地上最速伝説

 21世紀を迎えてから早数ヶ月ですが、かつて思い描いていたような未来の街などはまだまだ見ることは出来ません。しかし未来の足音を感じさせるようなモノが少しずつながら現れているのもまた事実です。
 子供向け科学絵本等に必ず登場するリニアモーターカーも、実現しつつあるモノの一つであるわけですが、近年になってようやく技術上の目処が立ったと聞きました。

 現在、リニアモーターカーは山梨県都留市付近に実験線を設けて技術開発が行われているのですが、ここで時々行われる「リニア試乗会」に今回、運良く参加できることになり(会社の同期、M氏に誘って貰えたため)はるばる山梨までやってきました。


田圃の中に伸びる軌道

 東京から中央本線と富士急行線を乗り継いで行くと、すぐに見えてくる一直線の高架橋。高速道路と立体交差している様は、多少は都会を思わせなくもないですが、周囲は田んぼが広がる典型的な農村です。

 実験センターに向かう道すがら、列車とも飛行機とも違った音を立てながら一瞬にして流れ去るモノを目撃。
「あれがリニアか!」と、そのスピードに正直驚きました。もちろん、以前から最高速度などの知識は持ち合わせていたわけですが、話に聞くのと見るのでは印象も全然違ったわけです。
 400km/h以上の速度のリニア車両を見送り、われわれはわずか4km/h程度で夏空の下をしばらく歩いたのち、リニア実験センターに併設されている「山梨県立リニア見学センター」にやっと到着しました。

賑わう見学センター

 見学センターには自家用車や観光バスで次々に人が来ている様子でした。また付近の特産物などの即売所もあって、お祭りムードでした。
 この日の試乗は計6回行われているようで、我々の乗車する回まではまだ少し時間がありました。その間に、前の回の走行を見学センター最上階の展望室より眺めていました。

目の前を滑っていく試乗列車

 試乗列車が走行を開始するというアナウンスで皆が試乗列車に注目していると、列車は流れるように走っていきました。通常の鉄道では考えられないような加速の早さに驚かされます。
 そんな様子を写真に撮ったりしているうちに、我々の乗車受付の時間になりました。受付所に行くとちょっとした行列ができていて、それを見た人が「並べば乗れるんですか?」と係の方に訪ねている様子でしたが、抽選に当たった人しか乗れないことやその抽選の倍率が60倍以上といった話を聞いてがっかりしていたようです。抽選の倍率については私も初めて聞いたので、今回見事に当選したM氏の運の良さに感心した次第です。

 受付を済ませると会議室のような部屋に案内され、そこでガイダンス(?)を受けました。試乗にあたっての注意事項が中心かと思ったら、大半は山梨実験線のあらましや、リニア開発の流れの説明でした。
 また私が心配していた、(超電導磁石の)磁気が手持ちの電気製品に影響するのではないかということも杞憂だったようで、まったく影響がないとのことでした。デジカメが使えないなんてことがあったら困りますから。

試験乗降場

 説明が終わってしばらくすると、乗り場へと案内されました。ここは試験乗降場と呼ばれていて、営業時の駅に必要とされる施設の実験・検証を行うためのものです。内部は空港と駅を合わせたような雰囲気で、天井からはLEDの案内表示も下がっていました(左上)。実験施設といえども、営業時のイメージを前面に押し出した造りになっています。
 なお車両への出入り口は空港のボーディングブリッジを小さくしたような形態になっています。このブリッジが車両と密着するようになっていて、乗り場からの人の転落を防ぐと共に超電導磁石からの防磁シールドも兼ねているわけです。一方、そのため車体を直に見ることは困難となります(ガラス越しには見られますが)。

車内

 今回乗車するのは3両編成の真ん中、2両目です。実は座席が設置されているのは2両目だけなので試乗も必然的に2両目になるわけです。他の車両は座席ではなく計測器が車内を占めています。
 促されるままに車内に入ると車体の幅は在来線の列車と同程度で、座席は4列あります。新幹線は大半が5列の座席なのでそのぶん幅が狭いのですが、思っていたほど狭いとは感じませんでした。車内の造作は航空機のそれと同様なので、あくまで航空機と比べて「狭くない」という程度の話なのですが、天井のデザイン処理などのため圧迫感は感じません。

