更新日記&徒然草。→トップページはこちら
■12/31(日)
 大掃除。家中のガラス拭きを担当。MDでライヒやウォルトンなど聞きつつ単調作業に従事。ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などよりはやはりライヒの「ドラミング」や「6 pianos」がダンゼンにこういう作業には合う。ドラミングのポコポコいう音を延々聞きながら格子窓をヒトツヒトツ拭いていると、キモチ良くすらなります(ヤバイ?)。
 夜は紅白も見ずにマイカルレイト。ロバート・ゼメキスの「ホワット・ライズ・ビニース」である。母と一緒に行く。いやーヒチコック風「東海道四谷怪談」といった感じで、なかなか楽しい。ハリソン・フォードがもうちょっと、こう‥‥という気がするが。年越しイベントでジャンケン大会などありそっちにも惹かれたが徒歩で帰宅、「ゆく年くる年」で新年/新世紀を迎える。
■12/30(土)
 西山町にある父の実家へ正月支度に行く。仏具にミガキをかけ、神棚のホコリを落としシメ縄取り替え‥‥ああ多宗教。帰宅後、明訓高校文芸部のOB会飲みに出席。近況報告がツラいため、ベッド破壊談を語りお茶を濁す手に。
■12/29(金)
 これは実際には1/8に書いている日記。ざっとさらっていこう。この日はバス夜行便が早朝に新潟に到着。こちらではついぞ見ることのなかった雪が一面に積もっている光景に感動。シベリウスの交響曲が似合う雪原が見渡す限りつづく。もっとも雪の下はフィンランドの原野ではなく凍りついた水田だが。
 家から歩いて5分ほどの位置にマイカルサティが秋頃竣工しており、もちろんワーナーマイカルシネマズも入っている。ワーナーマイカル新潟は板橋よりは4スクリーンほど少ない9スクリーン。しかしレイトの割引は一緒だ。さっそくレイトでディズニーのフルCGアニメ「ダイナソー」を見る。・・・・フツー。
■12/28(木)
 今日より里帰りということで新潟へ。年明け1/8までは更新せず。フトTVつけてみると、テレ東でオレ的ベスト映画のひとつ、J・リー・トンプソンの「ナバロンの要塞」をやっている。このまま見ていたいが、バスに乗り遅れるので途中で出ねば。20世紀ラストの「20世紀名作シネマ」でこの一本とは、わかってるセレクト。正しい。
■12/26(月)
 数日前に「ウェブ・ユーザビリティ」という本を買ったと書いたが、ウェブよりももっとユーザビリティを考えて欲しいものがある。缶入りコーンスープだ。
 この冬はじめて久々に飲んだのだが、一体とうもろこしをスムーズに飲めるようになるまで何年待たせる気だ!?缶入りコーンスープが登場しはじめたのが何年のことかは知らないが、もう10年くらいはたってるだろう。それなのに相変わらず、入っているコーンの約三分の一は汁を飲み干してしまった後に飲み口を口に吸い付けて缶のケツをたたきまくり、かろうじて一粒ずつ吸い込んで食べねばならない、という屈辱的状況がつづいている。このコーンを吸い取る作業をしていると、しまいには最初に汁を飲んでいた時のホカホカ感、満足感がどっかにスッ飛んでしまい、逆にえらい苦労して一粒を食らおうとしている自分のセコい生き方を反省してしまったり、それ以前にこんな作業に没頭している自分がどう映っていることだろうかとやたら人の眼を気にしてしまったりして、飲む前よりも寒々しい気持ちに陥ってしまうのだ。そして飲むたびに「もう缶入りコーンスープなんか飲まない!」と思ったり、あるいはより楽に具を食べきることができる缶入りオニオンスープに流れたりしてしまうのだ。どう考えても食料品分野でもっともユーザビリティの軽視された食品のひとつであることは間違いない。クノール、ポッカはじめ各社には真剣かつ迅速な対応を望みたい。我々にコーンスープの最後の一粒を!(ラスト一粒で諦めるんだよね)
 で、ビデオを実は明後日までに全部見なければならぬことに気づき、三池崇史監督「新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争」を見る。黒社会モノの中では「日本黒社会」に次ぐデキかと。リリックなシーンよりも笑える部分の方が多い。いきなり生首ちょんぎれ死体登場をはじめ、出血も多いが。もうそろそろ血はいいや。明日は出血からおサラバしてロバート・マリガンの「アラバマ物語」を見ようと思う。あとは山本貴嗣作画によるマンガ版「不夜城」など読む。やっぱ山本貴嗣、ウマい。ウマすぎる。
