京都、奈良、大阪、勝手に三都物語

 

平成10年3月末。久しぶりに連休が取れ、今私は車中の人となっている。今回の目的地は近畿地方一円。しかも車中一泊、ホテル一泊を予定しており、私にしては豪勢な旅だ。今までは予算と時間の制約で殆ど車中泊だったが、今回は有名観光地を少し織り交ぜて腰を据えてみたい。特に、長年続いてきた周遊券が廃止されるとあって、京阪神ミニ周遊券を手にしている。是非有効に活用したいものだ。

そんなわけで、近畿への最初のアプローチは山陽本線の普通列車と相成った。いつもであれば山陽本線の岡山行き最終列車に乗り、岡山で3時間過ごして「ムーンライト高知」で東に向かうところだが、今日は倉敷で下車する。日はとっくの昔に暮れ、もう真っ暗だ。ここでは今まで近い事もあってなかなか乗る機会の無かった水島臨海鉄道(以後、水臨)に乗る。あの時に乗っておけば良かったと、後悔後にたたずで、廃止されていった鉄道の何と多い事か。別府鉄道、加悦鉄道、飾磨港線、若桜線、岡山臨港鉄道?などなど、枚挙にいとはない。と言うことで意を決したわけだ。

この水臨は三菱のお陰で存続していると言っても過言ではない。現に、水臨倉敷駅では列車が到着したところで、車内から三菱関係者がどっと流れをうって吐き出されてきた。そういった意味では、この水臨は廃止の憂き目に遭う可能性は少ないのかもしれない。投入されているディーゼルカーも、地味なものだが割と新し目で手をかけられている。

折り返し出発するこの列車の乗客は少ない。発車まで常連らしい客が運転手と世間話をしている。近頃の中小私鉄にしては珍しく、車掌が乗務している。列車が動き出してすぐに車掌から三菱自工前駅までの切符を購入する。駅の自動販売機が故障していた為で、その旨説明し、ついでに三菱自工前付近の様子を尋ねてみる。このまま、終点まで行って折り返してきてもいいのだが、それでは芸が無い。出来れば終点からバスで岡山市内へ出れればと思ったのだが、バスの殆どは倉敷行きで、岡山行きはないと言う。倉敷行きでさえ、もう走っていない時間との事だ。

沿線の明かりを眺めながらぼんやりする。途中、停車した駅の隣に球場があり、煌煌と照明を燈し草野球に興じている。そのだらしない動きから、仕事が終わってのことなのだろうと察しをつける。運転手、車掌とも、先ほどの常連客と一緒になって観戦しながらあれやこれやと野次を飛ばしている。

再び動き出した列車から特に目を引くものは見えてこない。鞄から文庫本を取り出し読む事にした。20:40。三菱自工前駅に着いた。下車する際、車掌が「本当にこんな所で降りるんですか?」と聞いてきた。実際駅に降りたって周りを見回すと本当に車掌の言ったとうり、商店も住宅も無い辺鄙なところだった。いや、全く何も無いわけではない。目の前には巨大な三菱自動車の工場群があり、幅の広い道路が走っている。ただ、それだけだ。日中は従業員であふれているのだろうが、今は人っ子一人いない。乗ってきた列車はさっさと車庫へ引き上げてしまった。折り返しの列車が来るまで約30分、鼻歌でも歌いながらその到着をひたすら待つしか術はなさそうだ。

再び倉敷駅に戻り、駅前の中華料理屋で分不相応に高いラーメンを食べる。決して不味くはないが、夜10時とあっては、その店しか開い無かったのだ。何かぼったくられた気分のまま、岡山行きの電車に乗った。

