2007年08月11日(土曜日) ヤンゴンへ。


ミャンマー国鉄には、日本から中古車両が多数譲渡されていることは良く知られているが、実際にミャンマーに行ったという話はあまり聞かない。鉄道以前に、ミャンマーに行ったことのある人自体が数えるほどしかなく、筆者の知り合いでは1人だけしかいない。しかも、ミャンマーと言えば軍事政権の悪評ばかりが高く、旅行者がふらりと行くようなイメージではない。また、ミャンマーの鉄道は写真撮影禁止で、実際に警備が厳しくて無断撮影はかなり難しいとのこと。鉄道に関しても、どうも敷居が高い国なのである。

このお盆休みにミャンマーを訪れようと思った筆者は、昨年12月にヤンゴンまでの特典航空券を手配してある。成田〜バンコク〜ヤンゴン間をSQ・TG乗り継ぎで往復するスターアライアンス特典航空券で、往復ビジネスクラス利用で65,000マイル。お盆の最繁忙期に無料で乗れるのだから、まさにお値打ちな使い方と言えるだろう。そして、ミャンマーでの鉄道乗車・撮影に関しては、ヤンゴンにあるエージェント
サネイトラベルに問い合わせを行った。サネイさんでは、ホテルや自動車、通訳、撮影許可証、鉄道工場見学許可証など、ヤンゴンで必要なものをすべて一括して手配してくれるとのことで、次のような見積もりが返ってきた。

|○空港送迎
|8月11日 ヤンゴン空港/ホテル
|8月14日 ホテル/ヤンゴン空港

|○日程
|8月12日 ヤンゴン中央駅、インセイン工場及び環状線に乗り撮影
|8月13日 列車に乗りバゴーへ、バゴー観光
|     観光後専用車にてヤンゴンへ

|○ご料金(総額)
|セントラルホテル シングルUS$ 30x1部屋x3泊・・US$ 90.00
|撮影許可(2日間)     ・・・・・・・・・・・US$ 55.00
|専用車(ヤンゴン市内)  US$ 40x1日・・・・・ US$ 40.00
|専用車(バゴー)     US$ 55x1日・・・・・ US$ 55.00
|専用車(ヤンゴン空港送迎)US$ 15x2回・・・・・ US$ 30.00
|日本語ガイド       US$ 35x2日・・・・・ US$ 70.00

|*入場料、環状線乗りの列車代及びお食事代は別途になります。

3泊4日間の滞在費用は〆て340ドルとのことで、宿泊や自動車、撮影許可や通訳まで含めてこのお値段というのは、日本人からすれば破格の安さだろう。筆者は、ヤンゴンでの全てをサネイトラベルにお任せすることにした。



そんなわけで、昨年末から計画していたヤンゴン行き。いよいよ、本日9:25発のSQ631便で出発である。バンコクからはTG305便に乗り継ぎ、ヤンゴンへ。バンコクでは乗り継ぎ時間が4時間ほどあったが、街中に出るほどの時間でなくて中途半端。タイ航空のラウンジでインターネットが使え、日本語での読み書きもできたので暇は潰せたが…。ヤンゴン空港には19:11に着陸。日本と2時間30分の時差があるので、日本時間で言えば21:41である。入国審査を受けてから、サネイトラベルの西垣さんと落ち合う。西垣さんに旅行代金340ドルを渡してホテルクーポンや旅行資料を受け取ってから、運転手Sannyさんの車に乗り込む。Sannyさんには、これから4日間、ずっとお世話になることになる。



ヤンゴン中央駅近くにあるセントラルホテルまでは、ヤンゴン空港から車で40分ほどだった。ホテルにチェックインし、フロントでミャンマーの通貨・チャットに両替する。30ドルを換えて、35,000チャットだった。宿に荷物を置いてから、ホテル近くの「スーレー・バヤー」まで行ってみる。夜の街に金色の仏塔が輝いているのは、なかなか美しい光景であった。

2007年08月12日(日曜日) ヤンゴン鉄道体験記。




今日は、朝8時に通訳のKyawさんとホテルフロントで落ち合い、Sannyさんの車に乗り込んでヤンゴン中央駅へ向かった。駅へ向かう車の中で、Kyawさんと今日の日程を打ち合わせる。サネイさんは車と通訳、各種許可証の手配を行ってくれるだけで、具体的にどこで何をするとか、どこで何を食べるとかは筆者とKyawさんとの間で話して決めるシステム。合理的で、なおかつ自由が利くのはありがたい。筆者は、

