更新日記&徒然草。 →トップページはこちら
■6/13(金)「チョムスキー9.11」。
「カトリック映画賞」というのがあるらしい。過去の授賞作品をみてみると「阿賀に生きる」だったり「地球交響曲」だったり「GO」だったりよく分からないのだが、今年の授賞作はジャン・ユンカーマン監督「チョムスキー9.11」。お仕事の関連があったのと、かねてより見たい映画だったのでフイルムで見られる貴重なチャンスということで出かけた。米国各地での講演映像に加えてオリジナルインタビュー映像をさしはさみながら、"反骨の知識人"ノーム・チョムスキーの語る姿をずっと追い続ける映画。「なぜ米国だけを悪者にするのか?」と聞かれると「たまたま現在世界最強の国だから、米国が最も"悪い"のだ」と語るチョムスキーにとっては、覇権国家は基本的にどいつもこいつも同じような連中である。ドイツも、アフガン人に毒ガスを使ったイギリスも、大陸で中国人を殺しまくった日本もだ。「ブッシュの大好きな聖書に書いてある事を引用すれば、他者に対して適用する基準を自分についてだけは適用しない人間のことを偽善者と言う」実に明快である。これを言ってしまえば世の中の政治活動や経済活動はおおむね偽善の産物ということになるが、こういう、ちょっと考えると暗澹となるような主張をギャグを交えながら平然と言い放ち、「でも世の中は基本的によくなってるよ。私も講演できるようになったし」と笑みをたたえる。この男・・。チョムスキーの本は今刷られまくっており、オレも3冊ほど持っていたりするから映画の中の主張は目新しいものではないのだが、この主張を73歳のこのご老体がこの顔で話している、というその現場を映画として見られるのは重要なことだ。この映画を見たらチョムスキーの人物が好きになり、また彼のちょっと過激な主張について別の角度で考えるきっかけにもなるだろう。世の中マトモなことを言う奴が一番過激だって話もあるしね。
上映の後は監督の講演+質議応答。「この映画では音楽が忌野清志郎さんなのですが、なんでジョン・レノンの"イマジン"じゃないんですか」なんでイマジンじゃないんですかという質問もすごいなぁ・・「いや、実はアテてみたんですけどね。ハマりすぎで・・。まぁ海外で上映すると一番批判されるのが音楽なんですが、なんせ日本映画ですからこれでイイと思ってます」ってな話が面白かった。あ、てっきりフイルム上映だと思ってたのに会場に行ってみるとDVDだった!口惜しい〜。
■6/12(木)「ある日どこかで」(ネタバレ的なものあり)。
NHK-BS2でヤノット・シュワルツ監督「ある日どこかで」見る。職場の年輩の方にすすめられるまでこの映画のことは全く知らなかったのだが、恋愛ファンタジー映画におけるカルトムービーのようで、こんなホームページもある。青春の時に現れた美しい老婆と、「帰ってきて」と言う彼女から託された時計。劇作家として大成した男はグランド・ホテルに滞在中、かつての老婆が若かりし頃の写真を発見し、彼女に会いたいと願う。大学時代の哲学の先生から「自分の身の回りのモノを完全に目的の時代にあわせ、精神的にも完全に"その気"になったら、時を超えることもできる」というけっこうムチャなアドバイスを決行しようとする。そして彼は時間を超え・・という、なんだかジャック・フィニィかなんかみたいな話だなと思ったら、リチャード・マシスン原作・脚本の映画らしい。今回調べてみると「トワイライトゾーン」とかは有名なお仕事だが「激突!」の原作もマシスンなんですね〜。けっこうカルト・ファン多いのでは。写真のシーンとラスト・シーンが素晴らしかった。「タイタニック」のラストで今思うと不覚ながら号泣してしまった自分だが、原形はまさにコレですな。マンキーウィッツの「幽霊と貴婦人」とかも似た感じだったような気はするが・・。
■6/9(月)「地獄甲子園」+「ラーメンバカ一代」「めぐりあう時間たち」。
送ってもらった試写状で山口雄大監督「地獄甲子園」見る。映画化不可能といわれた漫☆画太郎の原作を初の映画化・・というが漫☆画太郎の映画化は不可能というより無意味というのが近いのではなかろうか。実際最大の見どころは野球ではなく(つーか野球してねえ)漫☆画太郎マンガの定番ともいえる異常に強いババアと坂口拓との超絶カンフー決戦である。しかし併映短編「ラーメンバカ一代」は見事に漫☆画太郎していた!こちらは一見の価値あり。
