定番 うちの味」
すき焼き 祖父の姿に思いはせ
兵庫県宝塚市・滝内聡さん  

すき焼き、撮影・堤勝雄
撮影・堤勝雄
 セキレイらしき小鳥が「チッチッ」と鳴きながら飛び回る。かやぶき屋根の民家が残る兵庫県宝塚市の山あいの田園地帯。二番穂が黄色くなった水田沿いの小道を歩きながら、歯科医師、滝内聡(そう)さん(38)からのメールを思い出していた。

 「僕にとってすき焼きは祖父の思い出なんです……」

 玄関先まで出迎えてくれた聡さんは祖父の駒井武夫さんと過ごした日々を楽しそうに話してくれた。まだ兵庫県尼崎市に住んでいた頃。家族は曽(そう)祖母と祖父母、父母、叔父、そして聡さんと弟の計8人だった。武夫さんは母久美子さん(61)の父親。まるでサザエさん一家のようだったという。

 波平にあたる武夫さんは中学校の校長先生だった。初孫の聡さんを可愛がり、自転車に乗せ勤務先の中学校へ連れて行ったり、一緒に電車で喫茶店にアイスクリームを食べに行ったりした。

 「弟が生まれると親は弟に手をとられることが多くなり、祖父母に甘えることが多かったですね」と聡さん。

「祖父のすき焼きはタマネギが決め手」と聡さん(中央)。6人暮らしで、春雄さん(後ろ)も現役の歯科医師=兵庫県宝塚市で、大岡敦撮影
「祖父のすき焼きはタマネギが決め手」と聡さん(中央)。6人暮らしで、春雄さん(後ろ)も現役の歯科医師=兵庫県宝塚市で、大岡敦撮影
 武夫さんは普段は料理など全くしないのに、すき焼きの時だけは必ず登場したことを覚えている。牛肉の包みを開ける真剣な表情。鉄鍋で牛脂を溶かし肉をいため、砂糖としょうゆで味付けして豆腐や野菜を入れて煮込む。いつも威厳が漂っていた。誰かが手を出し、手順を間違えようものなら、「そんなことしたらあかん!」。カミナリが飛んだ。

 ちょっと辛めの味。聡さんは武夫さんのすき焼きが大の好物だった。中学生の時、友人の家で食べたことがあるが、甘すぎて口に合わなかった。忘れられないのは高校卒業後、恩師の家で食べたすき焼きだ。「味見して、ちょっと甘いと言ったら、恩師が気を利かせてくれた。祖父の味に似ていて、うれしかった」

 一家が尼崎から引っ越してきたのは28年前。父春雄さん(73)が宝塚市の要請で歯科医院を移すことにしたためだった。

 武夫さんは校長を退き、野菜や米を作る晴耕雨読の生活。聡さんが歯科大に入学すると、入れ歯を作ってもらうことを楽しみにしていた。ところが、聡さんが大学5年生の時、病気で他界した。

 「入れ歯を作ってあげられなかったことが今も心残り」と聡さん。すき焼きを食べるたびに、鍋を前にした武夫さんの威厳と、優しい笑顔が今もよみがえるという。(佐藤昭仁)

■レシピ

 【材料】(4人分)

 牛薄切り(すき焼き用)400グラム、長ネギ3本、タマネギ1個、ニンジン半本、糸コンニャク1袋、焼き豆腐1丁、エノキダケ1袋、生シイタケ4枚、春菊1束、水菜適宜、牛脂適宜、卵4個

 【作り方】

 (1)牛肉は長さを半分に切る。タマネギは1センチ厚さの半月切り、長ネギは斜め切り、ニンジンは薄い輪切りにする。エノキダケは根元を切ってほぐし、生シイタケは軸をとり、飾り切りをする。糸コンニャクはさっとゆでて7〜8センチ長さに切る。豆腐は半分に切り1.5センチ幅に切る。春菊は長さを半分に、水菜は7〜8センチ長さに切る。

 (2)すき焼き鍋を熱し、牛脂をなじませる。牛肉を焼き、香ばしく焼けたら、砂糖大さじ2をふりかけ、しばらくして、しょうゆ大さじ6を入れる。タマネギを入れ、水分がでてきたら、残りの具を加えて煮る。

 (3)溶き卵をつけて食べる。

〈プロの一言〉肉や材料煮すぎずに

 すき焼きは、砂糖やしょうゆを合わせた割り下を使う関東風と、砂糖としょうゆをじかに加える関西風の作り方があります。味が決まった割り下に比べ、関西風は手軽なようで、味付けが案外難しいです。その点、砂糖1にしょうゆ3と割合が決まっていると、わかりやすいですね。

 すき焼きは焼くように煮るのがコツです。肉は煮過ぎると硬くなり、汁にうまみが逃げてしまいます。野菜や豆腐から出る水分だけで煮るこの関西流は、肉をおいしく食べるよい方法ですね。割り下だとかなり煮詰まらないと肉に濃い味がつきませんが、関西流だと、肉に濃厚な味がつきます。

 材料はすぐに火が通るように、薄く切っておきましょう。

 (料理研究家・渡辺あきこ)