夜の幻、昼の夢

 

(誰かいるのか?)
情報処理室のドアに手をかけかけて、すりガラスごしにほんのり浮かぶ灯りに気がついてデュオは舌打った。
(今日中に調べときたい事があったんだけどな。・・こんな遅くに、教師か?)
少々時間を置いてからまた来てみるか、もしくは中の人物には暫く眠っていてもらうか・・・。
デュオは少しばかり悩んでから、とにかく中に誰がいるのか確かめてみようと思い立った。
一人なら、後者の手段も取り易い。
そ、と僅かにドアを開け、その隙間に顔を近づけた。

(・・・生徒?)

狭い視界には、自分が生徒として紛れ込んだ学園の制服の後ろ姿がうつった。
女生徒のものだ。
どうやら部屋の中には《彼女》しかいないらしい。
(ちょっと眠っててもらうかね)
カタカタ、と《彼女》がキーを叩く音だけが響いている。
デュオはそっと、袖口から小さなスプレーを取り出した。

「許可は取ったの」

出し抜けに《彼女》がそう言った。
さっ、と緊張し、デュオは反射的にスプレーを手放し、代わりに懐の中の銃を掴んだ。
(気配をさとられた!?)
とすればただの生徒ではない。
デュオは一旦銃を引き抜いた右手を後ろに回し、平然を装ってドアを開けた。
相手の出方はわからない。本当に万が一だが、プロフェッサーの差し金という可能性もある。
《彼女》は相変わらずキーを叩きながら、背中越しに同じ事を聞いた。
「許可は取ったの?」
「・・・なんのだい?」
「ココの使用許可」
「ああ、取ったよ」
しれ、とそう応える。《彼女》の真意は未だ掴みかけていた。
『人より数倍気配に敏感な』『普通の女生徒』である可能性が低いのは相変わらずだが。
そこでやっと、《彼女》がイスごとくるり、と振り返った。
黒い髪に黒い瞳。陶磁器のように滑らかそうな肌。ぴたり揃えた膝の上に重ねられた両手。無愛想に引き結ばれた口元。
そのうっすら紅い唇は、また事務的に尋ねた。
「許可書は?無いと、起動出来ないのよ」
「げ。そうなの」
おもわずぽろっと言ってしまってから、しまった、とデュオは小さく舌打った。

不可思議なプレッシャーとでもいうのだろうか。
背中からすらも感じたソレは、正面で向き合ってみるとさらに増したように感じる。
会話の主導権、この場の支配権を《彼女》に握られているかのような錯覚。

しかし彼女は何言うでもなく、またくるり、とデュオに背を向けパソコンの画面へと視線を移す。
かたかた、と数回マウスを操作すると、殆ど音も立てず立ち上がる。
「はい」
イスの横に立ち、手で起動したままのパソコンをデュオに示す。
「何?」
「あと、使って良いわ。私、もう終わったから」
愛想も無くそう言って、《彼女》はするり、とまた音も無くデュオの隣を通り過ぎた。
「あ」
つられてデュオは振り返った。
ドアに手をかけ、外へ出ようと半身を乗り出す《彼女》に、声をかける。

「ありがと」

「どういたしまして」

その時初めて《彼女》は微笑んだ。
美しく、けれどどこか浮世離れした、やはり不可思議な微笑みだった、ようにデュオは記憶している。





「その絵が気になるのかな?」
《私》。
旧校舎の廊下で、そんなタイトルの絵を見あげていたデュオに、後ろから声をかけたのは学園の教師だった。
「・・・」
デュオは後ろの彼を気にもかけずに、ただひたすら穴のあくほどその絵を見つめた。
定年間際かと思われる老教師は、そんなデュオに別段腹をたてるでもなく、穏やかに、独り言のように、呟いた。
「その絵は、もう随分前の卒業生の描いたものだよ。私の初任のクラスの生徒だった」
「・・・・名前は?」
「はて、なんだったかな」
老教師は顎のしたに手を当てて考える素振りをして見せる。

「そうそう、名前は、

・・・・・・・」


魔法にかけられたかのようにぼうっと見上げ続けるデュオに、《彼女》は絵の中から微笑みかけ続けていた。



End.

後書き
一体どんな話なんでしょうか。書いた本人にもわかりません。
名前が最後にしか出てこないあたりも駄目です・・・。
ただこういう感じのをかくのは嫌いじゃないです。なので、シリーズっぽくいろんなキャラのバージョンを書くかも・・・です。
トレーズ様とかやりたいですね、是非(笑)って、首を自ら絞めるか俺・・・。