とんちんかん道具館


取材編「続・槌」
本物は使い手を選ぶ

 家庭で使う槌は「両口げんのう」が一番、と前回は書いた。これは家庭での話である。今回はプロの世界の話。

 大工は、げんのうでくぎを打たない。げんのうは、鑿の頭、金枠に囲まれている頭部の木部を打つためのものだ。

 新潟県三条市の長谷川幸三郎さん(63)は、げんのう鍛冶一筋45年の職人である。

 三条の金槌鍛冶のもとに5歳で奉公に出て、小学生のとき金槌を作りはじめた。硬い鋼が高価だった時代で、げんのうより金槌の方が値が張った。

 18歳のとき、売上を伸ばせ、と親方に命じられた。そのとき、値段が高く買い手の少ない金槌づくりから、安くても数の出るげんのうづくりに転向した。

 「幸三郎げんのう」は、胴の両端に硬い鋼を張り付けた打面を持っている。両口げんのうではあるが、打面は両面とも鏡のように平である。この鋼材は処理によって硬度を変えられる特殊なもので、長谷川さんは、50年以上前に作られた刀の鋼を特別に入手して使っている。

 げんのうの原型は、直径一寸(3.03センチ)の、軟鉄棒を切ってつくる。その棒は長さ一寸で50匁(187グラム)になる。いろいろな重量のげんのうをつくるときの基準である。200匁(750グラム)の大げんのうをつくるときには、四寸の長さを切ればいい。

 切り取った鉄材の打面にあたる部分には別の鋼をつける。そして、焼き入れ、焼き戻しをして外縁部をさらに硬く、中央部をさらに軟らかくする。

 軟らかい中央部は、使うほどにへこんでくる。そのへこんだ面が、中高になっている鑿の頭部を包み込むような形で打つ。使えば使うほど自分の道具になる。

 打面はふつう、縁が欠けるのを防ぐために、縁を切り落とす、いわゆる「面取り」が施されている。「幸三郎げんのう」には面取りがほとんどない。打面はその分広くなる。打ちつける鑿の木部が傷まなくなる。

 しかし、打ち損なうと打面の縁を欠く。正確に打つ技術を持たない人には使いこなせない。

 道具は人を選ぶのである。
(小林 好孝)
 
尚、この記事は「朝日新聞」1999年5月16日付に掲載されたものです。

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