なみちゃんと ふわふわちゃん

なみちゃんが折り紙をしているそばで、ママがダダダとミシンかけをしています。きれをクルクルとあっちに動かしたり、こっちにむけてみたり。1枚のひらべったいきれが、みるみるうちに形になってゆくので、なみちゃんの手もときどきとまります。折り紙もいろいろ作れるけれど、やっぱり紙は紙だもの!

「ねえ、ママ」

ママのそばまでいって、なみちゃんは話しかけます。ちゃんとミシンがとまってる、ってたしかめてから。布からあちこちに顔をだした糸をチョンチョンとはさみで切りながら、ママが「なあに?」と言いました。

「なみ、あといくつねたら幼稚園にいくの?」
「あと? あとねぇ…にじゅっこねたら、だわね」

にじゅっこって、どれぐらいだろう。
なみちゃんは、指をまげたりのばしたりしてみました。


「ねえ、にじゅっこって、これぐらい?」

小さい手をふたつあわせて、水をすくう形にしました。つまり”いっぱい”ってこと。

「そうね。いっぱいだけど、でも、にじゅっこぐらい、あっというまにすぎちゃうわよ。なみちゃんが4さいになったら、すぐよ」

そう、なみちゃんは3月のいちばんさいごの日に生まれたので、まだ3さいなのです。

「さーて、と。できあがった」

ママがうれしそうに言いながら、大きくのびをしました。

「この花もようのがコップ入れでしょ、こっちのフルーツもようが給食袋、この、にゃんこちゃんのはうわばき入れよ。あと、体育袋と、ざぶとんカバー。あー、よく作ったわ!」

ママはめったにミシンかけをしないので、これだけ作ると『ちょうたいさく』という気分なのかもしれません。でも、もうひとつお願いがあるんだけどなあ。なみちゃんは心の中だけで言いました。だって、ぜんぶ作りおわって、ほーっとしてるママに、お願いなんて言いにくいんですもの。なみちゃんがもずもずしているのに気がついて、ママが「あら? あんまりうれしそうじゃないわねぇ」とがっかりしたように言いました。

「ううん、うれしい」
「そお? でも、なんだかへんよ」


おもいきってしまおう、となみちゃんは決心しました。
ここで言わないと、幼稚園にいってから、きっと困る気がしたからです。


「なあに、言ってごらん」

ママがひざの上にすわらせてくれたので、なみちゃんは体だけでなく、こころもほんわりとしてきました。

「えっとね、なみ・・・、おたすけマスコットを作ってほしいの」
「おたすけマスコット?」


おたすけマスコットというのは、隣のおねえちゃんに聞いたものなのです。ふくろとかバッグの内がわにそのマスコットをつけておくと、こまったときに助けてくれるのだそうです。

「それで、なみちゃんはそのマスコットに、なにを助けてもらうの?」
「なにって・・・いろいろ・・・」


なみちゃんは、はじめての生活が不安なのです。ちゃんとお弁当食べられるかな。みんなとなかよく遊べるかな。でも、なにしろはじめてのことなので、いくらそうぞうしてみても、ふわふわとした雲につつまれたみたいに、うまく考えることができません。そこで、おねえちゃんに聞いたマスコットのことを思い出したのです。

「おたすけマスコット、ねぇ・・・」
ほんとうのことをいうと、なみちゃんだけでなく、ママも不安なのです。4月生まれの子とは、1年もちがうのです。だから、毎日ちゃんとかよえるかどうか、しんぱいなのでした。でも、ふくろにそういうよけいなものをつけていいのかしら。そう考えると、なみちゃんのおねがいにも「ハイハイ」とすぐに答えてあげられません。


でも、こころのそこからおねがいしているような、なみちゃんの目。その目をじっと見ているうちに、ママはおたすけマスコットをつくってあげようという気になってきました。ママの小指ぐらいのちっちゃいのだったら、ふくろの内側につけられる。ちゃんと、中にものを入れたり出したりしやすいようにくふうすれば、おねがいもきいてあげられるかもしれない・・・。

ぬくぬくとした春がやってきました。なみちゃんのバッグの内がわには、天使のようなおたすけマスコットがぶらさげられています。今日からこのバッグをかたからさげて、いよいよ幼稚園。明るくゆれる菜の花を見ながら、かよいます。

「ねえ、ママ」
「なあに?」
「マスコットがついててくれるから、だいじょうぶだよね」


ママの手が、ぎゅっとなみちゃんの手をにぎりました。今日のおひさまのような、強いけど、やわらかいあたたかさです。

「だいじょうぶよ。そのための、ふわふわちゃんでしょ?」
ふわふわちゃんというのは、マスコットの名前。黄色い髪の毛がふわふわふんわりなので、ママがそういう名前をつけてくれました。なみちゃんも、ママのそのひとことでずいぶん落ちついたようです。そんななみちゃんを見て、ママもホッと胸をなでおろすのでした。


ふわふわちゃんのおかげなのか、ようちえんでの生活は、びっくりするほど楽しいものでした。ちょっと心配なことがあるとーたとえば、おともだちとけんかしてしまったりとかー、すぐにバッグの中のふわふわちゃんをさわりにいきます。すると、すぐに解決するのです。ふわふわちゃんは、ほんとうに不思議な力をもっているようなのです。ねんどだって、お絵かきだって、なんでもじょうずにできます。お歌もたくさんおぼえました。ようちえんから帰って、今日いちにちのことをママに教えてあげるのが、なみちゃんの日課です。

