Malaysiaの旅

2001.9.7〜21

 義兄夫婦とマレーシアのペナン島で待ち合わせ、クアラ・カンサー、イポーを経て、タパーより686曲がりもある山道を登って、マレーシアの軽井沢といわれている、カメロン・ハイランドを訪れた。

9月7日(木)曇 9,900歩 
 スーツケースはヤマト便で空港に送っているので、カメロン・ハイランドにロングステイしている友人のお土産、段ボール1箱と壊れ物、PCなどをカートに積んで14時に家を出る。武蔵小金井、東京を経て、上野から3時28分発の京成特急に乗り、成田空港第二ターミナルに3時45分に到着する。
Gカウンターで航空券を受け取り、マレーシア航空のチェックインカウンターで搭乗手続きをし、託送荷物を預ける。JCBの手続きをすると、エスカレーターでShop 街に上がり、お土産の絵葉書を買い、成田茶房<旬>でビール、枝豆、ぜんざいを食べる。ちなみに、日本の代表的な絵葉書、富士山、桜などは一般の店では見つからず、やっと手に入れることが出来た。
出入国カードがいらなくなり、出国手続きは簡単になった。免税店ではお土産の煙草2カートンと滞在中の寝酒用にサントリーの<白州>を買い求める。
マレーシア航空MH0093便はC-86ゲートから定刻より30分程遅れて20時に出発する。食事の後、一寝入りすると朝食となり、定刻より30分早い午前1時にはKLIAのC-26番ゲートに到着した。

KLIA&PENANG

9月8日(金)KL:曇ム小雨 Penang :晴 15,200歩
 入国手続きは簡単だったが、荷物が出てくるのが遅く、両替えをしてスカイブリッジを通り、The Pan Pacific Hotel KLIAに到着したのは2時半になっていた。4階の部屋から見る夜の空港は広大で、夜景がネオンで美しい。
朝7時には夜が空け、静かな空港の朝である。シャワーを浴びて空港見物をし、地下のフードガーデンで目玉焼きと、この国の人が食べているお菓子(kuih)や揚げ物(milayu)、コーヒーで朝食をする。
12時にホテルをチェックアウトして、ペナン行きのカウンターに託送荷物を預け、コーヒーとテータレでクッキーを食べる。
マレーシア航空、Penang行きMH1146便はA-3ゲートより定刻の14時35分に離陸し、天候に恵まれて、上空からマレー半島や海岸線が良く見え、Penang-Bridgeが見えたら間もなく15時15分に着陸した。到着ロビーの右手にあるカウンターでタクシーのチケットを買い、Tanjung BungahにあるCrown Prince Hotelに3時40分に到着し、10階の海の見える部屋に落ち着く。
関西空港からマレーシア航空MH53便で17時25分に到着予定の義兄夫婦を迎えに空港までタクシーで行き、17時35分に着いてみるとすでにロビーで待っていた。聞くところによるとこの便はペナン経由のKL行きで、ペナンでの降機客が少なく、入国手続きが早く済んだためらしい。
今夜の夕食はジョージタウンの展望台、Komtarの59階にある中華レストランに行くつもりでタクシーに乗ったが、運転手の推めでガーニードライブにある海鮮レストランに予定変更した。
ガーニードライブの海岸に面したレストラン、<東方海鮮航(Oriental Seafood Bonanza)>の屋外テーブルで、生きたロブスターの蒸し焼き、、生きた蝦蛄の塩焼き、生きた鯰のような魚を揚げてあんかけにしたもの等に野菜料理2品とチャーハンでお腹一杯になる。サービスで出されたパパイヤ、マンゴー等の果物もいただいて、夕涼みの人たちで一杯のガーニードライブを散歩してホテルに帰る。

