[Hana No Tuyu]




天蓋付きのベッドを包み込む香は"花の露"。

まるでそこに薔薇が一輪咲いているかのようなほのかに甘い香が嗅覚を擽(くすぐ)る。



「ねぇ、アスラン…僕、今夜のホテルがベルサイユ宮殿とは聞いていなかったよ?」

部屋の入り口で僕は重いバッグを持ったまま呆然と隣でにこにこ笑っているアスランに言った。


「何いってるんだ、キラ。ここのどこがベルサイユなんだよ。ここはただのホテルだよ?ちゃんとエレベーターで20階のボタン押しただろ?ベルサイユは地上20階の建物ではないよ」


笑顔を絶やさずアスランはさらりと言ってのけた。

「このスイート、2泊3日でいったいいくらだったの?」

「キラが心配することはないよ。今回の旅行は俺個人の我侭で来たところなんだからさ。気にすることはない。」


"ヨーロッパに行きたいなぁ…"

ボソリとアスランがそう呟いたのは三日前。
そのとき見ていた本にヨーロッパの国々が特集されていたらしく、綺麗な写真や観光案内が書かれていた。


"そういえば新婚旅行…行ってないねぇ〜"

なんて冗談で返した僕も悪かっただろうけど、翌朝……枕元にあったのはイギリスまでの航空チケット。

"新婚旅行はイギリスで"


微笑を浮かべ僕の頬を撫でたアスランにただただ呆気に取られた。

そして、気づけば旅行1日目の夜。





「僕は夢を見てるの?」
窓から見えるイギリス・ロンドンの夜景はとても素晴らしく、本当にこれが現実なのか疑ってしまった。

「夢じゃない、よ。夢ならこうやってもキラの体温は感じられないよ?」


外を眺めていた僕の背後からアスランの腕が回された。

耳元で囁かれて頬が紅潮したのがわかって、そのまま振り向かず"そうだね"と軽く答えて、この体制を維持した。

薄暗い照明のおかげでそこまでバレないとは思ったけど、一応…。

何も反応しない様子の僕に何か思うことがあったのかアスランは話を振ってきた。

「キラ、シャンパンでも飲もうか?」

どこかの映画のワンシーンのような台詞に僕は堪えきれず吹き出してしまった。

「き、キラ!?」
「っ…アスラン、無理しすぎ。おかしいって、」
「そんな、笑うことないだろ!」
「だってっ、くくっ…」

笑いだしてしまった僕を見てアスランは呆れ気味に溜息をついた。
そして、笑いが止まらない僕の肩を掴んでくるりと回れ右をさせ、自分と向き合う形にした。


「まったく…キラにムードってものを感じてもらおうと考える俺が間違ってたな、」

もう一つ溜息をついてからアスランは苦笑を浮かべ………なんと。



「うわっ!!!」

僕の体は一瞬で宙に浮く。
しっかりと背中と膝の裏を抱えられて………

「天然記念物なお姫様には、英国紳士でさえかなわないな」


「アスランッ!!……ぅわぁっ!」

ドスンっ───


抱き抱えられ運ばれた先は、部屋に入った時から異様な存在感を放っていたベッドの上。
音は響いたものの、柔らかいスプリングとふわふわのマットに沈み、体に痛みはなかった……のだけれど。



「あ、アスラン……?」

ベッドの上に倒れている僕を細く笑いながら、自分のネクタイを外しているアスランに気づいて、一瞬寒気がした。

「何?」

「いや、アスランこそ、何してるの?」

「君を泣かす準備」

今日のアスランは怖いくらいに機嫌が良い。
ほんと、怖いくらい。

「…僕の心の準備は?アスラン」

これはそれに対する悪足掻きに過ぎない。

アスランがこうなってしまうと多分……明け方まで…そう、なってしまう。

「ウォーミングアップには付き合ってあげるよ」

「…シャワーは?」
「却下」
「…シャンパンは?」
「却下」


悉く行動は制限されていき、アスランは僕の体に覆い被さってきた。
間近に見るアスランの顔が嬉々としていて…僕の弱々しい反抗はそこまでだった。


「…キス、は?」
「仰せの侭に……」


重なった唇はお互いやけに熱くて、甘くて離し難く、何度も角度を変えては深く唇を合わせた。


キスだけで体の力が抜け、快い甘い感覚が体を駆け巡る。
場所や香る匂いが違うからか、はたまた"新婚旅行"という名目だからだろうか。



キスよりももっと愛撫や刺激を欲しがる自分にふと気づいた。

口を開いたら自然と"もっと…"なんて言ってしまいそうになって、枕に顔を埋め自力でそれを封じた。



ジャケット、シャツ、スラックスと次々と脱がされ、肌を露わにされるともう拒むことはできず、素直に従うしかなかった。

肌を這う掌と唇。
上から下へ、手や足の指先一本一本、まるで壊れやすいガラスを扱うような優しさで愛撫する。


そのもどかしいほど丁寧な愛撫に狂わしいほどの声を絶えずあげて、アスランも僕も悦楽を高めていく。

「もっとぉ……っ」

そう囁く度に甘い刺激は速度と強さを増した。

「あすらんっ…」
そう呼ぶ度にどこを愛撫していてもすぐに顔を上げ、赤く熟れた唇にキスを与えてくれた。


乳首をやわやわと指の腹で回され、唇と舌と歯で高く立ち上げられる。

体中、それも自分でも見れないような処にまでアスランは薔薇の花弁ぐらいの鬱血を残した。


そして、太股から上に這わされた手は素直にそこを見つけだし、一撫ですると一度離れ、再度また触れられた。

「ひゃっんっ……あっぁぅ…」


挿入された指はやけに滑りが良く、ただ少し冷たい何かがつけられていて、慣れない温度と慣れすぎた感覚に悲鳴をあげた。

きっとローションが塗られたのだろう。
そんなふうに僕の体を庇う行為を絶対にアスランは忘れない。

指が一本から二本三本と多くなってもそのローションのおかげで抜挿はスムーズにいき、また新しい欲求が打ち寄せる。




温度が上がった為か、先程塗られたローションからほのかな薔薇の甘い香が漂ってきた。

「はぅっ…ん…」

「入れるよ、キラ…」

こくりと首を縦にふった瞬間に生理的な涙が一筋、また一筋と頬を伝った。


挿入された指とは比べものにならないアスラン自身を受け入れる。
じっくりと解されたそこは先が入れば順応にアスランを飲み込む。

内壁が擦られる感覚に脳内が溶けてしまいそうな快楽を覚える。


「いぃよ、うご‥ぃて…アスラン…」

「あぁ、」


形が慣れるのを待とうとするアスランを腰を振り性急に急かした。



この部屋いっぱいに香る、この薔薇の香には"媚薬"のような効果でもあったのだろうか……。


そんなことを最奥を突かれ、吐精に向かう思考の中でぼんやりと考えていた。



"前も…"と懇願し、アスランの手の中に包まれ、また震えながら熱を増す僕のもの。


「一緒に…」



そう囁かれた瞬間に僕はアスランの手の中に射精し、その反動で内壁はアスラン自身にきつく絡みつき、中にアスランの精液が注がれた。


「あすら……っん…」
「キラ…」


甘い吐息と絡み合うキスとで吐精後の快感をまた強く感じ合った。





それからどれくらいの時間、どれくらい体を重ね合ったのか……



わからないくらいお互いを求め、絡み合った。


ベッドだけに飽きたらず、体を洗うために二人で入ったジャグジーバスの中でも逆上せるくらい愛し合った。





そのバスタブにも薔薇の花弁が浮かんでいた。




fin.