・環状線には全線乗りたい
・日本から来た車両に乗ってみたい
・ミャンマー式カレーを味わいたい

との希望を伝える。INSEIN(インセイン)鉄道工場に行くことは決まっていたので、まずはヤンゴン中央駅から環状線の列車に乗り、インセイン駅で下車して鉄道工場を見学。次の列車で環状線の残り区間に乗車して、ヤンゴン中央駅に戻ってきてから食事。その後、日本から来た車両に乗るために、TOE GYAUNG KALAY(トウチャンカレー)まで往復するという大まかな日程が決まった。



ヤンゴン中央駅の環状線ホームにある乗車券売り場。



外国人の環状線運賃は1ドル。



これが外国人用乗車券。



こちらはKyawさんが買ったミャンマー人用の乗車券。ちなみに、ミャンマー人はわずか20チャット(約2円)とのこと。



8:20発の環状線外回り列車。これに乗車して、まずは鉄道工場があるインセインを目指す。



環状線の車内。木でできた座席は硬く、線路や車両の悪さから来る揺れとあいまって、乗り心地はかなり劣悪である。



ヤンゴン中央駅から55分、列車はインセイン駅に到着。



インセイン駅外観。



インセイン駅に掲示されていた環状線路線図。筆者は全く読めませんが…。



まずは、駅の西側にあるインセイン鉄道工場を見学。今日は日曜日ということで、工場内での作業は行われておらず、工場の案内人もなかなか現れずに30分ほど待たされた。ここを訪れるのなら平日にしたほうが良さそうだ。



工場見学の後は、インセイン駅東側にある気動車車両基地を訪れた。



元名鉄キハ25。この車両は現在走ることができないそうだ。なぜなら…



天然ガス車に改造したものの、エンジンの出力不足で走らなかったとのこと。車内には天然ガスのボンベが無造作に並んでいるが、もし改造に成功していたらこのまま営業する気だったのだろうか? 謎である。



こちらは元伊勢鉄道イセ4。VIP用車両として、いつでも走れるように整備されているとか。



車内もきれいに整備されているが、VIP車両であっても冷房は使えないそうだ。それでも、国鉄幹部の視察の際は「椅子のある車両を頼む」とご指名が入るほどの人気だとか。



車両基地の片隅で、雑草に覆われた車両を発見。



どうやらキハ58のようだが、屋根上の冷房装置は車両限界の関係で全て撤去されている模様。



車両の銘板もそのまま残っている。



車内には「キハ58 1046」のプレートも。



車内を見る限り、JR西日本時代と比べて手を加えられている様子はないようだ。



車両基地見学を終えてから、インセイン駅に戻って次の環状線列車を待つ。11時〜11時半の間にやってくるとの話だったが、実際に列車がやってきたのは12時であった。



車内は混雑していたが、外国人ということで最後尾車両の車掌用スペースに座らせてもらった。ロープで仕切られているのがその座席である。



途中駅では乗り降りが多く、どの駅も活気がある。何でも、ガソリン価格の高騰でバス代が大幅に値上げされ、多くの乗客が鉄道に流れてきているのだそうだ。



車内には物売りも多数乗車している。



インセイン駅から1時間55分、列車はヤンゴン中央駅に戻ってきた。



ヤンゴン中央駅に戻ってきた時は既に14時。駅前で待っていたSannyさんの車に乗り、ミャンマー料理店「THEIK DI SHIN」へ。いよいよ、ミャンマー式カレーとの対面である。



今日のお勧めは、ココナツカレーとチキンまたはマトンカレーのセット。Kyawさんと2人なので、チキンとマトンを1つずつ頼んで、両方のカレーを味わってみることにした。



ミャンマー式カレーは、カレーを選ぶとお任せでスープや生野菜が付いてくる。これだけでなかなかのボリュームだが、今日はこのほかに空心菜の炒め物や玉ねぎのサラダも注文。なかなか豪華な食事となった。