PENANG

9月9日(日)曇ム雨ム晴 10,300歩
 朝日を見るつもりで6時に起きたがまだ暗く、6時40分頃海岸に出て、付近の海岸を散歩する。しばらくすると明るくなって、海岸沿いに建っているコンドミニアムの壁が黄金色に輝いてきた。
朝食は8時からバイキングスタイル。ホテルの売店で絵葉書を買ったら、切手は要らないかと言われ、親切で商売ッ気があるな、と思った。
9時からタクシーで4時間のツアーに出かける。クラフト・バチック、カルチュラルセンター、バタフライ・ファームを見物し、トロピカル・フルーツ・ファームで果物を食べながら休憩する。ここで食べた小ぶりのパイナップルはたいへん美味しかった。
72エーカーの広大なペナン植物園では頭ぐらいの大きさのキャノンボールに驚き、12万Fの境内を誇るマレーシア最大の仏教寺、極楽寺(kek lok si)の規模とカラフルな彩りに圧倒される。説明書によると7層からなるパゴダ(萬佛賓塔)は上部がビルマ風、中央がタイ風、下部が中国風に造られ、1万体もの仏像がはめ込まれているそうである。
ペナン・ヒルへ登るケーブルカー乗り場に着いてみると、あいにくの日曜日と学校の休日が重なって大へんな人の列である。今日のところはあきらめてホテルに帰り、レストランで食事をし、昼寝をする。
夕食は今日こそKomtar Towerでと、明るいうちに出かける。タクシーでタワーに着いてみると、レストランに登るエレベーターの乗り場がわからない。人に聞きながら、親切なおじさんに案内されてエレベーターに乗り、59階で降りてみたら、こんどはレストランの入り口がわからず、近くにいた人に物置きのような所を通って連れていってもらい、やっとの思いで中華レストラン、<白雲閣>にたどり着く。
今日の夕食は北京ダック(28RG)、ホタテと茸の炒めもの(40RG)、野菜いため(24RG)、酢豚(12RG)、チャーハン(12RG)、それに北京ダックの残りの肉の炒めもので、満腹になり、最後の肉炒めまで行き着かなかった。北京ダックはテーブルの脇に丸焼きのダックを持ってきて、その場で調理してくれた。どの店でもチャーハンは食事の最初に出てくるので驚いた。多分サラダ感覚なのだろうか? 食事の途中で小学生50人程が先生とおぼしき人たちに引率されてスープ、御飯、炒めもの、フルーツの食事をして早々と帰っていった。
食事の後は58階に降りて、歩きながら外の夜景を展望し、ショッピングをしながら一周する。この展望台は自動で動くのではなく、人が歩いてまわる人動式である。
夜の街をやたらと歩き回らないように、とのタクシーの運転手の忠告があったので、Komtarの向いにあるショッピングセンター、ライフスタイル(旧ヤオハン)を見物してタクシーでホテルに帰る。
ちなみに、タクシーにはメーターが着いているが、メーターで料金を請求しないので、乗る前に必ず値段の交渉をしなければならないのは煩わしい。

9月10日(月)雨・雷ム小雨ム晴 10,400歩
 夜明け前から大雨と稲光りを伴った雷である。昨日の朝は卵料理をその場でしてくれるところが行列であったので、昨日より30分早い7時30分から食事をする。目玉焼きやオムレツの調理したての熱々を美味しくいただく。
タクシーでペナンヒルのケーブルカー乗り場に9時25分頃着いた。見ると行列は少なく、待たずに乗れると思った。しかし、切符を買って待ち合い室に入ると、1回のケーブルカーに乗る人のグループが3グループあり、結局4回、1時間程待つこととなった。
1922年に敷設されたこのペナン名物のケーブルカーは往復の料金が4RGで、途中で1回乗り換えて標高692mの頂上まで30分程で到着した(途中に701.4mの標識があったが)。今日は曇でときどき小雨も降っていたので、頂上からペナン橋やジョージタウンのビル街の景色が幽かに見えるのみだった。
昼食はKomtarのむかいにあるShangri-Laホテルの2階の<シャン・パレス(香宮)>の飲茶にする。雰囲気の良いレストランで、大好きな大根餅が美味しく、満足する。
道路の向側のスーパーマーケット、Gama(ガマ)で水着を衝動買いし、タクシーでホテルに帰るとすぐ水着に着替えて海岸に出かける。
プールやジャグジーの水は冷たかったが、海水は生温く、砂まじりで濁っていた。他に泳いでいる人も居ないので、この辺りの海岸は泳ぐところではないらしい。海岸を歩き、プールサイドでデッキチェアーに寝そべっていると、ペナン島に来たという感じになった。
夕食はBatu Ferringhi(バトウ・フェリンギ)のパークロイヤル・ホテルにある<祇園>に出かける。タクシーで出かけたが、時間が早いので予約をして、道路際に並ぶ夜市の屋台を見物して歩き、7時から8時半まで鉄板焼、天ぷら、チャーハンを冷たいビールで美味しくいただく。このレストランはホテルのロビーとつながっており、仕切りはあるものの天井までなく、音や匂いはどうなるのか不思議だった。この辺りはマリンスポーツを楽しむ人が多く、海岸ではビーチボーイをあちこちで見かけた。8時を過ぎるとホテルの売店や店は商売にならないらしく閉まり、人々は屋台の夜市にくり出すらしい。
私達も腹ごなしに屋台をのぞいて歩いていると、日本の世田谷区からお嫁さんに来て夫婦で洋服の仕立て屋をしている店に偶然はいり、義兄と御夫人方が夫々洋服やズボンを仕立てることになった。
時間があれば仮縫い付きであったが、明日はカメロンに出発するので、出来上がったらKLのホテルに送ってもらうことにした。後日送られてきたものを試着したところ、大へん良い出来ばえであった。この店で偶然にも鹿児島出身で川越に住む御夫婦に会った。

