リフレイン
あの頃から、季節はもう何度巡っただろう。
−−−今年もまた、冬がやってきた。
このカフェは、雑誌で見かけてずっと来たかったところ。
休講の日にあたしは、電車を幾つか乗り継いでココまでやってきた。
・・・独りで来る・・・っていうのもカナリ寂しいものが有るんだけど。
カランカラン
入ってみると、成る程繁盛しているようで殆どの席が埋まっていた。
こりゃ待つしかないかな・・・。
そう思ったとき、若い店員が声を掛けてきた。
「お一人様ですか?」
「ええ」
「カウンター席で宜しければ、奥が空いておりますが」
あたしは少し考えて、ええ、ともう一度肯いた。
本当は窓際の席が良かったのだけど、寒いなか歩いてきて早く暖かいものが欲しかったし、待つのも面倒だしということで
カウンター席へと足を向けていた。
「ご注文は何になさいますか?」
「ホットコーヒーとミルクレープを」
「かしこまりました」
そんなやり取りをしてから少し後。
目の前に、注文した二品が並んだ。
あたしはコーヒーに、角砂糖とミルクを加えた。・・・甘党なのよ。
「未だに砂糖とミルク入れんのか、相変わらずオコサマだな」
隣から、出し抜けにそんな声が掛けられたのもその時だった。
その特徴有る嫌味に、ムカっときたあたしは・・・条件反射とでも言うのだろうか。
隣の席を振り返り、そこに座っているのがダレなのか確認しないままに叫んでいた。
「何よ馬鹿三上!あたしの趣向に口出ししないで」
・・・・・あ。
「よう、」
隣の席で、にっと意地悪な笑みを浮かべているのは。
確かにあたしが名を叫んだ。
あの頃の面影を残す、−−−三上 亮。
「お前恥ずかしーぞ。座れよ」
「あ」
叫んだ拍子に立ち上がって、今もちらちらと他の客に見られていることに気がついたあたしは、気まずく思いながら、
もう一度席についた。
「・・・・久しぶり」
に会っても毒舌振りは変わらないのねとでも言ってやりたかったけど、何故か途中で立ち消えしてしまう。
満足げに三上が笑った。
「俺はお前が入ってきてすぐ気がついたんだけどな」
「だって寒かったから他に目を向ける余裕無かったし」
もう、5年ぶり、くらいだろうか。
三上があたしをあたしと解ってくれたことが、嬉しかった。
武蔵森学園の高等部に、あたしは進学しなかった。
ずっとつるんできたサッカー部の連中はこぞってエスカレーターに乗ったし、それから会うこともなくなって。
それから皆、どうしてるだろう。
「三上は最近何してるの?」
渋沢と、後輩だった藤代君は何年か前から度々テレビで見かける。Jリーグの試合の中継で。
「大学行ってんの。経済学部」
「サッカー、続けてないの?」
「・・ああ」
「ふーん、・・・もったいないなあ」
「・・・・・こそ何してんだよ」
「あたしも花の女子大生よ。法学部」
「デザイナーになるのが夢とか言ってなかったか?」
「んー・・・」
そこで会話が止まる。
あたしは、昔に思いを馳せた。
「そっか、サッカーやってないんだ・・・」
思い出されるのは、三上の出た試合の数々。
「勝ったときは結構感動したんだけどなあ」
「こそ。俺等のユニフォームダサいから新デザイン考えてやるとか言って、あれ結構ウケてたの知ってんの?」
「あー・・・うん」
天下の武蔵森のユニフォームにケチつけるとは、結構度胸あったのね、あたし。
「あの頃、楽しかったなあ」
三上と口喧嘩して、渋沢にあきれられて、藤代君と遊んで。
根岸に笠井君に間宮君、ほかにもいっぱい居た。
もしかしたら、普通に女友達と居るよりサッカー部の連中とつるんでたことの方が多かったかもしれない。
・・・羨ましがられて、度が過ぎた嫌がらせをされたことも在るけど。
『先輩のこと苛めたら俺、アンタ達と口きかない』
『・・・に構うな。2度目は無いと思った方がいい』
あたしだってあの頃は純情で、憎悪の眼差しを向けられて、罵詈雑言を浴びせられたときは泣きそうになった。
助けてくれたのは、あいつら。
・・・三上は、なんて言ったっけ。
『言っとくけど、俺等あいつらほど優しくねーからはっきり言わせてもらうぜ?重要度でランク付けしたら、おまえらなんか
