都市住宅論

中心市街地の再生と都市住宅の役割


1.はじめに

中心市街地は基本的に住み心地の良いところである。インフラは完璧とは言わないまでもある程度整備されており、コミュニティもかなり完成している。本当に住み易い環境は、以外とニュータウンよりも中心市街地の方ではないかと常々思っている。少なくとも、ニュータウンのような、設計サイドから考えた利便性ではなく、住む人達にとっての利便性がある中心市街地の方が、ニュータウンから中心市街地へ引っ越した経験のある私には、住み良い様に思える。
しかしながら、現在、中心市街地には活気がなく、ニュータウンに人々が移住しているというのが一般的な日本の状況である。それに対して、どのようにすれば、中心市街地を再生できるのであろうか。ここでは、都市住宅の役割と商業活性化を中心に考えていきたい。

2.中心市街地の現状

大都市圏においては、中心部(都心部)の夜間人口がドーナツ化現象により、減少傾向にある。また、地方都市や衛星都市などにおいても、中心市街地の空洞化が目立っている。1980年代後半から90年代初頭にかけての、いわゆるバブル経済によって発生した、都心部を中心とした大幅な地価高騰とむやみかつ無計画な再開発によって、中心市街地の環境は激変し、コミュニティの崩壊や町並みの破壊など、大きな傷跡が現在も日本の多くの中心市街地に残っている。
かつての中心市街地は、東京霞ヶ関などの一部の例外を除けば、どれほどの大都市であれそこに居住する人がいる、いわば職住隣接・職住共同が基本形であった。しかしながら、都市規模の拡大や交通手段の発達、さらには都市計画法・建築基準法の下での用途地域性によるゾーニング規制などによる業務・商業用途と住宅用途の分離が進められたことにより、地価負担力の弱い住宅機能が中心市街地から郊外へ移っていったため、現在の中心市街地は基本的に業務・商業機能がメインとなっている。しかも、商業地域も職住分離が進行しており、商業機能のみが中心市街地に残り、夜間人口は郊外へ流出してしまっている。

3.商業と住宅の共生

かつての中心市街地における商業の中心は商店街であった。これらの商店街の多くは自然発生的に生まれたものであり、何らかの意図の下に造られた商業集積というよりも、自然発生的なものと考える方が妥当である。しかしながら、職住分離の風潮に乗る形で近年は中心市街地の商店街においても商住分離が進行している。この、商住分離の問題は、大きく分けると3つの側面が絡み合っているように思われる。一つ目は都市に於ける居住条件の変化であり、二つ目に居住空間に対するニーズの変化、さらに三つ目として商と労働に関する価値観の変化、を挙げることが出来る。
まず、都市に於ける居住条件の変化によって商住分離が進行している理由として、地価の高騰などが挙げられる。本来商店街の商店は固定されたものではなく、時代の変化や営業努力などから力のない商店は淘汰され新しい商店に取って代わられ、街が常にリニューアルされている状態であることによって、初めて健全な商業集積と言うことができるのだが、バブル期の地価高騰(暴騰)によって、淘汰された商店の跡地に新たな商店が入るという従来のスタイルが壊されてしまった。これでは、中心市街地において若い商人が商住隣接の町屋に入居出来るわけがなく、中心市街地に於ける商業の健全な変化を妨げていると言わざるを得ない。
次に、人々の居住空間に対するニーズの変化について考えてみると、特に古くからの都市における中心市街地などは江戸期であったり明治・大正期の町屋が多く残っているケースがよくあるが、これらの町屋が現代の日本人の生活様式にマッチしていないため、居住を嫌う傾向があると考えられる。変わりに、個室重視で西洋的な郊外の住宅を求め、移り住むようになってきたのではないだろうか。
さらに、商と労働に関する価値観の変化というのも見逃せない。特に近年は仕事と仕事以外を明確に分ける事を歓迎する空気が日本中に広がっており、職住隣接型であるケースが多い中心市街地の町屋が歓迎されない、ということが言える。
では、中心市街地における商業と住宅の関係は分離していくのであろうか。確かに、中心市街地では商店街の住宅化が進行しているケースも非常に多い。三田市の中心市街地を例にとっても、駅前通の表面を除けば既に完全な商店街はなく、商店と一般住宅が併存している状態の商店街がほとんどである。又、駅前通は再開発に伴い櫛の歯が抜けたような状態になってしまい、いずれは住宅化が予想される。この傾向は、巨大都市の都心部以外の、多くの都市の中心市街地に共通していると思われる。かつては商店や工房などが職住隣接だったのだが、それが現在では分離する傾向にある。
しかしながら、中心市街地におけるコミュニティの中心は商店街などであり、この核を失う事は中心市街地にとって、再生の為の核を失う事にもなりかねない。そこで、職住隣接型の住宅スタイルを見直し、商店街に職住隣接型の商店が入居しやすいように、法制度を整えて行く必要があるのではないだろうか。
中心市街地などの都市の商店街では、転出者も多く新しい参入社を地域社会が受け入れやすい状態であり、商店街は徐々に変化をしていくものである。それは、いわば有機的に発展するシステムを内包したコミュニティと呼ぶことが出来る。そのようなシステムがあるからこそ、地域社会との付き合いについても一定の距離を置くことが可能であり、クールな関係でありながら地域社会のアイデンティティを獲得する事ができるのである。それはニュータウンなどのコミュニティとはまた違う、別の都市生活の楽しさを与えてくれる。そのような楽しさを多くの人に認識してもらえば、その中から中心市街地で商売をしようとする若者が現れ、商店街に新たな息吹が吹き込まれるようになっていくのではないだろうか。