「きょうは、グーチョキパーのおうた、おそわったの」
「そう、それじゃママにも教えてね」
「それとね、先生が、だんご3兄弟を、ピアノでひいてくれるんだよ。みんなでおっきい声でうたうの。ねえ、聞いて聞いて。なみ、じょうずに歌えるようになったんだよ」
お話することが多くて、いそがしくて、しかたないぐらいです。


そんなふうにして、菜の花色の春がすぎ、水遊びやプールの夏も終わり、秋がやってきました。そのころにはもう、なみちゃんがふわふわちゃんをさわりにいく回数も、ぐっと減っていました。さわりにいくどころか、ふわふわちゃんがいることさえ、忘れてしまうときもあるのです。

その日、りなちゃんは朝から悲しそうな顔をしていました。りなちゃんは、なみちゃんのいちばんの仲良しさんです。

「ねえ、りなちゃん、どうしたの?」
ねんど遊びの時間のときも、りなちゃんは、しょんぼり下をむいたままです。心配でたまらなくなったなみちゃんは、横からそっと聞きました。


「あのね・・・。ママが入院しちゃったの・・・」

おなかの病気で、夕べ、近くの病院に運ばれてそのまま入院してしまったのだそうです。もし、自分のママが入院してしまったら、となみちゃんは考えてみました。きっと、ねんどどころじゃないわ。おりがみだって、お絵かきだって、おともだちと遊ぶのだって、いやになるにきまってる。だって、大好きなママが病院でねているのに、そばにいられないんだもの。今すぐ、ママのそばにとんでいきたくなるはずだわ。

「りなちゃん、がんばろうよ!」
「えっ?」
「あのさ、今日いちにち、いっしょうけんめい遊んだら、時間なんてすぐたっちゃうよ。だから、なみと、たくさん遊んで、早くいちにちをおしまいにして、そうしたら、早くママのところに行けるでしょう?」
「うんっ!」


今日、はじめて見る、りなちゃんの笑った顔です。りなちゃんがいつも笑っているときはなんにも思わないのに、悲しい顔のあとのにこにこ顔って、自分までうれしくなる。おもわずいっしょににっこりしながら、そんなことを思うなみちゃんでした。

< そうだ、ふわふわちゃんに助けてもらおう! >

どうやって遊んだら、すぐにいちにちがすぎるか。ふわふわちゃんの力をかりようと、なみちゃんは思いました。ちょうど自由にお遊びの時間になったので、いそいでバッグのところに行きました。

< あれっ? >

もういちど、バッグの中をのぞいてみました。手で、くしゃくしゃとかきまわしてみました。でも、ふわふわちゃんがいないのです。ふわふわちゃんがぶらさがっていた黄色の細い糸も、すっかりなくなっていました。

どこにいっちゃったの?? なみちゃんは、心配のあまり、どきどきしました。なくしてしまったのでしょうか、それとも・・・。でも、今はさがしまわっている時間はありません。いすのところで、りなちゃんがじっと待っているからです。不安なこころをかくして、なみちゃんはりなちゃんのところにもどりました。

「バッグのところで、なにしてたの?」
「ううん、なんでもないの・・・。ねえ、りなちゃん、てつぼうしようよ!」


お部屋では女の子たちがおままごとを始めていましたが、今そんなことをしたら、きっとりなちゃんはママのことを思い出してしまう。そうしたら、今よりもっと悲しくなってしまう。そう考えたなみちゃんは、りなちゃんを外にひっぱりだそうと思ったのでした。庭に出ると、すっかり秋の空。てつぼうに、赤とんぼが3匹、とまっています。

「もうすぐ、どんぐりひろい、できるね」
「うん。なみちゃん、もしりながあんまりひろえなかったら、いっしょに見つけてくれる?」
「うん、いっぱいおてつだいするよ!」
てつぼうにぶらさがるふたりのむこうでは、うすいピンクのコスモスがゆれています。


その日の帰り道、ふわふわちゃんのことをママに言おうかどうしようか、なみちゃんは迷っていました。せっかくママが作ってくれたのに、いなくなってしまったと言ったら、ママはがっかりするだろうなあ・・・。

「なみちゃん、今日、なんかあったでしょう」
「えっ、どうしてわかるの?」
「やっぱりね」


ママって、どうしてなんでもわかってしまうのでしょう。ほんとうに不思議。でも、これで、ふわふわちゃんのことを言いやすくなりました。

「あのね。ふわふわちゃんがね、いなくなっちゃったの」
「朝は、いたの?」
「んとね・・・よくおぼえてないの。このごろ、あんまりさわってなかったから、ふわふわちゃん、怒ってどこかにいっちゃったのかなあ・・・」
「そうねえ・・・。でも、怒ってるってことは、ないんじゃないかな」
「どうして?」
「だってこのごろ、なみちゃん、とっても強くなったんだもの。だから、もう自分がいなくても、なみちゃんはりっぱにやっていける。そう思って・・・ほら、あそこ見てごらん」


ママがゆびさしたところを見てみると、そこにはいちりんの花がありました。黄色いその花は、なみちゃんが初めて見るものでした。

「あのお花、ふわふわちゃんの髪の毛に似てない? きっとふわふわちゃんは、あのお花になったのよ。ちゃんとここから見てるよ、って。そう言ってるみたいね」

ホッとしたような、さびしいような、へんな気持ちです。でも、幼稚園に入る前のあのときの、不安な気持ちはありません。

< あのときの自分と、今の自分と、どっちも同じ、なみなのに >

首をかしげるなみちゃんの前で、黄色い花がやさしくゆれていました。

− お わ り −