23:55。岡山駅に着き、次に乗る「ムーンライト高知」の発車まで約3時間。いつもこの時間を苦痛に感じる。オールナイトの映画でもやっていれば時間をつぶせるのだが、今日は生憎土曜日ではない。駅前をうろつき、深夜遅くまで開けている知っているラーメン屋にでも行こうと思ったが、その道の途中にしつこいぽん引きがいるのを思い出し、断念する。早足で歩いても、相手は自転車に乗って待っているので尚更質が悪い。仕方なく、改札を受け再び駅構内に戻る。所在無く駅構内をうろうろと歩いていると、向こうからやってきた鉄道公安職員に質問を受けた。所謂、鉄道公安官である。私は別にやましい事はない。次に乗る列車名を告げると、「お気をつけて。」と去っていった。確かにうろついていると不審人物に見られるかもしれない。仕方なく2階の待ち合い広場に向かった。そこには大きなベンチがあり、大人一人くらい充分に横になる事が出来る。しかしまだ眠くはない。あたりを見回すと、一角に公衆電話コーナーがあった。20台くらいの電話が置いてあり、そのうちの一つは個室になっている。私は、「これだ!」と思い、早速その個室を占領した。今回の旅にはノートパソコンを持ってきている。ここで電子メールのチェックでもしようと思ったのだ。個室の中でノートを開け、グレーの公衆電話にモジュラーケーブルを繋げる。幸い、電話の下にはコンセントがある。インターネットのアクセスポイントを替え接続する。こんなことをするのは初めてで、ワクワクする。所謂、モバイルと言う奴だ。メールを読み、ホームページを閲覧しながらふと思った。「ネットの対戦ゲームが出来ないかな。」いや出来ない筈はない。早速、今お気に入りのエイジオブエンパイヤーで対戦を始めた。このゲームは対戦中にチャットが出来る。チャットで、今、岡山駅の公衆電話から接続している事を言うと、大笑いされてしまった。

ゲームのお陰で、あっという間に3時間が過ぎ、「ムーンライト高知」の客となって、すぐに眠りに就いた。

座席の夜行列車では、いつも余り寝る事は出来ないが、今日は熟睡してしまった。早朝、京都駅に降り立って、差し込んでくる朝日に思わずくしゃみが出た。新駅舎に建て替わった京都駅には初めて訪れるが、新聞などで報道された通り、まさに「壁」だ。以前の京都駅もまた、京都と言う大都市に比較して貧相なものだったが、今回の変わりようは常軌を逸しているような気がする。テナントの開店時間まではまだかなりあるが、そのせいかシャッターを下ろされた通路はまるで巨大迷路のようだ。特に時間に縛られてはいないので、朝早くからやっている駅前の喫茶店に入って朝食を摂る。

一息ついて、東海道本線を上って草津へ。朝の通勤時間帯だが、京都から郊外へ向かう反対方向なので乗客は少ないだろうとたかを括っていたが、その期待は裏切られた。京阪神地域の都市の広がりは思った以上に大きいらしい。僅かな時間ながら、熟睡が出来たとは言え、車中泊後の身にはスシ詰めの通勤電車は流石にこたえる。身を捩る事すらままならない。何とか堪え忍んで草津駅で下車。ここから草津線に乗り換え貴生川駅に向かう。

草津線の電車ではもはや立つ客はなく、私も1BOX占領して一息つく事が出来た。田園風景の中を走り、貴生川に到着。ここで近江鉄道に乗る。この近江鉄道も今まで指を咥えて見逃していた鉄道で、今日、ようやく念願がかなう。駅で近江八幡までの切符を手にして、一両編成の黄色い電車に乗る。どこか見覚えがある車両だ。西武鉄道のものではなかっただろうか。走り出した電車は田畑の中を行く。速度は出ていないがよく揺れる。その揺れ方が面白い。車両の中心を軸に、前端と後端を左右に振っている。ヨーイングというのだろうか。興味深いのは、線路の曲線部で、よく見ると短い直線レールを繋いで作っているように見える。線路の保線状況でその鉄道の経営内容が良く分かる。途中、保線員が作業をしていたが、ここも決して楽な経営をしているのではあるまい。停まる駅、停まる駅はみな古臭く、30年前に戻ったようだ。

木造屋根のホームのある八日市駅で乗り換えて、近江八幡に向かう。乗り換え時間の合間を見て、駅間のスーパーに入る。今回は、一つの鞄にノートパソコンとカメラ、交換レンズ一式を詰め込んでいる為、いざ写真を撮ろうとしてもままならない。その不便さにたまりかねて小さいリュックでも買おうと言う算段だ。幸いそのスーパーで鞄の千円市をやっており、早速その中の一つを手に入れた。最上階には鉄道模型が展示してあり、100円を入れて動かすようになっている。しばし童心に帰り、電車を動かして楽しんだ。