4.中心市街地の再生(都市住宅の役割を中心に)

活性化や再生が叫ばれる中心市街地であるが、今日の中心市街地における最大の問題はやはりバブルの後始末であろう。バブル経済期に行われた中心市街地への地上げや再開発・再開発計画は、中心市街地が持っていた都市ストックやコミュニティをブルドーザーで一気に破壊してしまい、都心部を無機質なものへと変化させてしまった。さらには、バブル期に売り買いされた土地が更地のまま現在もいたる所で放置されており、これらの遊休地の存在が中心市街地の活性化への妨げとなっているケースが多々ある。このような中心市街地について、いくつかの観点から再生への手段を探ってみたい。
(1)バブルの後始末 中心市街地の内部崩壊を招いた直接的な犯人はバブル経済であると私は考えている。そして、中心市街地の再生・活性化への最大の妨げは、バブルの落とし子とでも言うべき無駄に開発されたビルや利用目的の定まらない遊休地であると思われる。そこで、特に遊休地を中心に、行政がリーダーシップを発揮して有効活用できるように法的・行政的な手段を講じるべきである。活用内容は地元に任せて、行政はあくまでも法的・行政的な手段に限定して活性化への障害を取り除くべきである。

(2)中心市街地の都市住宅とコミュニティ 中心市街地は住み易い。これは私の偽らざる感想である。確かにニュータウンなどに比べると設備的に古くさいものが全般的に多くなってしまうのはいたしかたないが、それでも、上下水道などの都市設備は一般的に高水準に整備されており、交通の利便性・買い物等の利便性という点では決してニュータウンなどの郊外住宅地に見劣りしない。それどころか、ニュータウンなどよりも暮らしやすいと言っても過言ではない。さらには、古くから形成されているコミュニティが存在しており、これらのコミュニティに入り込めれば、とても快適な生活を送ることが出来る。
では、中心市街地を活性化するためには、コミュニティをどのように活用していけばよいのだろうか。1つは、コミュニティの存在を中心市街地のウリにして、中心市街地の都市住宅への住民誘致を進めていく、という方法が考えられる。これは、バブル期前後からの開発指向によって崩壊のふちに立たされている中心市街地のコミュニティを立て直し、中心市街地の「居住人口」を大幅に増やすために必要な手段でもある。職住分離の考え方に立てば、中心市街地は完全な商業・業務専用地域でなければならない。しかしながら、職住近接も悪くないという考え方に立ち、あるいは中心市街地に住んで他の業務専用地域へ通勤する、といった考え方をするならば、中心市街地の再生は容易なのではないだろうか。
中心市街地再生の為には、まず定住人口の増加が必要である。確かに日本のように都市部の人口が多く人口密度の高いところにおいては、都心部だけで居住地をまかないきれるわけはなく、都市の郊外化・スプロール化はやむを得ないものであると言える。しかしながら、郊外化・スプロール化によって中心市街地が寂れてしまうことは、都市の活力を損なう事になりかねない。これからの都市は、中心市街地と郊外部が互いに刺激しあいながら都市を豊かにしていかなければならないと私は考えている。

