今だ科学が発達していなく、魔法が栄華を極めた幻想の世界。
世界は広く、人々は物語を紡いでいく。
幻想の彼方+ユメノカナタ+
「またお前か・・・」
グラムはため息をついた。
彼は今年で17になる。
物心ついた頃には既に両親は無く、流浪の生活を送ってきた天蓋孤独の少年であった。
そして今、彼を悩ませているのが目の前の少女、空彼方(ソラカナタ)である。
「あはは、また会ったねグラム」
空彼方は笑って、ほんと偶然だねとか呟いた。
グラムは考える。
盗賊の自分が、何故こうも簡単に居所を掴まれてしまうのか。
この前空彼方に会った街からこの街はざっと200kmはある。
その間にも幾つもの街や村があったし、どうやって空彼方が自分を追って来れるのかは一生の謎になる気がした。
と言うよりその前に、空彼方がいかなる理由で自分を追いかけ始めたかすらわからない。
「うるさい、一体何なんだよお前は」
初めて会ったときは可愛いとも思ったのに・・・とか考えながらグラムは空彼方を睨んで言った。
「あ、ばれた?」
しかし空彼方は悪びれずに笑った。
「実は、僕とグラムが行く先々で出会うのは偶然じゃないのでした!」
ぱんぱかぱーんとか何とか言いながら、空彼方はくるりと一回転して見せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頭痛ぇ」
「大丈夫?グラム・・・僕ちょっとなら治癒魔法も使えるけど」
「いらん。どーせなら転移の魔法使ってどっか行け」
「ごめんね、僕まだ難しい魔法は使えないんだ」
空彼方はどこまでも本気でそう言った。
空彼方の気持ちに同調するように、彼女の猫のような大きな耳がしゅんと垂れている。
「あーなんか俺どーでも良くなってきた・・・・・・」
グラムは相当落ち込んだ。
空彼方はきょとんとして、長い尻尾をゆらゆらさせた。
さて、グラムはある大きな決意をしていた。
宿屋の2階の一室で、ぐっと拳を握り締める。
「絶対今夜中にこの町の仕事片付けて朝イチでバックレてやる!!」
叫んでから慌てて口をふさいで、隣の部屋の様子をうかがった。
隣の部屋は空彼方なのだ。
彼女はどうやら階下の食堂に夕食をとりに行っているらしい。
グラムはほっと胸をなでおろした。
星すら照らない新月の夜。
グラムは軽快に屋根の上を駆けた。
標的は、この街に住むとある貴族の家。
事前に手に入れた金庫鍵と、頭に叩き込んだ屋敷の見取り図を導き灯に、グラムは大きく跳躍した。
「さってっと♪屋敷の中には入れたし・・・ここは温室だから、金庫室は・・・・・」
グラムは懐を探り、鍵を取り出そうとした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
しかし途中で顔を歪めて、必死になって体中のポケットやらなにやらを引っ張り始めた。
「ちょっと待てよ、何で鍵が無えんだ・・・」
唖然呆然とした形相で、グラムは温室の透明な屋根越しの暗い闇をぼんやり眺めた。
「この俺様が・・・」
「どしたの、グラム」
「うわわわわわわわわっ」
背後からの、不本意ながら聞きなれてしまった声に驚いてグラムは思いっきり転倒してしまった。
「あ、グラム大丈夫?」
グラムが恐る恐る振り向くと、やはりそこには空彼方。
「ななななななんでココにお前がいるんだぁっ!」
「大声だしちゃダメだよグラムぅ」
空彼方がしぃーっと唇に指を当てて言った。
「っそれもそうだがなんでお前が」
「ね、コレ☆」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やたらと楽しそうに、空彼方が取り出したものを見てグラムは絶句してしまった。
空彼方の手には、しっかりと『金庫室の鍵』が握られていた。
「お前なぁ・・・!鍵をパクッたのお前か・・・!」
グラムは叫びださんばかりの形相で、それでもできるだけ声を落として空彼方を問い詰めた。