Penang, Kuala Kangsar, Ipoh& Cameron Highlands

9月11日(火)曇のち晴 12,100歩
 ペナン最後の朝食を済ますと、ホテルの回りを散歩する。タクシーでの移動なので荷物の整理も簡単である。ペナンのタクシーとカメロン・ハイランドまでの料金を交渉したところ、500RGでもいい顔をしなかったので、カメロン・ハイランドから呼ぶこととし、10時に迎えに来ることになっている。
10時前にはKumarさんの運転するタクシーが到着し、10時丁度に出発する。ちなみに、Kumarさんは今朝5時にカメロン・ハイランドを出発したとのことである。
ペナン島とマレー半島を結ぶペナン橋は1988年9月に開通し、全長13.5km,通行料はペナン島に行く場合のみ7RGである。橋を通りながら北海峡や両岸の港のようすが良く見えたが、残念ながら霞で遠くの方までは眺望できない。橋を渡ると、ハイウェーを一路南下し11時50分にクアラ・カンサーに到着する。
Kuala Kangsar は18世紀にSultan(スルタン:イスラム教国の君主)が移り住み、現在でも美しい宮殿やモスクなどのマレー建築物が点在している。ちなみにマレーシアでは9人のSultan が交代で王位を継ぐことになっている。アブディア・モスクは金色のドームと高くそびえるミナレットがすばらしい。トイレ休憩を兼ねて見物する。
入り口に喜捨を入れる缶をもったおじさんが居て、Kumarさんのお願いでモスクの中を外側から案内してくれた。モスクの入り口で両手を前の方に出してお尻を高く上げるイスラム式お祈りの指導を受ける。現在もSultanが滞在される新宮殿(Istana Iskandariah)、1903年に建てられた白いブィクトリア調のIstana Huluや王宮博物館を車上から見物してまわる。
再びハイウェーを南下し、1時間15分でマレーシア第4の都市で人口50万人のイポー(Ipho)郊外に建つジャスコに到着する。
Kumarさんと5人で2階にある回転寿司<すし金>で遅い昼食をする。Kumarさんは寿司には慣れてないらしく、食べ方を教えてあげる。しかし、どうやら生の魚は苦手らしい。
ハイウェーを更に1時間程南下して、Tapahで降りる。これから国道59号線の686曲がりをCameron・Highlandsに向かって登って行く。Ringletの手前、道の左側にLata Iskandarの滝があり、ここで休憩し、道路際に並ぶ露天でレイシなどの果物を買う。滝の水はきれいで、子供達が水に浸かって遊んでいた。
この辺りから車は冷房を切って、すがすがしい風を入れる。道端では先住民(オラン・アスリ)がドリアンやお化けの豆様のもの(中の実を炒めて食べるらしい)、蜂蜜などを売っていた。Ringletを過ぎ、左手の丘の上にLake House・Hotel を見て、湖とも川とも言えない人造湖に架かっている橋を渡り、5時丁度にTanah・Rata のヘリテイジ・ホテルに到着した。ペナンのホテルを出てから7時間のドライブであった。
3階の部屋に落ち着くと、ロビーに古川さんがおいでになり、しばらくおしゃべりをする。今日は18時から20時までホテルの一室で英会話教室が開かれる日で、日本から来ている人々がボランティアで教えている。
6時半にホテルを出て、ぶらぶら坂を下ってTanah Rata の街の見物に出かけ、第一日目の夕食は前回と同じ<The Orient >のスチームボートにする。このレストランは店構えもスチームボートの味も具の数、21種類も1年半前と全く同じで味が良い。初めて食べる豆苗(もやし風青菜)も珍しい味で美味しかった。
8時過ぎに英会話教室の終わった古川さんをアパートに訪ねて、同室の中川さん、義兄夫妻の6人で歓談する。このアパートは3寝室、ダイニング、台所、風呂付きで、居抜きで1カ月45,000円、1日1人当たりに換算すると750円になる。ちなみに運転手のKumarさんが来月引っ越す予定のマンションを後日見せてもらったが、このアパートと殆ど同じ広さ・間取りで8万RG(250万円)だそうである。しかし、外国人が買う場合は約3倍になるらしい。