■12/24(日)
 ついにこの日、ベッドが届く。これで屈曲した姿勢で寝ることもない。バンバンザイ。早速寝心地をためしてからバイトへ出る。たまっていた仕事を片づけて会社を出るとはや10時。街には愛をはぐくむ男女がはびこっている。そんな夜の独りをステキに演出すべく、新宿に出て蔦屋でビデオを借りる。工藤栄一監督「大殺陣」と三池崇史監督「新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争」。帰路のセブンイレブンで、なぜかサンタの格好をさせられた店員からビールを一缶買い、飲みながら「大殺陣」見る。ひさびさに画面のギラギラしたモノクロ映画を見た!キョーレツながらストーリーは八方破れ。「こんな世の中が子供の代、孫の代まで続く!やりきれん、まったくやりきれん!」という「十一人の侍」でも聞いたセリフが登場、とにかく工藤時代劇はこの時代を超えた怒りの一言に集約されるようだ。で、映画そのものは侍がドブ川には飛び込む、田畑は駆けずり回る、泥だらけ、血だらけになって刀を振り回しまくり、ギエーとかキエーとか叫びながら人を斬りまくるという、素晴らしい内容であった。とにかくラストばかりが記憶に残りそうではあるが。
■12/22(金)
 ワーナー板橋レイトで「コヨーテ・アグリー」見る。ジョン・グッドマンがあいかわらずのデブ・コメ(造語)俳優っぷりを発揮しており微笑ましいが、映画はいかにもザツ〜な一品。始終困り顔の主演女優パイパー・ペラーポも魅力に欠けるのだが、「フラッシュダンス」のブラッカイマー制作!とかウリにしているにも関わらず、ダンス見てても一向にコーフンさせられないのが最大の難か。「チャーリーズ・エンジェル」は細かい遊びがいっぱいあって楽しかったんだがナァ‥‥。しかし、上映途中で二分ほど音声が寸断されたために、上映後にタダ券が配られ、トクした感じ。すげえフォローのきめ細かさである。シネコン万歳。
 しかし映画は非常に食い足りなかったので帰りに工藤栄一監督「十一人の侍」をヴィデオレンタルする。集団暗殺もの時代劇で、別に「七人の侍」のパロディではない。「十一人の刺客」と言い換えても良い。冒頭に出てくる人間の屑的バカ殿の傍若無人っぷりの描写が、白土三平マンガに出てくる武士なみに容赦ない。特筆すべきは突如登場する西村晃のサムライのカッコ良さ。悪役なり小物なり百姓の幽霊(笑)なりの役で登場する姿は何度も見たことがあるが、「身のこなしの軽い切れ者」って役で見るのは初めて。和製ティム・ロス(笑)。とても二代目黄門とは思えねえ。必見!(西村ファンは。)
■12/19(火)
 魚喃キリコ「blue」読む。まちがいなく、今年読んだ漫画の中で一番の感動作。作者の故郷(であろう)新潟市が舞台である。新潟の海岸は坂口安吾の小説と魚喃キリコの「blue」を生んだわけだ。偉い。
■12/18(月)
 シネ・ラ・セットでイム・グォンテク監督「春香伝」見る。八重洲ブックセンターなどをひやかしてみると、藤原書店のバルザック・セレクションの新刊が出ている。なんと、飯島耕一訳「娼婦の栄光と悲惨〜悪党ヴォートラン最後の変身」上下巻が一挙刊行されているではないか!こないだ「幻滅」の下巻が出たばかりだというのに、すごいハイペース。年末に勝負に出たか。食指動きまくるが、まだ「幻滅」再読も終わってないということもあり、わきあがる衝動を押しとどめる。
 新宿の紀伊国屋で大泉実成「消えたマンガ家 ダウナー編」(新潮OH!文庫)を買う。このOH!文庫って一体何なんだ。新潮の文庫ラインにはこれまで信頼を置いてきたオレだが、このOH!文庫ってパッケージングには意味不明さしか感じない。本の内容は素晴らしいが、フツウに新潮文庫でよかろうがと思う。要するにコンビニに置きたいって事っスかね。
 中野に戻って北口のヴェローチェで「ちばあきお」「山田花子」の章を読む。そんな時に隣の席に座ってきた若い男女の会話。
 「わあ、ワインだ。これ、くれるんですか?」
 「79年ものだよ」
 「すっごい、山田さん、1979年って何があったか知ってますか?」
 「誕生日‥‥というか、生まれた年でしょ」
