脱走シロ 2004.8/7 back 今日から長い盆休みが始まる。 まったりとパソコンに向かい、各地の釣況を調べていると稲光とともに突然の豪雨。 パソコンそなえつけの止まり木でまどろむシロもとさかを立て緊張気味。 おそらく洗濯物が干されているであろうベランダが心配だったので 母がテレビを見ながらまどろむリビングのドアを開ける。 と、俺の忠告を受ける前に母はベランダの洗濯物を取り込んでいる最中。 次々と部屋へ洗濯物を放り込んでいる。 うっ!!!! 肩にはシロが! 「網戸閉めて!」と叫んだ声に驚いたかシロ、突然羽ばたき、 嘘のような嘘であって欲しい方向へまっしぐら。 まっすぐ直線にしか飛べないシロが狙ったかのようにあいている窓へ。 もうなすすべもない。叩きつけるような豪雨と雷光の中、シロは・・ 慌ててシロを追いベランダへ出て周囲、階下に目を凝らすが その姿はもうどこにもない。「シロ!」と叫んだりシロの好きな口笛を 吹いたりしたがその音も豪雨と雷に打ち消される。 地獄のような悪夢のような出来事が、今、現実の世界に舞い降りる。 落ち着け、とにかく落ち着かないと と自分に言い聞かせ 窓からまっすぐ飛んでいってどこかにぶつかり落下するポイントを 推理し、頭の中で整理しながら玄関を飛び出す。 母親にはこのマンションの各階のベランダへ不時着したことも 考えられるで各階の部屋をまわってくれと頼む。 傘なんかさしてられない。サンダルをひっかけすべりまくる歩道を走る。 ちょっとしたマンションの緑地スペース、建物と建物の間のスペース 歩道に車道、そう遠くへは飛べるはずもないシロ、近所ひととおりを見て周る。 さすがに人通りの多いこの歩道からは「シロ!」と叫べなかったが 突然の大雨に雨宿りをしている人たちが俺のことを不審そうに見ている。 顔見知りの近所の商店のオヤジにも聞いてまわったがそのようなものは見てないとの事。 この雨だしもうすぐ暗くなる時間だし急がなくては。 塀を乗り越えごみ捨て場スペースに行こうとした時、有刺鉄線に気付かず手の平から血が噴出す。 まったく泣けてくる、こんな時、外国人だったら降りしきる雨を見上げ両手を広げてこう叫ぶだろう 「oh my god!」 母親から状況を聞こうとジーパンのポケットに手をやるが携帯を忘れたことに気付く。 大急ぎでエレベーターに乗り、部屋に戻るとまだ母は戻っておらず もう一度、先程シロが飛び出していったベランダから下を覗く。 と!!! 一軒隣の商店の瓦の屋根のところになにやら白いものが見える。 胸が高鳴りかっと頭が熱くなり変な汗が吹き出る。 距離があるのではっきりとは見えないが鳥の形にも見えなくもない。 さっきここから見下ろした時には何もなかったあの瓦の屋根の上。 自分の部屋の机の引き出しからつい最近プレゼントでもらった単眼鏡を取り出し確認を急ぐ。 雨でピントを合わすダイヤルが滑る。ぼやけた白い物体はやがてクッキリとその正体を現す。 シロだ!!! パニクっているはずの俺はどこか冷静でなぜかここで写真を一枚。 雨対策に帽子をかぶりサンダルからスニーカーに履き替え部屋を出る。 ジーパンのポケットにはしっかりと携帯。 エレベーターは6階で止まっていたのでそこに母が居ると推理。案の定6階の廊下に母は居た。 母にベランダからずっと隣の瓦の「屋根にいるシロを見張っていてくれ、 何かあったら携帯にすぐ連絡を」と頼み階段で地上を目指し駆け下りる。 A地点の塀の上に立ち、目の前5mの所に居るシロを優しく呼び シロお気に入りの口笛を吹く 「ホケキョ!」 すぐ後ろの部屋のカーテンが開き、住民は不審そうに怪しげな俺を覗く。 塀には手すりが付いていて、塀と手すりのわずかの隙間につま先だけを 突っ込み立っているのでとてもバランスが悪い。 左手で体を支えているものの前へ落下すればかなりの高さ、 しかも雨で滑りまくる。怖がりな俺が怖さを感じるべきシーンだが その時はそれどころではなかった。 呼んでも吹いても知らん顔のシロ。 どこか怪我をしているのかまったく動かない。が、目はしっかり俺の事をみている。 「わかるだろシロ 俺だよ俺。さあこっちへおいで」 そのまましばらく睨み合っていたがこのままじゃどうしようもないので次の作戦へうってでる。 