Cameron Highlands

9月12日(水)晴ム午後雨 21,200歩
 6時半に起きたけれどまだ暗く、明るくなった7時20分より8時15分までTanah Rataの北側にある公園まで散歩する。8時40分からバイキングの朝食をし、10時Kumarさんの車で義兄夫婦が3時間のツアーに出かけるのを見送る。
Tanah Rata のフジフィルムの写真屋さんで道を聞いて山茶花園(Tanユs camellia garden)を訪れる。この庭園は一山全部がTan(陳)さんのプライベイトな農園である。中国、日本の山茶花(椿)やアジアの植物、花、果物、盆栽などが研究資料ときて集められ、栽培されている。
Tanah Rata の新市街とも言うべき一角に新しくできた薬局を見物に行く。清潔で品揃えもまあまあであるが、置いてない薬でも注文すれば2〜3日で取り寄せてくれるとのことである。この一角にあったインド料理屋、<Bunga Suria>は改装してすっかり綺麗になっていた。この店のオープンカフェでビール、テータレ、バナナロッティーの昼食をする。
きゅうりやトマトなど美味しそうな野菜や果物を買い、ホテルに帰ってシャワーを浴び、昼寝をする。
2時頃から古川さんのアパートでおしゃべりしていたら、突然の夕立で、5時過ぎまで降り続いていた。めったにない大雨らしい。
5時頃、迎えに来たKumarさんの車で彼等の新居を見学させてもらう。Tanah Rataの街から車で1〜2分の所に新しく建築されたマンションで、4階建ての3階を現在内装中である。奥さんや息子さんもきており、皆さん嬉しそうであった。来月にはRingretのアパートから引っ越して来るそうである。
今日の夕食はTanah Rataの街で評判の中華レストラン、<五月花(メイフラワー)>と決め、Kumarさんに送ってもらう。魚の空揚のあんかけ、酢豚、チンゲンサイ、キャベツ風野菜、チャーハンをビールで頂く。確かに味は評判どおりで、日本人好みである。
夜店のテントの中をのぞき、はるばるインドから来ている店でインド風のスカートなどを買う。
8時から明日帰国する中川さんの送別会ということで、ホテルのロビーで待ち合わせ、<The Orient> に9人が集まり、10時前まで賑やかなおしゃべりが続く。話題はアメリカのテロ事件で、明日中川さんが帰国出来るかなど、テロ関係の情報交換である。出席者(敬称略):中川、古川、前川、三谷、上野、飯塚夫妻、可部野夫妻
今日現在で私の知る限り日本人は15人滞在している。

