大木 芳男


大木飛曹長は、茨城県の出身で昭和12年操練37期卒。坂井三郎とは中国大陸いらいの親友だった。
昭和15年9月、零戦が中国大陸の前線に始めて投入されたときからの零戦乗りであり、
当時17機撃墜記録を持つエースとしてその名をはせていた。
開戦後は台南空に属し、活躍する。17年11月に内地に戻るが、再び18年5月にラバウルに進出。
6月16日の204空宮野隊長が戦死した同じ空戦で未帰還になる。