再び東海道本線に乗って大津市近郊の石山駅で下車する。小ぢんまりとした駅前に京阪電鉄石山坂本線が急なS字カーブで横切っている。そのS字の中ほどに京阪石山駅はある。小さいが改札は勿論、自動販売機もあり一応駅としての体裁を整えている。しかし、向かいのホームに行くには線路を渡る必要がある。走っている電車も少し立派になった市電と言った感じだ。電車を待つ客は多く、この石山と言うことろはかなり大きな町らしい。暫くしてやって来た濃淡2色の緑に塗り分けられた電車に乗ると、すし詰め状態だ。近畿地方の鉄道を乗り歩くには、座っていきたいと言う考えは、早々に捨てる必要があるかもしれない。

浜大津駅で乗り換えて京都市内へ向かう。ここも乗降客は多いが、ホームは猫の額ほどしかない。ここから乗るのは今までと打って変わって、ピンク色のモダンな電車だ。外観は、広島電鉄の3連接車に似ているが、床が高いのと、4両編成で、一両ごとのドアも多い。線路は一般道路との共用のところが多く、駅のところだけ無理矢理道路から離れている。交通量の多い道路を高床の4両編成の電車が走る光景は、なんだか奇妙で危なっかしい。

電車は、滋賀県と京都府を隔てる山を越え、御陵から地下に潜る。以前は地上をここまで来たように、道路との共用路線で京都の中心部まで乗り入れていたが、交通渋滞とのかねあいから、最近廃止されてしまった。その代わりに、京都市役所前駅まで地下鉄東西線に乗りいれる事になった。

地下に潜ってしまえば特にする事はない。腕組みをし、しばしうつらとする。京阪三条駅で北へと出町柳駅に向かう。ここも地下路線である。地下鉄と言うのはうるさくてかなわない。

出町柳駅を出ると、平日であるにもかかわらず観光客が多い。京都の観光地としての魅力の成せる業だろう。駅のすぐそばを加茂川が流れている。しばし川岸を散策し、観光客気分を味わうが、これから乗ろうと思っている叡山電鉄の事が気になって、5分程で切り上げる。京阪の出町柳駅は地下に設けられているが、叡山電鉄のそれは地上にある。それぞれの線路は繋がっていないから、叡山電鉄の駅は線路を塞ぐように出来ている。京都と言う大都市にありながら、ローカル鉄道の雰囲気を色濃く漂わせている。電車は京都の東部外苑の住宅街を少しづつ北上していく。次第に上り勾配がきつくなり、鞍馬へ向けて山中に分け入って行く。観光の為に引かれた路線だろうが、他の地方ではそんな贅沢は許されていない。同じ性格の私鉄といえば、箱根登山鉄道くらいだろうか。電車の速度が極端に落ち、窓に顔を近づけて前を見ると、こんな所を電車が上れるのか?と疑問に思うほどの勾配だ。

終点の鞍馬駅は緑深い中に静かに佇んでいる。周りには数軒の土産物屋を除いて、僅かな民家しかない。出来る事ならバスに乗り継いで、大原の三千院に行ってみたいが、バスは観光シーズンしか出ていないらしい。諦めて、土産物屋を覗きながら散策する。時折車が通りすぎるが、それ以外には鶯の鳴声しか聞こえない。その鳴声も山々に反射して、エコーのかかったように聞こえる。広島でもこのような場所はいくらでもある筈だが、京都にきていると言う先入観からだろうか、つい、この雰囲気が特別のものであるかのような錯覚を覚える。

ここからまた引き返す事になるが、そんまま電車に乗って帰るのは芸が無い。一駅くらい歩いてみようと思う。鞍馬駅から貴船口駅まで、新緑を楽しみながら坂を下っていると、木立の中を電車がすり抜けるように通りすぎていった。日差しはきついが、頬に当たる風は心地よい。暫く歩いていると、道の真ん中に一羽のキセキレイが、尾羽を上下に激しく振りながらちょこちょこと歩いていた。私が次第に近づくとその度に数メートル向こうへ飛び去り、また近づくと更に向こうへ、と言った具合に追い掛けっこをする羽目になってしまった。どこかへ飛び去ればいいようなものだが、好奇心旺盛なのだろうか。対向車がやって来て、そのキセキレイが本当に飛び去ったのは、貴船口駅が視界に入ってからのことだった。