上が鶏のカレー、下が羊のカレー。ミャンマー式カレーは、玉ねぎとスパイスを炒めたルーに具を入れて煮込み、水分を飛ばして残った油でできている。この油と具を絡めてご飯にかけて食べるのでかなり脂っこいが、パサパサしたインディカ米に良く合うので、ついついご飯が進んでしまう。 しかも、スープやご飯はお替わり自由。これだけ食べて、お会計は2人で7,000チャット。1人当たり350円という安さであった。



食後、ヤンゴン市内にあるミャンマー最大の仏教聖地であるシュエダゴォン・パヤーを訪れる。2,500年の歴史を持つ仏塔で、金箔で覆われ宝石がちりばめられた黄金塔の高さは99.4m。その大きさと豪華さに圧倒されるほどである。



参拝客や観光客で賑わっている境内。



再びヤンゴン中央駅に戻り、今度はTOE GYAUNG KALAY行きの列車に乗り込む。この駅で待っていれば、ヤンゴン中央駅へ向かって戻ってくる日本車両に乗ることができるという計算だ。



TOE GYAUNG KALAY(トウチャンカレー)駅舎。名前だけ聞くと「父ちゃんカレー」としか思えない駅である。



TOE GYAUNG KALAY駅の駅名標。この駅からは支線が出ており、X状の路線になっているようだ。



支線側からやって来た、元天竜浜名湖線TH211。後ろにトレーラー2両を連結しているが、この駅で進行方向が変わるため、機関車のように機回しをする。ただし、機回しといっても人間が乗れる車両だから、人を乗せたままの転線である。



機回し中のレールバス。



反対側に連結されたトレーラー。進行方向が変わり、今度はヤンゴン中央駅に向かって出発である。



車内は日本時代のまま。台車のばねが効いており、椅子のモケットも良いので、乗り心地は在来車両とは比べ物にならないほど良好だ。



走行中もドアは開けっ放し。



2つ目の駅、THIN GYANG YUN。別な日本車両に乗るべく、ここで一旦下車した。



反対側から、今度は元のと鉄道車両NT-100型がやって来た。方向は逆であるが、早速乗ってみることにした。



夕方の下り列車とあって、車内はそれなりに混雑していた。



日本時代の表記がそのまま残っている車内。



日本時代の車号は不明だが、車内に残っている広告が元のと鉄道車である何よりの証拠。



1駅目のNGA MOE YEIK駅で下車、再びヤンゴン中央駅方面に向かうため、次の列車を待った。



やってきたのは元名鉄キハ32。



名鉄マークや、富士重工の銘板も健在。



運転席の後ろには日本時代の表示が残るが、その隣に仏様の絵が貼られているのがミャンマー風?



車内はきれいに整備されているが、固定窓車なので、風が入ってくるのは開け放たれたドアだけ。冷房が使えない固定窓車は少々暑苦しい。



夕暮れのヤンゴン中央駅に到着。



今日の夕食は、シャン料理店「吉祥小吃店(Aung Mingalar Shan Noodle Restaurant)」。シャン料理とは、ミャンマー北部の中国国境地帯に住む少数民族・シャン族の料理で、中国雲南省の影響を色濃く受けているようだ。



シャンヌードルと、豚の内臓の炒め物。麺はあっさりしていておいしく、内臓もピリっと辛い味付けでなかなかの美味であった。

2007年08月13日(月曜日) バゴー日帰り観光。



今朝は、5:20に通訳のKyawさんと落ち合い、Sannyさんの車でヤンゴン中央駅へ向かう。今日の予定は、ヤンゴン中央駅6:00発のマンダレー行き列車に乗り、ヤンゴンから約70kmの場所ある古都・バゴーへ。バゴーで蒸気機関車を見学した後、バゴー市内観光をしつつ車でヤンゴンへ戻るという行程だ。筆者とKyawさんが列車でバゴーへ向かっている間に、Sannyさんが車でバゴーに先回ししているという算段である。



用意された席はアッパークラス(上等車)。リクライニングシートは装備されているものの、エアコンはない。列車が走り出すと、大した速度は出ていないにも関わらず、強い揺れを感じる。横揺れもひどいが、座っていても体が飛び上がるような激しい縦揺れには驚かされる。ヤンゴン中央駅から途中のTOE GYAUNG KALAY駅までは昨日乗車した区間であるが、日本製のディーゼルカーではこれほど激しい揺れを感じることはなかった。線路の保守状況が決して良いものではないことは確かだが、車両側の問題もあるのだろう。



