狭霧
act.5 陰謀
「次のお仕事、ですか?」
談話室。
そこでお茶を飲んでいたは、きょとんとした瞳でカトルとトロワを見上げた。
「ああ。俺とカトル、それにの3人がオペレーティングメンバーだ」
資料を手渡しながら、トロワが言う。
は、渡された資料をしげしげと眺めた。
「・・・わかりました。決行は、明日の夜ですよね」
「ええ。明日の昼にでも、打合わせをしましょう」
わかりました、と肯いては自室へと帰っていった。資料と指令書を読むのだろう。
その背中を見送ってから、カトルは傍らのトロワに語り掛けた。
「・・・トロワ」
「なんだ?」
「の資料と指令書から、一部抜きましたね?」
「ああ」
悪びれもせず答えるトロワに、カトルは苦笑を漏らす。
「大体検討はつくけど、どの部分を?」
「シンジケートの、今回の麻薬精製に関する首謀者の暗殺指令の項だ」
ばさ、と自分の資料と指令書を広げてトロワは言う。
昨日の、五飛とに接触した麻薬中毒者達をはじめとする連中に、最近出回っている麻薬。
その元締めが、前回ヒイロ達が手に入れてきた反乱情報の大本と同じだという。
この際だから、いっしょくたに排除出来るのだから好都合・・・取りまとめて言うとこんな感じである。
「は恐らく、ヒトの命の消える瞬間を知っている。・・・それでも、見ないほうがいい」
もしかしたら、ヒトの命をその手で消したことすらあるかもしれない。
それでも、は綺麗なものだけ見ていればいい。
「汚れ役は、似合わない」
「そうですね」
カトルも長く、息を吐く。
「・・・俺が引き受ける。カトルはを護れ」
「・・・・・ええ。トロワも気を付けてくださいね」
窓の外の空は、憂鬱な色をしていた。
「仕掛けは済みました。脱出して、トロワと合流しましょう」
作戦決行、当日。
ビル地下の、麻薬精製工場に爆発物を仕掛けて終わってから、カトルはに話し掛けた。
「ええ。・・・それにしても、トロワは大丈夫でしょうか?」
は、暗殺指令のことを知らない。勿論、別行動を取っているトロワがそれを引き受けていることも。
カトルは曖昧に笑った。
「大丈夫ですよ。トロワは強いですから。さぁ、行きましょう」
「・・・どういうことだ?」
同じ頃、工場と同じビルの最上階。首謀者が居た部屋に佇み、トロワはそんなことを呟いていた。
首謀者の男は、既に事切れている。銃弾の一発で済んだ。
しかし、どうも様子がおかしい。
「警護の者が一人もいない、か・・・」
辺りを見回してみても、自分と、既に肉塊と化した男だったものしか居ない。
もしかしたら、これは影武者か何かかもしれない。
そんな事を考えながら、トロワは部屋を出た。
脱出ルートを目指し、廊下を走っていくと、あまりにも唐突にあまりにも意外な人物と鉢合わせ、不覚にも
一瞬動きを止めてしまった。
「・・カトル!?」
「あ、トロワ。大丈夫でした?」
のほほんと笑って、が言う。
「ごめんなさい、下のほう封鎖されてました」
さらにカトルが言う。廊下の向こうから走ってきたのは、この2人だった。
「・・・封鎖、か。では、罠だった訳だ」
「そういうことになりますね」
カトルと顔を見合わせて、トロワはため息を吐く。
同じビルに居る限り、地下の工場を爆破するなど出来はしない。
こうなると、先程殺した首謀者の男も影武者であろう疑いは濃厚になる。
問題は、今回の作戦が何処から漏洩したのかということになるが・・・。
「どうしましょう?」
こんな時でも何処かのんびりとした声音で、は問う。
トロワは苦笑して、天井を見た。
「・・・屋上へ向かおう。そこにも何人か警備が居るだろうが、上手くヘリを奪えれば脱出出来る」
「それじゃ、レッツゴーですね♪」
掛け声一つ、はにっこり微笑んだ。
「・・・誰も居ませんね」
ドアの隙間から屋上のヘリポートを見回して、カトルが呟いた。
「・・・・・何のつもりだ?」
地上の出入り口を封鎖しても、此処を放置しておいては意味が無い。
しかも、ヘリが一機止まっている。乗って逃げて下さいと言わんばかりだ。
「行ってみますか?」
