ANNE BOLEYN Museum of Art

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「Planet」 銅版画 イメージサイズ/190x105mm ペーパーサイズ/310x220mm

小高 里枝子 Odaka Rieko

1979 千葉県生まれ
2002 東京芸術大学美術学部絵画科版画専攻卒業
2004 東京芸術大学大学院美術研究科版画専攻修了
2005 東京芸術大学大学院美術研究科修了
2008 ニューヨーク滞在
2010 帰国

[個展]
2003 「pray and play ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2004 「lifeform」 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2005 「force」 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2009 「いのちのはじまり」 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2010 ギャラリーゴトウ 東京・銀座

[グループ展]
2002 「Star tours」 exhibit LIVE 東京・銀座
2004 「invisible birds」 Taka Ishii Gallery 東京・新川
2005 「Visual Contents」 SAN-AI Gallery 東京・茅場町
2006 「New Yearing」 SAN-AI Gallery 東京・茅場町
2007 「Last Scene」 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2008 「day by day」 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2009  E/AB Editions and Artists Book fair 2009 (from AZITO booth) ,Chelsea NY
2010 「Where the wind blows」(NY,Chelsea Studio 303)
     「Art for Tibet」(NY,TriBeCa Union Gallery)

[収蔵]
Hammond Museum North Salem,NY



小高里枝子の銅版画「Planet」は、

なんとも言えない微妙な地の「闇」の色合いに秘密があるように思える。脳の神経細胞のようにも、蔦状の植物が絡みあっているようにも見える中央に描き出された不思議なフォルムは、全体のほんの一部であって、実は巨大な質量をなして果てしなく続いていると感じさせているからだ。

存在の“気配”のような何かが充満していて、

それが幽かな光で照らし出されているかのようだ。そこには、自己増殖していこうとするエネルギーと、波紋のような自然界の運動のように、繰り返しながら干渉しあってますます複雑化していく運動があるのを感じる。静謐に落ち着きはらった絶妙な地色なのに、その色合い自体が、まだ描かれていない、これから表れてこようとする形象が存在していることを強く示唆している。

このように精妙さを極めた奥行きのある色彩を

駆使する作家と出会うことはあまりないので、その才能と可能性の大きさに鳥肌が立ってくる。小高里枝子は、これから、どれほど豊かな精神の飛翔を見せてくれるのだろう。作家の天賦のイマジネーションは、その画面の中に豊かな記号的意味と哲学的な思考を充満させ、私たちを触発してくれる。

古代の西ヨーロッパを支配していたケルト人たちは、樫の老木を森の賢者と尊敬し、根もなく生きるヤドリギや蔦状の植物の生命力を崇拝していた。現在のクリスマスリースは、そうした信仰の痕跡であるが、小高里枝子の画面を眺めていると、カントが『判断力批判』で展開した論理、すなわち芸術作品は自然が産出した何かの対象を模倣するのではなく、能産的な自然の産出行為自体を模倣しているものでなければならない、という議論を思い出す。

自然の産出物をモデルとして写し取るのではなく、

モデル不在の産出行為をモデルとせよとカントは論じた。自然のモデル不在の産出行為を写し取る者を天才と彼は呼んだが、まだ若いこの作家に評価を下すことは出来ないにせよ、この作品は、まさにカントが求めた論理を画面に結実させていると思う。

描き出された形象を脳神経細胞の増殖運動と見てみよう。

そこには自分と外界を区分して世界そのものの認識を構築していく知性のハードウェアが形成されていくのが描かれていることになる。世界という認識を誕生させるものの形成を描いて、これこそが「Planet」と題したのだろうか。あるいは細胞の分裂・増殖の運動が、人体の器官を形成していくのを描いていて、コスモ(宇宙)に対比されるミクロコスモス=人間として「Planet」だというのだろうか。

そう見れば、このフォルムを生への強い衝動と

欲望=エロスを感じさせる記号と解釈して、秘められたエロティシズムを見出すのも可能である。小高里枝子の作品を前にして思考は限りなく回りだす。ここには、さまざまな思索をからめとっていく強烈な吸引力、求心力のようなものがあり、見る者をその系(corollary)にplanetとして組み込むということなのかもしれない。



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