福音書

 


 

 

1.マルコによる福音書

受難物語が全体の1/3を占め、イエスの受難をメインテーマにして書かれている福音書です。

8章27節以下の「ペテロの信仰告白」を境に、前半は奇跡を中心に、後半は受難を中心に物語りが展開されています。

16章8節までが、本来のマルコによる福音書だと考えられていますが、あまりにも唐突な終わり方なので、最後のページが脱落したのではないかとも考えられています。

イエスの出来事を「福音」と位置づけ、それを宣教の立場から述べる「福音書」を生み出し、他の3つの福音書の原型となりました。

イエスの死後、40年ほど経ってから、パレスティナに近いヘレニズム世界のどこか(アンティオキア?)で書かれました。

著者は、パレスティナの地理には詳しくなく、ところどころに地理上の間違いがあります。

パウロのそばにいたマルコが書いたとも見られていますが、パウロの影響は見られません。

異邦人に向かって書かれていますが、あまり上手なギリシャ語ではありません。

再臨の遅延に伴い、再臨のイエスではなく受難者としてのイエスを前面に出し、当時の信仰の課題に応えようとしています。

同時に、教会の異邦人伝道の広がりに対して、イエスを異邦人に紹介しています。

奇跡を評価しながらも、むしろ、イエスがそれらの人々と共に生きたことを紹介しようとしています。

弟子たちは最初から最後までイエスを理解しなかった像が貫かれ、逆に、敵は最初からイエスの正体を知り殺そうとしています。

書かれた当時の、異なる様々な信仰観に対して、教会の答えとしてマルコによる福音書は書かれたと考えられています。

 

 

2.マタイによる福音書

マタイによる福音書では、説教と物語りが交互に配置され、説教は最初は群衆を含む弟子全体に語られていますが、次第に弟子に集約されます。

物語りはマルコによる福音書同様、16章13節以下の「ペテロの信仰告白」を境に、前半では奇跡、弟子派遣、説教を通してイエスの宣教が語られ、後半では受難と復活に向かってユダヤ教指導者との対立が激しくなっていく様子が書かれ、これを契機に福音が異邦人に向かうことになることが述べられています。

書かれたのは、マルコによる福音書が書かれてから20年後の紀元80年頃と考えられています。

紀元70年のエルサレム神殿崩壊後のユダヤ教は、ファリサイ派を中心とするヤムニア会議によって現在の形に整えられます。

その際、異端と見なされたいくつかのグループを排除し、その筆頭にキリスト教が挙げられました。

マタイによる福音書は、ユダヤ教に対してもはや伝道の道が閉ざされ、ユダヤ教から迫害を受ける中、律法の成就者としてのイエスを前面に出し、ファリサイ派を中心とするユダヤ教指導者層を非難し、キリスト教こそ聖書の信仰の正統な後継者だと主張します。

同時に、教会内にいるカリスマ的活動を行っている熱狂主義者に対して、律法の義の成就を求め、その一方、教会を聖域と見なし異端と見られる人々を排除しようとする教階権威に対し、小さい者への配慮を求めます。

また、律法を守るべき項目とし膠着化しようとする教会に対して、律法の中心課題は神の憐れみであり、愛の行為こそ大切なことを語ります。

マタイによる福音書は、マルコによる福音書から奇跡物語りを大幅に削り、それに代わって、イエスの教えを福音書に盛り込みました。

マタイによる福音書は、内外的な課題に取り囲まれた教会に関心を持ち、キリスト論に立ち、神的権威を授けられた信仰者の集団である教会に向かって、福音書を書きます。

マタイによる福音書は、マルコによる福音書とは異なり、弟子たちには弱いながらも信仰があり、小さいながらもイエスの言葉への理解力があります。

このようなイエスの弟子とすることが、伝道と考えられており、その師にふさわしいイエス像、メシア像が描かれています。

マタイによる福音書のギリシャ語は、よくこなされており、ユダヤ教についても精通しており、著者はユダヤ教出身のキリスト者だと考えられています。

ファリサイ派を論敵とし、ユダヤ教出身のキリスト者を読者とし、異邦人伝道に向かっていることから考えて、シリアのどこかの都市で書かれたことが想定されています。

 

 

3.ルカによる福音書

ルカによる福音書は、本書を第1巻とし、使徒言行録を第2巻として書かれましたが、完成後まもなく分割され、すでに2世紀には、両者は別々に扱われるようになりました。

ルカによる福音書は使徒言行録と合わせて、イエスの生涯からキリスト教がローマに至るまでを、歴史的に叙述することを目的として書かれていますが、イエスの生涯の記述はマルコによる福音書に準じます。

ルカによる福音書では、イエスは神から派遣された者であり、ナザレから出てエルサレムにいたります。ルカによる福音書は、このエルサレムを中心にイエスの活動を述べ、第2巻目にあたる使徒言行録でも、このエルサレムを中心に使徒の活動が述べられます。

また、イエスの派遣に際し与えられた聖霊は、第2巻にあたる使徒言行録では教会に与えられ、教会はイエスの業を継続します。

ルカによる福音書では、終末の遅延は決定的となり、教会は過去になったイエスの業を引き継ぐべき存在です。そのため、緊迫した終末を予想させる言葉は後退させられ、日々の歩みを通してイエスに従う道が語られ、今を冷静に生きるように勧めます。