9月13日(木)晴 15,800歩
 7時半から1時間、朝食を食べながら食堂のテレビで日本の衛星放送を見る。アメリカのテロ事件の生々しい映像が、あらためて事件の恐ろしさと規模の大きさを伝えていた。
Tanah Rataのテーラーでズボンを誂える義兄に付き合い、その後、パリット滝を案内する。途中に新しく公園が造られ、前には河原だった所がきれいに整備されていた。
Tanah Rataのタクシー乗り場から松本清張の「熱い絹」に出てくる月光荘(南十字星荘)を見物に行く。この建物は個人の所有物で、庭から外見は見ることができるが、中にはいったり、写真撮影は禁じられていた。聞く所によると、1泊2万円位で泊めてくれるらしい。待たせてあったタクシーでストロウベリー・リゾートホテルに向かう。ここでは大きなボーイのHishamudin B. Isumail君に会え、前回写した写真を送ってあげたことを覚えていて、懐かしかった。しかし、このホテルには日本人は一人も滞在していない。足の便が悪いせいだろうか?
食堂のテラスで向いに見えるSunrise Vila.を眺めながら、Fish&tips、ピザ、サンドウィッチなどで昼食をする。
義兄はTanah Rataに3軒ある床屋のうち、美人の散髪屋で10RGの散髪をする(他のところは7RG位)。我々は昼寝をして、今日帰国される中川さんを見送りに行く。
飯塚さん御夫婦はバードウオッチングと日本語のボランティアをしながら長期滞在をされるそうで、今日ホテルからホテルのすぐ前のアパートに引っ越された。
今日の夕食は<Bunga Suria>のオープンカフェでバナナロッティーと鳥の空揚をビール、テータレで頂く(4人で900円)。食後ロッティーの生地を延ばすパフォーマンスを見せてもらう。腹ごなしに夜店をのぞいて回り、お土産などを買う。

9月14日(金)晴 15,800歩
 6時起床で、熱いシャワーを浴び、7時から一番乗りで衛星テレビを見ながら8時過ぎまで朝食をする。
今日の夕食は古川さんのアパートで日本食を作ることになり、8時半から古川さんとブリンチャンの朝市にタクシー(5RG)で材料の買い物に行く。魚も野菜も豊富で、豚肉も鳥も塊で売っている。豚肉はムスリムの国だけあって裏の方でひっそりと売っていた。煮魚用のイトヨリに似た魚、海老、里芋、玉ねぎ、ねぎ、大根、茄子、キュウリ、菜っ葉、キノコ、それに豚肉の塊を500g(5RG)、しめて15RG。ちなみに、KLでも伊勢丹の肉売り場では陳列棚もレジも豚肉専用のコーナーで販売していた。
Tanah Rataの街をぶらぶらして、お土産の紅茶などを買い、道端で揚げていたさつま芋の天ぷらを4枚1RGで買う。芋天が揚がるまでかなりの時間があったので、揚げたてのJe-Fruit(Jack Fruit)を味見する。今日の昼食はこの芋天と果物である。
3時頃から義兄夫婦を案内して山茶花園を見物に行く。今日は管理人のおばさんがいて、サイン帳を出してくれたが、これに前回訪問した時のサインが残っていて懐かしかった。
義兄達が菊畑で買ってきた菊の花を持って、古川さんのアパートに行き、居間に飾る。ちなみに、この街では気温の変化が少ないせいか、活けた花が長持ちするらしい。5時半から7時半まで義姉とマダムに料理してもらい、菜っ葉のおしたし、キュウリとワカメの酢の物、煮魚のネギ添え、大根、茄子、里芋、キノコの煮物、菊の葉、茄子の天ぷら、海老のかき揚げ天、豚肉のから揚げなどの料理が出来上がる。
古川さんが炊いてくれた御飯で、同居人の野口さん(24才)、義兄夫婦、我々夫婦の6人で10時過ぎまで歓談しながら美味しく頂く。