選外なんだよ』
アレはアレで手痛いと思う。
実際あの子達泣いた気がするし。
でも、あたしは。
『?こいつで遊ぶの楽しーんだよ。よってランクS』
こいつと、じゃなくてこいつで、というのがちょっと納得行かなかったけど。
一番嬉しかった気がする。
「あの頃、楽しかったなあ」
もう一度呟いた。
あの頃はまだ夢を追っていた。
無邪気な子供の領域に片足を残したままだった。
あの頃は、もう思い出となって。
あたしの中で色褪せている。
「そうだな」
珍しく、三上があたしの言葉に同意してくれた。
「冷めるぞ」
「・・うん」
あたしは漸く、コーヒーに口をつける。
どんな味がしたのか、良く憶えていない。
「・・・今日、楽しかったよ。久しぶりにアンタに会えて」
夕暮れ、駅のホーム。
同じ駅から別の電車に乗るのだと、あたしと三上は連れ立って歩いてきた。
もうすぐあたしが乗る電車がやってくる。
「ああ、俺もまぁまぁ。全然変わってないしな。オコサマぶりとか」
「・・・ちぇ。久しぶりにセンチメンタルな気分に浸ってたのに馬鹿三上め」
言ってやったけど、全然堪えてないらしく、三上は微笑んだまま。
その余裕も変わってない。・・・くそう。
「・・・・・渋沢とか藤代君とか、また皆で集まれたらいいね」
そしたら。
あの褪せた日々に色が戻るだろうか。
「・・・今度は、『皆』で集まりてぇの?」
三上が意地悪な笑みを浮かべながら、尋ねてきた。
コイツは、あたしがあの頃抱いていたコイゴコロを知っているのだろうか。
・・・あたしは三上が好きだった。
「・・・・・・・・・・」
黙りこくって俯いていると、微かな振動が足に伝わってきた。
もうすぐホームに電車が入ってくる。
「?」
三上の顔は見れない。
でもやっぱり声音は楽しそうで、顔にはあの笑みを浮かべているんだろう。
冷たい風が頬を撫で、電車のランプがホームに長い影をつくる。
「あたしは・・・」
声は掠れていた。
三上は無言で続きを促す。
「・・・三上とまた、逢いたい」
ごお、と耳元に風が叩き付けられ音になる。
がたごとと振動しながら、珍しく空いている電車はホームに着いた。
シュウ、と自動扉が開くと同時に、あたしはここに居るのが辛くなって、それ以上何も言わずに電車に飛び乗った。
ポールに掴まり、乱れてもいない息を整える。
5年という間に、あたしは三上への想いを置き去りにしていた。
今日偶然会えたからといって、その過去の想いを取り戻すのは、虫が好すぎる。
「」
三上が唐突に、あたしの名を、呼ぶ。
あたしは思わず振り返った。
開きっぱなしのドアの前に、三上が立っていた。
「また逢おうな」
ぐい、と引き寄せられて、唇を塞がれた。
それはほんの一瞬で、解放されると目に映ったのは、あの自信げな笑み。
三上は紙片をあたしに差し出す。
あたしは茫洋としたまま、それを受け取った。
シュウとまた音がして、扉が閉まった。
「あ・・・」
喉の奥から、掠れた声。
たどたどしく紙片を開くと、そこには三上のものと思われる、電話番号とメールアドレス。
もう一度顔を上げると、けして綺麗ではないガラスごしに、三上の唇が動く。
『俺からは連絡しようがねえんだから、ちゃんとお前から寄越せよ』
そう言っていたような気が、する。
三上をホームに置き去りにしたまま、ゆっくりと電車は動き出した。
紙片を握り締めたまま、夕焼けに染まる街並みを、ドアにより掛かるようにして眺める。
三上は確信していたのだろうか。
あたしがまた三上を好きになると。
いくら理屈をこねても、想いは再来するのだと。
言うかもしれない。想いを忘れたんじゃなく、封印していただけなのだと。
鞄の中から携帯を取り出す。
紙片をまた開き、そこに綴られた番号を躊躇い無く押した。
「−−−三上?今度の日曜、逢える?」
End.
後書き
29500HITs、徳子様のリク三上ドリ『未来系』でした。
こういうしっとり系のお話は滅多に書かないので楽しかったです。
楽しいよ、みかみん・・!(笑)
ご期待に添えられたかは分りませんが、徳子様、よろしければ貰って下さい。