第3章 概念規定への模索


これまでの検討からも明らかなように、従来の関与研究における混乱の源泉は、研究対象である関与概念に含められた内容が研究者により極めて多様であり、また、その概念的特性の規定が必ずしも十分ではなかったことに起因していた。そして、その後、前者の概念的内容の多様性の問題は多くの研究者による関与概念の類型化の試みと相まって、また、後者の概念的特性の不明確性の問題は関与概念を操作化し測定しようとする様々な試みと相まって、研究上の混乱をヨリ深刻なものとしていった。< 研究対象についての明確な理解と適切な概念規定無しには、いかなる操作化や測定も無意味であり、従って、今関与研究に何よりも求められているのは、これまでの様々な研究の流れや各種の関与概念を出来る 限り包摂した整合的かつ適切な関与の概念的規定であろう。
そこで、関与概念を再規定しその概念的分析枠組みを構築するための準備段階として、改めて、従来の研究において提示されてきた各種の関与概念を類型化しその間の関係を明らかにするとともに、関与の概念規定に関連してこれまでに指摘されてきた問題点や論点を再整理し、関与概念についての共通理解を得るための再規定の方向を模索していくことにする。
1980年代に入ると上述のような関与の概念的内容面での混乱が指摘されるようになるとともに、そのような概念規定上の混乱を解消するための手段として多様な関与概念を類型化して整理しようとする試みが数多く登場することになる。しかしながら、このような関与概念の類型化の試みは、そこで採用される類型化の基準自体が研究者によって異なるというように新たな混乱の原因ともなっている。
例えば、Muncy & Huntでは、従来の研究において用いられてきた各種の関与概念が、「自我関与」「コミットメント」「コミュニケーション関与」「購買重要性」「反応関与」という5つの類型に分類・整理されているのに対して、Zaichkowskyにおいては、関与概念の整理に、「製品クラス関与(product class involvement)」「購買意思決定関与(purchase decision involvement)」「広告コミュニケーション関与」という3分法が用いられているというように、このような類型化の試みは分類基準とともに用語法の点においてもまた多様である。
ここでは、@関与の対象による分類、A関与の持続性ないし状況特定性といった観点からの分類、B関与の動機的基盤に基づく分類、という3つの分類基準を取り上げ、過去の代表的な類型化研究を手掛かりに関与概念を類型化する際の問題点や論点を整理しておくこととしよう。

@対象による関与の分類
関与についての概念規定は極めて多様であるが、もし関与概念を「消費者(個人)が何かに関与している(being involved with)」状態を指す概念として捉える立場に立つなら、消費者個人をしてそのように「関与せしめる(cause the individual to involved)」何者かの存在、すなわち、関与の対象を特定化しなければならない。
このような観点から、各種の関与概念をその対象により類型化しようと試みる研究も数多く存在する。例えば、上述のZaickowskyの3分類などはその典型例であるし、また、部分的な議論ではあるが、Clarke & Belkは、「製品に対する関与」と「購買課題(タスク)に対する関与」とを区別する事の必要性を強調しているし、更に、Traylorは、「製品クラスに対する関与」と「ブランド・コミットメント」とは明確に区別されるべき別個の概念であると主張している。
更に、Park & Mittalは、関与を「目標に向けられた動機づけられた心の状態(Motivational state of mind that is goal directed)」として概念規定した上で、関与をその「目標対象(goal object)」により、

1.製品クラスに対する関与(involvement with product class):ある製品クラス全体に対して示される関与。
2.代替ブランド群に対する関与(involvement with alternative brands):選択ないしは購買意志決定において代替的なブランド群に対して示される関与であり、Clarke & Belkのいう購買課題関与ないしZaickowskyのいう購買意思決定関与に相当する。
3.特定ブランドに対する関与(involvement with a paticular brand):製品クラス内の特定のブランドに対して示される関与であり、Traylorのいうブランド・コミットメントに相当する。
4.説得的コミュニケーションに対する関与(involvement with persuasive communication):広告に代表されるような説得的コミュニケーションそれ自体に対して示される関与。

という4つの類型に区分している。
Park & Mittalも指摘しているように、これら目的対象を異にする各関与概念はその間の関係が一意的に定まらない以上、別個の関与概念として明確に区別される必要がある。また、そのように関与の概念的内容をその目的対象により厳密に規定することで不必要な混乱を防ぐことができ、ヨリ正確かつ精緻な議論の展開が可能となろう。しかしながら、一方で、目的対象の不用意な細分化は却ってそれに対応する概念間の異同を不正確にし、新たな混乱を引き起こしかねないという問題もある。
以上のことから、本研究では、(目的)対象を基準とした関与の類型として、

1.特定の対象物に対する関与:製品クラス、ブランド、店舗、媒体、等の特定の対象物に対して示される関与。
2.特定の課題(タスク)に対する関与:ある購買目標の達成といった特定の課題(タスク)に対して示される関与。
3.特定の行為や処理プロセスに対する関与:情報探索や説得的コミュニケーションにおけるメッセージ内容の理解といったある特定の行為や情報の処理プロセスそれ自体に対して示される関与。

という3つのカテゴリーを設定することにする。

A持続性・状況特定性による関与の分類
関与をその目標対象により直接類型化しようとする上述のような試みに対して、関与をその持続性や状況特定性といった観点から分類・整理しようとする考え方も存在する。
例えば、Houston & Rothschildは、心理学におけるS−O−R型パラダイムとの類比において、関与を、