同時に、ルカによる福音書は、これから長く続く異邦人世界に生きる教会を考え、ローマや異邦人の好感を得るため、イエスの十字架の責任や教会への迫害の責任を可能なかぎりローマや異邦人に帰さず、教会と国家の間に良好な関係を作り出そうとしています。

ルカによる福音書は、歴史を3つの時に区分し、洗礼者ヨハネまでを「律法と預言者の時」とし、悪魔の活動が止められ、イエスによって福音が宣べ伝えられていた間を「イエスの時」とし、それ以降を聖霊が教会を通して働く「教会の時」とします。

このように、教会が模範とすべき人としてイエスを見ているルカによる福音書にとって、イエスの死はすべての人の罪の贖いと言うより、1人の殉教者の死です。

ルカによる福音書には神から派遣された者としてのキリスト論があり、教会を通して働く聖霊論があり、単なる霊的生活に留まらず具体的な倫理的生活(献金、奉仕、殉教など)において、イエスを模範とした歩みがなされることが求められています。

ルカによる福音書は、伝統的にはパウロの同伴者であった医者ルカが書いたとされていますが、パウロの贖罪論を採用せず、パウロやその活動をよく知らないと見なされ、異論が出されています。

また、パレスティナの地理に詳しくなく、ファリサイ派との対立を避け、70人訳聖書に精通し、マルコによる福音書のギリシャ語を整えており、パレスティナ以外(エーゲ海?)に住む、ユダヤ教から改宗した異邦人キリスト者だと考えられています。ルカによる福音書の成立は80年代から90年代です。

 

 

4.ヨハネによる福音書

ヨハネによる福音書は、先行する3つの福音書と著しく異なり、その背景となっている教会の劇的変化が福音書のいたるところに現れています。

そのため、後に異端とされるグノーシス派から重視され、グノーシス派の著作に影響を与えました。

また逆に、グノーシス派を論駁するために、その霊的意義が重視されました。

途中、先行する3つの福音書に比べ価値のないものとされましたが、現在は、ヨハネによる福音書が書かれた当時、グノーシスは原始キリスト教と並列的にあり、非正統的なパレスティナユダヤ教から派生したものであり、ヨハネによる福音書は、派生した層を同じくしながらも、ファリサイ派を中心とする正統的ユダヤ教の迫害から、キリスト教信仰を守ろうとして書かれた福音書だと理解されています。

その際、一緒に異端とされた非正統的なユダヤ教の信仰を吸収したことが、ヨハネによる福音書をグノーシス的にしましたが、それをキリスト教信仰に転換したところに、ヨハネによる福音書の独自性があります。

また、ヨハネによる福音書を書いた教会が、当時の教会群が古カトリックを目指していたこととは異なるために、教会にヨハネによる福音書を理解しにくいものにしました。

ヨハネによる福音書は、他の3福音書と異なる独自の資料を採用しており、数人の編集を経て、現在の形になりました。

独自の資料としては「しるし資料」の他、啓示講話(解説)、受難物語りが考えられています。編集の過程では、ページの入れ替え、終末に関して変更・加筆が考えられています。

ペテロの信仰告白はそれぞれの福音書におけるイエス像を示しそれぞれ異なり、ヨハネによる福音書の場合は「神の聖者」であり、その他、イエスは「助け主」「ロゴス」などグノーシスの用語を使って呼ばれ、全体としてグノーシスの思想を使ってイエスは紹介されています。

ヨハネによる福音書を書いた教会の周りには、洗礼者ヨハネの弟子、サマリヤ人、グノーシスがおり、ヤムニア会議でファリサイ派を中心とするユダヤ教から異端とされ、迫害されたグループの筆頭にキリスト教が挙げられており、ヨハネによる福音書を書いた教会は、このような状況の中で、教会の内外に向かって福音を語ったと考えられています。

グノーシスは人間の本来性と究極的存在の本質は同一であると認識(グノーシス)することが人間を救うとする考えで、この世は悪で人間は神的存在だとします。

しかし、この世では人間は悪に捕らえられており、人間ではない救済者、本来の自己を啓示する者が示す知識(グノーシス)によって、本来の自己へ救われるとします。

このようなグノーシスのあり方は、広くヘレニズム文化の中で生まれ、ユダヤ教、キリスト教にも影響を与えました。

ヨハネによる福音書は、このようなグノーシス、迫害するファリサイ派、洗礼者ヨハネの弟子、サマリヤ人に向かって、イエスの出来事を福音として語ります。

ヨハネによる福音書はキリスト教をグノーシス化する書物ではなく、グノーシスへのキリスト教の答えとして書かれました。

ヨハネによる福音書の著者は旧約聖書やラビ伝承に詳しく、独自の深い神学思想を持ち、物質と精神、善と悪などの2元論を信仰と不信仰、古い世界と新しい世界などに転換し、偽りから解放されて真理と光りの中を生きるように勧めます。

パレスティナの地理に詳しいこの著者を有する信仰共同体は、極めてキリストを中心に礼拝する集団であり、教会の主流からは離れており、ファリサイ派が強く町を支配し、サマリヤ人、洗礼者ヨハネの弟子に接触していた場所、シリアが有力です。

著者は伝統的には使徒ヨハネ、あるいはマルコ・ヨハネ、長老ヨハネなどが考えられていますが、不明です。著作年代は紀元90年代です。

 

 


 

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