服部克久氏に対する裁判 ―高裁判決の要約―

~判決文を全部読むのは大変、という方のために~

主文
  • 服部克久は小林亜星に対し金600万円を支払え。
  • 服部克久は有限会社金井音楽出版(以下「金井音楽」という)に対し金339万円を支払え。
  • 服部克久は「記念樹」の楽曲について著作者人格権を有する。
  • 訴訟費用は、服部克久と小林亜星は半分ずつ負担する、
    服部克久と金井音楽は5分の3を金井音楽、5分の2を服部克久が負担する。
※この主文は、小林亜星と金井音楽が以下のような請求をしたことに対して判断を下したものである。
  • 服部克久は小林亜星に対し金1000万円を支払え。
  • 服部克久は有限会社金井音楽出版(以下「金井音楽」という)に対し金814万円を支払え。
  • 服部克久は「記念樹」の楽曲について著作者人格権を有しない。
  • 訴訟費用は、すべて服部克久の負担とする。
理由

編曲の意義

  • 翻案権について、音楽では編曲権という。
  • 編曲とは、既存の著作物である楽曲に依拠し、かつ、その表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ、 具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たな思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が原曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別な著作物である楽曲を創作する行為を言う。

楽曲の表現上の本質的な特徴の同一性の判断基準

楽曲の本質的な特徴を基礎付ける要素は多様なものであって、その同一性の判断方法を一律に論ずることはできないが、少なくとも旋律を有する通常の楽曲に関する限り、著作権法上の「編曲」の成否の判断において、相対的に重視されるべき要素として主要な位置を占めるのは、旋律である。

「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴

  • 和声や形式といった要素よりは、主として、その簡素で親しみやすい旋律にある。
  • 旋律を検討する際にしても、1フレーズ程度の音型を部分的、断片的に取り上げるのではなく、フレーズA~Dから成る起承転結の組み立てというその全体的な構成にこそ主眼が置かれるべきである。
  • 「どこまでも行こう」は、和声を含む総合的な要素から成り立つ楽曲であるから、最終的には、これらの要素を含めた総合的判断が必要となる。

旋律の対比

  • 「どこまでも行こう」のフレーズA、B、C、Dに対して、「記念樹」のフレーズa,e b,f c,g d,hとを対比させる。両曲とも、ハ長調に移調し及び4分の4拍子として対比する。
  • 数量的分析
    全128音中92音(72パーセント)で同じ高さの音が使われているが、看過することのできない一つの事情と解される。
  • 起承転結の構成の類似性
    両曲は、各フレーズの最初の3音以上と最後の音がすべて一致している(起承転結の連結部分)及び強拍部の音が一致することは、組み立て自体の看過し得ない類似性を基礎付け、両曲の構成は酷似していると言わざるを得ない。
    「記念樹」のフレーズdは、反復二部形式として、編曲又は複製の範囲内にとどまる常套的な改変に過ぎず、両曲の本質的な特徴の同一性を否定する要因としてさほど評価することはできない。
  • 以上、両曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴の同一性が強く基礎付けられる。

両曲の旋律の相違部分

最も重視される点は、導音シの有無にかかる部分であり、続いて、上行型か下行型かという旋律の流れの異なる部分であるが、その余の点(譜割り)は、格別の創作的な表現を付け加えるものと言うことも出来ないし、かつ、その全体に与える影響は微弱である。

旋律全体としての考察

  • 72パーセント、起承転結の連結部分、強拍部の音、全フレーズで一致し、楽曲全体の起承転結の構成が酷似する。「転」である第3フレーズから「結」の前半に当たる第4フレーズの6音目までは、経過音レとわずかな譜割りの相違があるほかは、ほとんど同一というべき旋律が22音にわたって連続し、これらは「どこまでも行こう」全体の3分の1以上を占めている。
  • 実演家の個性及び歌詞の印象の影響は除外すべきである。
  • 検甲12、13、18、19号証を聴くなら、「記念樹」の旋律から「どこまでも行こう」の旋律の表現上の本質的な特徴を直接感得することは容易である。
  • 甲124、125号証、検甲2、16、21、22、28、29号証を聴くなら、改変後の「どこまでも行こう」(ジャズ風は「記念樹」以上の大胆な改変が加えられている)から原曲である「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴を直接感得することは容易である。このことは、「どこまでも行こう」を原曲とする編曲の創作性の余地が、その旋律の改変にもかかわらず、なお相当程度残されることを示している。
  • 旋律に着目した全体的な検討としては、両曲は表現上の本質的な特徴の同一性を有する。

和声について

乙曲に接する一般人の受け止め方として、歌唱される旋律が主、伴奏される和音は従という位置付けとなることは否定しがたい。旋律に着目した場合の両曲の表現上の本質的な特徴の共通性を上回り、その同一性を損なうものという事は出来ない。