釣りが趣味の俺は大物を釣り上げる時の為の玉網を持っている。 いつもは車のトランクルームに忍ばせているのだが盆休みということで 車のトランクを整理し、釣り道具はすべて部屋に持ち帰っていた。 携帯で家へ連絡するがなぜか母は出ない。 ベランダを見上げてみるとそこにはこちらを見下ろす母の顔が。 右手にもった携帯をぐるぐると振り回し電話に出ろ!と母に合図する。 各階のベランダから俺を見下ろす住人たちの顔も見える。 みんな俺の動向に注目している。うわー なんか大変なことになってるな・・ 結局そのまま一度部屋に戻り玉網を組み立てまたA地点に戻る。 シロは一歩も動いておらず、まだ先程の場所に。 振り出し式の玉網は最長5mほどになる。普通は堤防などから振り下ろし使う ものなので振り上げて使ってみるとかなりしなる。狙いも定まらずフラフラする。 また網の色も蛍光色で派手派手なのでシロがビビリ、案の定飛び立つ。 が、そこはシロ、飛び立った直後にD地点の看板の裏にぶちあたる音がした。 もうA地点からはその姿を確認できない。ちょっと失礼して B地点へ不法侵入する。 やはり看板の裏の丁度角の所にシロは居た。 ベランダからももう死角に入り見えないので、母に一度 地点へ降りてきてもらい 瓦屋根の店主に屋根に上っても良いかどうか許可をもらいに行ってもらう。 上ってもオッケーだけど何か事故があってもどうのこうのと・・ いろいろ 言っていたがあまり覚えていない。B地点からシロを監視しつつ作戦をたてていた。 ”C地点に降り、そこからひさしのような物をつたって屋根へ、屋根がまた よりによって瓦屋根なので雨でツルツル。三角の頂上のところをまっすぐ腰を落としつつ つたって看板裏部分に進み、看板をストッパーにシロのいる看板裏角まで滑り降り 後は何とか三角の頂上までよじ登り、また中央をつたいひさしを足台にして C地点に着地。で、ベランダからの見物人に手を振り、ガッツポーズ” 計画は完璧にみえた。 いや待てよ・・ シロを捕まえた後、シロを片手に持ったままじゃ動きが制限されてしまう。 Tシャツのお腹のところに閉じ込めてTシャツの裾をジーパンにいれてしまえばいいか とも考えたが ここはやはり何か袋を・・。 先程から熱心に2Fのベランダから見学している住民親子に 「あのすいませんがスーパーのビニール袋か何かあったら頂けますか?」 と声を掛けると 「はいはいありますよ」 と快くビニール袋を丸め投げてくれた。 2F住民「屋根に登るんですか?無茶ですよ あぶないですよ すべりますし」 俺「でもなんとか登れたとして、中央を伝って看板裏まで行ければ何とか・・」 2F住民「119番してみましょうか?レスキューとかもありますし・・」 はたして小鳥一羽のため消防隊が出動してくるのだろうか・・ 半信半疑だったが ちょっと心が揺らいだ。が、これ以上大騒ぎにしたくなかったし 一度チャレンジしてみたかったので、滑らないように慎重にC地点へ降りる。 目を付けていたひさしに手を掛けるとこれがまた弱そう。 あれにくらい付き、ぶら下がったら間違いなくメリメリっといってしまうだろう。 そこであっさり屋根よじのぼり作戦は断念。 いそいそと尻のポケットから携帯を取り出し119番する。 何と言おうか考えないですぐ電話したので 「はい119番です 事故ですか?緊急ですか?」との問いにすぐ返事ができず 「あのですね 飼っているペットの鳥が・・」 と一応の事情を説明し 「目の前の瓦の屋根のところにいるのが見えているのですが どうしても屋根に登れず、この場合どこに連絡したらよいのでしょうか?」 とかなんとかあいまいなことを言う。 すると「力になれるかどうかわかりませんが一応すぐそちらへ 向かいますのでそのままでお待ちください」との事。 携帯の時計をみると丁度午後7時。辺りもほとんど暗くなってきて シロの姿もボンヤリと見えるだけになってきた。 15分後にドヤドヤと消防隊員が3人やって来た。 B地点からは見えなかったが通りには、消防車ともう二人の消防隊員が来ていたそうだ。 あのバカデカイ消防車が・・ 向こう側へ飛び立ってしまった時の事を考えて 母には通りに出てもらい逆側から屋根を監視してもらっている。 トランシーバーで大声で消防車側と連絡をとりあいはしごの種類を選んでいる消防隊員。 