貴船口駅から、叡山電鉄ご自慢のピンク色に塗装された新型電車に乗る。進行方向左側の座席が窓のほうを向いていて、車窓を楽しむことが出来る。そこそこの乗客で、その席に座ることが出来たが、同じ駅から乗り込んできたカップルが座れずに残念そうにしていたので席を譲ってやった。何度も丁寧にお礼を言われたが、こちらは一人、さしたることはない。

16:00。再び、出町柳駅に戻ってこれからの行動を思案する。嵐山の方行ってみたい気がするが、昨日からずっと列車に乗りづめだ。流石の私も少々疲れてきた。結局、新快速に乗って大阪駅に向かうことにした。

大阪駅に着いて、早速今晩の宿を手配しなければならない。出来るだけ駅に近い方がいい。駅の旅行センターに問い合わせる。料金と場所、そしてもう一つの希望を伝えて探してもらうが、なかなか条件に合うホテルが無い。結局、料金に目をつむって大阪駅構内にあるホテルグランヴィアに投宿した。一泊基本料金で約1万円。奮発したものだが、もう一つの条件、部屋でインターネットが出来るのはここしかなかったのだ。考えてみれば、馬鹿げた話である。ボーイに荷物を持って案内してもらうが、自分には不釣り合いな気がしてならなかった。

身軽になったところで、街に繰り出す。どこで食事を摂ろうかとうろうろする。早くビールで喉を潤したいが、なかなか気分に合致した店が見つからない。そうしている内に、携帯電話が鳴った。繁華街でうるさく相手の話が聞き取りにくい。電話の相手は勤務先の部長だった。

「陶山君。四月から本社営業所に転勤してもらうから、よろしく。」

一瞬呆然としたが、ここでどうのこうの言っても詮無い事だ。了解した旨伝え、電話を切った。相変わらず店は見つからず、結局、大阪駅構内の店でどんぶり物を食べた。

明けて42日。遅目にチェックアウトした。体のあちこちが痛い。昨日は無理をしすぎたのだろうか。ショルダーバックも重く肩に食い込む。そんな体に鞭打って、まず新大阪駅に向かう。ここで当座必要の無い荷物をコインロッカーに預けて置く。今日はここから新幹線に乗って広島に帰る予定だからだ。

リュック一つで身軽になった私はコンコースに戻って出発の案内板を眺める。各方面に色とりどりの列車が表示されている。その中から特急「はるか」を選んでみどりの窓口で切符を買った。一度関西空港に行ってみたかったのだ。「はるか」の車両はどこか新幹線を連想させる。形は全く違うのだが、青と白の塗装からそう思えるのだろう。スタイルはすらりと繊細で、京美人の趣がある。車内は落ち着いたインテリアで、女性の車掌もスチュワーデスを連想させるいでたちをしている。いや、車掌と呼ばずにスチュワーデスと呼んでいるのか。この「はるか」始発の京都駅でも旅客機の搭乗手続きが出来るという。そういった意味ですでに旅客機の延長上なのだろう。指定席の乗車率はあまり高くないが、ビジネスマンを除いて、他の乗客は少しおめかしをしてそわそわした感じが伺える。近所をほっつき歩くような格好をしている私が一人が、車内の雰囲気から浮いている。

列車は長大なアプローチブリッジを渡りきると、次第に坂を下っていき、そのまま地下へと進入する。関西空港駅は地下に設けられているのだ。降り立ったホームに人影は少ないが、エスカレーターを昇り、地上に出るとこれから海外へ行くのであろう客でごった返している。空港の規模はとてつもなく大きい。搭乗カウンターが、まさにはるか向こうまで続いている。折角ここまで来たので、飛行機を眺めに送迎デッキに行ってみようと思ったが、広々とした建物の中、ついに探し当てる事が出来なかった。

関西空港からの帰りは同じJRでは面白くないので、南海電鉄に乗る事にする。出来る事なら、「はるか」のライバルである「ラピート」に乗ってみようと思ったが、途中降りる必要のある浜寺公園駅には停車しないとの事で、諦める。ホームに降りると、「ラピート」が丁度出発を待っていた。その独特のフォルムは世界中探しても屈指のものだろう。何か、アニメの銀河鉄道999に出てきてもおかしくない。ちょっと、やり過ぎかな?との感がある。

