とんちんかん道具館


取材編「続・砥石」
名人も悩む研ぎの角度

 新潟県与板町の大平文夫さんは、研ぎの名人といわれる。

 研ぎ師になったのは、14歳のときだった。それから13年間の修行時代、鑿、鉋の刃を研いだ。

 独立してからは、包丁、鎌、彫刻刀、医療用メス、と対象を広げ、いまでは学校給食で使うステンレス包丁の研ぎ直しまで引き受ける。京都の宮大工が使うヤリガンナや、チョウナ、マサカリが持ち込まれることもある。

 71歳のいまも、毎朝6時に自宅裏の仕事場に入り、午後6時までひたすら研ぐ。
1日に1000本を上回る鑿や鉋を研いだ時代もあった。いまはその半分。でも手で研いでいたのでは間に合わない。

 研ぎに使うのは、10種以上のグラインダーだ。砥石を使うのは特別の注文があったときに限られている。

 刃物鍛冶から回ってきた黒刃(黒色の原型)を、裏研ぎ、刃付け、研ぎ出し、仕上げの工程で刃物に仕上がる。グラインダーを使うと一工程は1分とかからない。黒刃はみるみる輝く刃になっていく。

 与板町や、隣の三条市ではもともと、「鍛冶」と「研ぎ」は分業だった。時代とともに、刃物鍛冶、あるいは刃物工場が独自に研いで出荷するようになってきた。大工職人の使う高価な品ではなく、日曜大工センターで販売する素人向けの品物が主流になったからである。

 専門の研ぎ師が研いだ刃物は別として、工場で研いだ刃物と思われるものを買ったときは、使うまえに研ぐといい。

 最近多くなったステンレス包丁であれば、粒子の粗い天然砥石を使って、ゆっくりと時間をかけて研ぐといい。

 そうした砥石の一種、大村砥は、ステンレス包丁を研ぐのに最適だと大平さんは言う。天然ものとしては値段が安く、大きくて重い物が1300円前後だ。

 刃を砥石に正しく当てることができれば、だれでも研げる。刃の角度は品物によってちがう。左側と右側とでちがう刃もある。大平さんも若いときには失敗した。

 どう当てるかはいまでも毎回、考える。
(小林 好孝)
 
尚、この記事は「朝日新聞」1999年5月30日付に掲載されたものです。

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