こちらはオーディナリークラス(普通車)。この列車がマンダレーに到着するのは22時の予定だが、この椅子で長時間揺られるのは相当きつそうだ、。



ヤンゴン中央駅から1時間40分、列車はバゴー駅に到着した。



バゴー駅の駅舎。停まっている車はSannyさんの車である。



バゴー駅に着いてから、まずは駅西側にある機関庫に向かった。



機関庫には蒸気機関車が2両停まっている。貨物用として現役で使われているのだ。



右側の1両は煙突から蒸気を吹いており、いつでも出発できる状態だ。これから、貨車を牽いてヤンゴンへ向かうとのことだった。



車庫の片隅に怪しいレールバスを発見。車両番号はLRBE.76。「RBE」は「Rail Bus Engine」の略で、日本製の中古車両にも付けられている形式記号だが、「L」は何の略なのだろうか?



同じ車両を反対側から見ると、いかにも改造で取って付けたような前面スタイルで、反対側とは顔つきが全く違う。こちら側にはドアが埋められた跡もあり、上の写真と比べてみると、同じ車両とは思えない様相である。Kyawさんによると「これはミャンマー製車両」とのことだったが、日本の中古車を両運転台に改造したようにも見える。謎の車両である。



機関庫の見学を終えてから、駅で待っていたSannyさんの車に乗り込み、バゴー一番の名所である「シュエモード・パヤー」へ向かった。1200年の歴史を誇る仏塔で、塔の高さは114m。昨日見学した、ヤンゴンのシュエダゴォン・パヤーよりも高いのだ。



仏塔の傍らには、1917年の大地震で塔が崩壊した際に落ちてきた塔の先端部分が保存されている。日本人的な発想から言えば、「仏塔が崩落するというのは不吉なこと」などと考えてしまいそうだが、Kyawさんによれば、ミャンマー人の考え方では「仏様が我々のところまで降りてきた」ということで、非常にありがたがられているとのことだった。



境内の一角に「鎌倉大仏」の文字が…。



金色に輝くミャンマーの仏様と違って、銅の質感を感じる仏様は、まさに鎌倉大仏。何でも、ミャンマーで戦死した鈴木さんのご遺族が、この地に父の精霊がまだ漂っているものと思い、この大仏を寄進したとのことである。大仏の傍らには、在りし日の鈴木家の写真も飾られていた。



両側にミャンマーの仏様を従えて佇む鎌倉大仏。こうして見ると、日緬の仏像の違いが良く分かる。



シュエモード・パヤーを出てから、今度はバゴー発祥の地と言われる「ヒンタゴン・パヤー」に向かった。



言い伝えによれば、はるか昔バゴーの辺りは海の底で、小さな島がわずかに顔を出すばかりだった。そこに、ヒンタという鳥が飛んできて、その島に止まったのがバゴーの始まりだという。ヒンタというのは夫婦仲むつまじい鳥であるが、あまりに島が小さいので、雄鶏が雌鳥の上に乗って止まったのだとか。その様子を示した彫刻がこの写真であるが、雌鳥が上に乗った事から、バゴーは伝統的にカカア天下の町なのだとも。Kyawさんによれば「ヤンゴンの男でバゴーの女を嫁にもらいたいという人は居ませんよ」とのことだった(笑)。



境内には、仏教以前の土着宗教「ナッ神」の像もある。頭に水牛の角をかぶり、手には魚(ビルマ語でソガヤン。日本語では台湾ドジョウ)を持っている。農耕で重宝する水牛を神と崇め、手には食料を持っているわけだ。



ヒンタゴン・パヤーから眺めるシュエモード・パヤー。両塔の間には参道が延びているのが分かる。太陽の光を受けて光るヒンタゴン・パヤーの姿が何とも美しい景色だ。



ヒンタゴン・パヤーを出て、今度は王宮跡地を見学に行く。かつては多くの建物があったとされるが、現在は復元された建物が2つほど建つばかりである。



常に1,000人以上の修行僧が学んでいるという、ミャンマー有数の僧院「チャカッワイン僧院」。ここで、ミャンマー各地からやって来た僧たちが勉学に励む様を見学することができる。