「ラピート」を見送って乗った普通電車で浜寺公園駅で下車する。ここで、いかにも大坂らしいバタ臭い下町の雰囲気を漂わせる駅前通りを歩いて、阪堺電軌の浜寺駅前停留所へ。電気軌道というのはいわゆる市電の事だ。市電には広島市内でいやというほど乗っているが、異郷の地で乗る事に何ら興味を失わせるものではない。先ほどまでの関西空港の華やかな雰囲気と打って変わって、何と庶民的な事か。アロハのようなワンピースを着たおばちゃん、膝小僧をすりむいた小学生がすでに席に座っている。学校をエスケープしてきたらしい高校生がたばこを揉み消しながら乗ってきた。私は運転席右後ろの特等席に座って前を眺める。動き出した電車は、シェイクをするように揺れ、暫く専用軌道を走る。住吉に近づいた付近から道路との共用軌道となる。

住吉停留所でいったん降り、天王寺駅へ向かう路線に乗りかえる。この住吉では軌道が交差点内で平面交差しており、しばしば、車の流れを遮断する。地方都市の広島ならいざ知らず、大都市大阪でこのような光景が今尚残っている事にタイムスリップしたような驚きを覚える。

天王寺駅界隈は、よくもまあ、こんなところまで電車が入ってこられるものだ、と感心するほどの交通量だ。それが許されているのも市民の利用率が高いからだろう。周辺は大きなデパートは勿論あるが、その主役は昔ながらのアーケード商店街だ。その商店街の細い歩道には溢れんばかりの人や自転車が行き交っている。ほんの数メートル先の店に行こうとしても、時間がかかってしまう。そんな中を歩いていると、一軒のゲームセンターがあった。息抜きに入ってみると、驚いた事に1ゲーム10円!競争は激しいかもしれないが、これはやりすぎ。試しに少し遊んでみると、ゲームの難易度は一番難しく設定されていた。10円で何十分も粘られてはかなわないからだろう。

天王寺駅から関西本線の快速に乗って王子駅で乗り換え、ここで和歌山線経由の桜井線の電車で畝傍駅に向かう。京都は勿論、奈良にも一度は訪れてみたい神社仏閣はたくさんあるが、生憎今回はその情報を殆ど仕入れていない。矢張り訪れるのならば、歴史や成り立ちなど、少しは勉強してきた方が興味深く見る事が出来る。この畝傍、取りたてて有名な神社仏閣があるわけではないが、そのいかにものんびりとした田舎を連想させる名前に以前から興味があった。無人の改札を抜け、駅前の案内板を見てみると、歩いて10分ほどのところに古い民家の町並みが残っているという。その方向に歩き始めると、早速それと思わせる家々が見えてきた。古いと入っても何百年といった感じではない。大正から昭和初期のものだろうか。勿論木造で、撫でればすい針がたちそうな板壁の民家だ。町をあげて保存に努めているといった感じではなく、たまたま、今まで運良く残っていると言った方がいいかもしれない。新しい家もずいぶんと多く建っている。

一通り見終わって、帰り道は川の土手を通る。そこには桜並木があり、今が盛りと咲き誇っている。と言うより、咲き乱れている。花見の宴会をする人はなくて安心する。桜並木のトンネルを道行く人はみな、楽しみながらゆっくりと歩いている。あれは生駒山だろうか。日は暮れかかって奈良盆地の西を遮る山々の稜線をはっきりと浮き上がらせている。

近鉄、八木西口駅から初めて近鉄に乗る。一駅だけ利用し、八木駅で近鉄大阪線に乗り換え、ビスタカーを利用してみる。流石は私鉄で最大の路線を保有している近鉄だ。派手な車両ではないが、車内の設備はつぼを押さえており広い軌間とあいまって、乗り心地は良い。鶴橋駅で再びJRに乗り換え、新大阪駅へ向かう。これからは帰途を急ぐばかりだ。あっという間の2日間だったが充実していた。後は、デザートとして新大阪から500系「のぞみ」が待っている。楽しみではあるが、明日からまた仕事だ。しかも転勤ときている。今日までと、明日からの落差を思って軽い目眩を覚える。逃げ出してしまいたいが、そういう訳にもいくまい。気分はもう日常に引き戻されて、帰宅時間で込み合っている大阪環状線の人の波に身を任せた。