にしても「地獄甲子園」の脚本協力:石井輝男とは一体どこの部分だったのか・・とか思いながら新宿ピカデリーでスティーブン・ダルドリー監督「めぐりあう時間たち」を見る。石井輝男はかつて「映画三本分の脚本を一本にまとめることによって見せ場だらけの映画を作れる」という脚本の秘訣を披露していたが、それを生かして作られた・・って違うよ!3つの時代における3人の女性たちが、それぞれに変奏しながらも一つの物語を生きてしまうという筋、と一文にまとめるならばそうなるだろう。3人の女性の間の不可思議な繋がりを描くあたりがこの映画の実にうまい所で、大いに感心&感動します。3人の演技の中ではやはりジュリアン・ムーアが印象深いが、クライマックスのメリル・ストリープのまなざしにも惹かれる。しかし発見はニコール・キッドマンで、何が発見だったのかと臆面もなくハッキリ言えば、つけ鼻をつけている顔の方がオレ的に好みなのであった!公式サイトはドメイン名が最低だが(誰が決めたんだ、「時間たちドットコム」って)、この手の映画には珍しく壁紙ダウンロードができる。早速会社のPCはつけ鼻のニコールにしようと決断。
フィリップ・グラスの音楽はサントラ単体で聴くと「過去作の使いまわしかなァ」などと失礼なことを思ってしまうのだが、映画の中で鳴っていると素晴らしい。しかしやっぱりサントラは初見後に聴くべきだなぁ。どうしても耳に覚えのある音楽が気についてしまう。
あと、やはりこの映画を見ると「ダロウェイ夫人」が読みたくなるところだと思うが、中野の本屋にはまったく特集されていない!オレの記憶は不確かながらたしか文庫化はされていたと思われるのに、まったく平積みもされていやしない。これは問題ではなかろうか?
新宿の紀伊国屋書店で、「私説東京繁昌記」のつながりで小林信彦「私説東京放浪記」、それから前掲書で触れていた小林秀雄の「故郷を失った文学」が収録されている岩波文庫版「小林秀雄初期文芸評論集」を求める。
中野駅北のフレッシュネスバーガーでコーヒーを飲みながら、宮本輝の「道頓堀川」を読了。映画は相当に脚色してあったんですな。映画を見て感心したところとオイオイと思ったところ、例えば渡瀬恒彦の玉突きが重度のヤク中で、突く前に便所で注射し、鏡に向かって自分の下目蓋をひっぱり下げて凝視するシーンなどの凄みは原作には全くなく、また一方で映画のそりゃないでしょと思わせるラストも原作にはなかった。深作の映画は原作よりも過剰な面をもちまた一方底抜けではあったのだが、その両者の中間部分で振り切れない曖昧さの中に縮こまっている感を原作小説には持ってしまった。「私説東京放浪記」も少し読む。「〜繁昌記」は1980年代前半に書かれたものであったが、こちらは10年を経てバブル後の東京という時間の中で書かれたもの。
最近の自分は、鹿島茂「平成ジャングル探検」から始まった、東京の盛り場の来歴的なテーマに妙に取り憑かれている。李小牧「歌舞伎町案内人」では、歌舞伎町でヤクザや大陸マフィアの間をガイド稼業で巧妙に生き抜く筆者が、高田馬場から中野のマンションに越したというくだりで、自分の住む町の一つの側面を見た思いを抱いたりもした。宮本輝に大して興味がないにも関わらず「道頓堀川」に惹かれるのも、この盛り場の空気〜精神的なものに興味があるからかも知れない。しかし宮本輝の小説には空気が感じられない。深作の映画にはあると感じられる。やり過ぎではあるが。
■6/7(土)「私説東京繁昌記」/「犬神家の一族」。
昼食に中野駅北口のデルソルでランチ。サラダとコーヒーが付いてペペロンチーノ690円は安い。味で選ぶなら南口のパスタキッチンでもいいが、ここは店の雰囲気がさらに好ましい。小林信彦の「私説東京繁昌記」を読む。1980年代前半に書かれた文章で、その時点での「現在」はさらに2003年の現在から考えると隔世の感がある。しかも小林信彦は80年代前半の時点で「今の東京」を耐え難いと感じ、新しく造られる東京を呪詛している。「六本木ヒルズ」なんかどう思っていらっしゃるのやら・・。最近飲みながら友人に「偏屈だよね」と指摘され、その図星度に大いに悶えた自分だが、ハッキリ言ってオレなぞは甘っちょろいもはなはだしく、本当の「偏屈」とはこういう己の背骨を決して曲げない人のことを言うのである。かくのごとく偏屈でありたい・・。ホメた言い方で言うならば「反骨」ということになろう。なれないが。その小林信彦氏は遥かに偏屈/反骨の先輩として永井荷風をみているようである。
