ただし、昨日今日に勉強を始めた人の役にはまったく立たないと思う。基礎の基礎をいちいち書いていたら、それこそ私の畏れている「偉そうに教える」行為にあたってしまうのである。だから、ここを読む人のレベルが私よりも上であろうが下であろうが、「対等な学習者」と見ることにする。よって、読む人が「知らなかった」と思えばその瞬間だけ私が「先生」であり、「それは違うぞ」「他にこういうのがあるぞ」と教えてもらったら、その瞬間だけその人は私の先生である。施す・施されるの関係ではなくて、「伴に学ぼう」というのが正直な気持ちである。
とは言うものの、私が「まだあかんなぁ」というレベルであるのは自分自身よく知っているので、他人にパクってもらうような材料がどれだけあるか、となると自信がなくなる。こうして自己反省モードに入ってしまうと何も始まらないので、とりあえず始めて見る。
結論を言うと、こう書いて欲しいのだ。
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いかがであろうか?日本語の「お」は、それらの中間の音だと思われる。韓国人が話す日本語から受ける違和感の1つには、この逆の教わり方をしているための「お」の音がある。つまり教科書などで日本語の「お」は、韓国語のであると覚えるから、日本語の「お」の発音に口をすぼめすぎてしまうのだ。
まぁそっちはその専門家に任せるとして、私は韓国語学習者に徹する。私がこう思ったきっかけは、韓国を旅行するにあたってあるアガッシにと言われたときだった。
これを私はと聞いてしまったのである。それに「おっぱ」だって「うっぱ」に聞こえたりする。
まぁ、
と
が聞き分けられなかったせいもあるが、それは棚に上げておいて、とりあえず「う」に聞こえたら
かも知れないと疑い、「あ」に聞こえたら
かも知れないと疑ってみることにしている。・・もちろんこれで完璧になるわけではないが。
もし使うなら、「自分の彼女」という意味にとられることを覚悟すべきだ。例えば旅行者が韓国人の友人を訪ねて、第三者にその女の人のことを話すときにと表現するのはおかしく、その場合はその人の名前を使うか、
を使うのが自然である。
ではその人が本当に恋人ならどうか?・・確たる自信はないが、やっぱりはあまり使わず、上に書いたように言うのが自然なように思う。もっと親しい間で使う表現もあるが、それは省略する。そこまで親しい友達ができたら聞いてみるといい。
私は最初、歌詞によく登場する(そう、書き言葉としてはしばしば登場するので、錯覚してしまう)からてっきり日本語の「彼女」と同じと思ってを使っていた。それだけなら初学者のミスとして、言っても書いてもたぶん大目に見てもらえるのだが、会話で使うと思わぬ誤解を生むことがある。
近所のある韓国クラブにて。当時の韓国語能力は、韓国人同士の会話に混ざると聞き取りが完全にギブアップ状態だが、自分が言いたいことは何とかおおまかに言える・・かどうか・・といったところ。細かくは憶えていないが、その席にいないアガッシのことを何か言おうとしたのだろう。私は「その子は」という意味のつもりで「・・」と言ったのだが、途端に席にいたアジュmマとアガッシの顔色が変わった。「何でそんなこと言うの?」と睨まれてしまった。「そんな悪い言葉、ダメです」・・そう言われたってこっちはわけがわからない。そしてゆっくりと説明してもらったところによると、自分の言葉は「
・・」と聞こえたのだそうだ。
というのは女を蔑んだ言葉で日本語の「アマ」をもっと悪くした感じの言葉らしい。
そんな言葉を当時の私が知っているわけはないのだから、もうちょっとやんわり注意してくれればいいものをとも思うが、それまで私が「単語だけ知ってるオヤジ」のレベルでないことをアピールしていたのだから、悪くとられても仕方がないとも思う。だと思われた理由は2つある。
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「くにょぬん」の「く」にアクセントがあれば![]() 「にょ」にアクセントがあれば ![]() |
まぁそうは言っても、「いつやめたっていいや」という気持ちでやっていたのだから、逆にそんな態度だからこそ2年続いたと思うので、とりあえずそこは反省なんかしない。それに、仮にもっと必死で基本を頭に詰め込んでいたとしても、やっぱり実際の会話では「なんじゃそりゃ?」が多発するだろう。そしてそれは別に悪いことではない。一線を超えたかったら通らなければならない道なのである(と思う)。
で、当時もっとも痛感したのは親しい同士で使う「ぞんざいな表現」の知識不足だったが、いま書こうとしていることは、そのことではない。と言うか、いわゆるについてはあまり触れたくない。そういうのは韓国人との会話の中で、おっかなびっくり出したり引っ込めたりしながら少しずつ覚えたらいいわけで、ここで無責任にばらまかない方がいいと思うからだ。
で会話するぐらいに親しい相手を作るには、まずきれいな言葉でそれなりにしゃべれなければ無理(相手が日本語を話せるなら別だが)なわけで、だったら他にまず勉強すべきことがたくさんあるだろうと。
前置きが長くなった。主題は、ていねいな言葉だが、私の教科書に「よく使う表現」として紹介されていなかったものである。最初の韓国旅行で、ソウルに着く前に成田空港や飛行機内で「〜ギバラムニダ」というのを何度も聞いた。これがなんなのかわからず、持って行った辞書で「キバラダ」という単語を探すのだが、当然ない。いや、今ならなんてのを見つけてしまいそうだが、当時はただ悶々としていた。正解は
であって、例えば
なんていうのが、後半だけ印象に残っていたのだろう。
・・と書いたが、日常で耳にはしても会話じゃ使わない表現ですな。公共の場のアナウンス、その常套文句という感じのものだ。地下鉄に乗ると一駅ごとに「〜ギ バラムニダ」だが、我々が知人と話すときに使うならでしょう。(キに付いてるリウルは、省略形です。念のため)
イボンはだとすぐにわかる。最後のコスンも
だとわかる。ではその中間は何なのか。恥ずかしながら何度聞いても私には「ソンサイ」にしか聞こえない。バスの車内アナウンスというのは日本語でも聞きづらいことがあるから、その分を割り引いたとしても私の耳はまだまだである。
「ソンサ」はたぶん停車だからチョンチャ()なんだろうが、どうもそのように聞こえない。そしてそのあとの「イ」が謎なのだった。この謎が解けたのは9回目の旅行のときである。ずいぶん長い間棚上げしていたものだ。この件は日本にいる韓国人に聞いても要領を得なかった。まず空港バスに乗ったことがないという人が多く、乗ったとしても母国語の車内アナウンスなんか鮮明に記憶している人はいない。そこでジョンシク君といっしょにバスに乗って聞いてもらったのだ。
正解はである。まず
が「ソンサ」に聞こえたのは、「ソ」はスピーカーのせいで、「サ」は次に続く
のせいではないかと思う(これはあまり自信がないが)。そして、もっとも大事なことは
のリウルが「イ」もしくは「リ」に聞こえた点である。これは逆に言うと、
と発音するときに「ハリ」に近い「hal」だと意識すればいいということだろう。さらに、
という音は日本語の「ハ」よりも「h」が弱いものだと言えそうだ。
と思いながら改めてアナウンスを聞くと、あら不思議。ちゃんとそう聞こえるのであった。