宮野 善次郎


大阪市八尾市出身で、昭和13年海兵65期卒。中国大陸で横山保らとともに活躍する。開戦時には
高雄の第三航空隊で分隊長を務め、フィリピン攻撃で初戦果をあげる。ボルネオ、ジャワに転戦し
第6航空隊分隊長となり、空母隼鷹によるダッチハーバー攻撃に参加、さらにラバウルに進出して
204空の分隊長から、飛行隊長へと昇進した。18年6月16日ルンガ泊地空戦で未帰還になる。
その最後は、山本長官護衛の一人杉田庄一ニ飛曹によってかくにんされた。
単独撃墜16機、部隊撃墜228機で、全軍布告2階級特進の栄誉をうけ、海軍中佐となった。