ANNE BOLEYN Museum of Art

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「オペラ・セリア」 紙に色鉛筆 20×70cm


草津ローラン Kusatsu Loran

1984 宮崎県宮崎市生まれ
2005 九州デザイナー学院 卒業

[個展]
2014 個展 みゆき画廊 東京・銀座
2016 個展 ギャラリーゴトウ 東京・銀座



草津ローランの作品は色鉛筆で

描いたという説明が信じがたいほど描線の痕跡もなく硬質に仕上げられたマチエールの心地よさを楽しめばいい。しかし見る者は目の快楽に留まっていられなくなる。この作品は何をどういう意図で描こうとしているのか、論理や意図といった厄介なものをつい考えてしまう。それは草津ローランの作品が、よく目にする絵画と異なる論理で構築された画面だからだろう。

「オペラ・セリア」という作品は、20cm×70cmという独特な横長サイズである。

これは視覚的認知を

ベースにした画面構成というより、何か別の緻密な論理に基づいた緊張感が潜んでいるのを感じる。実在する外界の事物のフォルムを解析・抽象化したとは思えないのに、寸分の狂いもなく揺るがぬ確信をもって丹念に藍色の世界が構築されている。

意味を求める者は言葉を頼る。

表題の「オペラ・セリア」は、文字通り解釈すれば、18世紀ヨーロッパで支配的だったシリアスで高貴な正統派イタリア・オペラのことである。A+B+A’の三部形式であり、A’では登場人物の感情を表現するアリアが物語の展開と共に長く複雑になっていく。台詞を語るレチタティーヴォはチェンバロの通奏低音という安定感の上に展開される…と思い出してみると、横長のこの画面は、音楽の構成を構図に取り入れたものではないかと見えてくる。

塗り上げた表面を

引っ掻いて白い線ができたのではなく、塗り上げる段階で緻密に計算され、緩みも歪みもなく現された細い直線。これが一見、自由に構成されたように見える画面に通奏低音のように安定と緊張感を与えている。オペラのA+B+A’の時間の流れが空間軸に転換され、経過する時間が凝結され固定された「永遠」となっている。ある意味、草津ローランの作品は楽譜なのではないか。

オペラ・セリアを数多く作曲した作曲家に

18世紀のスペイン宮廷で活躍したスカルラッティがいるが、彼のソナタを聞きながら草津ローランの作品を眺めてみるのもいいだろう。
でもそれは、名人ホロヴィッツの自由闊達な遊び心に満ちた演奏ではなく、イーヴォ・ポゴレリチのように、クリスタルのように透明で明瞭なタッチで弾いた人工美の極致、静的で氷の世界のような演奏の方が似合うだろう。

バランスのとれた予定調和を排し、

「こうあらねばならぬ」という強い意志と極端な誇張やコントラストを込めたマニエリスムの世界観を草津ローランも共有しているように思えるからである。


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