基礎演習U ファイナルレポート

「食卓の文化誌」を読んで


はじめに
半年以上にわたって基礎演習Uの中で「食卓の文化誌」を読みながら、食について考え、たくさんのことを感じてきた。現在の日本においては、多くの国の食文化を体験することが出来るように思える(但し、日本向けに変化させたものも多いのであろうし、日本では見ることが全く出来ないものも、日本で体験できるもの以上に多いことは間違いないだろう)。私は、どちらかというと、あまり豊かとは言えない食生活で毎日を過ごしているが(いわゆる偏食と呼ぶべき種類のものであろう)ので、現在の日本で一般に普及していると思われる食文化以外はあまり体験したことがない。そんな私にとっては、この授業は文字通り自分の住む世界の狭さと、世界の広さ、世界の食文化の深さ・複雑さを教え考えさせてくれたと思う。これまで学んできたこと、考えてきたことを総動員して、「食卓の文化誌」を基に、食文化について考えてみたい。

食事の道具
 外食をする時、店の分類の仕方として、箸を使う店とナイフ・フォークを使う店、そして手づかみの店などという分け方が可能である。私自身は普段の食事の中で、「今日は箸で食べよう」とか「今日は手づかみのものが食べたい」などと考えることはほとんどないし、多くの人にとっても、道具を先に選んでそこから食べるものを決めるというようなことはまず無いであろう。とはいえ、使う道具を考えれば、その食べ物の出身地がある程度推測できるのではないだろうか。  箸を常用するのは、中国の漢民族・ベトナム・朝鮮半島・日本などである。これらの国々では、箸以外に個人用の食器である椀が使われているし、日本以外では、スプーンも箸とセットになって使用されている。  次に、ナイフ・フォーク・スプーンなどを使用しているのは、主にヨーロッパ世界である。現在では、ヨーロッパ以外にもオーストラリア・北アメリカ・中南米の白人移民などがナイフ・フォーク・スプーンを食事の中心にしている。ここから、ナイフ・フォーク・スプーンはヨーロッパから移民達が自分たちの食文化をそのまま移民先にもっていった、ということが分かる。しかし、ヨーロッパ全体にナイフ・フォーク・スプーンの使用が普及したのは、17世紀前後といわれている。中世以前のヨーロッパにおいては、ほとんどの場合、手づかみの食事が行われていたと考えるのが妥当であろう。  最後に、手食の文化についてだが、現在の世界では、アフリカ大陸・西アジア・インド・東南アジア・オセアニアなどが挙げられる。特に、イスラム文化圏とインドのヒンズー教文化圏が手食の文化圏として大きな勢力を誇っていると考えられる。これらの手食の文化圏の多くでは、食事の前後に手を洗う習慣があるなど、それなりの食事作法がある。また、インドの知識人達はよく「自分たちは食物を口に入れる前に、既に味わっているのだ。フォークを使って食事をする者は、食物の温度、手触りなどを楽しむ感覚をうばわれている」と言うそうである。また、手食の文化と考えるかどうかは疑問だが、アメリカやイギリスなどで生まれたファーストフード(ハンバーガーやフィッシュアンドポテト・フライドチキンなど)も、箸やナイフ・フォークは使わず、直接手でつかんで食べるものである。

料理の普及と国力
 アメリカのハンバーガーは世界に広がってるようだ。マクドナルドなど、今や世界中に店舗を構えている。何故、ハンバーガーは世界中に普及したのだろうか?同じように、ナイフ・フォーク・スプーンや箸の文化はどのようにして世界中に広まっていったのだろうか?  仮定の話だが、ハンバーガーがアメリカ生まれの食べ物でなかったとしたら、今日、これほどハンバーガーは世界中に普及しただろうか?確実な答えは出せないが、おそらく、答えはNOではないだろうか。20世紀という時代にとって、アメリカ合衆国という国は間違いなく最も繁栄した国の1つに数えられるだろう。そして、世界中の多くの人が、アメリカ型の生活にあこがれを抱いたのではないだろうか。アメリカの国力が背景となって、アメリカ型のライフスタイルが世界中に広まっていき、その中で、ハンバーガーも世界中に普及していったのではないだろうか。そういう意味では、料理や食事方法の普及や食べ物のうまさは、国力と相対関係にあるのではないだろうかと思える。  ナイフ・フォーク・スプーンを使用する食事方法も、20世紀に入ってから、多くの国で普及し始めているように思える。毎日の夕食が全てナイフ・フォーク・スプーンではないにしろ、1週間に一度、ヨーロッパ型の料理を食べる家庭は、日本にはかなり多いであろうし、経済的なゆとりが生まれてきた中進国(この呼び方が適切かどうかは別として、韓国・台湾・香港・シンガポール、いわゆるアジアNIESなど)や多くの国の上層階級などではヨーロッパ型の食事方法はかなり普及していると考えられる。これらは、やはりヨーロッパの国々に対するあこがれが反映されていると考えられるのではないだろうか。  国力だけが、料理や食事方法を伝えるときの基準ではないだろうが、国力の強い国の料理や食事方法は伝わりやすいと言うことは出来るのではないかと思う。例えば、東南アジア各国には古くから華僑が進出していたし、中国との交流は深かったはずであるし、中華料理の店で箸を使用することは多くの人々が知っていて、麺類を食べるときには箸を自由に操る人も多いという。それにも関わらず、外食における道具としては、スプーンをフォークという、ヨーロッパ型の道具が利用されることがほとんどだという。原因としては、皿に盛った飯のうえにおかずや汁をかけて食べる、東南アジアで現在一般的な食べ方も挙げられるだろうし、平らな皿に盛られたインディカ種のぼろぼろの米の飯は箸ではつまみにくいということも考えられる。しかしそれだけではなく、東南アジアにおいて、外食が普及しだした20世紀においては、中国文明よりヨーロッパ文明の方が、東南アジアの人々にとって進んでいる(あるいは上等という言い方も出来るかもしれない)と見えたことも原因として挙げられるのではないだろうか。  国力のある国の文化は比較的伝播しやすいという考え方に基づけば、世界の食事方法のなかで、ナイフ・フォーク・スプーンを使用する方法が普及の度合いを高めていることは、ヨーロッパ・アメリカ型の文明が全盛を極めている現在の状況に鑑みれば至極当然のことであると言えよう。おそらくは、ナイフ・フォーク・スプーンの文化や箸の文化は、それらを使用する国々が国力を高め、他の国に対して文化的にも強い影響を与えるようになったことから、普及していったのであろうと考えられる。

おわりに
何故、自分はナイフやフォークを使った食事をするのだろうか?自分なりに、基礎演習Uのゼミの中で考えてきた。国力、あるいは国の繁栄の度合いが、食文化と関わっているのではないかと漠然と考えていたことを整理してみたが、まだまだ、整理し切れていない部分も多い。これから先も機会があれば、少しずつでも考えていきたいと思う。日本食がアメリカでブームになったり、カップラーメンが多くの国で売れているのは、日本が現在のように、少なくとも他の国から見て、繁栄していると思われるようになったからではないだろうかと考えたことから、食事と文明の関係に興味を持ったわけだが、まだまだ分からないことだらけである。もう少し、いろいろな食事を体験することで、新たな考えが生まれるのだろうか?


<参考図書>
・ 「食卓の文化誌」石毛直道 :岩波書店 同時代ライブラリー
・ 「食事の文明論」石毛直道 :中公新書
・ 「時代の風音」堀田善衛・司馬遼太郎・宮崎駿 :UPU

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