そもそもこの本が気になったのはつい先頃急逝した安原顕著「決定版「編集者」の仕事」の133P以降に採録されている、雑誌連載時の思い出を綴った小林信彦のエッセイを読んだためだ。もし手近の書店にあれば、立ち読みでも何でも一読してみてほしい。絶対に「私説東京繁昌記」が読みたくなることと思う。ちなみに「編集者の仕事」もエディターのためのガイドという体裁を大きく超越し、一つの文化的同時代の記録として貴重な一冊だと思われる。前もプッシュしたと思うが、2,100円という値段は破格というべきである。こちらも必携。
夜、衛星劇場で市川昆監督「犬神家の一族」をやっていたので見る。(実はちゃんと見たことなかった)暑いのでトランクス一丁で見ていたが、例の湖水から足ニ本出てるシーンでは思わずベッドの上でマネしてしまった。
| ↓つまりこういう行為だ |
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映画?ああ〜。あおい輝彦の演技なんとかしてくれ。
■6/2(月)「道頓堀川」「8Mile」そして!「エロ将軍と二十一人の愛妾」。
洗濯物たたみながらWOWOWつけると、深作欣二監督作「道頓堀川」をやっている。いやーこれは名画ですな、名画。オールスターキャストだし、名画をバカにしちゃいかん・・などと思いつつ多少クサいところもまた愛嬌とばかりにセットに再現された昭和の歓楽街風景を楽しんでいたのだが、映画はそのような一観客の気分に対して気配りすることもなく、ラストあたりで段々おかしな具合になってくる。賭けビリヤードの金につまった山崎努演じるハスラーが、妻を騙して体を売らせている間、編み上げの長いマフラーを風になびかせながら待っている・・と駆け足で出てきた妻が「このろくでなし!これが欲しいのか!」と札ビラを投げ付け、泣きながら駆け去るのだが、山崎努は妻を追い掛けようともせず、風に飛び散ろうとするその札ビラをいそいそと拾い集める。その姿までは素晴らしいが、その一瞬後に「アアッ!」ととってつけたような叫び声があがり、ふと観てみると先ほど駆け去った妻がトラックに轢かれ、血まみれでこちらに死んだ眼を向けているのだがそこに急速な深作的クローズアップ!何なんだこの唐突なショック描写は!!と混乱していると、その後のさらに輪をかけて唐突な主人公の巻き添え刺殺・・。だってどう考えてもこの映画の中で一番傍観者だったのはコイツじゃねーか!なんでいきなり一番割り食ってんの?佐藤浩市が死ぬところじゃねーのかココは!?無理やり結末をつけたとしか思えない。実に納得のいかないラストに、それまでの語り口の絶妙な名画イメージが吹き飛んだ自分でありました。でもけっこう面白かった。ヘンだけど名画ですよ。松竹だしな。
最近休日における自分の怠惰ぶりに驚く事が多いが、時間がたっぷりあったにも関わらず坂口安吾全集04とかダラダラ読んでたおかげで(いや「二十七歳」はまさに今のオレにとって福音書的文学作品ですな・・などと思いつつ)、「めぐりあう時間たち」の最終回に間に合わない時間になってしまった。そんなんで結局昨日券買ったカーティス・ハンソン監督「8Mile」を見る。エミネム本人には全く興味ない人は見ちゃいかんのであろう映画でしたな・・。とりあえず一週間後も覚えていそうなシーンは、エミネム働く板金プレス工場に昼休みにフラッと現れたブリタニー・マーフィー(めっちゃかわいいです)。エミネム「今夜どこか行かないか」「今行きましょうよ」と連れ立った二人がプレス用の板金置き場でセックスするシーン、これ一つでありました・・。あとはまあ何かデトロイトの街ってすげーきったねえのな、と妙に感心したくらいか。とりあえず映画の中で描かれる悪という悪事についてはエミネム本人は完全に傍観者であり、まともなことしかやってないのが「?」という感じだ。いや、実際彼の半生はそうだったのかも知れんし、悪人として描いては一般観客の支持を得られないということもあろう。しかしソレだったらマトモに地道に働いてる奴の方がエラかねえか?一貧乏白人が、泥をすすってでも這いあがるというドラマを見たかったなぁ・・。勝手な幻想でしたかね。蔦屋で安かったんでサントラは買ってみたが。
