
「もうお終いにしたいの」
「(私に骨を拾えと)」
「必ず実行して頂きます」
「後生だ。美祢子、そんな事は言わないでくれ」
「あら、貴方、先何て言っていたの」
「できぬ。たとえ、1年の猶予をもらったにしても決断できぬ」
「もう時間がないのよ。二日後、日が沈むとき、私は処刑されます。処刑するのは同じ魔国人。私達は人を殺すぐらいなら喜んで自殺するでしょうね。でもしたくても自殺できないのよ、魔国人は」
「ふっふっふ」
「何がおかしいの。過去に、今の貴方より辛い決断をした人は沢山居るわ。そのお蔭で今の私達がいるのではないですか。そして未来も。私の事は最初から出会わなかった物と思い忘れて下さい。それがお互いのためです」
「一つだけ聞いていいかな」
「ええ」
「正直に答てくれ。何故おまえを殺すと世界のためになるのか」
「ご説明しても貴方には解らないでしょうね」
「君の死を以って、魔国人は一斉に恐竜化し、銀河旅団は一瞬にして滅ぼされるだろう」
「このままでは何れ時間は動き始め、魔国人、宮国人は抵抗もせずに抹殺されるでしょう。最後の魔国人か宮国人が亡くなったとき宙新星は金剛石環銀河諸とも消滅します」
「なに?」
「本当よ。更に合宮国を制圧すれば次は地球を狙うでしょう」
「君の願望は」
「誰もが悲しまずに暮らせる事」
「その為に多くの人が犠牲になっても良いと言うのか」
「このままでは何れもっと多くの犠牲がでるでしょう。ならば多少の犠牲を払っても行わなければなありません」
「違う。生きてこそ人生だ。死んで何になると言うのだ」
「ここは私の国よ。みんな、こんなに私を慕ってくれているわ。そして判断を私に委ねているのよ。このまま人々が殺されて行くのを黙って見て居ろと言うの。貴方はそれでも……、ご免なさい。貴方は経験しているのね。折角お越し戴いて申し訳ありませんが、もうお引取り下さい」
「美祢子!」
「なら、私の顳かみに鉛玉を撃ち込んでくれますか」
泣いていた、私が三日で泣いて許しを請うた、闇の終身刑を三年以上耐えたあの美祢子が。無理もない。どっちに転んでも大勢の人が死ぬ。原因は総て私にある。若しあのとき私に決断する勇気があったなら。たった一言でよかった、そうすれば美祢子もここまで苦しまずにすんだろうに。しかしもう今の私の力では何うにもならない。悩み抜いた挙げ句、美祢子は再び私を招き入れた。自分は元より、私にも未来がない事を承知して。唯合宮国のため、民のためを思って。私には痛い程分かる。今までずっと、そしてこれからもずっと美祢子は私を愛している事が。
「美祢子!」
「抱きしめて」
「美祢子」
「行きなさい。そして二度と合宮国を訪れてはなりません。(せめて貴方だけでも生きて下さい。それが私の願い、私の……)」
「いけない、美祢子。空間を閉じちゃいけない」
(さようなら、洋一。もう会う事はないでしょう。彼らは消滅させねばなりません。できる事なら……)
気がつくと俺は第3宮殿に戻っていた。24世紀に窓の港を起動できる者は恐らく数名もおるまい。美祢子はすでに歴代合宮国代表者の域を超越しつつあった。俺には力も能力もない。
第一宮殿は湖の中に浮かぶ要塞、侵略者の防衛拠点。危険な地球人など入れて呉れよう筈もない。一番近い第八宮殿から300マイル。湖畔から更に15マイル。残り時間は36時間。あのちびちゃんには黙っておこう。第三宮庭に戻る。美祢子Uは出かけているのか、見あたらない。拳銃は言った通り美祢子の机の引き出しに入っていた。二十年前初めて来た時、没収され、以来二度と触れていなかった。可能なら武器など持たぬ方がいい。弱い者の持ち物だ。仮令持たねばならない時が来ても、自分の命と引き換えに使用するがいい。銃の魔力に引き込まれる者は手にする資格などない。私は再び武器を持たねばならない宿命だったらしい。望むところだ。弾は5発入っていた。