「うん」
「うんってお前・・・」
しかし、空彼方の単純明快にして脱力必死な台詞に毒気を抜かれて肩を落とした。
「だって、グラムと一緒にいたかったんだもん」
「理由になってねえよ・・・」
グラムはちょっと泣きたい気分になった。
「僕、グラムの役に立ちたいよ。でも、グラムは僕を見てくれないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あのね、僕・・・グラムを初めて見たときに、この人のそばにいたいって思ったの・・・」
空彼方の琥珀色の瞳は、とても澄んでいて真剣だった。
「僕が初めてグラムを見たのは、ルヴィチェのお屋敷だったんだよ」
「ルヴィチェ・・・・・・・・・・・・ああ、あの成金悪趣味男」
「グラム、あいつの青ダイヤの首飾り盗んだでしょ」
「おお、あの『セイレーンの涙』だろ、高く売れたぜ」
グラムは思わず状況を忘れて頷いた。
「僕ね、あの時ちょうどココみたいな温室にいたんだ。それで、グラムが屋根を走ってくのが見えたの。
握り締めてた青ダイヤが、月かげで綺麗だったよ」
「・・・それだけ、か?」
「そうだよ」
空彼方はこっくり頷いた。
「・・・しっかし、お前イイとこのお嬢様だったんだな」
今度の問いには、空彼方は微笑しただけだった。
「・・・・・・それでね。僕、グラムの手伝いしたい。ほら、ちゃーんとグラムの持ってた鍵盗って、それでココまで
進入して来れたでしょ?」
「だめだ」
グラムはきっぱりと言った。
「・・・どうして・・・・・・・・・・?」
「お前に鍵を盗まれたのは俺の一生の不覚だ。盗賊生命の終わりかと一瞬思ったくらいだからな。
それでも、お前は連れていけない。目立つし、俺は独りが好きなんだ。なによりお前のためになんないだろ?」
さすがに最後は偽善臭いな、とグラムはちょっと自嘲の笑みを浮かべて言った。
「・・・・・・・・・・・・・・」
空彼方はぎゅっと拳を握り締めてうつむいた。
「おい・・・」
「・・・・・・・どうしても、だめ・・・?」
消え入りそうな声だった。
顔を上げた空彼方の瞳に、必死に堪える涙が光る。
「・・・・・・」
グラムは胸が痛くなった。
おそらく、今まで生きて来た中で初めて。
「・・・ったく、最後は泣き落としか」
グラムの、ため息混じりの乾いた言葉に、空彼方はびくっとして我に返った。
「あ、違う、あの・・・」
涙で、上手く言葉が紡げなかった。
「−−−いいぜ、落ちてやるよ」
グラムはにいっと笑って言った。
「その代わり、ちょっとでも足手まといになったらさっさと置いてくからな」
「グラム・・・・・」
「ほら、行くぞ。目指すは金庫室、ダイヤの天使像だ」
「―――――うん!」
空彼方は涙を拭いて微笑んで、グラムの後に続いて走り出した。
幻想の世界にひとつ、物語があった。
不思議な香りのする物語が。
紡がれていく歴史に埋もれるように、
それでもひとつ、物語があった。
誰もいなくなった温室に、
一つきらりと光るものがあった。
「って空彼方ぁっ!お前鍵どこにやったんだ!?」
「あれぇ?僕さっきまで持ってた気がするんだけど・・・」
「あああ!早速足手まといか!?」
「あーっグラムが大声出すから見つかっちゃったみたいだよ」
「何ィ!?」
「これでおあいこだねー」
「あーもぉ!さっきのしおらしいのはどこに行きやがったんだぁぁ!!」
「えへへーグラムぅ早く逃げないと捕まっちゃうよー」
「畜生!」
夜、町の屋根に二つ人影が踊った。
end.
後書き
初の短編です。如何でしたでしょうか?
世界観なんかはありがちファンタジーです。それにしても、なんで盗賊(笑)。
実は、これは学校のホームページの個人作品欄に載っけておいたものなのですが、勿体無いのでこっちでも公開します。
手は殆ど加えていません。結構昔に書いたやつです。
・・・読めば一目瞭然だと思いますが、空彼方は某指輪夢のヒロインのモデルです(笑)。