第6章 消費者関与の多様性


関与研究における混乱の最大の原因である関与概念の多様性の問題は、上述のように単に消費者関与を階層により区分しただけでは解決することはできない。何故ならば、それら2つの階層内においても、活性化の契機となる具体的な対象物や状況(課題)により、また、動機づけの基盤となる動機や価値の種類により、更には、どのような情報処理プロセスを規定する関与であるかによって、実に様々なタイプの関与類型を考えることができるからである。
そこで本章では、以下、対象特定的関与と状況(課題)特定的関与という2つの関与階層の各々について、かかる多様な関与類型を生み出す基本的要因を摘出し整理しておくことにする。

6−1.対象特定的関与における多様性

対象特定的関与の概念は、文字通り、ある特定対象物(object)に対して向けられる関与であり、その意味では、対象物の捉え方によって様々な下位概念を想定することができる。
例えば、上述の製品関与を初めとして、特定ブランドに対する関与としての「ブランド・コミットメント(brand commitment)」、特定広告媒体に対する関与、更には、特定店舗に対する関与、等はその一例である。従って、研究上の混乱の一因となってきた既存の様々の関与概念は、その一部を対象特定的関与の具体的発現形態ないしはその下位概念として捉えることによって体系的に位置づけ整理することができる。
また、前述のように、対象特定的関与は当該対象物の価値実現における目的関連性の故に示される関与であることから、当該対象物(例えば、製品)を消費・使用・所有することによって実現される価値やその基盤にある動機の種類により幾つかの類型に区分することも可能である。
例えば、Park & YoungやPark & Mittalは、このような関与の基盤をなる動機の種類に着目し、関与を「認知的関与(cognitive involvement)」および「感情的関与(affective involvement)」という2つの類型に区分しているが、これら2つの関与概念も対象特定的関与の下位概念として位置づけ整理することができよう。
このように対象特定的関与という概念カテゴリーの下、対象物の特定の仕方と基盤となる価値ないし動機の捉え方により既存の様々な関与概念をその下位概念として体系的に分類・整理することが可能となる。

6−2.状況(課題)特定的関与における多様性

上述のように、状況(課題)特定的関与とは、ある特定の状況における課題達成を契機として喚起される関与であることから、当然のこととして、契機となる状況や課題の捉え方、更には、それによって規定される情報処理プロセスの特定の仕方によって様々な下位概念の想定することができる。
例えば、従来から議論されてきた「購買重要性」ないし「購買(意思決定)関与」といった概念は、ここでの枠組みの中では、購買状況におけるブランド選択課題を契機として喚起され、購買意思決定という広範な情報処理プロセス全体を規定するようなタイプの関与を捉えた下位概念として位置づけることができる。これに対して、Krugmanの研究に始まる「コミュニケーション関与」の概念は、同じ状況(課題)特定的関与の中でも、広告情報処理という極めて限定的な状況および課題を契機とした関与であり、消費者の情報処理プロセスのうちのある特定部分を規定するようなタイプの関与として位置づけることができる。
このように活性化の契機となる状況や課題を関与の分類基準として捉えることにより、これまでに提示されてきた幾つかの関与概念を状況(課題)特定的関与の下位概念として位置づけ体系的に整理することが可能となる。
なお、先に対象特定的関与における多様性に関して議論したことと同様に、状況(課題)特定的関与についても、当該課題達成によって実現される価値やその動機的基盤の種類により「認知的関与」と「感情的関与」という2つの下位類型を設けることが可能である。

以上、本章においては、これまでに提示されてきた多種・多様な関与概念を整理するための一つの枠組みとして、@対象特定的関与における対象の捉え方と動機的基盤、A状況(課題)特定的関与における状況・課題の捉え方と動機的基盤、という2つの分類視点によって種々の関与概念をこれら2つの関与階層における下位概念として位置づけ整理する考え方を提示した。表3は、本研究における分類視点と下位類型を表にしたものであるが、同表が示しているように、概念規定を巡るこれまでの研究上の混乱の一部は、これら2つの関与階層における対象物や状況・課題の捉え方の違いから生じた様々な関与概念間の違いを十分に整理せず、それらを並列に扱ってきた点に起因するものであることが再確認される。また、このように研究者によって多様な内容を意味する「関与」という構成概念が十分な概念規定を経ずして操作化・測定されてきた点に実証的研究上の問題があったと思われる。
そこで以下、章を改め、ここで提示された整理枠組みに即して、杉本(1986)の研究をもとに、関与概念の操作化・測定の方法と尺度開発について検討する。


表3 消費者関与の多様性(1989,青木)