第8章 評定法による従来の尺度開発研究


消費者関与を測定するための尺度開発は、いわば消費者が特定の製品クラスや課題等に対して示す関与の程度(高―低)を測定するための「ものさし」作りであり、上述のように、評定法を中心にこれまでにも幾つかの尺度構成の試みがなされてきた。これらの研究の内、代表的なものを年代に従って紹介すると以下の通りである。
例えば、尺度開発研究の端緒ともいえるLastovicka & Gardnerの研究は、14の製品クラスに対する消費者の関与を22項目のリッカート型の7段階評定尺度(strong disagree-strong agree)によって測定し、これを三相因子分析(3−mode factor analysis)にかけることによって(14製品クラス×22指標×40被験者)、関与測定指標の相(mode)について「精通性(familiarity)」「コミットメント(commitment)」「規範的重要性(normative importance)」という3つの因子、製品クラスの相について「低関与製品群」「高関与製品群」「専門製品群」という因子(と言うよりはむしろ「類型」)を摘出した。 また、同様に、Blochは、製品クラスとして乗用車を取り上げ、リッカート型の6段階評定尺度による製品関与の尺度化を試みている。すなわち、彼は、最初に、44の当初の質問項目中から25項目を項目分析によって除外し、残る17項目に主成分分析を適用して、「自動車を運転したり利用したりすることの楽しみ」「乗用車に関して他人と話をする傾向」「カーレースに対する興味」「乗用車を通しての自己表現」「自分の乗用車への愛着」「乗用車に対する興味」という6つの主成分を得ている。
次に、比較的最近の研究であり最も厳密な尺度開発の手続きに則ったものとして、Zaichowskyによる「PII(the Personal Involvement Inventory)」の開発研究を挙げることができる。この研究では、まず関与を「固有のニーズ、価値、および興味に基づいて個人が当該対象物に対して知覚するところの重要性」として広義に概念規定した上で、このような関与概念をうまく表現するようなSD(semantic differential)尺度(両極形容詞対による7段階評定尺度)の開発が試みられている。尺度開発に当たっては、当初168の形容詞対が集められたが、3人の判定者(大学院生)による「内容妥当性(content validity)」についてのチェック(関与の定義における「対象物」の表現を「製品」「広告」「購買意志決定」に変更したものについても検討)の結果30項目にまで削減され、更に便宜サンプル(学部学生およびMBAコース履修中の大学院生)から得られたデータによる「内的信頼性(internal scale reliability)」および「テストー再テスト信頼性(test-retest reliability)」のチェックにより20項目のPII尺度を完成させている。
このようにPIIの尺度開発の手続きは厳密であるが、更に、開発された尺度の「構成概念妥当性(construct validity)」を検討するために、インスタント・コーヒー、洗剤、カラーTVという3つの製品クラスについてPIIの予測力についてのチェックも行われている(PIIに基づき被験者を高―中―低の3つの関与水準グループに分割し、理論的に関与度を反映すると考えられる5つの行動変数の各群別平均値をMANOVAによって検定)。
その後、PIIは、Zaichowskyによる短縮版の開発(項目数を10項目に削減)やMcQuarrie & Munsonによる改良版の開発(重要性に加えて、リスクや喜び、記号的価値の成分を加えて16項目の尺度を構成)に関する研究を経て現在に至っており、開発者のZaichowskyを中心に多方面での適用が試みられている。
尚、この他の尺度開発研究としては、Slama & Tashchianによる「購買関与尺度(purchasing involvement scale)」開発の試み(33項目からなる購買活動に対する関与を測定するための尺度を開発)やLaurent & Kapfererの研究(興味、喜び、記号、リスクの重要性、リスクの確率、等を内容とする関与の尺度を開発)、また、我が国では杉本の研究[上述のLastovicka & GardnerやBlochで用いられた項目をベースに、「認知的関与」「感情的関与」および「ブランド・コミットメント」という3つの成分を測定するための16項目からなる尺度を開発]や青木(1987)の研究[杉本(1986)の尺度を追試]などがある。
以上、主に評定法を中心に消費者関与を測定するための尺度開発に関する既存の代表的研究のうちの幾つかについて検討を加えてきたが先に提示した本研究における関与の概念規定や関与研究のそもそもの発端やその目的、および本来測定尺度が備えるべき条件等を考えあわせると、これらの研究に代表される従来の尺度開発には次のような点で問題があるものと考えられる。
第一に、従来の尺度開発においては、測定の対象となる関与の概念規定が必ずしも明確ではなく、尺度自体の内容妥当性の面で問題となるものが少なくない。中には、Zaichowskyのように関与の概念を予め広く規定しておき、その上で概念的内容を適切に表現できるような項目を選択しているケースもあるが、多くの場合、概念規定上の不明確さが尺度自体の内的一貫性や安定性を損ねる原因となっている。
第二に、結果として多次元的な尺度が得られるとき、それら各次元の成分や内容が不明確である場合が多い。特に、尺度構成において検索的技法が用いられる場合、下位次元の構造や内容がアドホックなものとなる傾向が強い。本来、結果として多次元的尺度が得られるというような検索的な方法ではなく、事前に多次元的な構造と各次元の成分を想定し、確証的な方法によって尺度の信頼性と妥当性を確認するという方法がとられてしかるべきである。
第三に、尺度開発において特定の製品クラスがあまりにも強く意識されると、複数の製品クラスに適用し比較できるような尺度を開発することが困難なものとなる。反対に、余りにも一般的な尺度は各々の製品クラスに特有な関与概念の成分を抽出し得ないものとなるであろう。あくまでも程度問題であるが、少なくとも当該研究が想定する範囲内での比較が可能となるような尺度が望ましいであろう。
第四に、従来の尺度開発はややもすると暗黙の内に高関与型の質問に偏る傾向があり、本来、関与研究の発端となった低関与型購買行動への認識が不十分であったように思われる。すなわち、いかに一般的な測定尺度であっても、高関与型の製品クラスや購買行動を念頭において開発されたものは、低関与型製品に対する関与水準を適切に測定し得ない可能性がある。
第五に、ZaichowskyのPIIのように厳密な手続きによって開発された尺度もあるが(但し、使用したデータは総て便宜サンプルからのもの)、中には信頼性や妥当性の確認の不十分なものもあり、尺度としての質に問題がある。言うまでもなく、関与の測定尺度として開発する以上、当該尺度が妥当且つ信頼できる「ものさし」でなければならない。