(3)住み心地の良い住宅を かつての中心市街地における都市住宅は、基本的にはほとんどが町屋であった。現在残っている町屋に関しては後述するように保存していくべきであると考えるが、これから建てられる住宅に関しては、いかにして住み心地の良い住宅を提供していくか、という点と、周囲にいかにして合わせた住宅を建てるか、という2つの点にかかっていると思う。1つ目の住み心地の良い住宅とは、決して機能優先の住宅の事ではなく、家族が家族としての絆を保ちながら住める住宅のことである。近年のニュータウンなどの郊外型の住宅の多くは個人主義的な個室重視の建て方をすることが一般的である。確かに個室はあるべきだろうが、同時に掘り炬燵のような居間に家族が集えるような仕掛けや、縁側などののんびり出来る空間を設計することも必要なのではないだろうかと考えている。そして2つ目の周囲に合わせた住宅という点であるが、これは何も周囲と全く同じようなスタイルにする、というのではなく、周囲にとけ込んでいれば別に町屋風であろうが洋館風であろうが一般的な日本の郊外家屋のスタイルであろうが関係ない。要は周囲から浮かなければ良いのである。

(4) 高齢者と若年層の街へ 日本でのニュータウンにおける居住者の年齢層別の割合は、そのニュータウンの歴史と比例していると私は考えている。ニュータウンの歴史が若ければ若いほど、居住者の年齢層は若くなる傾向がある。北摂三田ニュータウンを例にとってみても、全体としては0〜10・10〜20代と30〜40・40〜50代の親子の居住が圧倒的に多く、20〜30代と50代より年上、特に60代以降の割合がかなり低い。逆に千里ニュータウンのように20年・30年と建設からかなりの年月が経ったニュータウンでは、全体的に高齢者が増加し、若者が減少しているという特徴がある。しかしながら、ニュータウンは本来その設計思想から0〜20代と30〜50代の家族層を対象とした住宅設計・都市設計が行なわれており、年をとればとるほど、暮らしにくくなっていくのが現状である。それに対して、中心市街地は若者から高齢者までまんべんなく暮らせるシステムが長年の蓄積の中で完成しており、多くの中心市街地は高齢者にとって暮らしやすいと言うことができる。
そこで、中心市街地の再生と高齢者にとって暮らしやすい街という、2つの観点から中心市街地の都市住宅への高齢者の誘致、という方法を提唱してみたい。確かに、現状でも中心市街地には高齢者が多いが、これは都市が拡大する以前からそこに住んでいる人々が高齢化し、その子供達はニュータウンへ移り住んでしまった為に、高齢者だけが中心市街地に取り残されてしまった状況なのではないか、と私は思う。取り残されたとはいえ、中心市街地は高齢者にとって住みやすい土地なので、高齢者が住み続けていると考えるなら、ここから高齢化社会への都市住宅の対応策が考えられるのではないだろうか。
ニュータウンは家族層を中心とした生活の場として、中心市街地は高齢者にとって暮らしやすい街として再生するという基本コンセプトを持ったとき、20代から30代前半の青年層の行き場が見えてこない。私は、彼らも中心市街地に都市住宅を確保し住むべきではないだろうかと思う。青年層は基本的に家族を持たない一人身で生活している場合が多いが、彼らにとっては都市における生活は孤独と隣接関係にあることが多い。少なくとも、生活の基本である住居とその周辺でのコミュニティでは孤独である。そこで、以下のようなフローチャートができるのではないかと私は考えている。


中心市街地は青年層と高齢者層を中心にした構成にし、ニュータウンは子供のいる家族層を中心にした構成することによって、都市において、市民がニュータウン〜中心市街地〜ニュータウン〜中心市街地とローテーションを組んで年代ごとに移動するようにすれば、都市の無意味な拡大も、中心市街地の空洞化も防げるのではないだろうか。特に、青年層と高齢者層が中心市街地に住むことによって、何らかの災害等の時に青年層が高齢者層を助けられるという利点があり、一方で、うまくすれば青年層と高齢者層が交流する事も可能となり、それによって青年層の都市における孤独を解消できるのではないだろうか。
特に、青年層と高齢者層が隣接する住宅に住む、あるいは2世帯住宅のような形の住宅に片方には高齢者、もう片方には青年層が暮らすスタイルは、高齢者介護の問題に対して1つの解答となりうると私は考えている。

5. 住民住宅移動論

中心市街地における都市住宅はそれほど広くないので基本的に広さを追求する事は難しく、子供のいる家族層にとっては住み心地が良いとは決して言えない。家族層にとっては広い庭や公演が整備されているニュータウンの方が暮らしやすいと言える。しかしながら、高齢者層にとってはニュータウンは交通の便の問題や坂道の多さなど、一般的には暮らしにくい設計になっている。逆に中心市街地の方が坂道や段差も少なく、交通手段も発達しており、基本的には高齢者にとって暮らしやすいと言える。
そこで、都市の住民は、自らの住宅をニュータウンと中心市街地の間を自分の年齢層に合わせて移動させるという住民住宅移動論が成立するのではないかと考える。


<参考文献> タウンリゾートとしての商店街(吉野国夫著・学芸出版社)

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