食堂では、檀家の人たちが食事の炊き出しを行っていた。1,000人分の食事を仕込むのだから、大変な仕事である。



出来上がった食事を配膳する僧たち。



院内に響く銅鑼の音が、食事の準備が整ったことを示す合図である。この音を聞くと僧が集まってくるが、僧だけではなくおこぼれを預かる野良犬たちにとっても食事の合図になっているらしく、院内のあちこちから犬の遠吠えが聞こえてきた。犬も腹を空かせて待っているのだ(笑)。



列をなして集まってくる僧たち(とおこぼれを狙う犬)。



大きな釜に用意されたお米を僧に配る檀家の人たち。



食堂に集まった僧たちの食事風景。1,000人が集まる食事風景は圧巻!



僧の食事を見学した後は、我々も食事を取るため、バゴー市内にあるミャンマー料理の食堂に向かう。店の名前は「偉大なる先生」という意味だそうだ。



地元の人で賑わう店内。続々と注文が入り、食堂内は活気に満ちていた。なかなか繁盛している様子であった。



店の厨房には各種カレーが仕込まれており、お客さんの注文を待っている。早速、希望の具を選んで注文した。



続々と運ばれてくる料理。テーブルの左にいるのが運転手のSannyさん、右手が通訳のKyawさん。一緒にミャンマー式カレーを味わった。



海老や豚角煮など好みのカレーを何皿か注文すると、カレーの他にもサービスのスープ、生野菜などの付け合せが並び、かなり豪勢な雰囲気になる。大きな金属のボールにご飯が盛られていて、お替わりは自由。油っぽいカレーにパサパサのインディカ米が良くあって、どんどんご飯が進んでしまう。ちなみに、スープの隣にある茶色い物体は、ミャンマー式の納豆である。日本の納豆のような粘る糸はないものの、味はまさに納豆そのもの!



これが、バゴー名産・台湾ドジョウの内臓(モツ)カレー。先ほど見学した、ヒンタゴン・パヤーのナッ神が手に持っていた、ソガヤンという魚の内臓である。はらわたのことをビルマ語で「ウ」と呼ぶので、このカレーの名前は「ソガヤン・ウ」と言うのだそうだ。魚の内臓がカレーの具と聞くと、日本人的には「生臭いのでないの?」と思ってしまうが、食べてみると実に美味! よく煮込まれているので生臭さもまったくなく、内蔵特有の舌触りは、まさにモツ。ご飯にかけると最高の味であった。ちなみに、これだけ食べてお会計は3人で5,900チャット。1人当たり200円という安さであった。



大満足の昼食の後、再び市内観光へ。今度は、全長55mの寝釈迦仏(リクライニング・ブッダ)で有名な「シュエターリャウン・パヤー」へ向かう。 約1,000年前に、当時この周辺を支配していたモン族の王・ミガディパが建立したものといわれている。この寝仏は、小説「ビルマの竪琴」にも登場し、この寝仏の中に隠れた水島上等兵が竪琴を演奏したことになっている、小説ゆかりの場所でもある。



バゴー郊外にある「チャイプーン・パヤー」。四面仏で有名な寺である。500年前に建造されたこの四面仏は、モン族の信心深い四姉妹をモデルに建造されたものだとか。言い伝えでは、この四姉妹は結婚しないと決めたのにも関わらず、そのうちの一人が結婚をしたために、その女の子を模した仏像だけが壊れてしまったとか。現在は4体とも修復されているが…。



チャイプーン・パヤー見学後は、バゴーを後にして一路ヤンゴンへ。途中の道端で、Sannyさんが車を止めて買い物をする。この付近の国立公園内で取れる動植物を並べて売っているのだ。



売り物の中には鹿や猪の肉も…。氷が入ったプラ容器に入れて大事に保存されていたが、Kyawさんによると「ご禁制」とのこと。国立公園内では、勝手に動物を捕まえてはいけないそうで。



ヤンゴン市内に戻り、今度は「チャウッターヂー・パヤー」を見学する。このお寺の目玉は全長70mの寝仏で、先ほど見学したバゴーのシュエターリャウン寝仏より大きい。そして、大きいだけではなく、見た目がものすごく女性的で、妙に色っぽい。この寝釈迦仏は戦後完成したもので、シュエターリャウン寝仏に比べると1,000歳近い年齢差がある。その間の仏像製作技術の進歩なのだろうか?