9月15日(土)曇 10,600歩
 7時半から食事をする。今朝は関西方面から20名程のツアーの人達が居て、ロビーでしばらくお話をする。
9時からPath.14のジャングルトレッキングに出かける。我々4人、Klから来た親子3人連れ、大阪・寝屋川市の戸川さんの計8人が迎えに来たガイドのSuresh Singhさんの軽トラックに乗り、5分程走ってジャングルの入り口に着く。いきなり車道から山道に入り、Gunung Mentigi 1535mの頂上辺りを一周するコースで、珍しい花や植物が沢山あり、時々休憩して説明してくれた。
なかでもPitcher Plants と呼ばれる植物は初めて見る珍しい植物で、名のごとくツルの先が水差しのようになり、そこに飛び込む虫などを捕まえるそうで、底に虫の殻らしき物が残っていた。しかし、目指していた冬虫夏草は見つからなかった。12時過ぎまで、約3時間のトレッキングであったが、大へん楽しかった。
聞く所によると、今年はカメロンハイランドのジャングルをガイド無しで歩いていたドイツ人のグループと同じく日本人のグループが道に迷って、捜索隊やヘリコプターでの捜索が行われたそうである。
今日の昼食はロングステイしている戸川さんの案内で、<Rose Lane>でカレー料理を頂く。
3時からKumar さんのタクシーでスモーク・ハウス、コーヒー畑、野生のラン園、バタフライ・ガーデン、ヒンヅー寺院などを2時間程見物してブリンチャンの街で降りる。
コーヒーがカメロン・ハイランドで採れるとは知らなかった。コーヒーの実の収穫は年二回だそうである。ちなみに、紅茶の葉の収穫は月2回だそうである。途中の土産物屋でここで採れたBOH Coffeeを買い求める。
バタフライ・ガーデンには前回程蝶は居なかったが、この国の国蝶である美しいラジャ・ブルック(アカエリトリバネアゲハ)に再会することが出来た。
ブリンチャンの街の駐車場では夜市の準備が進んでいたが、先ずは腹ごしらえと、中華料理店、<楓琳火鍋飯店>で5時半から1時間程夕食をする。まだ明るいので客は居なく、店主がノートを買ってきて、日本語を教えろと言うことで、ノートに文字を書きながらカタコトの会話をする。スープ、酢豚(美味しかったので2皿)、魚のフライ、キノコ炒め、チャーハンをビールで頂く。
Brinchangの夜市はTanah Rataのそれより規模が大きく、人出も多い。食べ物と衣類が殆どで、同じような品物を並べた店が軒を列ねている。焼き芋があったのには驚いた。味は水っぽくてさほどでもない。
タクシーをTanah Rataで降り、熱帯ミドリシジミの絵葉書や標本を探したが、見つからず、BOH Teaなどをお土産に買う。

9月16日(日)曇ム午後雨 20,100歩
 7時半からテレビを見ながらゆっくり食事をし、ロビーで義兄夫婦、前川さん、松井さん御夫婦らとしばらくお話する。
10時から義兄夫婦とロビンソン滝に出かける。途中で薬局に寄って、松井さんの目薬の話をつける。前回は車道から滝へ行く小道が分かりにくく、不安であったが、今回は余裕を持って周りの景色を見ることが出来た。途中の崖の上に野生のランが3カ所自生していたが、今回は季節のせいか、花の数が多かった。今日は日曜日のせいか、観光客が多い。11時15分、滝に着く。今日は水もきれいで水量も多く、滝がひとまわり大きくなったようだ。
Tanah Rataに戻ると、義兄達は<The Orient>で昼食をする。我々は道端で揚げているさつま芋の天ぷらを買い、<Bunga Suria>のオープンカフェに持ち込んで、バナナ・ロッティ、ビール、カフェタレで昼食にする。
午後は雨が降り出してきた。のんびり昼寝をして1週間のカメロン・ハイランド滞在を締めくくる。
7時から義兄夫婦、古川さんの5人で<五月花>で締めくくりの夕食をする。スープ、酢豚、マーボー豆腐、魚の揚げ物、野菜炒め、チャーハンをビールやお茶で美味しく頂く。
夜市をゆっくり歩いて、<Bunga Suria>の苺・ロッティとティー・タレ、ビールなどでカメロン最後の夜を惜しみながら歓談する。