鏡の部屋に行ってみる。真っ暗だが、PDシステムが作動していたらしめた物だが。第一宮殿に行ってみる。暗い。薄明かりを頼りに進むと鏡がある。覗くと先の場所だった。大丈夫なようだ。成程美祢子Uはこれで移動していたんだな。そうだ。五十三番街の扉を開ける。明かりは消えている。ガラスから覗くと窓の外は夕暮れらしい。ひっそりとしている。出ようとしたら、がんと何かに頭がぶつかった。よく見ると鉄格子が入っている。街であった。以前は、洋一にとっては以前になる、確か荒野だった。始終を手紙に認め、ゴーストタウンの魔都に託す。第一宮殿に闇の帳が落ちるまでじっと待った。好機は一度。魔国人は殺そうと思っても殺せない。感覚が鋭く、僅かな殺気でもキャッチしてしまう。その死はたった一つ、寿命だけが支配している。寿命は心拍数にも左右されるが、生れた時既に決っている。変えられない事はないがそのままになっている。自殺もできないし、誰かを殺す事もできない。故に魔国人が殺されると殺した相手全員が報復を受けると言われている。奇妙な事に侵略者もこの事を知っている。まあ、こんな小さな事まで知り尽くしていなければ合宮国征服は不可能であるが。侵略者は魔国人をとらえ、逃げられないようにして置き、死ぬのを待っている。死んで仕舞えば恐い物なしである。斯くして何時の時代でも大量虐殺は行われる。
美祢子Uへの手紙
一体、何で?ここは多分2200年の13月27日午後23時50分、日の出直前だ。私は2332年にいた。132年前? ありえない事だ。美祢子が呼んだのか? でも? 何故美祢子は132年前に居るんだ? 何不自由なく暮らせる身分だったのに。何が美祢子を其処までさせたのか? 恐らく美祢子は知っているのだ。自分の使命も運命も、何もかも。総ては歴史の侭に。我は我が苦以上の苦を知る。在るが侭。為すが侭に。美祢子、もし貴女が命に変えて未来を守ろうとしているのなら、私は仮令魂が永遠に地獄を彷徨おうとも、貴女の意志を実行しよう。貴女が私情を捨てた以上、私も心を鬼にしよう。鬼は血も涙も要らない。要る物は実行力丈だ、最愛の女を殺すという実行力が。洋一は黒装束で第一宮殿の闇に消えた。
二日経った。美祢子は内心不安になり始めた。成功しなければこの世の終わりだ。確率は限りなく零に近い。成功したにしても洋一は助かるまい。美祢子の胸は痛んだ。どのようにして来たのかは不明だが魔国に亡命していた宮国人代表者が侵略者の大王に美祢子を助けるよう嘆願に来た。
「彼女を殺しても君らの利益にはなるまい」
「君らの言いたい事は分かっている。行って魔国人に伝えてくれ。我々は宙新星の消滅を食止められるとな」
「愚かな、過信も甚だしい。其れ位、我々はおろか地球人でも判断は付く」
「ふっ、身の程知らずが、黙っていれば長生きできる物を。おい、この男から処刑しろ」
「おっと、動くな。動けば大王の命はないぞ」
「貴様宮国人じゃないな」
「今ごろ気付いても遅いさ。俺が上野洋一だ」
「競技場の男ではないか」
「序に言うと未来の地球から来た美祢子の夫だ」
「おお、兄弟、未来から? 地球は唐の昔に消滅したぞ」
「貴様らが地球人? そんなはず……」
「だからこうして宇宙を漂流してるんじゃないか」
「撃て」
狙撃班の隊長は言った。
「洋一!」
銃声はなかった。洋一は何が起ったか分からぬ侭、崩れるように倒れて行った。胸から噴出した血は地面を黒く染めていった。このとき、洋一は大王に向かって銃の引き金を引こうとすれば引けたといわれる。反動が大きいとはいえ、崩れ落ちる前に発砲していれば、洋一の腕ならまず間違いなく大王の心臓を撃ち抜いていただろう。しかし、洋一は引き金は引かなかった。胸に痛みを感じたとき、弾丸が心臓を貫通していることは撃たれた経験のあるものなら洋一でなくとも分かると言われる。洋一の銃口は大王ではなく美祢子を向いていた。洋一は引き金を引かなかった。「美祢子は守れぬか」。己の非力を恨んでいた。歩み寄りながら大王は言った。
「ふん、貴様の国の事なんざお見通しだ。何と言っても地球は我々が滅ぼすのだからな」
脇目も振らず、ずっと、駆け寄ってくる美祢子の方を見続けた末、洋一は息絶えた。開いた唇から微かに微笑が洩れていた。美祢子は洋一が撃たれる前に自分の名前を叫んだことを知っていた。だから美祢子には洋一が撃たれたことが分かっていた。「許してくれ」。美祢子は洋一の最期の言葉を聞いた。処刑間際だった美祢子は兵士を振り解き、手探りで洋一に近づいた。鼓動のないのを知るや号泣。半狂乱。
or 美祢子、洋一の銃を取り上げ自殺
