脳死ということ 


 みなさんは自分が脳死になったら臓器を提供しても構わないと思いますか? この質問には「はい」と答えられる人も多いかもしれません.では,あなたの大事な人が脳死になったとき,臓器提供に同意できますか?


 それではまず用語について.
 ドナー:臓器を提供をする人
 レシピエント:臓器を提供される人


 さて,ここ数日間のニュースは脳死からの臓器提供についての話題に終始しています.なぜこんなに騒がなくてはいけないのでしょうか? このことについて言いたくって,このコーナーを作ることにしたわけです.

 いくら報道の自由だからといって,手術室に入るところから,まさに手術されているレシピエントの姿まで放送する.あそこまで報道する必要がどこにあるのでしょうか?

 レシピエントになることは,ドナーとして臓器提供することより勇気の要ることだと思います.今の病状では長くは生きられない,臓器移植をすれば健常な体を取り戻せる可能性がありますが,拒絶反応が起きれば移植をする前よりも短い命を終えることになるのです.

 そんなレシピエントの気持ち(もちろんドナーやその家族の気持ちも)を考えた報道の在り方だったとはとても思えないのです.


 僕はドナーカードを持って,もう1年が経ちました.臓器提供には,なんの抵抗もありませんでした.最後は灰になるものが多くの人の役に立つのなら,何人もの命になるなら,それは素晴らしいことだと思ったからです.

 その反面,どんどんと進んでいく延命治療,医療の進歩に戸惑うところもあります.自分の運命を変えて,他人の運命を受け継いで生き続けて,寿命が延びていって,そのうち人間はいつ死んだらいいのかわからなくなったりしないのでしょうか.


 自分が臓器提供したいと思ったからと言って,みなさんにドナーになることを強制するつもりはありません.しかし「ドナーになる」,「レシピエントになる」ということについて一度は考えてみて欲しいと思います.

 ドナーカードには「臓器提供を希望しない」という選択肢もあります.これを選ぶことは決して悪いことではありません.きちんと「脳死」や「臓器移植」ということについて考えた証拠なのですから.


どうですか? あなたもドナーカード,持ってみませんか.


back