「・・・此処に居ても埒が明かないからな」
「行きましょう。、気を付けてくださいね」
「了解です♪」
微笑む。カトルとトロワは少し苦笑して、それぞれ銃を構えた。
慎重に、少しずつヘリに近づいていく。
やはりだれも居らず・・・。
「いらっしゃい、年若きプリベンター諸君」
その、威厳に満ちた声は突如響いた。
じゃき、と瞬時に銃口を向けたその先には。
ヘリの扉を開け、その中にどっかりと座っている壮年の男が居た。
「今回の首謀者・・・イゲル=ツォーネか」
銃口を向けたまま、冷静にトロワが問う。
「ツォーネ?あれは、君が殺しただろう」
壮年の男は、喉の奥で笑う。
「助かったよ。あいつにはこのビルを任せていたんだが、いかんせん使えぬ男でね」
「人材整理の為にわざと殺させた、というところですか」
カトルの冷たい声にも、男は微笑んだまま。
「そういうことだ」
「・・・どうやら、お前がシンジケートのトップらしいな。お前を殺せば、組織は総崩れか」
「そうだろうね。しかし、私は死なん。・・・ところで、後ろのお嬢ちゃん」
呼ばれて、はにこりと笑った。
「私がなにか?」
「=ちゃん、だったね。・・・アリサを知っているか?」
の顔色が変わった。滅多に消さない微笑みを消し、蒼白の顔色で男を見た。
「・・・居所を、知っているんですか!?」
「知らないよ。ただ、アリサは私の昔の飼い猫だったからね」
男は残酷に笑った。
「可愛い猫さ。主人にも爪を立てる。・・・もっとも、猫と言ってもあれは豹といったほうが良いかね。あれは
良い腕をしていた。狙った獲物は必ず殺した。殺し屋としては極上だったよ、あの雌豹は」
昔を懐かしむように、男は言った。
静かに、トロワは銃口の狙いを男の眉間に定め直した。カトルも、また。
男はそれでも、余裕の笑みを崩さない。
「そう気色ばむんじゃない。折角、お嬢ちゃんに懐かしい話をしてやっているのに。なぁ、お嬢ちゃん。昔の
知り合いにも、逢いたいだろう?」
「昔の、知り合い?」
が呆然と呟いた。
男はにやりと笑い、ヘリの操縦席に向って顎をしゃくる。
それに答えるように、操縦席の扉が開いた。
「絆さん・・!!」
その赤銅の髪を夜風に揺らし。
その紅い瞳を細めて、操縦席の男−−−絆は微笑んだ。
「や。また会ったな、」
「・・・どうして、貴方が・・・ここに?」
掠れたの問いに、絆はにー、と猫のような無邪気な笑みを浮かべた。
「いやいや、只のしがない雇われ戦闘員さ」
「・・・」
足元の覚束無いに、心配そうなカトルの声が掛かる。
は大丈夫だ、と首を振り、まっすぐに絆を見た。
「絆さんは、知っているんですか?アリサが何処に居るのか・・・」
「あー、あいつは俺と同じくらい気紛れだからなぁ。どうだろうね」
はぐらかすように、絆は笑った。
「さて。・・・どうだね、お嬢ちゃん。旧知の男と闘って、私を殺せるかい?」
一見に対するその問いかけは、裏を返せばカトルやトロワにも向けられているのだ。
の知人、絆を倒してまで、男を殺せるか。
けれどもは、もう一度まっすぐに絆を見た。
そして、銃を真っ直ぐ構える。
「任務が、優先です」
男は少しばかり驚いた顔をした。
しかし、絆は楽しそうに笑う。
「立派になったな、」
言うと同時に、一足飛びで後ろに飛んだ。
ばん、と一気に操縦席のドアを閉め、操縦管を一気に倒す。
「そんじゃ。また、今度」
ヘリは舞い上がる。漆黒の夜空へ。
瞬く間に銃弾の届かない彼方へと飛び立ったヘリを、は何時までも見送っていた。
>>next.
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後書き
『狭霧』第五話です。やっと話が進みました。
絆さんも出せたし。アリサ氏の秘密もちょっと書けたし。
もうちょっと表現を上手く出来れば、尚良かったのですが。
イメージとしては、アリサ氏は豹、絆は猫に落ち着きそうです。共に猫科。
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