Cameron Highlands & Kuala Lumpur

9月17日(月)晴ムにわか雨 9,400歩
 7時20分から朝食をし、庭や周りの空き地をひと回りする。
古川さんに送られて、Kumarさんの運転で9時半にHeritage H.を出発する。山道の686曲がりを下り、TapahからハイウェーでKLに向かう。12時にはTanjnug Malim の休憩所に着き、ここでトイレ休憩をする。驚いたことにKumarさんは駐車場に車を止め、カギを掛けずにトイレに行く。不思議に思って聞くと、この辺りまでは治安が良く、安全なんだそうである。ここで1個0.8RGの小豆饅頭を買う。KLの市内もさほど混んでなく、Shanguri-La Hotelに1時20分に到着する。
11階の隣どうしの部屋に落ち着き、海水着に着替え、プールに行ってみると雨が降ってきて、しばらくジャグジーに浸かる。プールサイドでビールを飲みながら雨の止むのを待っていたが、なかなか止まないので、部屋に引き上げる。夕方にはペナンの洋服屋で仕立てた洋服が届き、ファッションショーが始まる。寸法はピッタリで、できばえは上々らしい。
6時半、雨の中を歩くわけにはいかず、タクシーで予約してあったKLタワーの回転レストラン、<Seri Angkasa>に行く。KLタワーの高さは、CNタワー(カナダ:553m)、オスタンキノタワー(ロシア:537m)、上海タワー(中国:450m)に次いで世界第4位の421m、しかしコンクリートのタワーとしては世界一の高さを誇っている。 
KLタワーはKLCC(ペトロナス・ツインタワー)と共にKLのシンボルであり、街中のどこからでも良く見える。回転レストランは1時間半で1周し、その間バイキングスタイルの食事をしながら、夜景を楽しんだ。
タクシーでブキッ・ビンタン広場に民族舞踊を見に行くが、ショウは週末のみ、とのことで付近の屋台を見て回り、珍しい民族衣装を買い求める。

9月18日(火)晴/曇 12,200歩
 6時50分、夜が明けるとツインタワーまで散歩する。朝食は途中で買ったパンや持って来た果物とコーヒー。
10時からタクシーでそごうに出かけるが、11時開店のため、トゥンク・アブドゥル・ラーマン通りに並ぶ庶民的な店を回り、テーブルクロスを探して歩く。この辺りはインド系の人が多く、品物は安い。インド綿やタイ・シルクの仕立て屋が多い。
11時過ぎにそごうに帰って、CDなどを買って、6階の<レストランそごう>で昼食をする。このレストランは日本食の店で、皆おもいおもいに日本食を注文する。
午後2時にガイド兼運転手のフランキーさんが迎えに来て、4時間の市内観光ツアー(CIT tours)に出かける。義兄だけは腰痛でホテルに残り、他に客は居ないので、3人だけのプライベイト・ツアーとなる。
チャイナタウンやセントラル・マーケットを車上から見て、Merdeka・Square(独立広場)で車を降り、周りのモスクや教会、旧市庁舎などを眺める。広場の入り口には大きな模型のピッチャー・プラント飾られていた。この広場の下は駐車場になっており、金曜日にはムスリムが日曜日にはクリケットを楽しんだ人達が賑やかに歓談し、大勢の人が集まる所らしい。
車は閑静な住宅街を通って、レイク・ガーデンの一角にある国家記念碑に向かい、ここでしばらく下車する。ここには第一次大戦、第二次大戦の戦死者が祀られており、記念塔と兵士のレリーフが立派である。
KL は19世紀半ば、錫鉱石の発掘が盛んで、今でも錫製品は有名である。1972年から現在まで錫製品の加工をしている工場兼展示場、Selwin Pewter を見学し、記念に錫の虎と豚の置き物を買い求める。ちなみに豚は猪と同義語である。
KL Railway Station(中央駅)はタイとシンガポールを結ぶマレー鉄道の中心駅として機能している。我々は裏側から入り、4本あるプラットホームに出て、見物していると、運良く電車?が入って来て、見ることが出来た。
KLからペタリン・ジャヤへ向かう道路の途中で高台に建つ、天后宮(Thean Hou Temple) を訪れる。このお寺は1989年に完成したKLで最大の中国式仏教寺院で、建築費用は約700万RGだそうである。その外観は鮮やかな赤と白に彩られ、建物の欄干や梁、ドームの天井や雪庇などは中国の伝統様式で、たいへん凝った見事なものである。欄干越しに、KLの市街が一望出来た。
Shanguri-Laホテルに5時15分帰着。
Shanguri-La H.が工事中で、日本料理が食べられないので、近くに見つけた、1年程前に開店したきれいな日本料理レストラン<太陽>に出かける。4人で寄せ鍋、野菜の天ぷら、揚げ豆腐、串焼鳥、野菜の煮物、ウナギの卵とじ、などを食べたが、薄味でまあまあの物である。メニューの日本文字の間違いを直してあげる。
腹ごなしにぶらぶら歩いていると、街角でマンチェスター・ユナイテッド(英国のサッカー・チーム)の専門店を見つけ、土産にユニホームを買う。何故かバス停などにマンチェの宣伝があり、デパートでもユニホームを扱っている専門店が見られた。