1.状況的関与(situational involvement):ある特定の状況において引き起こされるであろう行動(の結果)に対する関心。
2.永続的関与(enduring involvement):問題となる対象と個人との間に以前より存在している結びつき。
3.反応関与(response involvement):消費者の購買意思決定過程全体を特徴づける認知的ないし行動面での複雑性や包括性。

という三類型に区分する考え方を提示した。
すなわち、彼らの考え方によれば、消費者の意思決定過程の複雑性(反応関与)は、製品のコスト、購買頻度、製品の複雑性、代替案の類似性、製品の社会心理的な使用場面といった外的な要因によって規定されるところの状況特定的で一時的な関与(状況的関与)と製品についての経験・知識や価値体系における当該製品の中心性といった消費者の内的な要因によって規定されるところの永続的で状況横断的な関与(永続的関与)の関数として捉えることができるという。そして、状況的関与(S−O−RパラダイムのSに相当)は心的なある状況において引き起こされるであろう行動への関心(状況的関与)とそこで問題となっている対象と個人との間に以前より存在している結びつき(永続的関与)との関数として捉えることができるという。
Houston & Rothschildの関与類型には、消費者の意思決定過程の複雑性自体をも関与の一側面として捉えている点等において問題がないわけではないが、関与をその持続(永続)性や状況特定性といった側面から類型化するという試みにはそれなりの異議があり、その後この考え方はBlochやBloch & Richinによって受け継がれ精緻化されていくことになる。
因に、Blochは、関与をその源泉や結果から明確に分離した上で、「状況的関与」と「永続的関与」の二類型に区別し、その各々を、

1.状況的関与:購買ないしは予想される使用状況において問題となるある特定の付随的目的を達成しようとする消費者の欲求に基づくところの製品に向けられた一時的関心。
2.永続的関与:状況的な影響とは独立に存在するところの製品に向けられた長期的な興味や関心であり、当該製品と個人のニーズないし価値との関連性の強さに基づくものである。

と定義している。
そして、Blochは、このように関与を状況的関与と永続的関与とに区分することにより関与の効果についてのヨリ精緻な議論の展開が可能になると考えており、その具体例として、関与の結果として起こる反応を、一時的な「タスク関連反応(task-related response)」と「継続的反応(ongoing response)」とに区分して検討している。
以上のような類型化研究の考え方を踏襲し、本研究においても持続性や状況特定性といった観点から関与を分類し、(1)状況特定的で一時的な関与、(2)状況横断的で永続的な関与、という2つのカテゴリーを設定することにする。

B動機的基盤に基づく関与の分類
関与概念を類型化しようとする試みの第3の流れは、関与をその動機的基盤に基づいて分類しようとするものである。
例えば、Park & Mittalは、前述のように、関与を「動機づけられた状態」(ヨリ正確には「動機づけの結果としての覚醒状態」)として捉える立場をとり、関与を動機づけの基盤となる動機のタイプにより、

1.認知的関与(cognitive involvement):製品使用を通した実質的な価値の実現・追求という功利的/機能的動機ないしは認知的な動機を基盤とする関与。
2.感情的関与(affective involvement):製品使用を通した自我の維持・強化といった価値表現的動機ないし感情的動機を基盤とする関与。

という2つの類型に区分・整理した。
彼らの考え方によれば、消費者が製品を取得し消費しようとすることの背景には、「功利的ないし機能的動機(utiliterian or functional motive)」と「価値表現的動機(value-expressive motive)」という2つの異なった動機が存在し、その各々を基盤として異なったタイプの関与が成立するという。すなわち、前者の功利的動機は製品から得られるであろう物質的(ないし肉体的)満足を極大化しようとする動機であり、この動機に従って消費者は製品の機能的成果に関心を持つように動機づけられる。これに対して、後者の価値表現的動機は、自我(ないし自己)を維持・強化しようとする動機であり、この動機に従い、消費者は製品の使用・所有を通して自己概念を強化したり、望ましい自己イメージを外界へ投影することに興味を持つよう動機づけられるという。そして、どちらの動機がヨリ支配的であるかによって、関与の効果(特に、情報処理形式に対する効果)は極めて異なったものとなるであろうことを彼らは指摘している。
消費者の動機を分類・類型化し、その各々のタイプに応じた理論構成を考えるというアプローチは、目新しいものでもなければ特異なものでもない。例えば、Copelandが消費者の購買動機を「合理的動機(rational motive)」と「情動的動機(emotional motive)」とに分類したことは有名であるし、その後、Katzによる態度の動機的基盤についての類型化研究を契機に消費者行動研究の分野でもその応用研究が行われてきた。従って、関与概念を分類する基準として基盤となる動機のタイプを用いるという考え方は不自然なものではなく、むしろ情報処理形式に対する関与の効果の違いを説明する上で必要不可欠な理論構成であろう。
以上、本章では、関与概念を再規定し、その概念的分析枠組みを構築するための準備段階として、多様な関与概念を分類・整理するための基準と、関与を概念規定する際に明確に認識されるべき幾つかの概念的特性について検討した。
本章からも明らかなように、今日見られるような研究上の混乱を終息させるためには、各種の関与概念の異同を明らかにするための分類・整理基準が必要不可欠であり、また、経験的研究の成果をヨリ実り多きものにするためには、概念的特性を正確に把握した上で概念規定と操作化、更には、各種の下位概念や関連概念、原因変数や結果変数との関連性等を整理した概念的枠組みの構築が課題となってくる。そこで、このような関与概念の再規定の試みとそれらをベースとした消費者関与の概念的整理について、第4章、第5章及び第6章において検討してみる。