液晶モニター

 また車内の数カ所には液晶モニターが設置されており、列車前方の様子や解説のビデオが映っていました。そういえば航空機でも前方を映すモニターがありますね。


軌道模式図

 試乗する列車の経路は上図のようになっています。試験乗降場は引き込み線のようになっていて、列車はここから本線に出ます。発車時の衝撃もなく、気が付くと動いている感じです。この時は30km/hくらいの速度でした。
 またその時の乗り心地は、ゴムタイヤで車体を支えているということもあり、モノレールや新交通システムを思わせるものでした。

 甲府側に向かって数100m先のトンネルまで進むといったん停車し、ポイントが切り替わった後に東京方に向かって走ります。列車の座席は甲府側を向いているため後ろ向きに走ることになります。
 この時の最高速度は300km/hでした。まるで航空機の離陸を思わせるような加速。あっという間に試験乗降場の前を通過します。数100mを走る間に速度は150km/hを越えていました。

 係の方の説明によると、車両は130km/hほどの速度で浮上の準備に入り、160km/hあたりで完全な浮上状態になるそうです。初めはロードノイズとタイヤが軌道の継ぎ目を通る時の「ゴトッ、ゴトッ」という音が聞こえるのですが、160km/hくらいでその音が消えます。これまた航空機の離陸の瞬間とそっくりな感覚です。
 車体が浮上してロードノイズが聞こえなくなると、今度は「ブーン」という音が大きくなってきます。エンジン音のように聞こえなくもないですが、恐らくこれは軌道に付いたコイルと車両の超電導磁石の間に発生する磁力の振動だと思われます。
 そんなことを考えているうちに速度は300km/hに到達。300km/hというと通常の(鉄レール方式の)鉄道の最高速度(山陽新幹線「500系のぞみ」などが該当)です。私はその列車に乗ったことがないので正確な比較はできないのですが、200km/h台の新幹線列車と似たような乗り心地だと思いました。

キロポスト

 300km/hになったと思ったら列車は減速し、実験線の東京側の端に停車しました。ちょうど窓からキロポスト(距離標)が見えたので撮りました。なお、ここに示される距離は現状での「路線端からの距離」ではなく、将来建設予定の実験線起点からの距離を示しています。現在使用されているのは16.610km地点〜35.010km地点の間となります。

450km/hを示す車内の速度計

 しばらく停車の後、座席に対して前方(甲府側)に進みます。今度は今回体験できる最高のスピード、450km/hです。
 いざ動き始めると、先ほどよりもっと鋭い加速のように感じます。あっという間に200km/h、300km/h、400km/h…音と振動が激しくなってきました…そして450km/hに到達です。
この状態ではトンネル内壁の蛍光灯(10m間隔で設置してあるとか)が全部繋がって1本の線に見えます。もともとこの実験線は大半がトンネルなのですが、1km以上あるという高架区間(トンネルじゃない場所)である実験センター付近もわずか10秒ほどで通過してしまいます。外の景色も認識できないほどです。

 音も振動も、300km/h台よりかなり大きくなっています。新幹線と比べてもかなり大きいと言えるでしょう。音は航空機が離陸する時のエンジン音のようです。振動は在来線を走る電車に近い感じです。現地に行くときに乗った富士急行ほどは揺れていないかな、という程度です。ちなみに私は、浮上走行をしている時はフワフワした乗り心地だと想像していたのですが(根拠無し)、実際は全然違ったゴツゴツしたものでした。物理的にそのような乗り心地はあり得ないわけですが、イメージ通りにいかないものだと感じました。

 450km/hでの走行はおよそ90秒続き、そのあとは減速します。加速の時ほどではありませんが、みるみる速度が落ちていきます。200km/h台となると「40km/hくらい?」と感じました。車で高速道路から一般道へ下りた時の感覚と同じことなのですが、まさか200km/hがそこまで遅く感じられるとは思いませんでした。速度感覚のマヒは恐ろしいものです。
 しばらくして甲府側の端となる笹子トンネル内で停車。係りの方から今通ってきた軌道にカーブや勾配が含まれていたことについての解説がありました。カーブは半径が8000mと、新幹線よりさらに緩やかな曲線なのですが、そのカーブを回る際に車体に生じる遠心力をうち消すために軌道が傾いています。競輪場のバンクと同じものですね。この傾きは10°あるのですが、これは車体(幅約3m)の左右で50cmほどの高低差になります。しかし高速走行時にはそのような傾きも勾配も感じませんでした。傾きに関しては遠心力と重力が釣り合っているため感じなかったのだと思います。

