第5章 消費者関与の構造


本研究では、消費者関与を「対象や状況(ないし課題)といった諸要因によって活性化された消費者個人内の目標志向的な状態」として概念規定したが、このように関与を「何らかの要因によって活性化された状態」として捉える立場に立つ場合、そのような活性化の契機となる要因に着目することにより、消費者関与を次のように、「対象特定的関与」と「状況(課題)特定的関与」という2つのカテゴリーに区分することができる。

5−1.対象特定的関与

ここで言う「対象特定的関与」とは、消費者個人がある特定の対象物(製品、ブランド、店舗、広告媒体、etc)に対して示す関与であり、当該対象物と消費者個人の価値体系との関わり合いの中においても規定されるものを指している。
すなわち、このタイプの関与は、当該対象が個人の価値体系の中において占める位置づけを基盤としているという意味において、「対象特定的」であり、当該対象物が消費者個人にとってヨリ中心的でヨリ重要な価値の実現とヨリ多く関わっていればいるほど当該対象に対する関与は高くなることが予想されるという意味において「価値(目的)関連的」な性格を持っている。
例えば、このような対象特定的関与の典型例として、対象物が製品クラスである場合のいわゆる「製品関与(product involvement)」について検討してみる。
消費者関与の一般的概念規定に従うと、製品関与は、「当該製品を消費・使用・所有することが消費者個人の価値体系におけるヨリ中心的でヨリ重要な価値の実現と深く結びつているが故に喚起される活性化状態」として概念的に定義することができる。
従って、消費者個人の価値体系内のヨリ中心的な価値の実現とヨリ数多くヨリ深く結び付いている製品クラスに対してはヨリ高い関与が示されることになる。但し、いくら当該製品クラスが消費者個人のヨリ中心的価値の実現と深く関わり合っていたとしても、その関わり合いを消費者自身が十分に認識していなければ関与は低いものとなるであろう。その意味では、製品関与の概念は、消費者自身の自己の価値体系についての知識(自己知識)と当該製品の価値実現における目的関連性(relevancy)についての知識(製品知識)という2つの認知構造の結びつきを前提としていると言える。
ところで、個人の価値体系(value system)の中心は「自己(自我)」であるという立場をとれば、ここで言う「対象特定的関与」という概念は社会心理学の分野でこれまで用いられてきた「自我(自己)関与」の概念に極めて近いものであると考えられる。また、個人の価値体系や特定の対象物と価値体系との間の結び付きは短期的には変化しにくいものであるから、必然的に対象特定的関与は「永続的且つ状況横断的」な性格を持つものとして位置づけられる。

5−2.状況(課題)特定的関与

ここで言う「状況(課題)特定的関与」とは、ある特定の状況における何らかの課題達成を契機として喚起される関与であり、当該状況において達成されるべき課題の重要性、すなわち、当該課題達成と消費者個人の価値体系との関わり合いの中で規定されるものを指している。
例えば、このような状況(課題)特定的な関与の典型例として、達成されるべき課題が購買意思決定状況でのブランド選択課題であるような場合、すなわち、「購買(意思決定)関与」とでも呼ぶべきものを考えてみる。
消費者関与の一般的概念規定に従えば、ここで言う購買(意思決定)関与は、「購買意思決定状況において達成されるべき購買目標の重要性・重大性の故に喚起される活性化状態」として概念的に定義される。
従って、購買目標としてのブランド選択課題の達成(例えば、「最もコスト・パフォーマンスのよいブランドを選択する」「最も自分に適したブランドを選択する」等)が当該消費者にとって重要・重大であればあるほどヨリ高い関与が示されることになるが、当然のこととして、そのような購買目標の重要性・重大性は購買意思決定の客体としての製品クラスやブランド自体が持つ消費者個人にとっての重要性によって強く規定される。その意味では、ここで言う購買(意思決定)関与は、製品関与やブランド・コミットメントといった対象特定的関与を基盤としたものであり、諸々の要因の作用によりそのような特定対象を契機とした活性化水準が増幅されることによって生じる関与であると言える。
例えば、ある特定の購買意思決定状況において消費者が感じる「知覚リスク(perceived risk)」などは、購買(意思決定)関与の水準を増幅する重要な要因の1つとして考えられる。すなわち、ある製品クラスの購買意思決定状況における関与水準は、基本的には当該製品クラスに対する関与(製品関与)によって規定されるが、製品関与の水準が同程度であったとしても購買意思決定状況においてヨリ高いリスクが知覚される場合には、結果として購買(意思決定)関与はヨリ高いものとなるであろう。このように購買(意思決定)関与と製品関与、あるいはヨリ一般的に、状況(課題)特定的関与と対象特定的関与との関係は、前者が後者の「入れ子式構造(nested structure)」になっているものとして捉えられる。 なお、購買(意思決定)関与に代表される状況(課題)特定的関与は、持続性という側面では一時的な性格が強く、また、当然のこととして状況特定的な性格を持つものとして考えられる。

以上、一般的概念として消費者関与をそのような活性化の契機となる要因とその階層性に着目して「対象特定的関与」と「状況(課題)特定的関与」とに大別し、その各々の概念的特性について検討してきた。下の表2は、これら2つの関与類型の特性を整理し且つ既存の関与概念との対応関係を示したものである。


表2 消費者関与の特性と従来の関与概念との対応(青木,1989)