『アンブレイカブル』のネタを全部割ってしまいます。ご注意下さい。
説明のため、どうしてもそのネタを割らなければならないんですが、本編を見ていない人に言ってしまうのは本意ではありません。
この映画、傑作だと思いますので、以下の文章を読むのは映画を見た後にして下さい。
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ここまでいったんだから、あなたは『アンブレイカブル』を見た人に相違ないでしょう。
びっくりしましたよね、あのラスト。
いや、でも、全体を振り返ってみてその構造に気が付くと、もっとびっくりします。
この映画、SFと見せていますが、実は、本格ミステリだったのです。
きちんと伏線が張ってあって、手がかりはすべて提出されています。注意深く見ていれば、プライスが裏切り者だと分かるように出来ているのです。
非常にフェア。
『アンブレイカブル』はフェアな、本格ミステリなのです。
・・・・自分が超人であると知らないまま大人になった男が、列車事故をきっかけに、己の真の力に気づき、そして、自分の正体を気づかせてくれた男とともに、ヒーローとして生きる道を模索し始める。
『アンブレイカブル』とはこういう話です。SF−onlineでは”究極の『スーパーマン:イヤー・ワン』”と呼んでます。そのとおり! まさにまさに。
そして、そのオチはこう。
・・・・実は、列車事故そのものが相棒、プライスの仕掛けたものだった。プライスは真のヒーローを見つけだすため、テロ行為を行い、強靱な人間、スーパーヒーローとなる人物を探していたのだ。皮肉なことに、主人公ダンは、ヒーローとしての能力と使命に目覚めたために、相棒が自分を捜すために犯した数々の罪に気づかざるを得なかった・・・・。
このオチに呆然とした人は多かったと思います。
が、よく考えてみると、このオチのための伏線は何度も何度も、しつこいくらいに張られています。
曰く、「僕と君はおなじものの両端にいる」
曰く、「コミックのようだが」
そしてラストシーン。「敵役にはあだ名がある。僕の『ミスター・ガラス』もそうだ」
この台詞に視聴者はあっと驚くはずです。
すべてはこのための伏線だったのかと。
考えてみると、確かに彼はアメコミの典型的敵役が持つ要素をすべて、持ち合わせています。
が、このラストで驚いてしまった人は、甘い。甘すぎます。
シナリオライターの罠にまんまと、いや、素直にはまってしまっているからです。
罠? 一体あの作品にどんな罠が仕掛けられていたのでしょう。
一番目立つ罠はあの画、でしょう。プライスが車椅子に腰掛けている画です。
考えてみましょう。アメコミで車椅子に座る男は何を意味するか?
答えは一つしかない。
『X−MEN』の指導者にして創始者、プロフェッサーXです。
これがトリックなのです。
プロフェッサーXと同じ格好をしている人が敵だとは普通は思わないでしょう。
そこをシナリオライターにつけ入られているのです。甘すぎます。
よくよく観察すると、これがトリックである、という作者からのメッセージがそこかしこに見られるます。引っかかってしまったひとは不注意だったのです。
作者が用意したキーワードを順番にあげていきましょう
その一。
スーパーマン。
スーパーマンは不死身の身体と驚異的なパワーをあわせ持ち、学生時代にはアメフトの選手でした。後に彼は、大都会に出ようと企てます。
そう。『アンブレイカブル』の主人公は、史上初のアメコミ・ヒーロー、スーパーマンの分身なのです。
その二。
『アクション・コミックス』
作中には『アクティバルコミックス(うろ覚え)』という名のコミックが出てきます。
プライスが母から与えられるこのコミックは、世界初のアメコミヒーロー、あの『スーパーマン』が活躍したシリーズ『アクション・コミックス』をモチーフにしています。
その三。
『ウォッチメン』
作中、プライスが最後に手に取るアメコミは見張り人を意味する題名が冠されていました。
見張り人、つまりウオッチメン。
ウォッチメンは実際にDCから出版されているアメコミで、アメコミ・ヒーローたちの存在意義を問い直した究極のアメコミと呼べる作品です。
その四。
スペクター
主人公が最後に着るコスチューム(特にラストの新聞記事にのった姿)はアレックス・ロスの『キングダム・カム』版スペクターを彷彿とさせます。『キングダム・カム』はスーパーマンの復活、スーパーヒーローと人々の交わりを描いた実在するアメコミ。これもまた究極のアメコミです。
スペクターはその名のとおり、幽霊のヒーロー。スーパーマンと人の間に立ち、観察者としてのみそこにあります。けして、人と関わりを持とうとしません。
『アンブレイカブル』にはこのようにアメコミの始まりを象徴する作品、終わり(究極の到達点)を象徴する作品が内包されています。が、これは単にアメコミへのオマージュであることを示すものではありません。
これらは『アンブレイカブル』がDCコミック(※)へのオマージュであるという作者からのメッセージなのです。
マーヴル社のアメコミは、この映画に入っていないといっているのです。
よって、この映画の中では、車椅子の男=指導者、味方、正義という図式が成り立たないことになります。
シナリオライターはプライスに『ミスター・ガラス』という名前を与え、脆い身体という特徴を備えさせました。
敵役にはあだ名が必要だから、ではなく、彼にどうしても車椅子に座ってもらう必要があったから、です。
観客に勘違いさせるための仕掛けとして、車椅子が必要だったから、『ミスター・ガラス』なのです。
見事な叙述トリックです。
もうひとつ、マニア向けの心理的なトリックがあります。
この映画が『ブエナ・ビスタ』配給である点です。
DCは映画会社、ワーナーブラザーズの子会社ですから、DCのコミックをテーマにした映画が、他の映画会社から出るはずがありません。アメコミ・ファンなら無意識のうちにそのことに気が付き、マーヴルなど他社のアメコミ要素をスクリーン中に探してしまうでしょう。
そのため、車椅子姿にころりと騙されてしまうのです。
メタ視点で見たとき、ようやくそれと分かるこの罠は、映画史上でも類を見ないトリックといえるのではないでしょうか。
さて、そこでもう一度この映画を最初から見直してみましょう。
イライジャの母親は、アメコミを渡すときになんといっていますか?
『ミスター・ガラス』の本名、イライジャ・プライスというのも、SFミステリだぞ! というシナリオ・ライターからのメッセージかもしれませんね。
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興味を持たれた方は『キングダム・カム』小学館プロダクション、『ウォッチメン』メディアワークスをご覧下さい。
※ アメコミの出版社は2大出版社DC,マーヴル、そのほかの弱小出版社で構成されています。DCの代表作はスーパーマン、バットマンなど。マーヴルの代表作はスパイダーマン、ハルク、X−MENです。