 「めっちゃすごくないですか。いやぁ、すごい。受け取ったら悪いですよ」
 「そんな、ダイヤモンドじゃないんだから」
 「いや、ダイヤモンドだぁ」
 がんばったな、山田くん。見れば彼女、激マブではないか。
 うらやましい話よ‥‥などと思いながらヴェローチェを後にする。79年ものワインを用意しながらも、それを渡す席のセッティングはコーヒー一杯150円のヴェローチェというのは手落ちなんじゃないのか、とも思いつつ。
 ブック・オフに立ち寄り、岡崎京子「ジオラマボーイ パノラマガール」、ラッセル・バンクス「サクセス・ストーリーズ」(この二冊は100円だった)、魚喃キリコの「blue」、上野昂志の「肉体の時代〜体験的60年代文化論」など衝動的に買ってしまう。内容に比してかなりのお値打ちな買い物だったが、これだったらバルザック買ってもよかったな、などと、たわいない反省をしてしまう。
■12/17(日)
 この日は、渋谷で駒形どぜうに行く会。ぽっぽ&Hさんと昼間から日が落ちるまで渋谷をうろつく。ブックファーストでヤコブ・ニールセン著「ウェブ・ユーザビリティ」を買う。読むうち、今バイトの身分でWeb管理をしているHPが、いかにユーザ軽視なひどいページかと身にしみてしまう一冊なのだった。
 ブックファーストから出て、ル・シネマでチャン・イーモウ監督の「初恋のきた道」を三人して見る。チャン・ツィイーの魅力が爆発した佳編だが、感動したのはオレ1人だったらしい。東急から裏道へまわって駒形どぜう渋谷店へ。定番のどじょう鍋に舌鼓をうった後、すぐ近くの「北の家族」へ。それにしても、若い者は酒が好きだのう。
■12/16(土)
 映画サイト""NEVERLAND"のオフ会に出席。以前からお会いしたかったとある人に対面できた‥‥はいいが、いざお会いしてみると緊張してしまい、話したかったトピックが全部頭から飛んでしまう。なんて役立たずな自分。
■12/15(金)
 書いてなかったが、この日、ワーナーマイカル・板橋レイトで「チャーリーズ・エンジェル」(McG監督)見る。いや、もう、最高ッス。マジDVD欲しい。
■12/14(木)
 会社の昼休み時間を利用して、近所のホームセンターでベッドを買う。昨夜本格的にブッ壊れたオレの折り畳みベッドは、折り畳める二つのパーツが完全に離ればなれになり、横たわる身体の真ん中の部分に致命的な断層が発生している。この断層の上に仰向けに寝ると段差に当たって脊椎を痛めてしまいそうなので、やむを得ず断層に合わせる形でうつぶせに体を折り曲げて寝なければならない。なんでこんな人間階段みたいな格好で寝なきゃならんのだ、という思いで満たされ、寝付くこともできぬ。
 だがやっとベッドを購入した今、オレの安眠は約束されたよーなモン‥‥と思っていたが、配送は12/24が一番早いという。そんな先まであの断層の悪夢と付き合わされるのか、と思いつつ、とにかくじゃあ24日に届けてくれと急いて頼むオレ。24日という日付に対して何か女子店員が申し訳なさそうなのだが、全然頓着せず打ち合わせる。その日に配達の予定が入っても何の問題もない自分の境遇ってのに気づいたのは店を出た後であった。まあオレにとって今年のイヴはサンタさんが安眠を届けてくれる日なんだと思えば、クリスマスのイベント性の一端には参加してることになるだろう。
 それにつけても、「クリスマス準備って、恋をすることなんだ。」という西武百貨店のコピーは万死に値すると思う。
 帰宅してビデオでビリー・ワイルダー監督「アパートの鍵貸します」を見た(のは確かこの日だった)。
■12/12(火)
 大江戸線開通日。バイトから上がって、久保氏とともに大江戸線で上野へ出、上野文化会館で催される武蔵野合唱団の定期演奏会へ。小林研一郎指揮、ハンガリー国立フィルによるヴェルディ「レクイエム」である。
 しかしかねてよりの風邪症状と一日の仕事の疲労から、モーローとしてしまう。失策であった。以前ヴェル・レクを聴いた時は小林/日フィルというコンビだったはずだが、ソプラノ・ソロの菅英美子が素晴らしかったためか、席が最前列で汗まで飛んできそうだったためか、圧倒的な感激があったが、今回はいまいち来るものがなかった。とはいえモーローとしながらの感想なのでそのへん差し引いといて下さい。
■12/11(月)