そういえば、蔦屋に寄ったのはそもそも伊藤俊也監督の「女囚さそり」シリーズ未見作を見ようと思ってのことだったのだが、伊藤監督さそりシリーズは全て貸し出し中なのだった!さそりは不滅なんスね〜。さそり見たいなと思ったのはこないだ衛星劇場で長谷部安春監督「女番長 野良猫ロック」を見たがゆえで、この映画がまた和田アキ子はどーでもよくて(と言うかアッコ演技してねえ)、何と言っても梶芽衣子の映画だったのである。やっぱ梶イイな〜、これは「けもの部屋」だけでなくシリーズ全作見るしかねえ!と思い立ったが故であった。それなので長谷部監督作「701号恨み節」を借りてもよかったのかもしれないが、なんの気なしに見た鈴木則文監督作コーナーで燃えた!何といつのまにやら鈴木則文の傑作と誉れ高い「エロ将軍と二十一人の愛妾」がビデオレンタルされてるじゃねーの!!コイツはまったく不勉強でしたよ。見たいが見れなかった未見作のベスト10には入る映画だったため、迷わずレジに。で見ましたけど、実にアナーキーな映画でありました。個人的にやっぱり来たなぁと思ったのは杉本美樹ですね。この人、今デビューしても絶対にイケると思うのはオレだけかな?特に唇まわりの超チャーミングさはジーナ・ガーションに匹敵するとはばかりながら愚考致す次第。そして東映映画のギャグ特攻隊とも言うべき由利徹。どういうわけか清国大使・毛沢山(もうたくさん)という訳の分からぬ役に扮し、イカしたインチキ日本語を駆使しながらエロ将軍と外人愛妾とのエッチを同時通訳するシーンは忘れ難い。なのに映画の内容は権力批判。この映画については「東映ピンキー・バイオレンス浪漫アルバム」にあった岡田茂撮影所所長の命名エピソードが忘れ難い。当初「将軍と二十一人の愛妾」であったタイトルを、「将軍と二十一人の愛妾で、どうして客が入るんか。エロがあるから来るんじゃ」と言って変えさせた云々。(この本は他にも鈴木則文インタビューなど貴重な証言に溢れており、必携の書物と言える)こういうハレンチなまでの興行感覚というものが今の日本映画、いやさ世界中の映画から絶滅していることこそ、現在の世界映画における全面的ED状況の一因ではなかろうか・・などとキチガイじみたコメントはさておき、「エロ将軍と二十一人の愛妾」は切り刻まれた葵の御紋をバックに行われる林信一郎と池令子のセックスシーンに尽きる!なんか今日はセックスばかり評価している気がするが、別に欲求不満とかじゃありませんよ。
■6/1(日)「サラマンダー」←ぬるい。
「8Mile」でも見ようかと前売券買ってコマ劇前に行ってみると大行列。なんと今日は映画サービスデーで1,000円均一だった!就職してこっち滅多に映画サービスデーを利用していなかったので、いつのまにか毎月1日が1,000円均一になっていたということも、情報としては知りつつ行動判断の場面でまったく想起されることのない死んだ情報となり果てていたのである。んで、前売との差額がもったいねえなぁ、それに行列に並ぶのもしゃくに触るなぁ、大体エミネム聴いた事ねえし。ということでロブ・ボウマン監督「サラマンダー」見る。ところがこれがまた何ともヌルい映画でした。予想外にイザベル・スコルプコが出てきたのがよかった。しかも美人戦闘ヘリパイロットという妙にオタク萌えなキャラ設定。まぁこの人、演技がどーこーってのは全く関係ないんですが。
会社の後輩がやってるバンドのライブを高円寺に見に行く。いやー鼓膜がヘコみました。最初から入ったら、目的のバンドが一番最後だと発覚。途中にはどうかと思う音楽もあったが、奴のバンド含め3つはイイのがあったのでヨシ。次やる時はまたチケットまわしてもらおうかな〜などと思いました。(←払え。)
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