リズムについて

2分の2拍子の原曲を4分の4拍子に変更する程度のことは、演奏上のバリエーションの範囲内といえる程度の差異にすぎない。

テンポについて

仮にテンポの違いがあるとしても、基本的には演奏上のバリエーションの範囲内というべき差異にすぎず、原曲の表現上の本質的な特徴の同一性を損なうような違いであるとは到底認められない。

形式について

「どこまでも行こう」と「記念樹」は、むしろ4フレーズの起承転結に係る構成の共通性にこそ顕著な類似性が認められるのであって、これを繰り返し反復二部形式とすることは、編曲又は複製の範囲内にとどまる常套的な改変にすぎないと言うべきである。

その他、両曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴の同一性を損なう要因は見当たらない。

類似性についてのまとめ

「記念樹」は、その一部に「どこまでも行こう」にはない新たな創作的な表現を含むものではあるが、旋律の相当部分は実質的に同一と言い得るものである上、旋律全体の組み立てに係る構成においても酷似しており、旋律の相違部分や和声その他の諸要素を総合的に検討しても、「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものであって、「記念樹」に接する者が「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものというべきである。

依拠性について

「どこまでも行こう」は、昭和40年代から「記念樹」の作曲された当時(平成4年)にかけての時代を我国で生活した大多数の者によく知られた著名な楽曲であって、両曲の旋律の間には「記念樹」が「どこまでも行こう」に依拠したと考えるほか合理的な説明が出来ないほどの顕著な類似性があるほか、服部克久が「記念樹」の作曲以前に「どこまでも行こう」に接したであろう可能性が極めて高いことを示す客観的事情があり、これを否定すべき事情として服部克久の主張するところはいずれも理由がなく、他に的確な反証もないことを併せ考えるなら、「記念樹」は「どこまでも行こう」に依拠して作曲されたものと推認するのが相当である。

侵害論のまとめ

「記念樹」は、既存の楽曲である「どこまでも行こう」に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たな思想又は感情を創作的に表現することにより創作されたものであり、これに接する者が「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものというべきある。
したがって、服部克久の「記念樹」を作曲した行為は、金井音楽の編曲権を侵害し、かつ、小林亜星の同一性保持権を侵害している。更には、「記念樹」の公表は、小林亜星の氏名表示権を侵害している。著作権侵害及び著作者人格権の侵害について、服部克久に故意又は過失のあったことは明らかである。
したがって、服部克久は損害賠償義務を免れない。

損害論

「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法第114条2項)(以下相当対価額という)

金井音楽の損害

  • 社団法人日本音楽著作権協会の使用料規程及び分配規程に基く著作物使用料の徴収及び分配の実務は、音楽の著作物の利用の対価額の事実上の基準として機能するものであり、著作権法114条2項に規定する相当対価額を定めるに当たり、これを一応の基準とすることには合理性がある。
  • 実演家である歌手に対する分配分は、社団法人日本音楽著作権協会の分配額には含まれていないので、歌手に対する分配分を控除すべきではない。
  • 作詞者に対する分配分及び編曲者に対する分配分は、協会の分配額に含まれているので、相当対価額の算定上は、これを控除すべきである。
  • 相当対価額は、二次的著作物である「記念樹」の現実の使用料を基準とするものである。
  • 録音、ビデオグラム録音及び出版では、8分の3、映画録音では8分の6。
  • 放送及び放送用録音の相当対価額は、1曲1回当たりの使用料を積算する算定方法を採用すること自体、協会の使用料規程の定めるところであるから、これを基準とすることを不合理ということはできず、協会の実務上は専ら包括使用料方式が採用されているとしても、この判断を左右するものではない。侵害事件における損害額の算定上、包括使用料方式の採用を正当化することはできない。
  • 社団法人日本音楽著作権協会の管理手数料は控除すべきでない。なぜなら、音楽著作権の管理を協会に委託するかどうかは自由なのであるから、協会の管理手数料が当然発生するものとはいえないからである。
  • 放送は、12分の5、放送用録音は、8分の6である。
  • 金井音楽の弁護士費用は、60万円である。

小林亜星の損害

小林亜星の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は、500万円、弁護士費用は100万円である。

「記念樹」についての服部克久の著作者人格権

編曲は違法であるが、現行著作権法が、編曲に係る二次的著作物について編曲者に著作者人格権が発生するための要件として、当該編曲の適法性を要求するものではないから、服部克久は、「記念樹」について著作者人格権を有することが認められる。
なお、金井音楽及び小林亜星は、反訴請求の棄却を求めているので、確認の利益が肯定される。