丁度洋一にとって東京市防衛が義務であり復讐であったように、美祢子にとっても合宮国防衛は義務であった。嘗て洋一が悩んだように美祢子も又深く洋一を愛していた。美祢子にとっては合宮国よりも大切な人であった。自分の分まで生きて欲しかった。だから、「2度と訪れてはならない」とまで言って突き放していたのだ。そのために合宮国が滅ぶことになろうと美祢子は洋一を逃がした。しかし洋一は戻ってきた。美祢子はそれだけで嬉しかった。だからこそ巻き込みたくはなかったのだ。洋一が関われば、合宮国はあるいは存続するかもしれないしかし、確実に洋一に未来はない。美祢子にはそのことが分かっていた。それは歴史が証明している。二人の関係を知らなくても誰もが思うように悲劇であった。兵士の間から今にも絶命するかと思われる程苦しそうな呻き声が洩れた。それは例えようもなく悲しい声であった。見かねた隊長は狙撃手に言った。「撃て」。寂しい言葉だった。美祢子は洋一を抱き起こして何度も何度もキスしていた、頻りに何か呟きながら。このとき美祢子が呪文を言い終わっていれば、あるいは全く新しい宇宙が誕生していたかもしれない。過去に何度か金剛環銀河は消滅/再生を繰り返している。美祢子も又声もなく倒れ、二度と動く事はなかった。「撃つな」。唯、皇帝の叫び声丈が第一宮殿内に木霊していた。
洋一と美祢子の遺体は、皇帝の意に逆らって兵士達によって遺言通り第三宮庭に埋葬された。大勢の兵士が参列した。翌日、大王警護の近衛部隊を残して軍は解散した。守星者が死んで宙新星が消滅するといわれたが、未だ何ともなかった。或は美祢子Uのお蔭かも知れない。
恐竜の会話(マフィア)
次の瞬間から銀河旅団近衛部隊は奇襲に備えた。4日目の明け方、兵士の疲労がピークに達した頃、それは音もなく地平線の彼方から忍び寄ってきた。合宮国の最外宮、百番台の宮殿はミサイル攻撃によって消滅した。宙新星軌道上の戦艦や、空母、脱出を試みたシャトルは総て宇宙の藻屑と消えた。翌日狭められた十番台の内宮は見捨てられ、一、二、七宮殿にたて篭った地上軍に後はなかった。彼らは遠くから土煙と共に走り寄ってくる信じられない生物を見た。何百万頭にも及ぶ深緑ががった大型の肉食恐竜が長い銃片手に向ってくる。彼らの鱗は硬く弾を跳ね返した。
侵略者達は最後の砦となっていた第七要塞にたて篭った。三日三晩砲火は鳴り響いた。四日目の日が昇ったとき、もはや城壁など見あたらなかった。怒れる魔国人は最後の進攻を開始した。降伏の呼びかけもなかったし、まして受理などありえなかった。全滅は時間の問題だった。皇帝以下、侵略者達は銀河旅団建国以来禁止されていた神に祈った。
「神よ、我らを助け給え。我々は喜んで罪を償おう。それが済むまで猶予を与え給え」
暫くすると地下から美祢子Uを筆頭に宮国人が現れた。侵略者達は「神よ」と叫び膝間づいた。
「私達は宮国人です。連絡を受け、派遣されてきました」
「私……、間に合わなかったようね、洋一さん」
恐竜化した魔国人を見て美祢子Uは呟いた。
「もしあなただったら、悲しみに呉れてはいないでしょうね。真先に行う事といったら」
そう言うと、進攻中の魔国人の元へ向った。激しく言い争った後、宮国人が、「二人は彼らによって丁重に葬られた」と告げると、真偽を確かめる為進攻は一次やんだ。第三宮庭で花に囲まれている美祢子と洋一の碑を見るや各々「ウォー」と雄叫びを木霊させ、帰って行った。魔国人は嘗て何度も、大勢の同胞を失いながら内に怒りを収めてきた。宮国人は言う。それは魔国人が金剛環銀河の総ての人々の運命を背負って生きているからだと。
「『人は神ではない。故に過ちも犯そう。だが二度目は許されないだろう』。そう言っておりました」
「ありがとう。やっと分かりました、我々が心の底で欲していた物が何かを」
以後二万年に渡り、金剛環銀河に於いて国家間の戦争は起きていない。しかしその代償は計り知れない。争いの時代は去り、金剛環銀河に創造の時代が到来した。しかしそこに総てを捨てて、平和を夢見た二人はいない。「憎しみを捨てて愛し合う」。それが二人の歓びだった。だからせめて我々はこの二人が遺して呉れたかけがえのない平和を守って行こう。せめてもの恩返しとして。そして我々の子ども達の為に。
『2200年の英雄達』/美祢子Uより抜粋