 篠田節子「女たちのジハード」読了する。逢坂みえこの「ベル・エポック」といい、オレけっこうこのジャンルの話って、好きなんだなあと再確認。まあ意地悪くとれば予定調和的な小説なのかもしれないけれども、どきどきしながら読めるし、うまい。途中でピンとこない固有名詞なんかが出てきたりする(キャラのニックネームなど)から、意外とこの小説に出てくるようなOL自身にはウケが悪かったりするんじゃないかなという気もするが。小説に共感できるかどうかってのは、キャラのかき分けの巧さとかとは別問題なことが多いだろうからなぁ。
 次の一冊はバルザックの「幻滅」でいこうとも思うが、なぜか久々にスタンダールの「パルムの僧院」を手にとってしまう。読むのは六年ぶりくらいのはずだが、初読時とはノリがまったく違う。すごく面白い上にサクサク読める。ホントに古典なのか?という気さえするほどだ。
■12/10(日)
 ようやく休日。渋谷で映画を見倒そうと、まずユーロスペースで増村保造レトロスペクティヴ・「やくざ絶唱」を見る。続けてル・シネマに移動して「初恋のきた道」を見ようとするが、行ってみると「満席」ゆえ追い返される。これだったらユーロスペースに止まって「セックス・チェック 第二の性」見りゃよかったじゃねえか。憤懣やるかたなし。空いた時間をセガフレードでカプチーノ飲みながら読書に費やし、シネセゾン渋谷に移動してレイトショーのデジタル・アニメ、北久保浩之監督「BLOOD the last vanpire」を見る。映像はスゴイ、スゴすぎるほどだが、あまりに短いぞ。寺田克也の動画を見た、って印象プラスαという程度なのであった。
■12/8(金)
 長澤均「パスト・フューチュラマ」読了する。後になにか残るというのでもないが、読んでる間はめっぽう面白い現代文化エッセイ集。海野弘みたいな感じ、っつったらサックリ分けすぎか。こういうのって、スノッブ系エンタテインメント本とでもいうべきか。そう表現するとイヤミな感じだが、内容はなかなか面白い本なのであった。
 魚喃キリコのマンガ「痛々しいラヴ」も。なるほど、これはセツネーって言うより、イタイ。「ハルチン」が良くて読んでみた魚喃だが、N氏の話によればアレ以外はみんな「チクリ」と来る系だよとのこと。しかし、これはこれで結構ハマりそうだ。他のも読もう。
■12/4(月)
 ビデオでジョン・フォード監督「怒りの葡萄」を見る。「果てなき船路」とか「ハリケーン」とか、フォードの現代劇ってホントに仮借ないよね。「わが谷は緑なりき」なんかのノスタルジックさはかなり例外的なんじゃないのか。傑作だということは語り尽くされているんだけど、とにかく、ほとんどオブジェじゃねーのか?とすら思えるジョン・キャラダインの顔の形が全てを語り尽くしている(ウソ)。つーか、花王のマークの元祖って実はお前だろ。
 ところで、ミッカー嬢の経営する映画裁判ショーにここんとこ書き込みをしていた。裁判の俎上に載せられているのはスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」である。ま、こんな退屈な映画にするんだったら映画化すんなよ、とはスティーブン・キングのファンなら誰しも思うこと。裁判に訴えてやりたくなるファン心理はわからんではない。この映画の製作による映画文法の進歩けっこう、驚異的な美術けっこう、それらをひたすら肯定しても、とにかくノリの悪い映画であることは疑いの余地ない。"時代の徒花"的実験映画である。
 んで、この映画裁判ショーというのは「こんな映画はチマツリだぁー」と正面切って言ってしまうと色々ヤジも飛ぶし、そのヤジにいちいち反論しているうちに映画に対する怒りが発言者への私怨にすりかわったりして収拾がつかなくなるという、「駄作か傑作か」論争にありがちなクライシスを避けるべく、サイト管理者とその規定した法廷的規則に議論のレールを敷いてもらうという仕組み。秩序ある中でかしこまったツラしつつも駄作を叩きまくるという楽しい企画なのだが、いつのまにか自分の考える法廷規則を勝手に加えて議論に参入してきてしまう「俺が法律」キャラ、あからさまにその場の議論のノリを見ないで独自のノリを振りかざすデンジャーなキャラなどが続出し、なかなか大変な状況になっている。ネット上の議論って、どうしたってこういうキャラが出てきちまうモンらしい。自分の発言の価値は管理者が判断するってことが前提なのがあきらかな企画にして、これだ。BBSなんかで「議論はしたくないから‥‥」って言う人はよくいるけど、額面どおりに見ると「それでいいのか?」って思えてしまう発言なのだが、それもまた前述したような信じがたいキャラたちの襲撃を防ぐ防護策ということなのかも知れん。まあ、同時に建設的な議論の可能性もナッシングにしてしまうわけだけど。