B地点に立っている俺からしかシロの姿は確認できないので 俺はそのままそこにいてシロを監視している。 瓦屋根のふちには雨どいがあり、それを破損しかねないので 隊員たちはA地点へ運ばれてきた梯子を人力で固定し、 一人の隊員がその梯子をよじのぼる。 クライマックスだ、マンション各階のベランダは特等席のはず、 みんな固唾を呑んで見守っているだろう。とはいってもそこからは 鳥の姿はみえないので、あとから見学を始めた人は いったい何が起きているのかも分かっていないはず。 火事か?はたまた爆弾か?後から店主から聞いた話だが 怪しげな動きの帽子をかぶった男が他人の住居の階段の踊り場に 忍び込みうんぬん・・と110番通報が入り、おまわりさんが 店主のところに事情を聞きに来ていたそうだ。 角で動けないシロに強烈な明かりの懐中電灯をあてる隊員。 手で掴めばいいものを何故か網を要求する。 下の隊員から玉網を受け取った隊員だが距離が近すぎるため使いこなせず結局手でシロを捕まえる。 ごつい手袋をしたその手でむんずと掴まれたシロは「ビィーー!ビィーー!!」 と、この世の終わりのような声を上げ続ける。 ベランダの見物人達から「キャー! エー! ナニー! ウソーー!」 と、さまざまな声が聞こえてくる。 急いで A地点へ降り、シロの入ったスーパーのビニール袋を受け取る。 わずかにうごめくシロをビニール越しに手の平に感じ、目頭が熱くなる。 ありがとう!消防隊員!心からお礼を言いたかったが一刻も早くシロを暖めてあげたかったので 「すぐもどってきますので」と言い残しダッシュ。 エレベーターの中、いつものトーンで「シロ シーロッ」と優しく呼びかける。 いつもみたいに返事はしてくれないが、ビニールの中でかさかさとうごめいている。 部屋に戻りすぐに鳥かごへ入れてあげる。 ビチョビチョのグチャグチャでほっそりしてしまったシロは 小刻みに震えながら口を半分開けハァハァと荒い息をしていた。 しばらく糞切り網のところで目をパチクリさせていたが、しばらくして自力で くちばしと足を使い上段の止まり木へと移動したので少し安心した。 しまってあったペットヒーターを出し、鳥かごにセットしコンセントを入れる。 やがてオレンジ色の光が灯りペットヒーター独特の香りが漂う。 リールーとタローの鳥かごも一緒にだけどまあいいやと思い、半分布をかぶせてあげた。 シロは暖かくてすぐ乾きそういいけどタローとリールーはこの蒸し暑い夏の夜に 大型ペットヒーターでたまらなかっただろう。 右目の上あたりからうっすら血がにじんでいる。 足の指はしっかりと止まり木を掴んでいるし足に骨折とかは無さそう。 以前左の翼を怪我して左の羽がうまくはえてこなくなっているシロだが 今度は右の翼の裏側から血がにじんでいた。可愛そうに・・。 とにかく今はしばらくこのままそっとしておいてやろう こまかいチェックはまた後日だ。 まったりしすぎて下に下りたときにはもう消防隊員はいなかった。 ちゃんとしたお礼も言えず・・ 後悔する。 ノモの死から二日後の今回の事件。 ずっと帰って来ないノモを探しに行こうとでもしたのだろうか。 はっきり言える事はシロは狙って開いてる窓の隙間へと突っ込んでいったという事。 とても偶然とは思えない。 人がベランダへ出入りしている姿を見て、いつも窓越しに外の世界を見ていて 窓から出れはそこは外の世界だという事が分かっているのだろう。 俺の肩から勢い良く飛び立ち、開いてる窓へと・・ あの瞬間の映像や感覚はまだ脳裏に焼きついている。 豪雨、雷、洗濯物を部屋に投げ込む母。 これ以上ないシチュエーションも手伝って、俺の中での”悪夢的瞬間ベスト1” に間違いなく君臨するだろう2004年の8月7日夕方の出来事。 これから何度もあの瞬間を思い出したり夢に見たりして苦しむんだろうな。 でもシロを発見し、そして生還できたのもほとんど奇跡的だし あの大雨のおかげで普段はカァーカァーうるさく飛び回るカラスの姿も見えなかったし ツルツルの瓦屋根のおかげ野良猫にも襲われずにすんだし 落ちた場所が車道だったら・・  とか今いろいろ考えるとラッキー?だった部分もあるし、生還できた幸運に感謝! 消防隊員に感謝!協力してくれた住民にも感謝!