9月19日(水)晴 14,400歩 
 7時過ぎ、部屋の窓越しに見える向いのビルに朝日が当たり、ほんのわずかの間、真っ赤になったところをあわてて写真に撮る。
8時過ぎから散歩をしながら見つけたオープンレストラン、<The Coffee Bean & Tea Leaf>でコーヒー&テータレ、スコーン、ココナッツクッキーで朝食をする。
10時からKLCCに歩いて行く。KLCCのG階と伊勢丹の3階にある紀伊国屋書店を見物したところで午前の部を終わりにし、2Fのレストラン、<Lazar Grill Suria>で、ステーキ、フィシュ&チップス、サンドウィッチの食事をする。
伊勢丹で買ったお土産を両手に持って、タクシーで一旦ホテルに帰ることにしたが、タクシーにどうやら遠回りをされたらしく、歩いて15分程の所を、20分以上かかった。
3時過ぎから再びタクシーでKLCCにお土産を買いに行く。今回はあまり荷物もないので、帰りは歩いて帰る。
2階の中華レストラン、<香宮>が7時に開くのを待って、義兄達との最後の夕食をする。義兄のおごりで、北京ダック、カニのスープ、酢豚、アスパラと干しタケノコ炒め煮、ダックの肉入りチャーハンの豪華なメニューでお腹が一杯になる。北京ダックを残したのは残念。干しタケノコは柔らかくて大へん美味しかったが、香港で買って、食べ方が分からなかった物で、ここで食べられるとは寄寓である。
義兄達は8時半にホテルのタクシーで空港に向かう。

9月20日(木)曇ム晴ム雨 17,20歩
 朝食は残り物の果物とコーヒー。
Sultan Ismail通りを歩いてLot 10まで行き、Bukit Bintang通りのMarriottホテルに隣接したStar Hill Centreの1階に<The Coffee Bean& Tea Leaf>を見つけ、スコーンと美味しいビスケットでコーヒーを飲みながら街角ウオッチングをする。
Lot10の伊勢丹から歩道橋でSultan Ismail通りを渡り、Sungei Wang Plazaの広大なショッピング・センターの中を迷いながら見物し、珍しい物を見つけては、無駄使いをする。100円ショップらしき所では篭一杯の雑貨を20RG(600円)で買った。
2時半にホテルの部屋をチェックアウトし、荷物をポーターに預けて、KLCCの最後の見物に出かける。
夕食を昨日に続いて2階の、<Lazar Grill Suria>で。窓際の席から公園を眺めながらステーキとパスタを食べ、のんびり過ごす。客が居ないので冷房が効き過ぎ、寒い。そのうちスコールが降り出したので、ホテルにタクシーで帰り、ホテルのレストランで最後のビールを飲みながらゆっくり過ごす。
予約しておいたホテルのタクシーで、8時にホテルを出発し、50分程で空港に到着した。託送荷物はノーチェック、出国手続きは簡単であったが、手荷物とボディチェックは念入りで、荷物は中身を出して検査され、出国検査とは別に出国ロビー内でパスポートチェックを受けた。
その為か、マレーシア航空MH88便は定刻より45分程遅れ、C-26ゲートより0時15分の出発となった。

9月21日(金)曇ム雨 3,100歩
 機中では並んで座っていたおじさんが、突然奇声を発し、苦しそうだったのでスチュアーデスを呼んであげたが、病気ではなく、どうやら悪い夢を見たらしい。機内食はたいへんお粗末で、殆ど食べられる物はない。
成田空港には定刻より20分遅れて、7時50分に到着した。京成、山手線、中央線、武蔵小金井からタクシーで11時40分帰宅。

  レート
  1RG=32円=$0.26


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