『あか』と『ひかり』と

 


「はぁ・・・はぁ・・・っ」
は、暗い裏路地を走っていた。
後ろから確かに追って来る殺気。
ほんの一ヶ月ほどの生活の中で、敏感になってしまったそれに怯えながら、は必死に逃げていた。
(どうして・・・今ごろになって・・!?)




それは二ヶ月半ほど前に溯る。
普通の平凡な高校生だったの全てを変えたのは、父の死だった。
母が早くに死んでから、男手一つでを育てた父はもういない。
は父が死ぬまで、父が危険な諜報屋をしていたのを知らなかった。
そして父は、仕事中に殺された。
父が手にした情報は、秘匿回線を通じて父の死から一ヶ月後、つまり今から一ヶ月半前に依頼主に、
自動的に届けられる手筈だった。
父の死に間際の遺言、・・・の携帯へのメールだった・・・その内容は、『危に、やつらは情ほを取り
戻すためにを狙う。護り屋を雇うんだ。資金もある。父さんのパソコンのフアルに連絡さがかいてあ』
最後まで打たれていなかったメール。所々の誤字脱字が、せっぱ詰まった状況を表していた。
は酷く動揺しながらも指示通りにして、弥勒と出会い、そして生き延びた。


「なんで・・・追われるの・・!?」
きゅん、と甲高い音がしてすぐ傍の壁を銃弾が掠ったのが解った。
おい、殺すなよ。そんな声が聞こえた気がした。
(複数・・・いる!?)
は絶望的な気分になった。
途端に、ぐぃっと体が前に引かれる。
「ぇっ・・!?」
何かに躓いたのかと思ったが、それは違った。
両足に、細い紐の両側に重しの付いたものが絡まっている。
相手の足止めだ。
は慌てて、ナイフ・・・これも、一ヶ月の生活の間に持ち歩くのが癖になってしまったものだ・・・
を取り出し、それを断とうとするが、細い鉄線でも編み込まれているらしく容易には行かない。
その間に、神弥は確かな殺気を感じた。

「い・・・嫌・・・っ、来ないで!!」

後ずさりながら、何時の間にか自分の目の前まで迫っていた2人の黒服の男を見上げた。
知らない顔だ。サングラスを付けているから、定かではないが。
「さて・・・嬢ちゃん、アンタのお父さんのお陰でウチはとんだ迷惑を被ったんだが・・・」
「嫌・・・いやぁっ!!」
ぐい、と強く腕を取られ、握ったナイフで抵抗を試みただったが、それもあっさりと躱されてナイフは
弾き飛ばされた。
「危ねぇな・・・こんなもん持ち歩いて」
(こわい・・・・・・こわいよっ・・!)
恐怖のあまり、視界が鳴って歪んでいくのが解った。
「いや・・・・・・助けて・・・弥勒さんっ!!」
契約は既に、任期を果たし報酬の受け渡しをした時点で途切れている。
それでもは『最後』の瞬間に、彼らの名を叫んでいた。


ぽた・・ぽた・・
壁から滴り落ちた血が、鏡のように薄曇りの空を映す水溜まりを作りだしている。
は一言も発する事も無く、ただ呆然と目の前の背の高い人物を見あげていた。
「弥勒・・・さん・・・・?」
「椿、って名前。さっさと憶えろよ」
弥勒椿はそう言って、血塗れの大きなナイフを持っていないほうの手を差し伸べた。
「どうして・・?」
「依頼内容忘れたのか?『身辺が完全に安全になるまで護る』。そら見ろ、全然条件を満たしてねぇべ?」
は椿の指し示した方を見る。
ほんの一瞬で命を絶たれ、吹き飛ばされた男達の骸。
「・・・護って・・・・・くれるの・・・?」
はまだ、ショックから立ち直っていない。
ボンヤリしたような声音で、呟くように、言った。
「依頼は完璧に遂行する主義なんでな。俺も、他の兄弟も」
ぽん、と頭に手を置かれて、やっとは泣き出した。
「怖かっ・・怖かった・・・っ!」
自分の制服も、男達の鮮血でべっとりと濡れている。
頬に降った生暖かい血。


けれどそれらよりも、はずっと怖かった。
殺される事が。もう、二度と・・・会えない事が。


「ちょっとばかし裏の世界に片足突っ込んだだけで、見違えたな」
椿の声色は、何処か楽しそうで。

「アンタは、血溜りが似合う女だ」

『あか』が綺麗だと。
椿は言って、あたりにまだ潜んでいる攫い屋を掃除に行った。




「−−−さん!」

椿が、「ちょっと待ってろや」と言ってを残していってから、どれくらい経っただろうか。
きっと、5分か10分・・・それくらいの間だろう。
次に路地の角から姿を見せたのは、雪彦だった。
「雪彦さん・・」
「何処も、怪我してないですか?椿兄さん、無茶するんだから・・」
「だ、大丈夫です・・・。私は・・・」
上手く言葉が出てこない。
は少し俯いた。
雪彦は膝を突いて、の柔らかい頬に手を伸ばした。
親指の腹で血を拭い、に微笑みかける。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、僕達が護りますから」
きょとん、とした顔をするに、雪彦はもう一度微笑んだ。

「貴方は、日溜まりの中にいるのが一番似合うから」

『ひかり』が一番、似つかわしいと。
雪彦は言って、に自分のコートを柔く被せた。




「あの2人は、そんなことを言っていたのか」
それから数日後のこと。
と肩を並べて、人も疎らな細い歩道を歩きながら、弥勒緋影は呟くように言った。
「・・・緋影さんは、どう思いますか?」
はふと、尋ねてみた。

自分は一体、どんな風に感じられているのか気になった。
父が死んでから、なんとなく友人達とは離れてしまった。
巻き込みたくなかったと思ったからだけれど、やっぱり少し淋しい。
傍にいてくれるこの人達は、自分の事をどう思っているのか。

緋影はその長い白髪を揺らして足を止め、自分より頭二つ分ほどちいさなに視線を落とした。
いや、盲目なのだから向けたのは『視線』ではなく顔だったけれども。
そして暫し考えるように沈黙してから、ぽん、との頭に手を乗せた。
「どちらでも構わないのだ」
さらさらと、街路樹とは名ばかりの貧相な植木の葉擦れの音がする。

「何処にいても、お前がお前である限りは」

は少しの間驚いたように目を見開いていて、次にやっと、微笑んだ。
久方ぶりの、『笑顔』だった。


「・・・ありがとう、緋影さん」


私はきっと、生き抜ける。

end.

後書き
すみません(土下座)。
偽者万歳ですー・・・(遠い目)。
あうあう。好きなんです弥勒兄弟。好きなんです緋影さん。
愛ゆえの暴走、と思って下さいませ・・・(爆)。

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