「祐一ーっ!」
ドアを激しく開けた音がしたと思ったら、ドタドタと廊下を走る音が響いてきた。
真琴の部屋を覗いたとき、相変わらず漫画に夢中になっているからいつものように肉まんを頂いたのだが、今頃気が付いたようだ。
─ズダンッ!
大きな音が部屋まで響く。真琴が勢い余って廊下で転んだらしい。
部屋の外から「あう〜」という情けない声も聞えてくる。
ちょっとからかってやろうと部屋を出ると、真琴がちょうど立ち上がったところだった。
「祐一っ!」
親の敵でも見るかのような目つきを俺を睨み付ける。

「真琴の肉まん返してよっ!」
凄い剣幕で迫ってくる。
「なんだまた肉まんを食べていたのか。たまには分けてくれよな」
そういって部屋に戻ろうとすると、
─ぐぃっ
服を掴んで俺を引き戻す。
「あうぅ…、まだ1つしか食べてないのに…」
そうか今日は2つ頂戴したからあまり食べていないんだな。
その時真琴のお腹が「ぐぅ」と鳴った。
「なんだひもじい奴だな。今度はもう少し多く買っておけばいいじゃないか」
「やっぱり、祐一が食べたのね!」
「いや俺は知らないぞ」
「あう〜」
服を掴んだ手はそのままだが、今にも崩れ落ちそうな感じになっている。
「人を疑う前に、ちゃんと肉まんを探したのか?」
「袋の中になかったもん…」
明らかに気落ちした様子で呟く。
そこで俺はいいことを思い付いた。
「どうせ漫画に夢中になっていたから、肉まんが逃げたのに気が付かなかったんだろ」
「え?肉まんって逃げるの?」
いきなり俺の話を信じるな…。
まぁ、いい。このまま騙して遊んでやろう。
「そうだ。暖かいうちはのぼせて動けないんだが、冷えてくると動き出すんだ」
「動くってどんな風に?」
肉まんが動き出すところを見たことがないので興味深々なのだろう。
先程の剣幕はすっかり失せて俺の話に聞き入っている。
俺自身、肉まんが動いているところを見たことがないので説明できない。
第一、今の状況ではどんな説明をしても信じてしまいそうなのでそれではつまらない。
「あっ」
俺はいきなり遠くを見つめて声をあげた。
真琴は状況が掴めずに頭の上に「?」マークを出している。

「今、向こうに肉まんが逃げていったぞ」
と、廊下の向こうを指差したと同時に真琴が走りだそうとする。
「待て」
俺は真琴の首根っこを掴んで引き止める。
「何よう、離してよ」
首根っこを掴まれたままじたばたと暴れ出す。
こいつはそんなに肉まんが食いたいのか…。
「落ち着け、肉まんに気がつかれたらまた逃げられてしまうぞ」
「あうー」
ようやく落ち着く真琴。
「ゆっくりと歩いていくんだ」
「うん」
「俺の後ろに着いてこい」
「うん」
肉まんが関わるとここまで素直になるものかと思うと頭が痛い。
馬ににんじんじゃあるまいし、食べ物で従順になるところは動物並みだな。
「足音を立てるなよ」
「う、うん」
体に余計な力を入れて音を立てないように歩く真琴の姿は滑稽で吹き出しそうになったが我慢した。
「いまどこにいるの?」
肉まんに聞えることを考慮してか、ひそひそ声で話す。
俺は真琴を廊下の角の手前で留まらせてから、一人で向こうをわざとらしく覗いて様子を伺う振りをする。
「行き止まりのところで毛繕いをしてる」
「いるのね…」
真琴の頭の中では肉まんが見付かったことが重要であって、毛繕いしていることはあまり意味がなかったようだ。
「今なら真琴でも捕まえられるぞ」
「ほんと?」
真琴の目の輝きが増す。ついでにお腹も「ぐぅ」と鳴った。
俺はもう一度様子を伺う振りをして
「よし、真琴。今だ!」
と真琴をけしかけた。

真琴は長い髪をなびかせて勢いよく廊下を曲がって行き…
─ぐしゃ
積み上げた段ボール箱の中に突っ込んでいった。
ドサドサと積んであった段ボール箱が崩れ真琴の上に降り注ぐ。
俺が引越しのときに使った段ボール箱がこんな時に役に立つとは思わなかった。
一瞬静かになったが、段ボールの山が蠢きだした。
「あう〜、肉まん〜、どこ〜」
完全に半泣きの声で真琴が言った。
どうやら、逃げた肉まんを探しているらしい。
しばらく放っておいたが、段ボールの山からいつまで立っても出てこない。
段ボールが動いている位置で真琴の所在はよくわかるのだが、出るに出られない状況に陥ったようだ。
さすがに可哀相になってきたので、段ボールを一つずつ退けて真琴を掘り出してやった。
「はぁ、はぁ、に、肉まん…」
「残念だったな、真琴」
空腹とショックで力尽きたのか、のびたまま動けないようだ。
「あう〜、肉まん」
「元はと言えば、俺が聞いた時に返事をしたお前が悪いんだからな。自業自得だ」
「…え?」
真琴が驚いたように俺を見る。
「だからさっきも言ったように大目に買っておけば、こんな目に会わずに済んだのにな」
俺は真琴の頭をポンと叩いた。
「…なっ!」
怒りで真琴の体が小刻みに震えだした。
「やっぱり祐一が食べたんじゃない!」
「そうとも言える」
俺は力尽きた真琴を残して自室へと足を向けた。

このまま部屋に戻ると報復をしてくることは明らかなので真琴にバズーカーを打ち込んでおいた。
これで今日はぐっすり眠れるだろう。