細かい彫刻が施された足側から全景を見る。う〜む、やはりでかいっ!



小腹が減ったので、今度はミャンマー式素麺(?)「モヒンガー」に挑戦。Kyawさんの家から程近いという、お勧めのモヒンガー専門店に向かった。



モヒンガーとは、ナマズを煮込んでダシをとったスープに、素麺そっくりの白い米の麺を入れて食べる、ミャンマーの代表的な麺料理。朝食として食べられることが多いという。揚げ物を入れて、麺とスープを味わいながら食べる。ナマズと言いながらも生臭さはなく、独特のコクがあるものの、とてもおいしくいただいた。



食後にいただいた飲み物。寒天の入った砂糖水だが、あっさりしていてとてもおいしい。「チャウチョー」という名前だそうだ。



夕方16時過ぎにホテルに戻り、ここで一旦Kyawさんとお別れ。ヤンゴンの街中を1人で散歩してみる。ヤンゴンには多数の日本製中古車が走っており、乗用車だけでなくバスも日本の中古車が多数を占めている。ミャンマーの自動車は右側通行なので、バスは右側にドアを増設しているが、日本時代の塗装そのままで活躍している。西日本JRバスの後ろを京成バスが走る光景など、日本では決して見られないことだろう(笑)。



18時半に再びKyawさんと落ち合い、夕食を取るためホテル近くのミャンマー料理店「Danuphyu Daw Saw Yi」に向かった。



店内の厨房で好みのカレーを注文。ミャンマーに来てまだ大海老カレーを頼んでいなかったので、それを所望した。



たった2人での食事であっても、メインのカレーの他に生野菜や付け合せが出てくるので、机の上はすぐに様々な料理で埋まってしまう。ミャンマー料理がすっかり気に入ってしまった筆者であった。



左上が豚のモツカレー、右上がナマズのカレー、左下が大海老のカレー。ミャンマー式カレーは具の種類が豊富で、どれを食べてもとてもおいしい。「またいつか、カレーを食べにミャンマーへ来よう」と誓った筆者なのであった。食後、2日間を共にしたKyawさんと別れ、ホテルへ戻る。実に充実した2日間で、いろいろ我侭を聞いてくれたKyawさんには大感謝であった。

2007年08月14日(火曜日) さようなら、ヤンゴン。



朝起きて、まだ人通りの少ないヤンゴンの町を散歩する。朝日を受けて輝くスーレー・パヤーを背景に、大阪市交通局のバスが走っている。ある意味、とてもヤンゴンらしい光景だ。



今日は、Sannyさんがホテルに7:45に迎えに来て、空港まで送り届けてくれる。名残惜しいヤンゴン滞在を終え、帰国の途に付くためにヤンゴン空港のゲートをくぐった。



セントラルホテルから30分ほどでヤンゴン空港に到着。ここで、4日間お世話になったSannyさんと別れ、タイ航空のチェックインカウンターへ向かった。



ヤンゴン空港の国際線ターミナルは、今年6月26日にオープンしたばかりなので、建物は新しくおおよそミャンマーらしくない。しかし、チェックイン手続きはオンライン化されておらず、カウンターに用意された乗客名簿を消し込み、搭乗券に座席番号シールを貼るという方法だった。筆者はバンコク乗り継ぎで成田まで行く行程であったが、搭乗手続きは当然バンコクまでしかできない。ただし、荷物だけは成田まで預かってくれるとのことだった。



上がバンコクまでの搭乗券、下は航空券。航空券に添付されたバンコク経由成田までのバゲージタグが、いかにもオフラインであることを実感させる。今回の航空券がe-ticketでなくATB券だったのも、ヤンゴン空港が原因だったのであろう。



出国審査を終えた場所にあるラウンジ。ラウンジ設備は期待していなかったので、正直ラウンジがあるだけで驚く。簡単なお茶とお菓子、サンドウィッチぐらいしかないが、売店すらないヤンゴン空港内においては、これだけでもありがたい設備である。ラウンジでくつろぎながら出発を待ったら、いきなりラウンジ内が停電。しかし、良く見ればラウンジ内だけではなく空港全体が停電したようで、ターミナルの電灯は非常灯に変わり、出発ロビーのLED表示なども全て消えている。電力事情の悪いミャンマーでは停電は珍しくないというが、オンラインチェックインを導入したら搭乗手続き自体ができなくなってしまうから、オフラインでのチェックインシステムが残されているのも相応の理由があるということだろう。