 そして東京側にある試験乗降場に帰ります。今度は最高350km/hほどのスピードなのですが、先ほど全く気にならなかったカーブ区間での軌道の傾きを感じます。しかも遠心力と重力が釣り合っていない関係か、車両の横揺れが非常に激しくなっていました。地方のローカル線を高速でぶっ飛ばす列車に匹敵するほどで、はっきり言って新幹線より大きく劣る乗り心地でした。
 450km/hより300km/h台の方が揺れが強いというのは意外だったのですが、これは軌道が最高速度(通常の運転をする場合の速度)を想定して設計されているからなんでしょうね。
 念のためにフォローしておくと、300km/h台でカーブ区間を通過するときの揺れとは、船や飛行機のような揺れではなく、ユサユサと左右に「揺さぶる」ものなので乗り物酔いは少ないと思われます。(あまりフォローになってませんか)

 激しい揺れと共にカーブを抜けると徐々に減速してトンネル内に停車しました。試験乗降場側へのポイントを切り替え待ちです。この間に、前もって配布されたアンケートに記入しました。乗り心地に関してはいくらか言いたいこともあったのですが、時間もなくまともに書けませんでした。まぁ恨み言ばかり書いても仕方ないのですけれど。そうしているうちに列車は試験乗降場へ滑り込み、試乗が終わります。
 試乗していた時間は20分程度(途中の停車時間も含む)でしたが、とても充実した時間に感じました。それは我々がこれまで(地上では)経験したことのないスピードを味わえたから。これに尽きると思います。

 試験乗降場に戻ると、各々に乗車証明書が配られました。証明書はクレジットカードのようなもので、割としっかりした出来です。前もって送られていた「参加パス」に差し込めるようになっています。


見学広場

 我々の試乗が終わったあとも、すぐに次のグループの試乗会が続いています。見学センターから見て実験線を隔てた丘に見学広場があるということだったので、そちらから列車の走行を見ることにしました。ここからは見学センターからはよく見えなかった軌道や車両が一望できます。遮るものが少ないので写真撮影にも適しています。ただ、日を遮るものもないので暑かったのが難点ですが。
 走行開始のアナウンスがあり、列車が動き出すのが見えました。走行経路は我々が乗ったときと変わりません。列車はトンネルの中にいったん進み、しばらくしてから東京方に向かい加速していきました。その後450km/hで通過する列車を狙うべく、さらに高い位置で張ることにしました。

 そして数分後、トンネルの中からヘッドライトの光が見えてきました。光と共に空間を裂くような音が。新幹線のような金属音を伴わず、代わりに「ブーン」というような音でした。あっという間に目の前を通過していきました。
 どうにかその姿を捕らえることができましたが、シャッターチャンスは非常に少ないですね。

空間を斬るが如く

↓試乗会のあと、ちょっと嬉しい出来事があったので紹介します。

(番外編)巨峰と言ったら山梨ですよ

 試乗も撮影も終わりあとは帰るだけというところで、見学センターの自販機で売っていた「ICE BOX山梨巨峰」を購入。ICE BOX自体見かけたのが久しぶりだったんですが、山梨限定とあったのでついつい手を出した次第です。で、それを名産品即売所のテント下で食べていると、即売所のオジさんが「食べてみて」と大粒(4cmくらい?)の巨峰をくれました。それも一粒試食させてもらうだけと思ったら、一房まるごとです。

 ICE BOXの味なんか忘れてしまうほどの濃密な味と香りをしばし堪能しながら、オジさんとしばし歓談。実験線にまつわる話などを聞かせていただきました。

 食べさせてもらってばかりでは申し訳ないので、一房だけでも買っていこうとしたところ「いいよいいよ」と言われ、また一房頂いてしまいました。1000円/1kgという高級品です。地元の方々の親切にしていただき、良い気分で見学センターをあとにしました。

 …て言うか、せめて宣伝くらいしないと気が済まないんで。

 こうして試乗会が終わったわけですが、個人的な思い入れもあり筆者はしばらく興奮が覚めやらぬといった状態でした。乗り心地等には改善の余地があるものの、今回の試乗で超電導リニアがもうそこまで来ているのだな、と実感しました。実現への期待がより高まったと言えます。

 なお試乗会の予定は、こちらでチェックできるようです。ただ冒頭にも書いたように相当の倍率らしいですが…

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