神は、魂の持つ力を利用する。
それは時に『闇』を打ち払い、
時に因果から外れた存在の修正をする。
それは全て、『闇』への対抗。
同じ存在である、己の影との終わらない戦の為。
第一話『夜啼鳥』
9 母なる神の思惑
「桜樹様・・・」
不思議な大樹の内部。
そこの最深部に設けられた王座の前に利心は跪き、深く頭をたれている。
そして、そこの主の名を呼んだ。
『利心』
それに答えて、少女のような甘い声が響く。
玉座の上にはぼんやりと、陽炎に揺れる一輪の花のような輪郭が見え隠れする。
「非奈が・・・失明しました」
『知ってる』
化石化したように堅く冷たい床と、やわらかに淡く光る天井の間で、声は響く。
「原因は・・・非奈の、いえサグナの兄の残留思念です」
『それも知ってる』
利心は少し顔を上げた。
『桜樹』は続ける。
『最近、新たな世界が生れ、古い世界が滅んでゆく・・・』
「光が明るければ明るい程、生まれる闇は濃く暗くなる・・・・・・・・・・・・・・・そして・・・その歪みから【影】が生れ、
世界を蝕む・・・」
桜樹のあとを利心が引き継ぐ。
「全ての世界の母である貴方様には心苦しいことでしょう・・・」
『そう。だから私は汝らを利用する。私の強い刃となるように。私の、私の世界の固い守りになるように』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『私の世界中から集められた強い魂・・・強い力、強い意志、強い悲しみ・・・・・・・それらは強い戦士を生み出す』
「だから、貴方様は我らにかりそめのからだをお与えになられます」
『そう。人形のからだを。魂の入れ物を、私は創る。私のために。私の愛しい世界達のために。そのために私は
汝らを癒しもする。ただそれはすべて私の世界のため。私は全てを利用する。汝らは我が剣に、我が盾に』
「はい。…そして、私は私のために戦いますわ」
強く深い紫綬の瞳が、すっと王座を見つめた。
『汝はそういう女だ。リチェの六騎士が長アーヴァよ』
瞳を細めて、利心は頷く。
今ではぼんやりと、浮かんでは消える輪郭だけのような桜樹は、少女のように華奢で、それでいて凄まじい
までの力を感じる。
そういうひとなのだ、と利心はぼんやり思った。
「それでは、桜樹様・・・私はこれで失礼させていただきます」
立ち上がり、一礼の後踵を返して立ち去った。
「どうしたんですか?利心さん」
利心は、柔らかな光の廊下で、自分に声を掛けた少年のほうを振り向いた。
「秀さん・・・」
少年は、短い薄茶の髪をしていて、橙色の瞳に縁なしの大ぶりの眼鏡をかけている。
瞳と同じ色の橙のローブを纏い、頭には大きな琥珀のついた装飾帽。
手にはエメラルドでできた地球儀をはめ込んだような銀の杖と、緑色の厚い辞典。
桜樹によって生み出された、文官。
「なんだか、あなたが沈んでるような気がして・・・」
利心は少し視線を外して、静かに言った。
「・・・・・・・そう・・・ですね、少し・・・だけ・・・・・・・・」
秀は眉をひそめて、少し考え込むような仕草をする。
そして、顔を上げて言った。
「・・・桜樹様が何をおっしゃったか、僕には計り兼ねます。だけど・・・」
「え?」
一呼吸置いて、秀はいっぱいの笑みで言った。
「桜樹様を、嫌いにならないでください。何時も自分はみんなを利用してるんだっておっしゃるけど、ホントはみんな
大事なんですよ」
一瞬利心はきょとんとして、それから零れるように笑みを浮かべた。
「そう・・・ですね、あの方は・・・・・・そんなひとですよね」
「そうですよ、きっと。・・・ところで、お茶でも飲んで行かれますか?」
秀も大人びたように笑って、カツンと杖を床に立てた。
頭上で、梢が七色の光を浴びて輝いた。
end.
後書き
自分としてはプロローグ的な意味で書いた第一話『夜啼鳥』、完結です。
このサイトの所々にある台詞集(?)はこのシリーズの登場人物たちのです。まだ出て無い人も居ますが。
『時渡城』というシリーズは、私のなかの創作小説全ての集大成なんです。
例えば、『楽園都市の夢』には『はじまりの樹』というのが出てきますが(というよりこれからかなり重要なポストに就くのですが)、
それはいわゆる、『時渡城』の中央に位置する桜樹の宮殿、『時空の樹(ツリーパレス)』の分身です。
さて、話があたしの頭の中で広がりすぎて、収拾つかなくなってきているのですが。
世界は一つではない、というのが根本に有ります。
魔法が存在する世界だったり、魔物が居る世界だったり、機械技術の進んだ世界だったり、現在の地球のような世界だったり、
サモンの世界だったり(笑)、幻水の世界だったり(笑)。
とにかく、イメージ的にはそれらの世界が全部独立している、っていうかんじです。例えるなら、世界を惑星と考えてみる。
宇宙にはたくさんの惑星が有ります。惑星がそれぞれの世界だとして、宇宙を行き来の出来ない時空間としてみる。
または、世界は木の葉。『時渡城』という空間が『幹』で、そこから生える数多の『葉』が『世界』。
同じ枝の隣り合った『葉』の世界は似通っていたり、パラレルワールド的存在だったり。
それぞれの世界同士は原則として行き来はできない、って設定で。
自分で言ってて意味分りませんが、とにかくいろいろな世界が存在するなかで、時渡城というのは、たくさんの世界で生き、
死んだ人達の魂の転生を司るところなのです。
転生の中で、『特別な力』を操れる素質のある魂を選び出し、人形(ヒトガタ)の中に宿らせて復活させるのが桜樹様。
その際、生前の記憶と容姿は残されます。
大概の人は、辛い過去があったり・・・。その、死に際の悲しい感情が、『力』を使う鍵になったりするせいです。
今回は非奈と葉月が主人公臭いです。
非奈の生前の名前が『サグナ』。
兄貴は、ふとしたことで消されずに残ってしまった無念の情、魂ではなく『思念』の塊です。
よって、兄貴の魂本体は既に転生をしているのに、『無念の思い』だけが残されてしまい、ふとしたきっかけでそれが時渡城
に紛れ込み、暴走したということです。
キャラクターとしては、私的に利心と永綺がお気に入り。
微妙に箕火が不幸です(笑)。