■12/3(日)
 新宿伊勢丹美術館で、「マッキントッシュとグラスゴー・スタイル」展を見る。マッキントッシュという人物については椅子のデザイナーさんか何かかという程度の知識で行ったのだが、この展覧会には建築設計の図面をはじめとして、椅子やらテーブルやら照明器具やら、はてはテキスタイルに水彩画、ブックデザインまでが展示されている。およそ人が往来したり住まったりする空間のあらゆる分野に関わった人なのだということだろう。でも感動的なのはその多才さなのではなく、その分野すべてに通じているモダンさだ。彼の設計した建築物の透視図面などを見ると、空間設計ひとつとって驚くほどモダンなのである。現代でも通用するどころか、今や理想の彼方の雲間に消えた、「実在しない未来」の方向を向いている、とすら言える。フリッツ・ラング監督の「月世界の女」やらを見ていると、そこに出てくる建物のモダニズム的な空間に圧倒されるが、なるほど、その淵源はこういうあたりからなのかと感得。もう一つの見物は彼の周辺にいたグラスゴーの美術家たちの作品で、これが「グラスゴー・スタイル」というやつなのだが、マーガレットとフランシス・マクドナルドという姉妹画家の作品が素晴らしい。マーガレットの「夏」という石膏板に描かれた作品など、クリムトなんかより数段イイのではなかろうか。
 いやあ、イイもの見せていただいた、と非常に満足の思いで新宿を後にし、六本木へ。大学の体育の授業で一緒だった子が早大ミュージカル研究会に属しており、本公演をするのでとDMを送ってきたので見に行くのである。南北線で麻生十番の駅から5分ばかし歩いたところにある小さいビルの、階段で地下へ延々3階ぶんも降りたところに会場「アトリエフォンテーヌ」ってのがあるんだが、なんでこんなに地下深いところにあるのか謎。で、公演そのものは、ストーリーが感動的で良かった。周りじゃすすり泣きなんかも聞こえたりしておりました。ただ全部員を出演させるためなのか、ちょっとストーリー中に解決しきってない要素なんかもあるのが気にはなる。それにしてもみんな楽しそうでイイなぁ。人生に迷いを感じない時期ってやつなのかもなぁ‥‥ハッ羨望入ってしまった。遺憾。
 そして「ハンニバル」読破。なんか「羊たちの沈黙」に比べて読書の集中力が落ちた。やはりプロットの緊張感が緩んでいるのであろうか?レクター博士がルネサンス学者に変装するフィレンツェ編の魅力が名高い本作だが、オレとしては期待値にくらべて今ヒトツ。もちろんハリスの博学っぷりは凄いと思うんだけど‥‥単にフィレンツェという都に幻想抱きすぎなのか、オレは。
■12/1(金)
 シネマミラノにてチャン・ユニョン監督「カル」見る。映像センスが90年代と70年代を行ったり来たりするような、奇妙な鋭さとバタくささの共存が不可思議。音楽のせいかも知れないが‥‥。まぁ、これもまた韓国映画の魅力の一つと思っているので、実はけっこう好きだが。あいかわらず誠実ボクトツな男を絵に描いたようなハン・ソッキュが、謎の美女シム・ウナの美貌を巡って繰り広げられる血生臭い事件の数々と対決する。「『カル』の謎」なんて本が出るくらい、色々と仕掛けの多い映画なのだが、オレはこの夜二度も見たにも関わらず、後で真相を聞いて膝をたたいたくらいだから、かなり難解な映画なのであった。オレの解いた謎はシム・ウナは誰かにヒジョーに似ているのだが、実は名取裕子に似ていたのだってことくらいだ(笑)。シム・ウナは、すでに一部ボンクラな独身男性のアイドルと化しているようだが、それもうなずける雰囲気の持ち主である。特にこの映画の彼女は着ている服なんか見てると、かなりヤバい。いろんな意味で。この映画、血に弱い人はもちろんだが、清純さがウリのアイドルに弱い人なんかも、絶対見ないように
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