ANNE BOLEYN Museum of Art

index



「降る(4月)」 鉛筆、水性絵具、白亜地、寒冷紗、パネル 90×160cm

好宮 佐知子 Yoshimiya Sachiko

1977 東京生まれ
2001 東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業
2003 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程壁画修了
2006 東京芸術大学大学院博士後期課程美術専攻(壁画)修了

[個展]
2002 SPICA MUSEUM 東京
2003 ギャラリーGAN  東京
2004 ギャラリーGAN  東京 資生堂ADSP
2006 ギャラリー惺 SATORU 東京 
2008 画廊Full Moon 新潟
     ギャラリー惺SATORU 東京
2009 ギャラリーゴトウ 東京

[グループ展]
2001 「トーキョーワンダーウォール公募」 2001 東京都現代美術館
2002 旧ユニーデパート壁画制作 水戸芸術館 茨城
2003 「第5回熊谷守一大賞展」 アートピア付知交芸プラザ 岐阜
2004 「VOCA展2004現代美術の展望−新しい平面の作家たち」 上野の森美術館
2005 「ギャラリーGAN」 東京
2007 「The Asian Spirit & Soul」 Seongnam Art Center 韓国
     「Shanghai Art Fair」 (NICHE GALLERY) Shanghai MART 中国
     「Shanghai Art Fair Emerging Artists Exhibitio(NICHEGALLERY)
     Shanghai MART 中国
2008 「群馬青年ビエンナーレ2008」 群馬県立近代美術館 群馬

[賞歴]
2001 卒業制作台東区長賞 東京芸術大学O氏記念賞
2003 第8回ADSP 資生堂
2007 Shanghai Art Fair Emerging Artists Exhibition Shanghai MART 中国 特別賞
2009 現代日本美術会 奨励賞
2011 現代日本美術会 大賞



好宮佐知子は、パネルに寒冷紗を貼り付けるなどしてマチエール作りに細心の注意を払う作家である。だから彼女の大作が迫力を持ってわれわれに突きつけてくる大胆な画面構成、グレーの色彩がたたえる繊細な美しさに、ただ浸って陶酔していればいいのだが、私は、意味ありげな白の配置を眺めながら、どうしても画面の論理を解析したくなってしまうのだ。

最初、白の配置を記号的に解読しようとしたのだが、

この静謐な色彩がたたえる動的な気配が

どこから来るのか気になってくる。「降る(4月)」という作品は、眺めていたら、まさに4月頃の雨降る海岸に立って、押し寄せる海のうねり、波しぶきがきわめてリアルに見えてきたのである。霧煙るほどの雨ではあるが嵐ではなく、厚い雲の下でも、冬の海ほど厳しくも暗すぎもしない。なるほど4月なのである。

たしかに目の前にあるのは、

繊細な変化をはらんだグレーのかたまり、massなのだけれど、マックス・エルンストが、木の板目、木目をコラージュして、そこに風景を読み取ろうとしたように、私は、物語をはらんだ海のリアルな情景を目の当たりにしたのである。「この叙情性は何だろう。色彩のmass…そうか、大文字にすればMass、ミサだ」、そんな言葉遊びが頭の中を駆け巡る。

好宮佐知子の抽象画面は、哲学的に見て、

かなり独特な論理を内包している。これはジョージ・バークリ、バーナード・ベレンソン、コリングウッドなどが展開した触覚値(tactile value)に基づいたイメージなのかもしれないと気づいた。バークリは、『視覚新論』の中で、「絵画において視覚の直接対象として述べられている平面とは、実は視覚的平面ではなく触覚的平面なのである」と述べた。

バークリが言おうとしているのは、絵画がリアルの布地の感触や質感を描き出しているとき、ものが私たちの視覚に対象の物質の性質が提示されているのではなく、触れたい、つかみたいといったような感覚、衝動を鑑賞者に抱かせるような何かなのだということである。

バークリが述べようとした内容を、ベレンソン、コリングウッドは触覚的イメージ、触覚値という言葉で表現した。彼らは、視覚に内在した触覚性を問題にしたのであったが、これはある意味で言葉の母音に色彩を感じたランボーのような共感覚にも似ている。

だから触角を視覚や聴覚と同列に扱うために、

触覚の地位を向上させようとした『未来派料理宣言』(1930年)のマリネッティなどの方向性とも異なったものである。好宮佐知子は、抽象のグレーの画面を視覚的に提示しながら、その視覚に内在している触覚値によって、打ち寄せては返す波のダイナミズム、手に触れてみたい海水の質感を体験させようとしているのではないだろうか。

もうすぐ驟雨も止もうとしている、その雲の薄まりを反映して、グレーの色彩は明るく、秋や冬の海の沈鬱さは影もない。とは言え、梅雨の終わりの温度と湿度の高さも感じさせない、不思議な清涼感もある。「降る(4月)」という題名の絶妙な季節感に、私は頷いてしまうのだ。



index