9:55発のTG306便でバンコクへ。



バンコク・スワンアープ空港では乗り継ぎ時間が11時間ほどあったので、エアポートバスで市内へ向かう。エアポートバスの運賃は150バーツ(約450円)。



空港バスを戦勝記念塔で下車し、BTSに乗り換える。バンコクへ来るのは2年ぶりだが、BTSにもICカード「BTS SKY smart pass」が導入されていた。カードは1枚130バーツで、そのうち30バーツがICカードのデポジット。その他に、運賃デポジット30バーツが含まれ、運賃として使えるのは130バーツのうち70バーツだ。デポジットが2重にかかるICカードは、筆者の知る限り初めてである。



戦勝記念塔からBTSに乗車し、Mo Chitへ向かう。



BTS線Mo Chit駅の下が、地下鉄Chatuchak Park駅になっており、ここで乗り換えることができる。



地下鉄駅入口では荷物検査が…。以前はこんな検査はなかったはずで、バンコクもそれだけ治安が悪化しているということなのだろうか?



地下鉄でBang Sueへ出て、ここから国鉄に乗ってみることにする。



Hualampong行きの普通列車に乗車する。



車内は木製の椅子が並び座り心地は良くないが、それでもミャンマーの鉄道に乗った後ではえらく立派に感じる。



Hualampong駅構内に入って来ると、日本からやって来た14系客車がお出迎え。



Hualampong駅に到着。



Hualampong駅の駅舎。



Hualampong駅から歩いて数分の場所にある「ワット・トライミット」寺。



この寺を有名にしているのは、重さ5.5トンの金でできているこの黄金仏。時価120億円と言われている、見るからにありがたい仏様であるが、その左には汚い仏像の写真が飾られている。



これがその写真。顔はゆがみ、見るからに不細工(?)である。小汚くて誰も見向きしなかったこの醜い仏像、実は、金色に輝く先ほどの仏像と同一人物(?)なのだ。この薄汚い仏像は元々別な寺にあったのだが、その寺の廃寺が決まったため、このワット・トライミットに移されることになった。移転作業が始まったものの、この仏像を吊り上げたクレーン車があまりの重さで壊れてしまい、屋外に放置されたまま夜を迎えることになる。その晩バンコクは嵐となり、風に晒された醜い仏像の漆喰が剥がれ、中からこの黄金仏が現れたわけである。この黄金仏は、人々に「物事を見た目で判断してはならない」という、有難い教えを説いてくれているのである。



Hualampong駅から地下鉄に乗ってSi Lom駅へ出て、駅近くの有馬温泉へ向かう。この店はタイ式マッサージの店であるが、マッサージ以外にサウナや垢すりも楽しめ、しかも値段はリーズナブル。筆者はサウナを浴びてから垢すりをしてもらい、更にオイルマッサージを受ける。たっぷり3時間楽しんで、お値段はわずか1,100バーツ(約3,300円)と格安だ。あまりにここでのんびりしすぎたため、帰りは空港までタクシーを使う。値段がいくらになるか少々びびったが、メーターで207バーツ+高速道路25バーツで合計232バーツだった。250バーツ出してお釣りは受け取らずにタクシーを降りたが、行きの空港バスが150バーツだったので、2人乗ったらタクシーのほうが安いんだな…。

23:00発のSQ632便に乗り込んで、バンコクを後にした。

2007年08月15日(水曜日) 現実。



目が覚めると、外はすでに明るくなっていた。機窓には富士山の姿が美しく見えている。いよいよ、日本へ帰ってきたのだ。



成田空港には7:04に着陸。今日の関東地方は快晴である。このまま一度帰宅してから、荷物を置いて会社に向かう。仕事の都合上、今日はどうしても休めなかったのだ(何とか午前半休は取れたけど…)。昼前に出社し、眠い目をこすりながら仕事を続ける。昨日の朝までミャンマーにいたのが信じられないほど、あっという間に現実に引き戻された気分であった。