ANNE BOLEYN Museum of Art

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「Standing-0806」 アクリル キャンバス F5

金 兌赫 Kim Taehuk

1965 韓国生まれ
1990 中央大学校芸術学部西洋画学科卒業 韓国・ソウル
1992 多摩美術大学院・研究生
1995 東京芸術大学大学院版画専攻修士修了
1996 渡米 関口芸術基金賞特別賞-New York研修
1997 中央大学校芸術学部西洋画学科 非常勤講師
1998 東京芸術大学大学院 非常勤講師(版画)
     大学版画学会会員
2005 東京芸術大学博士課程修了

個展
1993 佐藤美術館 東京
1994 たなかGALLERY 丸亀市
     GALLERY-17 東京
1995 横浜美術館/ART-GALLERY 横浜
1996 CAST IRON GALLERY New York SOHO
1999 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
     ギャラリーアートサロン 千葉
     KEUM SAN GALLERY ソウル
2000 養清堂画廊 東京
     羊画廊 新潟
2001 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2005 ギャラリーゴトウ 東京・銀座
2008 ギャラリーゴトウ 東京・銀座



金兌赫の作品が持つ不思議な光彩感を

語るためには、その独特な技法について一言述べておかねばならないだろう。アクリルカラーのメディウムに緑、黄色その他を混ぜて3ミリほどの高さに円錐状に盛り上げてある点が無数にあるというものである。円錐状の盛り上がりのため、光の角度によって微妙な影ができ、それが不思議な立体感と光彩を放つ効果を生み出している。おそらくは展示する位置や光の角度で、微妙でありながらも確実な変化を見せるにちがいない。平面なのにホログラフィーのような立体的な幻視感がある。
この作品の特長は、平面でありながら豊かに仕掛けられた立体的な運動や変化のモチーフなのだろう。

画面は、珪藻類か何かを顕微鏡で

見ているかのように、なぜか向こう側からの光を感じる。点描された絵具の盛り上がりのアクセントに目の焦点を合わせると、淡い黄緑が背景に後退し、明るい光を孕んだ奥行きに見えてくるからだ。プレパラートに垂らした一滴の標本の中に豊かな生命の営みがあり、それがDNAの螺旋構造のように複雑に絡み合い、何か生命の根源に関わる神秘を目の前に開示しているような気持ちがする。点描を眺めていると、細胞が増殖したり、力なく萎んで死滅していくかのような動き、蠢きも感じられる。

円錐状の点描と照明が作り出す

微細な影の運動によって、アオミドロの重なりの間を動き回るゾウリムシがいるような幻覚に襲われる。

金兌赫は、標本を観察する生物学者の冷静さと、その連なり重なる珪藻類のフォルムに、目には見えないDNAに秘められた生命力の根源的な次元を見出すような想像力を備えている。プレパラートの上の一滴に、生命感や自然界のアニマ、宇宙観を紡ぎだそうとするかのようだ。静謐な画面構成であるのに、どこか音楽的な律動をたたえているからである。最近、聞きなおしたアンドレ・ジョリヴェの赤道コンチェルトの打楽器的なタッチで繰り出される躍動的なピアノの調べを私は感じ取った。ここには、原始的な生命力を持った第一楽章と、神秘的な静けさの瞬間を持つ第二楽章が並存している。

作家としての確かな力量を備えた金が、

わずか3ミリ円錐状に盛り上げた絵具の影の、微細だが確実に引き出された効果を追求しているのに立ちあって、私も頭の中で光をいろいろ動かしてみる。部屋の中を歩き回る人の動きも、光源をチラチラとさえぎって面白い効果を与えるだろう。そう、部屋に閉じこもって一人で向きあうべき作品ではなく、人が出入りし、光の角度もさまざまに変化するウィンドウに飾られるべき作品なのかもしれない。それなら光の変化も豊かになって楽しめる。
そして人の往来が絶えて、夜間用に照明を絞った状態でゆっくり見直すと、今度は昼間には感じられなかった

深い哲理を作品が語りだす。



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